第15話 それぞれの責任

 血で汚れてしまった身体を洗うため、俺はイングリットとカタリナを連れて教団が禊ぎに使っていたあの滝つぼまで来ていた。


 男である俺と彼女たちが一緒に水浴びするわけにもいかないので、女性陣二人に先を譲った。

 

「カタリナ、両腕を上げて」


「ウガッ!!」


 イングリットの言う事を聞き万歳をするカタリナ、その隙に一気に衣服を脱がす。

 どういう訳かカタリナは人の言葉を話せなくなっていた。

 彼女のあの巨人猿ジャイアントエイプを圧倒したパワー……あれは普通の人間に出せるものではない、ましてや筋肉量の少ない華奢な女性の身では尚更だ。

 狂戦士バーサーカー化……理性も道徳観も無くし、ただ破壊衝動のまま暴れまわる狂人……何かの切っ掛けでカタリナが変わってしまった、俺はそう睨んでいる。

 しかもその切っ掛けとやらが薄々分かってしまっているから質が悪い。

 確証は無いがカタリナが俺と一緒に巨人猿に叩き潰されて殺されてしまった事……十中八九これが原因だ。

 

「あら、カタリナのお腹の傷、全く痕が残ってないわ」


 イングリットの驚きの声が聞こえる……そう、腹を裂かれていたにも拘らず、傷が完全回復している、この事も俺の仮説を裏付ける要素の一つだ。

 きっとカタリナの身体の中に俺の血液ないし肉片が混ざってしまったのだろう、そのせいで超回復能力が身についてしまったのだと思われる、ただ不死身になっているかは今は不明だ。

 しかし問題は彼女の知能が著しく低下していることだ。

 見た限りでは二歳~三歳児くらいの感覚だ。

 知能が退行してしまった影響か記憶も失くしてしまっている様子……こればかりは不憫でならない。

 とはいえ、あの時彼女が狂戦士化してくれなかったら今俺たちはこうして居られない訳で、彼女には圧倒的な感謝をせざるを得ない。

 だが巨人猿を倒した直後のカタリナを取り押さえるのは大変だった……。




「ウガアアアアアッ……!!」


 狂戦士化し見境の無くなったカタリナが俺たちに飛び掛ってきた。

 大きく口を開き涎を垂らしながら向かってくる様は、もう可憐な少女と呼べるものではなかった。


「危ない!!」


 俺はイングリットを庇うように前に出た、カタリナが突き出した手刀が俺の胸を貫く。


「ごふぁっ……」


 大量に吐血する俺。


「いやあああああっ!!」


 戦いが始まってこっち、イングリットはずっと血と死体と惨劇ばかりを目撃し、悲鳴を上げ続けている……今後、心にトラウマが残らなければいいが……おっと、人の心配をしている場合ではないな……激痛により意識が朦朧としてきた。

 まずいな、最初の試練で二回も死んでしまうのは……まだまだ試練の後がつかえているんだ、これ以上死亡回数の残りカウントを減らすのは得策ではない。


「うおおおおおおっ……」


 胸に刺さったカタリナの腕を渾身の力で引き抜く……痛い、死ぬ程痛い。

 耐え切れず膝をつく。

 だが耐えろ!! 不死能力が発動して傷が塞がるまで気をしっかり持て!! 

 我ながら滅茶苦茶な発想だがこれしか思いつかないんだ……実は俺、自分が言う程賢くないんだよ。

 そんなのとっくに知ってた? 悪かったな。

 蹲る俺にカタリナの追撃が迫る、あららこれは間に合わないわ……。


「アクアさん!!」


 イングリットの悲痛な叫びが聞こえる……おいおい、名前を間違えてるよ。

 あっ、そうか、俺イングリットに本名を言ってなかったわ。

 自己紹介するまでは死ねないなぁ、取り合えず試練の攻略より目先の目標優先で行こう。


「カタリナ!! もう止めろ!!」


 ダメ元で彼女に呼び掛けてみる、こんなんで狂戦士が止まったら世話は無いんだが、まだどこかに人間らしい心が残っているかもしれない。

 

 取り合えず腕を交差し防御姿勢を取った……が、カタリナの攻撃はいつまで経っても届く事は無かった。


「アクアさんあれ……」


 イングリットの声に恐る恐る防御を解き前方を見ると、カタリナが腕を下げ棒立ちになっている……これはどうした事だ?

 まさか俺の言葉が彼女に届いたのだろうか?

