第6話 真里姉と過去と弟妹と
アウトしてブラインドサークレットを外した私の目に映ったのは、真っ白な天井。
1年前に目覚めた時に見たのと、同じ天井だ。
「もう1年経つんだよね」
目を閉じると、目覚めた時のことは未だに鮮明に思い出すことができる。
どうも昔を思い出してしまうのは、きっとエステルさんに会ったせいだ。
どこか境遇の似ている、エステルさん。
そしてエステルさんを慕う、子供達。
幸い、まだ弟の真人も、妹の真希も声をかけにくる気配がない。
だから少し、回想に沈もうと思う。
こんな状態では、弟妹に要らぬ心配をかけてしまうから。
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目が覚めたら、見知らぬ天井だった。
アニメやドラマではよく見る冒頭の台詞。そんな言葉をまさか私も頭に浮かべる日がくるなんて、人生何があるか分からない。
そんなことを考えていたら、”ガタッ”と大きな音がした。
授業中に居眠りしていた男子が、教師に名前を呼ばれ慌てて立ち上がった時に出す音に似ているなと思ったら、本当に男子の顔が視界の中に飛び込んできた。
「真里姉! 意識が戻ったのか!!」
おそらく世間的には整った顔立ちなはずなのに、今は目が見開いていて、とても興奮した様子だった。
正直、ちょっと怖い。
そもそも。
「えっと……どちら様ですか?」
真里というのは確かに私の名前だけど、こんな男子と知り合いになった記憶はない。
バイトと家の事と学校、合間に睡眠という感じで24時間遊びの無い私に、こんな男子と知り合いになったり遊んだりする余裕は皆無だ。
「なっ!? 俺だよ俺!!」
「えっ、家は騙されても差し上げられるようなお金なんてないですよ?」
「違げえよ詐欺じゃねえ! なんで家族相手に騙すんだよ! ってかなんでこんな話ししなきゃいけねえんだよ!!」
「そんなこと言われても……」
まあ確かに直接顔を合わせておいてオレオレ詐欺もないかな。
というか、家族?
家族、そして私のことを真里姉というのは弟妹のうち……。
「……ひょっとして、真人?」
「そうだよ真里姉! 良かった、本当に意識が戻って良かった!!」
そう言って顔をくしゃくしゃにして両手で目を覆って泣く仕草は、確かに小さい頃の真人そっくりだった。
「本当に、真人なの? でもその姿、どうして」
弟の真人は私より5つ下の13歳。身長は142cmくらいの私と同じくらいだったはず。
けれど目の前にいる真人はどう見ても中学生には見えない。
身長も170cm以上ありそうだし、顔立ちも男の子から青年のそれに変わってしまっている。
ちょっと待って、何がどうなっているの?
急に怖くなり、自分の体を抱きしめようとした時。
「あれ?」
腕に力が全然入らない。
それどころか、足も動かない。
起き上がることさえできない。
本当に私は一体どうしてしまったのだろう。
混乱する私の頭に、ふわりと手が載せられた。
「混乱するのも無理ねえさ。まずは落ち着いてくれ。ゆっくり話すから。でも、本当に、良かった……」
泣き止む気配はなく、心から喜んでくれているのが分かり、その分だけ気持ちが落ち着けた。
どうにも大変なことになってしまったようだけれど、真人は立派に育ってくれている。
それだけでも、私は自分のことなんかより、よほど嬉しかった。
真人が泣き止むのを待ってから、私は真人から衝撃の事実を伝えられた。
「……私、5年も意識を失っていたの?」
「本当だ。覚えてないか? バイト帰り、駅の階段で足を踏み外して病院に運ばれたんだよ。その時頭を打ったらしくて、ずっと目覚めなかったんだ。その日から、今日でちょうど5年だ」
そう言われると、掛け持ちしたバイトが終わった深夜、疲労で意識が怪しい状態で駅の階段を降りたような気がしなくもないけれど。
「長く意識が戻らないのは、頭を打った時の衝撃の他に、積み重なった疲労のせいで体がボロボロだったのも原因らしい。母さんが死んでから真里姉ちゃん、俺達のためにずっと無理してただろう」
「……そんなこと、ないよ?」
すっと目を逸らしたいけれど、首を動かすこともできないので難しい。
「真里姉ちゃんが倒れてから、バイト先から次々連絡がきたぞ。掛け持ちしてたのは知ってたけど、1日に4つはやり過ぎだ。しかもそれを数年続けていたなんて、学校の先生、病院の先生も怒っていたからな。勿論、俺も。あと……」
「お姉ちゃん!」
聞き覚えのある声が、と思ったら髪をツインテールにした女の子に抱きしめられていた。
号泣しているけれど、あどけなさの残る可愛い顔立ちは、記憶にあるものと違いなく。
私の7つ下の妹、真希まき。
5年という月日が流れていることを教えてもらったから、真人を目にした時程の驚きはない。
けど待って? 身長は私と同じくらいみたいだけれど、この胸部の豊かさは何事かしら?
ただでさえ脆くなっていた、私の”姉デンティティー”の崩壊が止まるところを知らないよ……。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!!」
ああそれでも、こうして大きな声を出す真希の元気な姿が見れるのは、何時以来だろう。
真希がお家大好きっ子になり、自分の部屋から出なくなったのが私の記憶で2年前。
5年が過ぎた事も加えるなら、7年前。
ご飯を持って行く時、扉越しにほんの少し言葉を交わすだけだったけれど、真希は元々は明るく優しい子だった。
だから私も真人も、自分の扉をいつか開けることを信じて疑ったことはなかったけれど、こうして顔を見ることができるとやっぱり、凄く嬉しいな。
ああ、だめだ。
視界がぼやけて真希の顔も、真人の顔もよく見えないよ。
気がつけば私達三人の泣き声だけ辺りに響いていた。
三人が一緒に泣くなんて、母さんが死んでしまった時以来かな。
でも今度の涙は、とってもあったかくて。
その時、雲が途切れたのか陽の光が差し込んできた。
少し強く吹いた風に広がったカーテンは光を受け、まるで雨上がりに見える光芒のようで。
私にはそれが、なんだか母さんが抱きしめてくれてるように見えた。
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