Mebius World Online 〜ゲーム初心者の真里姉と行くVRMMOのんびり体験記〜

風雲 空

プロローグ

 Medius World Online。


 医療用に研究されていたVR空間へフルダイブする技術を元に、日本の大手企業が開発した世界的にも珍しいVRMMORPGで、略称はMWO。


 謳い文句は”このゲームは現実を凌駕する”というもので、ゲーム内では自然も人の五感も全てリアルに再現され、NPCの振る舞いはAIであることを忘れる程、人よりも人らしいと言われている。


 βテスト時には1千人のテスター枠に対し、その50倍、5万人もの応募がきたらしい。


 当時はそれで随分と話題になったらしく、抽選に当たった人はそれだけで周囲から尊敬されたみたい。


 私はゲームに接する機会も時間もなかったから、MWOがどれだけ凄いものなのか、当たった人の喜びとか、全く分からないのだけどね。


 そんなMWOは、βテストから半年の準備期間を経て、今から半月前に正式にサービスが開始されていた。


 正式サービス開始時の発行ソフト数は3万本。


 βテストで話題になったせいで、正式サービスにおける倍率はなんと100倍を超えたとか。


 そんな凄いソフトが、何故か今私の手元にある。


 私が買った物じゃないよ?


 私の7つ下の妹の真希が、仕事の伝で入手したものだ。


 妹がこんなソフトを伝で入手できる仕事をしていることについては、未だに現実味がないのだけれど。


「はあ……気は進まないけれど、弟の真人まさとにも強く言われてしまったからなあ」


 真人は私の5つ下で、家のことを切り盛りしてくれている頼れる弟だ。


 そんな弟に、


「たまにはゲームでもして息抜きしなよ」


 と割と真剣な表情で言われてしまっては断ることもできず、私はこうして押し付けられたMWOをする羽目になった。


 頼れる姉だったと思えた頃の私は、もう遠い彼方だよ。


「文句を言っても始まらないか」


 ソフトとセットで渡されたブラインドサークレットと呼ばれる、文字通りサークレットと目隠しをセットにしたような器具を額に装着する。


 そのままベッドに横たわりMWOを起動すると、ふわっとした浮遊感と共に意識が薄れていった。



 気が付くと私は、白く大きな柱で囲まれた古代ギリシアの神殿のような場所に立っていた。


 柱には縦に細かな溝が彫り込まれ、風化を感じさせる罅があちこちにあるのに、その白さは逆に真新しい絵具で彩ったかのように鮮やかだ。


 一瞬現実の続きかな、と思ったけれど、床に広がるのが柱と同じ石材ではなく、無数の歯車だった。


 大小様々な歯車が噛み合い、動かしあっているのは、まるで高級な腕時計を動かすムーブメントのよう。


 そんな上に立っているという、現実にはありえないことに否応なくここがゲームの世界なんだと実感させられた。


 それなのに五感はとてもリアルで、私の鼓動も息遣い、体温さえもリアルに感じられる。


 ゲーム未体験の私に、いきなりこれはハードルが高いよ!


 混乱し途方に暮れその場に蹲っていると、不意に明るい光が目の前に降りてきた。


 その光は床に着いた瞬間一際強く輝き弾け、光が収束すると、ゆったりとした光沢のあるトーガを纏った、男女の区別がつかない酷く中性的な人が佇んでいた。


 身長は170cmくらいで、長い銀色の髪に金色の瞳。


 肌は周囲の石材に負けず白く、透明感がある。


 世界中のモデルのいいとこ取りして緻密にパーツを配置していったような、美しいのだけどそのせいで人間味が薄れている感じがする。


「ようこそ、Mebius World Onlineの世界へ。私はこの世界へいらした皆様の案内人、AIのザグレウスと申します」


 片手を胸に当て、腰から深いお辞儀を披露される。


「私は秋月あきづき 真里まりといいます」


 バイトの接客で染み付いた癖で、思わずお腹の辺りで両手を重ね深くお辞儀を返してしまった。


「これはご丁寧に、痛み入ります。しかしここから先は現世とは別の世界。現世のお名前はここまでに、冒険者として、新たな世界でのお名前をお決めください」


 すると目の前に半透明の画面が現れた。


『新しい世界の名前を入力してください』


 名前か……ありふれていそうだけど、ここはシンプルに。


 私は”マリア”と入力した。


 苗字の頭文字を名前の後ろにもってきただけの、何の捻りもないネーミング。


 けれどこのくらいの方が私を私だと認識しやすいからね。


 決してネーミングセンスが壊滅的だとか思ってはいけないんだよ?


