第21話 航海しとこうかい?
やっとの思いで南の岬まで来た。
海から吹き付ける潮風が思いのほか強烈だ。
この後は三人組と落ち合って船に乗り、南の孤島へと渡る訳だが果たして奴らは約束通りここに現れるだろうか。
「本当に大丈夫なんでしょうか……」
「………」
イングリットが不安な心情を吐露するが、俺はそれに答えられずにいた。
長く冒険者をやっていると騙されることも結構あった。
約束通りの物が届かない、若しくは話し以下の粗悪品を掴まされる、頼んだ人員が来ない、若しくは人数が少ない……など俺も依頼や取引において思い出せない程の詐欺や詐称にあったものさ。
最悪は潜入捜査の依頼で情報を買ったはいいが、潜入先にその事が筒抜けで待ち伏せにあったことだな。
あの時は不死身の能力で何とか乗り切ったが、あれからしばらくは人間不信に陥ったっけ。
これならモンスター相手の討伐クエストの方がよっぽど気が楽だ。
ただ今回の取引相手はあの三人組な訳だが、俺は信用に値すると思っている。
確かに最初の出会いは最悪だったが、それから数か月後の一昨日にあった時は見事に改心していた。
あれが上辺だけのものだとは俺には到底思えない、確かに悪人がどん底から這い上がり堅気になるというのは並大抵の苦労ではない、何故ならこれまで通り悪事に走った方が楽に大量に稼げるからだ。
だがあの三人からはそんな様子は感じられない、それは目を見れば分かる。
根っからの悪人は目が死んでいるのだが、あの三人は目が輝いていた。
俺の主観だから当たりはずれもあるだろう、だが俺は自分の勘を信じることにした、手痛い目に遭ったとしてもそれは奴らを信じた俺の責任だ。
岬の上からはそれらしき船は見当たらない、俺は海岸に降りる坂道を見つけ降りてみることにした。
降りた先、そこには桟橋があり船着き場になっていた、そしてまだ船は一隻も接岸していなかったのだ。
「アクセルさん……」
追いかけてきたイングリットが心配そうに声を掛けてくる。
裏切られたか……しかしそれならそれで諦めてすぐに次の行動に出た方が得策ってもんだ……とにかく俺たちには時間が一番惜しい。
「上に戻る……」
踵を返しそう言いかけた瞬間、海の方から声がした。
「旦那ーーーー!!! お待たせしやしたーーーー!!!」
船が見える……しかも長期の航海が出来るようなかなりの大型船だ。
甲板から身を乗り出し、手を振りながら叫んでいるのはモヒカンだったあの男だ。
来てくれたか……俺はほっと胸を撫でおろす。
桟橋に到着した船から数人が降りてくる、彼らは誰もが筋骨隆々で、いかにも船乗りといった見てくれであった。
「お待たせしましたアクセルさん、約束通り馳せ参じましたよ」
三人組のリーダーが俺の前に現れ丁寧にお辞儀をする。
「来てくれて嬉しいよ、でもこの船、デカすぎやしないか?」
「いえいえ、大恩あるアクセルさんをボートやボロ船に乗せるなど無礼にもほどがあるでしょう」
確かにこの船なら快適に海を渡れるだろうし、数日貸し切りと考えると金貨三枚では安すぎる。
「ささっお前たち、お客様の荷物を積んで差し上げて!!」
「うっす!!」
リーダーの指示で屈強な船乗りが俺たちの荷物を船まで運んでくれた。
これは何から何まで至れり尽くせりだな。
そして俺たちも彼らに続いて乗船した。
「それではどうします? すぐに出発できますが……」
「ああ、すぐに出してくれ……目的地は南の孤島だ」
「畏まりました、みんな出航準備に取り掛かれ!! 出航だ!!」
リーダーの一声でゆっくりと船体が桟橋から離れていく……そして徐々に加速をはじめ大海原へと繰り出した。
とうとう俺たちは海へと冒険の一歩を踏み出したのだ。
船に乗ったのはこれが初めてではないが、久しぶりの船上は心躍るものがある。
「ウガッウガッ!!」
手すりに掴まり大興奮で身体を乗り出すカタリナ。
「海に落ちたら助けようがないから気を付けろよ?」
「ウガッ」
カタリナは俺に頷き、すぐに落ち着いた状態になる……この聞き分けの良さは助かるが、主人としての俺の命令を履行しているのだと考えると心苦しい。
だが彼女を道具として使う気はさらさらないからな、ましてや使い捨てなど人理にもとる行為だ。
不死身の俺が人の道徳を語るなどおかしな話だが、そこが麻痺してしまってはもはや俺は人の姿をしているだけのただの怪物になってしまうからな。
「ところでアクセルさん、目的を伺っても?」
リーダーが俺の側にやってきた。
「そうだな、俺は南の孤島にだけ自生するという植物になる『知恵の実』を探しに行こうと思っているんだ」
「知恵の実ですか……あいにく私は存じませんが、あの島は以前、珍しい植物や鉱物が取れるという事で探索ラッシュが起こっていたらしいですね」
「いつの話しだ?」
「確か50年前だったと聞き及んでますが」
「そうか」
「そのあと詳細は不明なのですが、ぱったりと渡航する人間がいなくなりそのまま本土との連絡船も廃止、そして今に至るようですよ……これは危険な香りがしますねぇ」
「そうだろうな、あのライムが面倒くさがるんだ、相当なのだろう」
「ライム様ですか?」
「おっとこっちの話しだ、最近ちょっと付き合いのある引きこもりの変人だよ」
少なくともこのライムに対しての認識は間違ってないよな?
