第34話 真里姉とジャーキージャンキー
3人から聞かされたのは、MWOにおける現在の【料理】スキルの扱い。
満腹度が減れば困るので、作られた料理は全員に需要がある。
ただし、携帯食で賄えてしまっているので無くても困らない。
バフが付いた料理は重宝されるけれど、そのためには【料理】スキルを中級に上げる必要がある。
ただし【料理】スキルを中級に上げるためには手間と時間と根気が必要で、特に他の生産スキルと違い、強くなるものではない、いわば嗜好品のような扱い故に料理を作っても売れない、儲からない。
また他のゲームと違い、冒険者が作った物は露天での売買か直接手渡しすることでしか遣り取りできず、ただでさえ売れない料理が尚更売れない。
結果、現状本気で【料理】スキルを育てている冒険者は、単純に料理することが趣味な物好きだけらしい。
しかも中級に上げても作り手のステータスとPSによってバフの効果に差が出るようで、ルレットさんが言うには『AGI+8(2時間)』という効果は現状かなりの価値を持つとのことだった。
と、そんなことをガーーっと3人から捲し立てられたのだけれどね?
そもそも私が料理をしたのはエステルさん達に食べて欲しかったからで、スキルレベルが上がっていくのは”おまけ”くらいに思っていたし、生産に適していたDEXが高いのは、現実と選んだジョブから一択だったわけで。
センスは、どうだろう……真人と真希には美味しいと言ってもらっていたけれど、なんとも言えないかな。
なので、凄い物を作ったという自覚が私には全くない。
ただ3人からは【捕縛】スキルと同様、しばらく口外するなと言われてしまったので、誰にも渡さず大人しくしているつもり……だったのだけれど、私が作った300個の【フォレストディアのジャーキー】は、なぜか今147個に減っています。
おかしいですね?
犯人は、私の目の前でジャーキーを貪るように食べている3人。
事の発端はマレウスさん。
クーガーに乗せなかったお詫びのつもりで渡したジャーキーを口にした瞬間、
「旨っ! なんだこれは!? 肉の味がとんでもなく凝縮されていながら味付けのバランスが絶妙でなおかつ適度な水分もあり噛めば噛むほど味が染み出てきて飲み込むのが辛い!!!」
なんだか食レポみたいなことを叫び始めたんですけれど!?
それきり無言で咀嚼を続けるマレウスさんに、私は若干引いた。
けれどルレットさんとカンナさんは逆に興味を持ったようで、求められるまま2人にもジャーキーを渡した結果、叫びこそしなかったものの、2人共マレウスさんと同じく無言で咀嚼するという状態に陥った。
長閑な平原に、3人の咀嚼音だけが響く。
……これはどうしたら?
私が途方に暮れていると、とうとう飲み込んでしまったらしい3人は、はっと我に返ったかと思うと、徐に私にジャーキーを何個持っているか聞いてきて、無言で私に取引を申請してきた。
そこには何の冗談だろうか? という額のGが表示されていた。
そして私が反応に困っていると、取引ウィンドウの裏で『ジャーキー50、ジャーキー50、ジャーキー50』と、呪詛のように3人の呟きが……。
恐怖に負けて、私は言われるままにジャーキーを手放してしまった。
本当に怖かったんだよ?
あのルレットさんも、まるで人が変わったかのようだったし。
こうして私のジャーキーは、私が食べるより前に、その半分が嫁がされる羽目になった。
さよなら私のジャーキー。
あれ、これも何だか既視感が……最近多いな、既視感。
そしてジャーキーを手に入れた3人は、今もこうして食べ続けている。
「……あの、満腹度はもう回復しきってますよね?」
既に10個近く食べているんじゃないかな。
ちなみに満腹度0だったとしても、3つ食べれば9割くらい回復する。
満腹度的には、明らかに食べ過ぎ。
「いい加減にしないと、無くなっても直ぐには作れませんからね?」
その瞬間、ぴたりと3人の動きが止まった。
「……作れない、のか?」
何で”信じられない!” みたいな言い方をするのかなマレウスさん。
「フォレストディアを大量に捕縛しないといけませんし、冒険者ギルドで解体するのにも時間がかかります。ジャーキーに加工するのだって、けっこう手間隙かかりますからね」
ようやく大人しくなったと安心したのも束の間。
「おいお前ら。連盟の中で【捕縛】と【解体】覚えたやつ何人いる? 鍛冶連盟は【捕縛】1【解体】3だ」
「木工連盟は【捕縛】2【解体】4ね」
「裁縫連盟は【捕縛】5【解体】2ですねぇ」
えっと、何を話し始めているのかな?
「そいつら全員、今から【フォレストディア】に専念だ。反対するやつがいたらジャーキー1つ食わせるのを許可する」
「分かったわ。これもジャーキーのためですものね」
「いざとなれば実力行使も辞さないということでぇ」
いやいやルレットさん、実力行使とか物騒ですから!
っていうか口外するなって言ったの3人じゃないですか!? 何広めようとしているんですか!!
そもそもイベント前日でやることじゃないでしょう!!
結局作るのは私1人しかいないので勝手に獲ってきても知りませんという一言が効いたのか、ジャーキー熱は一旦鎮静化することに成功した。
こうしてイベント前日の会合は、ある意味いつも通りのぐだぐだっとして締まらないまま、お開きとなった。
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