第22話 茜の策・再び

 次の日の朝、わたしとアオイは公園で秋津くんの元に行っていた。


「よう…………その、昨日、あの後はどうだった?」

「ばっちり、お互い向き合って仲を深められたよ! 撫子ちゃんとも…………それからアオイとも!」


 言いながらアオイの頭をポンポンする。


「やめろアカネ! ポンポンするなっ」


 アオイはわたしの腕を掴んで抵抗する。


「ははっ、それは良かった!」

「……ありがとね。たぶん、秋津くんがいなかったら、わたしは勇気、出せないままだったかも」

「やり遂げたのはお前だろ。それに、お前たちにはこれから俺の依頼のためにがんばってもらうんだから、それでおあいこだ」

「うん! 任せて!」

「こほん! 善は急げというやつだ。さっそく作戦会議といこうじゃないか」


 アオイは咳払いをして話題を切り替えようとする。


「あれ? もしかしてアオイ、やきもち焼いて…………」

「焼いてない。ボクはただ早く依頼を解決したいと思っただけだ!」


 アオイはほっぺを膨らませる。表情がころころ変わっていくアオイを見るのは楽しい。…………思えば、出会って最初の頃はポーカーフェイスが多かった気がするなあ。


「お前ら、ほんと仲いいな。仲いいのはいいことだが、俺もそろそろ本題に入ってほしいと思うんだが…………」

「あはは、そうだよね…………ごめんごめん。ついつい…………」


 アオイはぷいっとそっぽを向く。


「こほん…………では改めて、作戦会議を始めます!」


 ***


「それじゃあ改めて現状の確認だね。まず、秋津くんの未練は、自分が自殺したことでチームメイトの士気を下げて、甲子園の目標を達成させられなかったこと…………というより、みんなの心を野球よりも自分につなぎとめちゃったこと…………かな?」


「ああ、その通りだ。みんなきっと、大なり小なり俺が死んだことに対して負い目を感じてる。……だから、そんな必要はない、って、ちゃんとみんなに伝えたい。それが俺の想いだ」


 それと、と秋津くんは続ける。


「俺は両親にも謝りたい。アイデンティティを失った俺を必死に支えようとしてくれた、その恩を……仇で返すようなことをしちまったから…………」

「うん…………わかった。アオイ、チームのみんなの卒業後の居場所はつかめた?」

「ああ、就職したり進学したり、散り散りになっている。一人ひとり回っていたのではとてもじゃないが時間がかかるだろうね」

「うーん、予想はしてたけど、そうだよね…………。全員を一か所に集められる方法があればいいんだけど…………死者から届く手紙、とか怖すぎるし…………」


 頭をひねって考える。友達……メッセージ……。


「あ!」

「おお、どうしたいきなり大きい声出して」

「秋津くん、メッセージアプリのアカウントって、まだ残ってる?」

「ん? ああ。多分、まだ使えると思うぜ。部のグループも、多分まだ入ってる、と思う」


「よし! じゃあそれを使ってみんなを集めよう!」

「おいおい、それこそ死者からのメッセージじゃないか」

「手紙ならきっとなにかのいたずらだと思って取り合わない…………でも、メッセージアプリならログイン情報を知ってるのは秋津くん本人だけ。だったら偽物ってわかってても興味引かれると思うから」

「なるほど。でも、それで全員来てくれるか、というところには疑問が残るかな」


 アオイが口を開く。


「まあそこは、何かこう、行ってみたくなる文章を考えて、ね」

「雑だな…………でもまあ、たしかに一か所にみんなを集めるって意味ではいいかもしれないな…………文章は俺とチームのみんなしかわからないことを上手く活用すれば行けるかもな」

「うん、じゃあそれで決定!」


「それでアカネ、そうして全員を呼べたとして、どうするんだい? 前みたいにシュウヤの言葉をそのままチームメイトに伝える、とか」

「うーん、それも、大人数相手にはなかなか難しい気がするんだよね…………」


 なんとなく、秋津くんの右腕が視界に入る。アイデンティティ。野球を通して同じ目標に向けてがんばった仲間、か…………。


「…………決めた、わたし、投げる」

「「?」」


 二人が同時に頭の上に疑問符を浮かべる。


「秋津くんのフォームで、秋津くんの球を、わたしが投げる!」

「「!?」」


 二人の表情は、疑問から驚きに変わった。


 ***


「待て待て、どうしてそうなった?」


 秋津くんは理解が追い付かないという顔でツッコミを入れる。アオイも不思議そうな顔でわたしの方を見る。


「要は、『本当に秋津がここにいるぞ!』って思わせることができればいいんでしょ。ならほら、やっぱ男ならプレーで語るのが大事なのかな、って。わたしは男じゃないけど」


 二人が納得するかしないか微妙な表情を浮かべること数秒、秋津くんが口を開く。


「……確かに、本気度を見せつけるって意味では、いいのかもしれないな…………」

「でしょ? わたしの投球に秋津くんを感じさせられたらもう勝ちだと思うんだよね。アオイはどう?」

「……まあ、今までアカネの策は成功してきたからね。今回もアカネに任せるよ」

「よし、じゃあ決定ね!」


「…………それでいいとして、お前はどうやって俺のピッチングをするんだ?」

「それはもう、秋津くんに教わってひたすら練習だよ!」

「ちなみに聞くけど…………お前の運動神経は?」

「中の中! 平均値!」

「…………わかった。俺の特訓は厳しいぞ!」


 にやりと笑う秋津くんの目は少し怖い……。


「りょ、了解…………!」


 苦笑いをしながら敬礼する。


 …………秋津くんは、きっとチームのみんなと野球をしたがってる。たぶんそれは、秋津くんが無意識に抱えている、もうひとつの未練。秋津くんが死んでしまった以上、直接野球をすることは叶わないけど、最後に少しだけでも……大好きな野球に触れてもらいたい。


「そのために、わたしも頑張らなきゃ……!」


 小声でつぶやく。


「ん? 何か言ったか?」

「ううん、なんでもない!」

「今のアカネの案で、チームメイトの方はいいとして、両親の方はどうするんだい?」


「……ぶつかる、しかないと思う。いや、ぶつかるべきだと思う。菫さんの時みたいに、知り合いだとか嘘つくんじゃなくて、秋津くんの言葉を直接ぶつける!」

「伏見…………」

「……わたしには、本当の親っていうのがどういうものか、正直わからなかった。いや、藍さんの依頼を終えた今でも、正直よくわからない」

「でも、人と人なら、気持ちは絶対通じるって、そう思うから…………!」


「……ああ、ぶつけてみせるよ、俺の気持ちを」


 秋津くんは拳を握りしめる。


「ボクが調べた情報によれば、明日はシュウヤの父が有休で二人とも家にいるらしい。明日にするのがいいだろう」


 アオイはいつものように必要な情報を必要な時に教えてくれる。


「うん…………ありがとう二人とも。まずは明日、みんなで力を合わせて頑張ろう!」

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