第5話 見ていた少女

 「何者かは知らないが俺様自身が手を下さなければならないようだな」


 レッサーデーモンが上半身を反り返すと、胸の辺りが異常に膨れ上がった。

 まるで蛙が喉を膨らました様に。

 口の端からは炎が溢れ出している。


「くらえ!!」


 顔を前方に突き出すと同時に大きく開いた口から燃え盛る火の玉が放たれたのだ。

 速い……これは回避が間に合わないと履んだ俺はミドルソードで防御の姿勢を取った。

 刀身に中る火の玉はその瞬間大爆発を起こした、衝撃で剣諸共両腕が吹き飛ぶ。


「ぐああっ!!」


 激痛に俺は声を上げる、しかしこれで終わりではなかった……身体に炎が燃え移り俺の全身を焼き始めたのだ。


「フハハハ、今度こそお前もお終いだ!!」


 勝利を確信し高笑いをするレッサーデーモン。


 吸血ミイラ化の次は丸焼きかよ……火だるまになるのは十数年前、火事から逃げ遅れた女の子を救いに燃え盛る屋敷に飛び込んで以来だ。

 これは駄目だ、また死んでしまう……俺の意識はここで再び途切れた。


「はっ!?」


 意識を取り戻した俺の鼻孔に何かが焼け焦げた匂いが充満する、これは人が焼けた時の匂い、つまり俺が焼かれた匂いだ。

 上体を起こし自分の身体を確認する……今回もしっかり再生したようだ。

 しかし衣服は焼失しており、今の俺は全裸だった。


「ええい!! どうなっている!? 確かにお前は消し炭になったはずだ!!」


「悪いな、俺は往生際の悪さだけは世界一だと自負しているぜ……それに昔から傷の治りは早い方なんだ」


「ふざけるな!! これはそんなレベルの話しじゃあないだろう!!」


 レッサーデーモンは混乱すると同時にかなり頭に血が上っているようだ。

 魔物には肉体の再生能力を持ったものも多数存在する、それこそスライムの様に身体の一片さえ残っていればいくらでも再生する者だっている。

 ただそれは体の構造が単純だから可能なのであって、複雑な構造を持つ種族ではそう簡単にはいかない。

 人間でも手足が切断された程度なら上級回復魔法を使える魔導士程の力があれば余裕で直せるが、そんなに人数は多くない。

 時間が経過してしまうと治るものも治せなくなってしまうのだ。

 だから回復魔法を使える仲間もいず、自分自身も使えない上に、消し炭から全くの無傷の状態に戻る俺を目の当たりにして動揺しているのだろう。

 だがこれはチャンスだ、冷静な相手が厄介だと先ほど言った、しかし今の奴は完全に冷静さを失っている……これならいつもの俺のペースに持ち込める。

 

 そう、持久戦だ。


「こうなったら直接叩きのめしてやる!!」


 レッサーデーモンはとうとう地面に降り立った。

 格闘戦を挑むつもりだろう……それこそ俺の思うつぼだ。

 奴は物凄い速さで俺に向かって突進、鋭い爪のある右手を振り下ろしてきた。


「ぐっ……!!」


 全裸で丸腰の俺の左腕が飛ぶ、切断面から夥しい量の血しぶきが噴き出す。

 それから間髪入れずレッサーデーモンの両腕を使った切り裂き攻撃が炸裂、俺はバラバラに切り刻まれてしまった。


「ううううっ……」


 パン屋の女性は白目を剥き泡を吐いて卒倒した。

 いや、君は気絶していた方がいいな、これ以上残虐シーンを見なくて済むのだから。


「これでどうだ!?」


 肩で息をしているレッサーデーモン、しかし奴の目の前で俺の肉片が独りでに動き、次々と繋ぎ合わさり元の身体に戻っていく。


「ああもう!! いい加減にしろーーー!!」


「お前が俺を殺すからだろう? お前に俺を殺しきる事は出来ない、諦めてこの村から手を引け」


「ウガーーーーッ!!」


 理解不能の事態にレッサーデーモンが頭を抱えて激昂している。

 奴のプライドは既にズタズタだろう。

 全く強くもない人間一人殺せないのだから。


「こうなったら貴様を喰らってくれるわ!!」


 両手を広げ突進し、俺の身体を両側からがっしりと掴み俺を頭からかぶりついてきた……頭から丸かじりされた時点で俺は既に死んでいる。

 さて、次に目覚めたらどんな状況になっているかな?


