第16話 撫子色の情景
依頼を受けたわたしたちは、その後別行動をとっていた。アオイは秋津くんがチームメイトの卒業後の進路を知らないと言うので、そちらを探しに行った。毎度のことながら一体どんな方法で情報を調べてるのか……。
一方のわたしは、どんな方法を使って秋津くんの気持ちを両親やチームメイトに伝えるか考えながら、とりあえず帰りの途についていた。
人通りが少ない住宅街で真昼間から高校生が一人で歩いてたら普通に目立ってるよなー、とここ数日の行動に思いを馳せつつ、でもそういえば今日は土曜で学校も休みか、と思った矢先、後ろから声が聞こえた。
「あれ? 伏見じゃない?」
その瞬間、背筋がぞっとする。鼓動が跳ね上がり、全身の血が冷たくなる。
この声……間違いじゃなければ…………。いや、聴き間違えるはずもない。わたしのいじめの元凶であり、中心人物。清瀬、
「…………」
恐る恐る後ろを振り向く。そこには、3人の制服姿の女子高生が立っていた。
真ん中に立っている顔の整った茶髪のセミロングが、声の主でありバレー部のエース、そして……わたしのいじめの中心人物、清瀬灰音。その右側に立っている目つきの悪い黒髪ショートが、バレー部で清瀬灰音の取り巻きの小川梅子。
…………そして、左側に立っているのが、同じくバレー部の萩山撫子(なでしこ)…………わたしの、かつての親友。
***
中学校で友達が少なかったわたしは、その数少ない友達とも別の高校に進学し、さらに慣れない一人暮らし生活が始まることもあって、一人で不安の中入学式に臨んでいた。
掲示板に貼ってあるクラス名簿を見て、自分のクラスを探す。まあ、どのクラスになっても知り合いなんてほとんどいないし、何組でもいいか、とか考えながら自分の名前を探していた。1年A組にわたしの名前は…………なし。B組…………もなし。中学校の友達と同じクラスになって嬉しがる声、別のクラスで残念がる声を耳で拾いながら、名簿を横目に見て歩く。
C組は、っと。な行…………は行…………ふ、伏見、茜。
「……あった」
「あった!」
ほぼ同時に隣からも声が聴こえた。
「……え?」
「ん?」
隣を振り向くと、わたしより少しだけ背が低くて、後ろで三つ編みにしたきれいな黒髪が印象的な少女が立っていた。
「もしかして、あなたもC組?」
その少女は、柔和な目をこちらに向ける。
「うん。その……あなたも?」
「うん!私は萩山撫子、あなたは?」
「わたしは、伏見茜」
「伏見さん……よろしくね!」
これが、わたしと撫子ちゃんとの出会いだった。
***
その後、撫子ちゃんは中学校の時からやっていたというバレー部に入った。
撫子ちゃんはわたしをバレー部に誘ってくれた。それはとても嬉しかったけど、わたしは中学時代テニス部に入って、運動部の空気について行けなくて途中で退部したような人間だから、きっとまた馴染めないと思ってその誘いには応じなかった。わたしは文化部をいくつか見て回ったけど、どれもいまいちぴんと来なくて、結局帰宅部になった。
今思えば、馴染めないとかぴんと来ないとか、そんなのはわたしの気の持ちよう、わたし自身の問題だったんだろう。でもその時は、なにか奇跡のような青春が向こうから舞い込んでくるような、そんな淡い期待を抱いていたのかもしれない。
そんな受け身だったわたしに唯一積極的に話しかけてくれたのが撫子ちゃんだった。
それからわたしは学校では撫子ちゃんといっしょにお昼を食べたり、いっしょに教室移動をしたり、お話したり、とにかくたくさんの時間をいっしょに過ごした。休みの日には二人で出かけたり、テスト前にはわたしの家でいっしょにテスト勉強をした。
文武両道でとても優しい撫子ちゃんといられることが、わたしにはとっても嬉しかった。
1年生の終業式の後の春休みに、二人で公園で話した時のことを、わたしは今でもはっきり覚えている。
「ねえ、茜ちゃんは、将来の夢とかある?」
二人で横並びでブランコに乗りながら話している最中に、撫子ちゃんは私の方を向いて話し始めた。
「え? うーん、考えたことないなー。お、お嫁さん、とか?」
突然の質問にわたしは戸惑った。
「ふふっ、そっか。茜ちゃんらしいね。」
撫子ちゃんは、いつもの笑顔でわたしに笑いかけてから、空を見上げた。
「私はね、学校の先生になりたいの。時に優しく、時には厳しく、正しい方向に子どもたちを導けるような、立派な先生に…………」
「そうなんだ…………。きっとなれるよ、撫子ちゃんなら!」
そう言って振り向いたわたしの目には、空を見上げる撫子ちゃんの目に溜まった涙と、震える手が映った。この時、撫子ちゃんが何を抱えていたのかはわからない。
その数日後、わたしへのいじめが始まった。それから撫子ちゃんが、わたしの呼びかけに応じることは一度もなかった。目を、合わせることさえも…………。
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