Chapter 9. ブライトネス王立学園教授ローザ=ラピスラズリの過酷な日常と加速する世界情勢の章〜魔法の国事変、ペドレリーア大陸とラスパーツィ大陸を蝕む蛇、乙女ゲームの終焉〜

Act.9-423 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜ビオラ・スクルージ商会戦争〜 六章〜『天人五衰』と医学を志す少女〜 scene.3

<三人称全知視点>


 ――そして、ミレーユと少女の邂逅から数日後、事態はミレーユの知らないところで最悪な方向へと進み始めた。


「やっ、やめた方がいいって!」


「今すぐ引き返そう、なあ!」


「あの人は危険だって……少し前にその留学生を田舎貴族って馬鹿にした帝国貴族が命の危機に直面したことがあった。それに、帝国の公爵令息が半殺しにされ掛けたって噂もある!」


「くっ、力が強過ぎる!! 一体どこにこんな力が……」


 四人の男子生徒が必死に手を引っ張って止めようとしても、ズルズルと引き摺られるほど深く沈んだ灰色の髪の少女の力は強かった。

 濃い緑色の少女の瞳には、数日前までのオドオドとあたりを惑っていた苛めっ子のものとは思えないほど強い意志が宿っている。


 その変貌っぷりは数日前に会ったことがある筈のミレーユが一瞬、見間違いかと思うほどであった。


「貴方達……まさか、また虐めていた訳ではありませんよね?」


 男子生徒達がまた少女を虐めようとしていたのではないかと疑いの視線を向けるミレーユ。

 ……なんだか、関係が逆転して男子生徒達が被害者になっているように見えた気もしたが、力強く手を引っ張る彼らの行いを暴力と捉えることもできるため、念の為に事情を聞くことにしたのである。


「み、ミレーユ生徒会長! 滅相もございませんっ! 俺達はこいつを止めようとしていたんです!!」


「よりにもよって、あの恐ろしいと噂の生徒に会いに行こうとしていて……逆鱗に触れるとただでは済まないと聞いていたので、ミレーユ生徒会長のご命令通り、彼女を守ろうとしていたのです」


 全く状況が見えないと感じたミレーユは、とりあえず男子生徒達を止めて少女と男子生徒達から話を聞くことにした。


「あなた、本当に虐められておりませんの? えっと……」


「ターリアです。ミレーユ生徒会長、先日はありがとうございました。おかげさまで、あれ以来、こうして守って頂いております。……本日は邪魔されてしまいましたが」


「それならば良かったですわ。……ところで、一体何があったのですの?」


「私の恩人が近いうちに酷い目に遭わされると廊下で偶然お会いした二人の親切な神父様が教えてくださったのです。それで、居ても立ってもいられなくて……」


 ミレーユの脳裏に二人の性格の悪い神父が思い浮かび、嫌な予感を覚えてぶるりと身震いをする。


「こうしてはおられません! ミレーユ生徒会長、申し訳ございません。私はこれで……」


「――ッ!? しまった!! こうなったら……ミレーユ生徒会長、どうかお力をお貸しください!! ミレーユ生徒会長のお力があれば、あるいは……」


 もう既に流れが完成していた。そして、ミレーユはその流れに逆らうことができない。

 あれよあれよという間にミレーユは男子生徒達と共にターリアを追っていた。ターリアの会ったという二人の神父に一抹の不安を覚えながら。


 そして、その予感は見事に的中する。ターリアが訪れたのはエイリーンのいる教室だったのだ。

 ターリアは生徒の一人に声を掛けるとエイリーンを廊下へと呼び出す。……あの虐めれていた彼女の一体どこにこのような力が秘められていたのだろうか。


「エイリーンお姉様、彼女は……」


「いやぁ、遂に最後の鍵・・・・が来てくれたか。ギリギリだったねぇ……ってことで、彼女がどのようなことを言っても目を瞑るように」


「…………」


「……仕方ないねぇ。後で、書き下ろしの短編を一冊プレゼントするよ」


「……別に書き下ろしの短編に釣られた訳ではありませんわ。えぇ、断じて。お姉様に言葉の刃を浴びせるかも知れない小娘を見逃すことは本来はできませんが、お姉様がそれが必要だと仰るなら黙るしかないじゃありませんか。……私は席を外させて頂きます。お姉様に酷い言葉を投げ掛けるターリア・・・・の姿を見たらブチギレてしまいそうですから」