「………」


 本日四度目の蘇生、俺は普通に地面に倒れていた。

 俺はてっきり奴の腹の中で目覚めると思っていたのだが……。


 辺りを確認……すると俺の足元にレッサーデーモンがうつ伏せに倒れていた。

 しかも大量の青い血を吐血して。

 ピクリとも動かないので恐る恐る近づき口元に耳をそばだてる。

 呼吸をしていない……どうやら死んでいる様だ。


「何とか倒したようだな……」


 実はこのパターンは初めてではない。

 以前もドラゴンに丸呑みされて死んだことがあったがその時も再生した俺の前に吐血したドラゴンの屍が転がっていたのだ。

 ソロ冒険者であるが故に目撃者がおらず、何故そうなったのかは分からない。

 まあ結果オーライだと特に気にも留めていなかったのだが。

 今回も目撃者が居ない……唯一の目撃者になるはずだったパン屋は気絶してしまっている。

 それどころか彼女が目を覚ましたら逆に大変なことになる。

 俺が不死者だと知れたら大騒ぎになるからな。

 俺は近くの空き家に入り、服を拝借しそそくさと宿屋に戻る。

 念のため部屋に置いておいた硬貨の入った巾着を回収し、服を拝借した家に戻り窓から銀貨を投げ入れた。

 無断で服を持っていくんだ、これくらい色を付けるのは当然だろう。

 そしてそのまま急いで村から出発した。




「ふぅ……酷い目に遭った……」


 次の村を目指してとぼとぼと平原を歩いていると、前方に大きな一本の樹がそびえ立っていた。

 丁度いい、あの樹の下で休憩しよう……俺は樹に寄り掛かる様にして腰を下ろす。


「……ねえあなた、不死者アンデットマンでしょう?」


 何!? 声がする、それも幼い少女の声だ……一体どこから? 見た感じではどこにも人は見当たらなかったはずだ。


「ここよ」


 見上げると葉の生い茂る枝の上に腰掛けた少女が俺を見下ろしていた。


「もう一度聞くわ、あなた不死者なんでしょう?」


「はて、一体何のことやら……」


 俺は視線をそらしながら答える。


「見てたの私、村での一部始終を……レッサーデーモンを倒したのはあなたよね?」


「チッ見てたのか、なら仕方ない……そうとも俺は死ねない身体なんだよ、何でそうなったのか俺も知らないがね」


「へえ、面白いわねそれ、不死身になったのがいつからか分からないんだ?」


「そうだよ、だがこんな体質はもううんざりなんだよ、俺は普通の人間に戻りたいんだ」


「ええっ? 勿体ないじゃない、死なないんだから好きなことを好きなだけ続けられるじゃない?」


 こいつ、人の気も知らないで……確かにそんな考えを抱いた時期もあった。

 しかし百年を過ぎたあたりからもうどうでもよくなり始めたっけな。

 永く生きていれば分かる……死ねない身体など魂の牢獄に等しいと。


「今は人と話したい気分じゃないんだ、じゃあな」


 ろくに休めなかったが仕方ない、俺は立ち上がり再び歩き始めた。


「ねえ、私が普通の人間に戻れる方法を知ってる人を紹介してあげるって言ったらどうする?」


「何だって!?」


 背後から掛けられた願ってもない情報に俺は色めき立つ。


「本当だろうな……?」


「もちろん!!」


 仮にこいつが嘘を言っているとしても情報が少ない以上乗ってみるのもありかもしれない。


「私ライム、よろしくね!!」


「俺はアクセルだ」


 こうして俺は謎の少女ライムと行動を共にすることになった。

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