 しかし止まったのは束の間、カタリナは今度はイングリットに飛び掛ろうとしたのだ。

 

「カタリナ!! 止めろ!!」


 俺がそう声を掛けるとまたしてもカタリナが動きを止める、これはもしや……。


「カタリナ、回れ」


 カタリナはその場で片足のつま先立ちでバレエの様に回転を始めた。


「カタリナ、ジャンプ」


 回転を止めぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。


「ほう、これは面白い……」


「ちょっとアクアさん、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?」


「ああ、悪い……所で俺の名前はアクアではない、アクセルだ!!」


「そうですか、ところでこれは一体なんなのですか?」


 スルーかよ……まあいい。


「イングリット、ちょっとカタリナに何か命令してみろ」


「えっ? はい……じゃあカタリナ、笑って」


「シャアアアアッ!!」


「きゃあっ!! 何!? 何!?」


 カタリナはイングリットに威嚇をしてきた、これによって俺はとある確証を得た。


「やはりな……」


「何がやはりなんですか!?」


「カタリナは俺の言う事しか聞かないのだ、どういう訳か分からないが」


「ええっ!?」


 瓢箪から駒というか、棚から牡丹餅というか、取り合えずこの場は収拾できそうだ……俺は瓢箪も牡丹餅も見た事は無いがな。

 だがこのままではイングリットがまだカタリナに襲われかねない。

 そこで俺は一計を案じた。


「カタリナ、イングリットのいう事も聞きなさい」


「ウガッ!!」


 元気よく頷くカタリナ、これでもう大丈夫だろう。


 おっと、そろそろここから逃げた方がいいな……俺は巨人猿の首と蛇女の首を剣で切断し、そこらにあった麻袋に入れるとイングリットとカタリナを連れて教会の裏口から外に出た。


 建物の外周を慎重に伝い、教会の正面の広場を覗き見ると、大勢の信者と町民が教会の正面玄関に立つ門番に詰め寄っている最中だった。


「一体どうなってるんだ? 教会から悲鳴が聞こえたぞ!!」


「富を分配してくれると言ってたのに私の所には三日も食べ物やお金が届かないんだけど!?」


「皆さん落ち着いてください!! いまは教会内も問題が起こってまして……!!」


 おやおや、お可哀そうに……門番に深い罪は無いが今まで美味しい蜜を吸ってきた報いという事だな。


 まあ、俺も教団の崩壊に一枚かんでしまった以上この騒動を見過ごすわけにもいかない。

 ここは一丁、幕引きと行きますか……これが今回の騒動に対する俺の責任の取り方だ。


「おい、お前ら!!」


 俺は騒ぎ立てる民衆にも聞こえる程の大声を張り上げる。

 視線が一気に俺に集中する。

 そこで麻袋から巨人猿の生首を取り出した、周りから悲鳴やざわめきが聞こえる。


「この化け物の首が何だかわかるか!? これはお前たちが崇めていた司祭様の首だ!!」


 ざわめきがさらに大きくなる。


「馬鹿を言うな!! 司祭様がそんな猿の化け物のはずがあるか!!」


「そうだそうだ!!」


 まぁそう言うだろうと思った。


「じゃあ、そこの門番……今から教会の中に入って司祭を呼んで来い、呼べるものならな」


「ううっ……」


 門番は困り果てた表情でうな垂れる、もう一押し。


「修道女長のブルックの首もあるけど見るか?」


 俺が麻袋の中に手を突っ込むのを見た途端、門番が血相を変えて俺の元に駆け込んできた。


「もう止めてください!! 認めます!! 認めますから!! 司祭様はその生首の巨人猿が化けていたのです!!」


 そう言い放ち膝から崩れ落ちる。


「何だってーーー!?」


「どういう事よ!?」


「そんな馬鹿なことが……!!」


 次々と発せられる疑問と落胆が広場を埋め尽くす。


「聞いてくれ!! 俺は神を信じないが、お前らがどんな神を崇めようが信じようがその信仰心を否定する気はない!! だがその信仰心に付け入り私利私欲を満たす奴を俺は許さない!! だからお前らも何を信じるか、何を崇めるかは自分で責任を持て!! 俺からは以上だ!!」


 そう言い捨て、俺は速足でその場を後にする、カタリナは鳥のひなの様に俺の後に続く。

 その場で立ち尽くし、どうしようか悩んでいた様子のイングリットであったが、意を決したように俺の後を追って来た。


「いいのかい? 俺に付いてきて」


「私、目が覚めました……アクセルさんは何を信じるのかは自分で責任を持てと言いました、だから私はアクセルさんを信じることにします、自分の責任で」


「へへっ、そうかい」


 自分で熱弁しておきながら、人に賛同されると少しむず痒いものだな。


「そもそも俺の目的は君をある場所に連れていく事だ、付いてきてくれるかい?」


「はい!!」


 言ってしまってからどこかプロポーズのような気がしないでもないが、イングリットは気にしていないようだから俺からは黙っていよう。


 そして冒頭に繋がるのである。


「アクセルさん、上がりましたよ!!」


 二人は水浴びを終え、替えの服に着替えていた。

 イングリットはピンクのワンピース、カタリナはサックスのワンピースだ。

 可愛い……一瞬心を奪われかけたが何とか自制心を働かせて耐える。

 しかしカタリナはスカートの布が動き辛くて嫌なのか、膝上20センチくらいの所から無理矢理引きちぎってしまった。


「あっ!!」


「もう、カタリナったら……」


「ウガッ?」


 俺たちが呆れているのを不思議そうな顔で見つめるカタリナ。

 

 何はともあれ俺は最初の試練は乗り越えられた……一度ライムの祠に戻って報告だ。

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