「マリアさんですね。とても良い名前だと思います。では次に、貴女の新しい体を構築しましょう」


 そうザグレウスさんがそう言うと、目の前に等身大の私が現れた。


 身長は140cm、に届いてると信じたい。


 腰まである色素の薄い髪に、肉の薄い体に細い手足。


 そしてコンプレックスでもある童顔もそのまま再現されていた。


 甚だ遺憾ではあるけれど、これでは小学生と間違えられるのも仕方ない。


 実年齢はちょっと言い難いけれど、これだけは言いたい。


「どうして成長も止まっていたんだ私!」


 我が身を嘆いていると、ザグレウスさんがそっと肩を叩いてくれた。


 ありがとう、慰めてくれてるのは分かるけど、その容姿でされると傷口に塩振りかけてるのと一緒だよ?


 溜息一つ。


 私は気を取り直し、再度登場したウィンドウから体のサイズを調整してみた。


 身長は高くも低くもできるみたい。


 でも一定の範囲でしか変えられないようで、憧れの高身長には至れなかった……無念。


 それならと胸の大きさを変えようとしたら、”あなたはこのままで”という意味不明の文言と共に修正不可となっていた。


 どうやら現実の体から著しく離れるような体型には調整できないという設定なんだろうけれど、”あなたはこのままで”って何!? 1mmも大きくできないとか悪意なの? 虐めなの?


 いつの間にか7つ下の妹に胸の豊かさで負けていたから、この世界ではと思ったのに、あんまりだよ。


 わたしはガックリと崩れ落ち、もうどうでもよくなり体型を弄るのは諦めた。


 代わりに少しだけ見た目を変えようと、髪の色は濡れるような黒を、瞳の色は澄んだ空のような天色を選んだ。


 これでだいぶ印象は変わるはず、よね。


「お決めになられたようですね。それでは次に、新世界で生きるためのジョブを選んで頂きます」


「ジョブとは何ですか?」


「ジョブとは主にどのような戦闘を得意とするか、その方向性を定めた職業であるとご理解ください。生産職を希望される方もいますが、この世界では生産職というジョブは存在しません。代わりに、生産を行うためのスキルがあるため、スキルの選択により生産をお楽しみ頂くことが可能となっています。スキルについては後程詳しくご説明しますので、ご安心ください」


「そうですか……選択できるジョブには、どんなものがありますか?」


「初期で選択できるジョブは……」


 言いながらザグレウスさんが両手を広げると、金色に輝く11枚のカードが宙を舞った。


「まずは戦士」


 獅子の図柄の入ったカードが反転し、剣を持ち勇猛戦う男性の絵が現れる。


「全ジョブの中でも近接攻撃力の高さに秀でています。体力もあるため、簡単に倒れることもありません。ネックは単体攻撃が多いため、大勢を相手にすることが苦手なことと、魔法による攻撃に対する耐性が低い点が挙げられます。殆どの武器や防具を装備することができますが、その分重量があり必要となる筋力も多くなります」


 うん、言っていることの半分も分からないけれど、とりあえず力が強くないとダメなんだね。


「他には魔術師」


 今度は山羊の図柄の入ったカードが反転し、杖を片手に炎を撒き散らす女性の絵が現れた。


「魔法の扱いに長けており、集団に対する殲滅力は目を見張るものがあります。また様々な属性を操ることができるため、相手の苦手な属性に合わせて攻撃することで、より高いダメージを与えることができます。強い魔法には高い知力が要求されますが、体力や素早さが低いため、防御力としては脆い側面もあります」


 さすがゲーム、魔法なんてあるんだ。


 そしてこっちは頭が良くないとダメなんだ。


「他には……」


 そのまま説明は続いていき、残り9つのジョブが紹介されていく。


 どんなものがあったかというと、聖職者、騎士、盗賊、狩人、召喚士、道化師、拳闘士、楽師、呪術師。


 これから好きなものを選べるらしいけれど、うん、選ぶ前に理解が追いついていませんから。


 どうしよう……ああ、そっか聞けばいいんだ。


「あの、質問してもいいですか?」


「何なりと」


「力の強さも頭の良さも要らないジョブって何ですか?」


「……え?」


 ザグレウスさんの表情が固まった。


 あ、ちょっと反応が人間っぽい。


「失礼ですが、それはどういう意図による質問なのでしょう?」


「言葉の通りですよ? 私は力が無いですし、学校の成績も良くありませんでした。なのでそういう要素が必要のないジョブだといいなって。あ、加えて体力もないし運動神経もないので、それでもやっていけるジョブだと嬉しいです」


