第50話 アオイの過去、現在(いま)

『そして最後に、魂浄請負人は、生きている人間にその能力(チカラ)をことができる。能力(チカラ)を分け与えられた人間は一時的に幽霊を視たり触ったりすることができるようになる。でも、これはできるだけ…………いや、絶対に使わないで』


『生きている人間が幽霊を視たり触れたりできると、悪用されるリスクがあるということかい?』


『もちろん、それもあるけど…………もっと大事な問題よ。魂浄請負人となった者はその霊体を生体として現世に固定させる。その状態で力を分け与えるということは、一度生体として定義された体を霊体に近づけていくことの他ならない。それは、とても曖昧で、危険な状態…………。碧、もし魂浄請負人自身が未練を断ち切って成仏する前にすべての力を他人に与えきってしまったらどうなると思う?』


『もとの霊体に戻る、のではないのかい?』


『いいえ。一度生身の体を得た幽霊は、もう元には戻れない。力を使い切った魂浄請負人は、する。消滅とは、死でも成仏でもない。消滅した者は、生者死者を問わず、今まで関わってきた者の記憶から排除され、世界は最初からその者がいなかったものとして再定義される。あの世に昇華されることもない。あなたの喜怒哀楽も、葛藤も、努力も、すべてが無かったことになる。こんなに辛いことはないわ…………。だからどうか、他人に力を分け与えることだけは避けてちょうだい。私も、向こうであなたに会えなくなるのは寂しいから…………』


『そうか…………わかった。肝に銘じておくよ、杏』


 ボクはこの時、消滅が怖くてそう答えたわけじゃなかった。母とはもう話せない。現世の人間に未練もない。未練を断ち切って成仏したところで、何になるのか。だから、どっちでもいいと思ったんだ。…………でも、杏がボクを見る目があまりに必死で、本当に自分のことを思っているんだと、そう感じたから、そう答えるしかなかったんだ。


『ありがとう。私は、そろそろこの世を離れなくちゃいけない。碧、あなたはこれから多くの悲しみ、多くの苦しみに直面するでしょう。でも、その分の優しさ、幸せにきっと触れることになる。幸せになったあなたに会えることを、信じているわ』


 そうして杏は天に旅立った。手元に残ったのは、杏が羽織っていたローブだけ。


『…………寒い』


 そこでボクは自分が生身の体を得たことを自覚し、杏の話が本当だったということを理解した。


 その後ボクは本格的に魂浄請負人としての仕事を始めた。最初の頃は未練の対象である人間どころか幽霊すらまともに取り合ってくれなかった。それが自分の身長や見た目の年齢、弱弱しい雰囲気のせいだと気づいてから、ボクは尊大に、より冷静にふるまう練習をした。


 そのうち少しずつ幽霊に話を聞いてもらえるようになり、やがて運よく初めて未練を断ち切ることに成功した。


 魂浄請負人になってからのボクは日中歩き回り、夜は学校の屋上の一番高いところで星を見ていた。


 そしてある日の夜、屋上に登ってきたキミが見えたんだ。

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