 エルシーがミレーユ達とすれ違い、どこかへと去っていく。その際、ミレーユはエルシーに絶対零度の視線が向けられ、「ひぃゃぁ」と震え上がった。


「エイリーン=グラリオーサ様ですね」


「私のような弱小貴族の子女の名を覚えていらっしゃるとは物好きな方もいらっしゃるものですね」


 「いや、あんなに生徒会選挙とかで暴れまくったのに、覚えていない奴の方が少ないだろ!!」と男子生徒達は心の中でツッコミを入れた。


「……ターリアと申します。私はザグラダ王国の出身です」


「ザグラダ王国……商人の国として有名な地ですねぇ。五大商会の一つを輩出した他、多くの中小商会もこの地を拠点として活気溢れているとか。それで、私に縁もゆかりもない筈の土地の方がどのようなご用件で」


「……ヨナタン神父とジョナサン神父という方から聞きましたわ。そう遠くない未来、スクルージ商会はビオラ商会合同会社の手によって壊滅の憂き目に遭うと。そして、それを止められるのはエイリーン様、貴女だけだと。どうか、お力をお貸し頂けないでしょうか?」


 ターリアはエイリーンに頭を下げる。しかし、そんなターリアをエイリーンは冷たい瞳で見下していた。


「それで、貴女は私に一体何をさせたいのですか? まさか、ビオラ商会合同会社に、商会長のアネモネ閣下に友人である私が反撃をしないようにと進言せよと、まさかそのようなことを仰るのではありませんよね」


「……そっ、それは」


「ビオラ商会合同会社はフォルトナ王国の庇護下に入った旧フィートランド王国の王室の許可を得て支社を置き、商売をしていますわ。生徒会選挙でのお話も閣下御自ら根回しを行い、賛同を得て改築工事の前提となる部分を作り上げました。……ビオラ商会合同会社は何一つ後ろ暗い行いをしておりません。スクルージ商会はビオラ商会合同会社に敵意を向けているという噂もありますが、逆恨みもいいところです。もし、仮にスクルージ商会が物理的にビオラ商会合同会社を攻撃したとしましょう。その状況になってもなお、ビオラ商会合同会社は反撃をするなと、ただ黙って受け入れろというのですか? 巫山戯るんじゃないよッ!!」


 漆黒の渦を成した瞳がターリアに向けられる。

 これまで受けてきた虐めなど生温いと感じるほどの殺気に晒されたターリアだったが、彼女は涙でぐしゃぐしゃな顔になりながらも歯を食いしばって耐え抜いた。


「シャイロック様は、そのような方ではありません!」


「その根拠はどこにあるのですか? ……現実を見なさい、噂に耳を傾けなさい。確かに、噂の大半は変質したもの……しかし、その全てが嘘で塗り固められているとも限らない。少なくとも商人王シャイロック・スクルージの噂は事実です。……ねぇ、そうですよねぇ? ミレーユ姫殿下。貴女のご友人のフィリィス様、彼女の父親の商会は誰の手によって危機に瀕したのか、まさか忘れた訳ではありませんよねぇ?」


 漆黒の瞳がミレーユに向けられる。「なっ、なんでわたくし巻き込まれているんですの!?」と怯えながら、ターリアに心の中で謝罪し、「……勿論、覚えておりますわ」と小さく答えた。流れには逆らえない海月姫である。


 絶望に染まるターリアに追い討ちをかけるようにエイリーンはジリジリとターリアに歩み寄っていく。


「確かに、ビオラ商会合同会社はかなりの力を有しています。スクルージ程度の矮小な商会の攻撃程度、往なすことはできるかもしれません。しかし、万が一もあり得ます。ビオラ商会合同会社にとって、アネモネ閣下にとって社員は家族です。大切な仲間です。誰か一人でも傷つけられることも許容できないのですよ。……とにかく、私にお力をお貸しできることはありません。商人の争いは商人同士でのもの……部外者に関わる余地はありません」


「……そん、な……」


「ですが、貴女の気持ちも分からない訳ではありませんわ。……父のように医の道に携わりたいと思いながらも、家は貧しくとても医療を学ぶことはできなかった。そんな叶わぬ夢を、若き日のシャイロック・スクルージが作った奨学金の制度が叶えてくれた……その恩をずっと返したいと思ってきたのですよねぇ? ならば、貴女は貴女なりの方法でシャイロック・スクルージを救いなさい。私は手を貸しませんが、貴女のことを見捨てなかったミレーユ姫殿下はきっとお力をお貸しくださると思いますわ」


 「ああ、なんで私が憎きシャイロックを助けるような真似をしないといけないんですの……」などと思いつつも、ターリアに希望に満ちた目を向けられたミレーユがその希望を折ることができる筈もなく、ミレーユは自分が窮地に立たされたことを悟り、静かに項垂れたのだった。

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