第3話 過疎の村

 取り合えず村に入る。


 しかし殆ど村人を見掛けない。

 まだ日が高いというのに、畑で野良仕事をしている人間が居ない。

 特に気にかかるのは子供たちが外で遊んでいないという事実。

 これは俺の勘なのだがこの村にはきっと何かある……事件の匂いがプンプンする。

 初めて来た町や村でまずやることは拠点を作る事。

 改めて言うがいくら俺が不死身だからと言っても疲れもするし腹も減る。

 雨風を凌げる寝所と食事の確保が必要なのだ。

 ということでまずは宿屋を探すことにする。


 小さい村なのでそこまで苦労せず宿屋は見つかった。

 しかしこれは中々年季のいった建物だな。

 外壁の土壁は所々剥がれ落ちており割れたガラスが裏から板で塞がれている。

 だがこの村ではここが唯一の宿のようなので選択の余地はない。

 そう、取り合えず雨風が凌げるのが重要なのだ。


「邪魔するよ」


 軋む扉を開け宿屋に入る。

 人の気配がない……まさかもうすでに営業していない廃屋なのだろうか?

 カウンターには不気味な老婆のような外見の置物が椅子の上に鎮座している。


「いらっしゃいませ……」


「うおっ!!」


 老婆の置物がしゃべった……いや普通に考えれば初めから置物ではなく老婆だったのだろう、あまりに微動だにしないから俺が勝手に置物と勘違いしたのだ。

 ただいきなり話しかけられたのは心臓に悪い……まあ仮にショックで心臓が止まろうとも俺なら大丈夫だが。


「お客様のおいでは随分と久しぶりです……ご一泊でよろしいですか?」


「ああ、頼むよ」


「ではこの鍵をどうぞ」


 宿主の老婆は目が開いているのか閉じているのか分からない皴だらけの顔で微笑み、俺に客室の鍵を手渡してきた。


「前金で頼む、これで足りるか?」


 ポケットから銀貨を一枚取り出しカウンターに置く。


「ではお釣りを……」


「いいよ、取っておいてくれ」


「ありがとうございます」


「なあ、ひとつ聞きたいんだが……この村は何でこんなに人が見当たらないんだ?

 この宿に辿り着くまで人っ子一人見なかったんだが」


「いいえ……それはたまたまでしょう……この村は至って普通の村ですよ?」


「そうか」


 俺の質問を聞いた瞬間、老婆の目が一瞬カッと見開かれすぐに閉じたのを俺は見逃さなかった。

 この老婆は何かを隠しているのは明白だ。


「少し外出する、食い物を調達しなければならないんでね」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 一度宿から出る、あの様子から宿の老婆をこれ以上問い詰めたところできっともう情報は引き出せないだろう。

 そうなれば他の村人にあたってみるしかない。

 だが道端で人に出会えないのなら店に行くしかない、そう思い俺は食料を買い付けられそうな店を探すことにした。

 出掛ける前に俺は有り金の殆どをベッドの下に隠した。

 何故そんな事するのかって? まあそれは経験によるものだな、何事も無ければそれでいい、まあ用心という事だ。


 例によって小さな村なのでパン屋がすぐ見つかった。

 この店もかなり古い建物らしく壁も屋根もボロボロだ。


「いらっしゃいませーーー!!」


 店番は若い女性だった。

 やはり俺以外に客はいない。


 商品の陳列棚にはコッペパン一種類が数個並べられている。

 欲を言えばもっとレパートリーがあればいいなとも思った、とはいえこの食欲をそそる香りは堪らないものがあるな。


「ごめんなさい、私ではコッペパンしか作れなくって……」


 店番の女性は顔を真っ赤にして俯く、どうやら俺の視線などからこちらの心情を察したのだろう、若しくは普段から種類の少なさを指摘されていたのか。


「へぇお嬢さんの手作りなんだ、美味そうだ……三つくれないか」


「あっ、はい!! ありがとうございます!!」


 落ち込んでいた顔に花が咲いたような満面の笑顔だ。

 やはり女性は笑っているのが良い。


「ひとつ訪ねたい、この村は何故こんなに人を見掛けないんだ?」


 パンが詰められた袋を女性から受け取りながら訪ねた。

 その瞬間、女性の手が止まり顔色が青ざめる……またか、宿屋の老婆と同じリアクションだ。

 こうなるともう話は聞けないだろう。


「いやいいんだ、悪かったね」


 俺は女性店員に背を向け店の扉を押し開けた。


「ちょっと待って……」


 ギリギリ聞き取れる程の大きさで女性店員が声を掛けてきた。

 俺は扉から出ていた足を引っ込め店内に戻る。


「あまり大きな声では言えないのですが……」


 店員が俺に耳打ちしてきた、声が漏れないように両手で囲いを作って。


「三か月ほど前になりますが、この村に魔物が出没するようになりまして……普段は森に潜んでいるのですが、日に数回村人を襲いに来るのです」


「魔物……じゃあなんで近隣の街に助けを求めないんだ? 冒険者が動けばどうにか出来るかもしれないのに」


「その魔物はとても頭が良く、私達を常に見張っていて村の外に村民が出ることを許さないのです……

 救援を呼ぼうとして何人もの人が食い殺されました……

 そして村人にこの事の口外を禁じ、使い魔を村中に放って外から来た旅人に助けを呼ばないよう聞き耳を立てているのです……」


 俺は視線だけを動かし窓の外を見る……すると店の外、軒下に小さな蝙蝠が逆さまにぶら下がっているではないか……きっとあれがその使い魔だろう。

 だが声を潜めているとはいえ、今の話しを聞かれたのでは?

 案の定蝙蝠はぶら下がるのを止めて飛び立った。

 恐らく主人である親玉の魔物に報告に行ったに違いない。

 だがそれを許すのは得策ではない。


「ちょっと借りるよ」


 店にあったバターナイフを掴み外へと出た、そしてそのバターナイフを飛んでいる蝙蝠へと投げつけた。


「キッ……!!」


 バターナイフに貫かれ蝙蝠が地面に落下した。

 まだ息があり、じたばたともがいている。


「ああっ……何てことを……」


 俺の後を追って来た店員が頭を抱えて跪く、その身体は小刻みに震えていた。


「大丈夫か?」


「あの使い魔の蝙蝠は魔物の身体の一部なんです……それを傷つけられたらきっと……」


 しまった……魔物の中にも色々いて、力や魔力で自分より弱い魔物を手下にする者と、自らの身体を糧に使い魔を生み出すものがいる。

 どうやらこの村を襲っている親玉の魔物は後者の様だ。


 森から一斉に鳥が飛び立つ……森がざわめいているのを俺でも感じられる。


「ああ……来てしまう……」


 店員の恐怖は頂点に達している、足腰が立たずその場から動けない。

 やがて森から大きな影が飛び立つ……上空に現れたその姿は背中から大きな翼を広げた悪魔そのものだった。


「マジかよ……」


 あれは恐らくレッサーデーモン……思わぬ大物が出て来てしまった。

 三百年生きてきた俺でもまだ戦闘経験がない強力な魔物である。

 これはいくら不死身の俺でも今回ばかりは駄目かもしれない……。

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