「あの、現世のことは考えなくてもよいのですよ? 先程申しました筋力や知力といったステータスは、あくまでこの世界固有のものなのです。なりたい姿を想像しジョブを選んだ後は、それに沿うようステータスを自由に設定することも可能ですし」


「それだと私ではなくなりそうなので、今の私と乖離しないジョブがいいです」


「……分かりました」


 言いたいことは沢山ありそうな感じだけれど、ぐっと飲み込んで了承してくれた。


「ご希望に沿うジョブでしたら、道化師、楽師、召喚士、聖職者が候補になるかと思われます」


「信心深くないので聖職者は外してください。あと動物飼ったことがないので召喚士も」


「…………それでは道化師か、楽師となります。楽師はバフと呼ばれる仲間を支援する術を多く覚えるため、チームを組んで戦う際に重宝されるジョブで、お勧めですよ」


「チームプレイですか……」


 正直チームを組んで戦う私が想像できない。


 となると、残りは一つなのだけれど。


「ちなみに武器? ですけど、どちらのほうが軽いですか?」


「扱う道具の種類にもよりますが、比較的道化師の方が軽い武器が多い傾向にあります」


「なるほど……あ、そうだ。道化師の武器って、こういうのもあります?」


 私が考えていた物のを伝えると「ありますよ」と答えてくれた。


 良かった、これなら私にもまだ馴染みがある。


「では道化師でお願いします」


「それではジョブを道化師と致します。ジョブ固有の初期装備はアイテムボックスに入れてありますので、後程忘れずに装備してください」


 頷くと、次はステータスの設定となった。


「HPはダメージを受けると減少し、MPは一部のスキルや魔法を消費します。そして満腹度はログインしている間徐々に減少していきますのでご注意ください。初期ステータスは現世の能力を反映したバランスになっています。一度ご確認ください」


 視界に映る光アイコンに触れると、ステータスを表す画面が現れた。


(マリア:道化師)

 STR  1

 VIT   1

 AGI   1

 DEX 10

 INT   3

 MID  4


 なるほど、これは確かに現実を反映しているね。


 特に身体能力的な面は”それはそうだよね”という納得の数値だ。


 昔から手先は器用な方だったから、DEXが高いのはそのせいかな。


 ステータスの合計は20。


 皆、合計が一律20だとすると、私の場合他に割り振るところがなかったからじゃないか、と勘繰ってしまう。


 と、ステータス画面をよく見ると、右上に『+10』という表記もあることに気がついた。


「その数値は貴女が自由に設定できるステータスポイントになります。レベルが上がる毎にポイントを取得できるため、強くしたい能力にポイントを割り振ってください」


 現実の私を鑑みて、私は全てDEXに割り振った。


 結果はこの通り。


(マリア:道化師)

 STR  1

 VIT   1

 AGI   1

 DEX 20

 INT   3

 MID  4


「最後に特別な能力、スキルについて。スキルにはジョブスキル、共通スキルがあります。ジョブスキルはジョブ固有のもので、ジョブ専用の武器を用いて攻撃や補助等を行うことで練度があがり、武器に合ったスキルを覚えていきます。共通スキルは皆様が共通で取得できるスキルです。鍛冶や裁縫、料理といった生産スキルもこちらに該当します。覚えたスキルはレベルが設定されており、練度が上りレベルが上がることで、例えば攻撃のスキルであれば威力が上がったり、生産系のスキルでは生産効率や品質の向上が見込めます。またどちらのスキルにも、取得にはスキルポイントが必要となります。スキルポイントはレベルアップ時、及びイベントやクエストによっても入手できます」


「その共通スキルは、どうやったら覚えられるんですか?」


「共通スキルはMedius World Onlineの住人から”教えてもらう”ことができます。それは一部のジョブスキルについても同様です」


 こっちは覚えるじゃなくて、住人から教えてもらえる、か。


「説明は以上となりますが、何かご質問はありますか? 特になければ、始まりの街となるエデンへと転送致します」


「そのエデンに着いたら、何をしたらいいんですか?」


「何でも。冒険に出て強くなるのも、生産に没頭するのもよろしいでしょう。貴女のしたいことを思うままに。ただ、一つだけ案内人としてアドバイスさせて頂けるならば、Medius World Onlineの世界も、現世と同じです。因果は巡り、皆様の行動が世界を変える可能性があることを、どうか心に留めて頂けますよう」 


 これまでの社交的な説明とは異なり、最後の言葉はなんというか、ザグレウスさんの想いが感じられた。


 言われたこと、忘れないようにしないとね。


 この時の私はもう、ザグレウスさんのことを人としか思っていなかった。


 そして、足元に円形の幾何学模様が浮かんだかと思うと、私は一瞬にしてその場から転送された。

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