奇妙な旅の招待状
東雲まいか
第1話 突然来た招待状
ある猛暑の日、私はリビングルームでクーラーを付け、冷気に当たって体を冷やしていた。冷蔵庫からよく冷えた麦茶をコップに注ぎ、クーっと一息にあおる。
「うまいっ! 体に沁みるなあ」
「ちょっと、オヤジがビール飲んでるみたいじゃない」
妹は冷めた目で私を見ながら、自分のコップに麦茶を注ぎ、ごくごくと喉を鳴らす。
『ピンポーン、ピンポーン』
ドアの方から音が鳴り響いている。
「ちょっと、誰か来てるわよ? あんたたち、早く出て!」
洗濯物を取り込んでいる母が、振り返って大声で叫んでいる。
「ちょっと出てよー。こんな格好じゃあねえ」
短パンにTシャツ姿の私は、妹に目配せする。
「全くもう、しょうがないなあ」
ドアフォンを押して相手の顔を見ると、この暑い中背広を着こんで、髪を七三に分けたおじさんがかしこまってこちらを覗いていのを目にする。私は、背後からその顔をちらりと見た。
「はーい、何の御用でしょうか?」
妹がドアを開けて、返事をしている。
「私は西園寺家の執事で、早坂守と申します。この度、私共の会長がこちらのお嬢様にお話がありまして、突然で恐縮でございますが、お伺いした次第です」
私は顔を出さずに、二人のやり取りを聞いていた。執事などという、聞きなれない単語が飛び出してきたので、聞き耳を立てた。
「西園寺家とは? どこかのファストフード店でしょうか? バイトのお話ですか?」
「私どもは、ホテルをはじめとして、複数の会社を束ねるグループ企業を経営しております。こちらにめぐるお嬢様はいらっしゃいますでしょうか? 会長から直々に御招待したいという申し入れがございます。御両親にぜひお会いして、お願いしたいのですが」
丁寧な口調で話しているようだ。込み入った話のようで、対応が難しくなってきて、母親を呼んだ。
「お母さーん。ちょっときてーっ。こちらの方がめぐちゃんのことでお話があるそうよ」
ベランダから返事がして、スリッパがパタパタと鳴る音が続く。
「ハイ、お待たせしました。どんなご用件でしょうか?」
執事が丁寧に説明を始めた。
「実は、お宅様のおじいさまは会長の学生時代のご友人でした。それはそれは仲がよろしかったそうです。この度、こちらのめぐるお嬢様を是非ご招待したいと申しております。詳しい話はその時になさるそうでございます。お嬢様にお伝えして、是非いらしてください」
めぐるという名前が何度か出てきたので、玄関から顔を出さずに、ずっと話を聞いていた。家の祖父は数年前に亡くなったのだが、祖父の友達が私に何の用なのだろう? まあ面白そうだし、行ってみようか?
執事さんからもらった招待状を開けてみて、三人とも唖然とした。西園寺というのは、やはりかの有名な西寺グループを束ねる会長のこと! 私を呼ぶなんてどういうことなのだろうか。私でなければできないアルバイトのお誘い? 成績はごく普通だし、運動は苦手、だが料理は少しはできる。英語は……話す方は度胸でできる。そうだ虫に触れることができる。これは案外すごいことかもしれない。しかし、そんな大層なところへ呼ばれる程凄い能力など持ち合わせているとは思えない。妹と比較すると、のんびりしているし、容姿も似たり寄ったりだ。男子にもてた経験もあまりない。いいや、合点がいかないことだらけだが、理由を考えるのはやめておこう。
会社から帰ってきた父親に訊いてみると、昔そんな話を祖父から聞いたことがあるということ。行ってみたらどうだろうか、という答えだった。
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