「これは失礼しました、それでは島に到着するまでごゆっくりお過ごしくださいませ」
「悪いな」
リーダーはお辞儀をし、俺たちの前から去っていった。
「あれはライムさんに対して失礼ですよ?」
「いいじゃないか、いつも無理難題を吹っかけてくるんだ、これくらいの陰口をたたいても罰は当たらないぜ」
「もう……」
イングリットは呆れた顔をする。
「島に上陸したら何があるか分からない、今の内に身体を休めておけよ? 俺は船内で寝てるからな」
「ええっ? 寝ちゃうんですか? まだ起きてからそんなに立ってないのに?」
俺は背中越しに何か言いたげなイングリットに手を振り船内に入った。
寝室を探すついでに少し船内を見物してみるか、甲板に上がるまでに通った時にも感じていたが、よくこれだけの立派な船を調達できたものだな。
会食が出来る程の大広間、窓際にあり見晴らしのいいレストラン、それにカジノまである……何だこれ? これではまるで世界各地を巡る豪華客船ではないか。
完全に目的とかみ合っていない……南の島まで片道一日もかからないんだぞ?
「おや、船内を散策ですかな?」
再びリーダーに出くわした、丁度いい俺の中に湧き上がった疑問をぶつけてみよう。
「おいお前、こんな豪華客船をどうやって手に入れた? 数日の貸し切りが金貨三枚ってのはこの船の料金としては安すぎる」
場合によっては俺にも考えがある。
「お疑いですか? とても残念です……ですが確かに疑惑を抱いてしまうのは無理からぬこと、我々としてもこの船の入手は幸運としか言いようがなかったのですから」
「聞いてもいいか?」
「疑いが晴れるのならば」
リーダーに促され談話室に二人で入った。
「何をお飲みになります?」
ガラス棚には高級そうなワインなどの酒瓶が並んでいる。
「いやいい、俺は酒はやらないんだ」
「これは失礼」
「では話しを聞かせてもらおうか?」
「はい、アクセルさんの金貨を元手にギャンブルで財を成したお話しは以前しましたよね?」
「ああ、憶えてるよ」
多めのチップのつもりがまさかそんな事になっていたとはと驚いたものだ。
「その資金をもとにまず運搬業に手を出したのですが、そこで奇妙な情報を入手しましてね」
「それは?」
「世界をめぐる豪華客船が無人のまま海上で発見されたというものでした、しかしその船体にはなんの損傷もなく、海賊などに襲われたとは考えにくい……しかし百人からの人間が忽然と海上の船内から消えたのはどうした事かと、業界内では話題になりましてね、しかしそんな不気味な現象の起きたいわくつきの船ですからね、所有権を持つ業者は船を手放し、全く買い手が付かない訳です……だから我々が格安でその船を買い取ったという事です」
「ちょっと待て、そのいわくつきの船って……」
「はい、もちろんアクセル様と私がいま乗船しているこの船『シーファントム号』ですよ」
「………」
俺は頭を抱えた、この船って物凄く危険なんじゃなかろうか。
「ところでその人が消えた原因は分かっているのか?」
「いいえ、未だ調査中ですが原因は特定できておりません」
「おいおい!! そんな何が起こるか分からない船に俺たちを乗せたってのか!?」
俺はリーダーの胸倉を掴む。
「アクセルさん、成功者と敗北者の違いをご存じですか?」
「なんだよ唐突に」
胸倉を掴まれているというのにリーダーは全く動じていない。
「身をもって知った私の経験から語らせていただきますが、成功者とは誰も思いもつかない斬新な発想、常識にとらわれない柔軟な思考、それとここぞという時の決断力が出来る者をいうのです……私どもの今日の成功と富はそれらが出来たからあるのだと確信しています」
「それはそうだろう、しかしそれを実践できたとして誰もが成功者になれるとは限らない」
「ごもっとも、だからこそ一度掴んだ好機を逃してはならないのです、こんな言葉を知っていますか?『チャンスの女神には前髪しかない』」
「その女神、後ろは禿げているのか?」
「違います、チャンスは来た時に捕まえないと、通り過ぎてしまってからでは掴めないという事を言っているのです」
「成程ね」
「だからいわくつきと分かっても私はこの客船を買い取りました、無い後ろ髪を追いかけないために」
そうか……改心してこっち、こいつはこいつなりに矜持をもって生きて来たんだな。
俺だってどう転ぶか分からない状況に自分の勘を信じて飛び込み状況を打破してきた、だからこいつの言っていることも完全同意では無いが分かる気はする。
「御心配には及びませんよ、購入から約ひと月、試験航行を行いましたが人の消失は起きていませんから……それに私自らが乗っているのです、自信が無ければそんな危険なことはしませんよ」
「ああ、もう分かった……お前の度胸には敬意を払うよ」
「ありがとうございます」
会話を終えた俺は再び甲板に出てた、すっかり眠気が覚めてしまったな……。
さっきの怪現象の話しは俺の胸の中にしまっておこう、イングリットに教えようものならきっとパニックを起こしてしまうだろうから。
薄っすらだが前方に陸の影が見えるな、恐らくあれが南の孤島……あと数時間で到着する。
何が待ち受けているか分からない不気味な島だが、ここまで来た以上あと戻りはできない。
「あっ、いたいた!! アクセルさーーーん!!」
「ウガッ!!」
向こうの甲板からイングリットとカタリナがやって来る、島で何があろうと彼女たちだけは必ず守り通す……俺は決意を新たにした。
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