第4話 無色な人影

 目が覚める。時計を見ると時刻は午前8時すぎ。窓からは清々しい朝の光が差し込んでいる。


「ん……」


 上半身を起き上がらせて伸びをする。


「……なんか変な夢を見たような気がする」


 学校の屋上から飛び降りて自殺しようとしたら後ろから声かけられて振り向いたら銀髪碧眼の美少女が立っててその美少女は幽霊を成仏させる仕事をしててわたしもそれを手伝うことになった、みたいな。


「…………!」


 がばあ! とベットから出て手帳を見る。


『午前10時〇〇公園集合』


 これは、まちがいなく昨日、アオイと約束した集合場所と集合時間だ。


「やっぱり夢じゃなかった!」


 現実をまだ把握しきれていない自分と、昨日のことが夢じゃなくて少し嬉しい自分がいる。


「ところで今日は平日だけど、わたしはともかくアオイは学校行かなくていいのかな?」


 ***


 時刻は10時前、公園に向かうと、黒いコートを着てフードを深く被った小柄な少女がブランコの上でたたずんでいた。


「えっと……アオイ、だよね?」


 少女は声に反応しこちらを見る。昨日見た碧い眼だ。


「やあ、アカネ。待っていたよ」


 アオイは昨日と同じ口調で言葉を紡ぐ。


「えっと……そのカッコはなに?」


 黒魔術でも使いそうな怪しすぎる格好に突っ込まざるを得ない。


「ああ……ボクは今、そうだな、家出少女みたいな状況だから、あまり顔を見られるわけにはいかないんだよ。」

「へー……」


 家出ね。それでこんな格好を……。


「……って家出!? なんで!? なにがあったの!? いつから!?」

「ボクのことはいいから、これから今回の依頼人のところに……」

「よくないよ! こんなかわいい子が出ていって、きっとご家族も心配して……」

「いや、だからボクのことはいい……」

「よくな……」

「いいって言ってるだろ! キミには関係ない話じゃないか!」

「あ……」


 フードからちらりと見えたアオイの顔は、今にも泣きだしそうだった。やってしまった、と思った。


「…………ごめん。アオイにも何か訳があって家出してるんだよね。わたし、アオイの気持ち、ちゃんと考えてなかった……」

「……いや、ボクの方こそすまない。冷静さを欠いてしまった」

「でも、アオイは、わたしには関係ない話だ、って言ったけど、それはちがうよ」

「だって、わたしはアオイの仕事仲間、いや、友達…………だもん」


 言ってしまった……! これで友達じゃないとか言われたらへこむ。めっちゃへこむ。ちらりとアオイの方を見る。


「友達、か。ああ、そうかもしれないね」


 少しはにかんだアオイの顔を見て、ホッとしてとても幸せな感覚が訪れる。なんだか、長らく味わってこなかった気がする感覚。1日前のわたしとはまったくちがうわたしになった、気がした。


「と・こ・ろ・で」


 アオイのお腹のあたりに耳をそばだてる。

 ぐううう……という音が聴こえる。


「さては昨日の夜から何も食べてないね? お姉さんがおごってあげるから好きなもの食べなさい!」

「いや、別にボクは……。それにボクはアカネより……」

「ぐだぐだ言わない! ほら、行くよ!」


 わたしたちの初仕事は、腹ごしらえからスタートした。


 ***


「で、さっき言ってた今回の依頼人の人……幽霊? は、どんな人なの?」


 コンビニで買ったおにぎりを食べながら、ベンチで隣に座っているアオイに横目で話しかける。


「ボクもどんな未練をこの世に抱いているかまでは聞いていないが、昨日会った感じだと20代後半くらいの女性だ。おそらく死因はありふれたものじゃないだろう」


 サンドイッチをリスのように頬張りながらアオイが言う。


「時間的にはそろそろだと思うんだが……」

「……!」


 アオイは何かに気づいたようにサンドイッチをごくん、と飲み込みつつ立ち上がった。


「やあ、こんにちは」


 アオイは誰かに挨拶しているようだけど、わたしには何も見えない。


「あの……アオイ?」

「そうか、キミには見えていないんだったね、アカネ」


 アオイはこちらに振り向いて顔を近づけてくる

 。

「!……何を!?」

「いいから、動かないで、そのままじっとしていてくれ」

「…………!」


 顔! 近い! 今からわたし一体何をされちゃうの!?


「……よし、もういいよ。これで見えるようになったはずだ」

「え?」


 わたしの盛り上がりをよそに顔を離していくアオイの向こう側に、人影が映った。


 ***


「ボクの能力(チカラ)をキミに一時的に貸し出した。これで幽霊が見えるし話せるし触れる」

「事前説明してよ、バカ!」

「? ……なにを怒っているんだい? それより見てごらん。今回の依頼者だ」


 さっきまでは何もいなかった場所に、20代後半くらいの女性が立っていた。どうやらこの人が今回の依頼者らしい。


「……あなたたちが、この世に残った未練を断ち切り霊を成仏させるっていう人たち……で、いいのね?」


 女性は少し不安げな表情で尋ねてくる。たしかに、依頼をしに来た相手が私服を着た女子高生と制服の上に黒いローブを着た女子高生だったら不安にもなるだろう、と思う。


「いかにも、ボクたちがキミたち幽霊の未練を断ち切り成仏する手伝いをする、魂清請負人ソウルパージャーだ。ボクがアオイでこっちがアカネだ」

「よ、よろしくお願いします」


 アオイの紹介に合わせて会釈する。心なしかアオイがノリノリな気がするのは気のせいだろうか。


「まずはキミの名前から聞こうか」


 というかこの子、歳の近いわたしだけじゃなくて、いかにも年上なお姉さんにもタメ口使うんだな……キミって呼んでるし。


「私は小金井藍(あい)。藍でいいわ。よろしく……」


 藍さん、か。美人だけど、痩せた体や憂鬱そうな表情のせいで損をしている気がする。


「了解した、アイ。それではさっそく話してもらうよ、キミがこの世に残した未練について」


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