Act.9-181 激震走る王宮の客室、衝突する霸気、包む霸気。 scene.2

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・グラリオーサ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン>


 非常に拙い。ノクトはボクが仕組んだんじゃないかって一度は疑ったようだけど、ボクやラインヴェルドがプリムラを危険に遭わせるような真似をする訳ないじゃん。


 本当に拙い。拙い拙い拙い拙いッ!! 打った手は最悪手。得られる利益を考えてもリスクがデカ過ぎる。


 ボクもアルベルトも、呆然とするスターチス父娘は若干ノクトが押さえつけるようにして、頭を下げる。

 頭を下げた所為で視線も下がるので、ボクの目線では床とその先に、僅かに見える黒い革靴と淡いピンク色の裾。


 ドレスや靴の感想よりも出てくるのは脂汗。加速し始めた脳細胞は、今後どういった手を打つべきかを考え始めるけど、この盤面はほとんど詰みからのスタート。考えど考えどこの状況から最小限の被害で生還する方法が思いつかない。……完全に術中に嵌まった。


 本来はもっと先延ばしにされる筈だったヒロインと悪役王女の対面。しかし、プリムラは最早悪役王女ではない。残っている悪役令嬢はダブルローザだけ……うん、人によってはボクって悪役令嬢に見えるだろうし、マリエッタにとっては悪役令嬢のままなんだと思うよ? まあ、ボクは大切なものを守るためだったらどんな悪事にも手を染める本物の外道なんだけどねぇ。まあ、適当に極悪令嬢とか、外道令嬢とか呼んで区別してくださいな。あっ、殺戮令嬢もアリかもしれないねぇ。


 いかん、現実逃避が過ぎた。とにかく、プリムラの性格は改善されているから、基本的に攻撃的ではない。

 ペチュニアの努力の結晶が実って、立派な淑女に成長しているからねぇ。


 だから、この時点でシナリオが破綻していることくらい気づくべきなんだ。プロセスだって柔軟に変えていくべきなんだ。しかし、それをしない……ゲームの知識だけに頼って人を見ようとしない。そんなんだから、ヒロイン像から、本来のマリエッタの姿からズレて歪になる。


「歓談中にごめんなさい、少しだけ英雄様にお会いしたかったの。みんな顔をあげてくれるかしら?」


「プリムラもこう言ってるし、統括侍女殿もいいだろう? なぁに、ほんのちょっとだけさ!」


「……王弟殿下がそのように仰せであらば」


「叔父上様はわたしのお願いを聞いてくださったの。だからどうか責めないでね。わたしが我儘を言ったのよ」


 ボクがプリムラに気づかれないようにバルトロメオを睨め付けると、バルトロメオが「おいおい、俺のせいじゃないぜ! 本当だって! だからそんな射殺しそうな視線を向けるなって!!」という心の声が聞こえた……んだけど、それ、本当かな?


 英雄に会いに来た……ってことは、純粋に興味本位なところもあると思う。でも、プリムラがそんな我儘を言うかどうかと言われると微妙だし、バルトロメオが誘導した可能性が極めて高い。


 言われるままに顔を上げたボクの視線の先では、優しい笑みを浮かべたプリムラがいる。あぁー癒される! このギスギス空間で唯一の清涼剤。

 思わずこっちも笑顔になるよねぇ!!


「ローザ、今日の装い素敵ね! ところで、どのような内容になるのかしら? アルベルト様とこれからデートに行くのよね?」


「それがまだ聞かされていないのです。サプライズ尽くしできっと驚きに溢れた内容になるのではないかとワクワクしておりますわ」


「……ハードルを上げ過ぎないでください。……内容を精査し直さといけないのか? いやいや、付け焼き刃では絶対に満足してもらえませんし……」


「アルベルト=ヴァルムト様、大丈夫かしら?」


「……はい、何とか。先程のローザ殿の言葉で少し不安になっただけです。しかし、用意してきたものがしっかりと伝わると信じて、素晴らしい半日をローザ殿にプレゼントしたいと思っております」


「どうぞわたしの大切な侍女をよろしくお願いしますね」


「畏れ多いお言葉にございます」


 大切な侍女……かぁ。ボクにその呼び名が相応しくないことは分かっていても、嬉しくなってしまう。……このままではダメだと思っているんだけどなぁ。


「どうぞ、顔をあげてください」


 どうやら、ノクトはスターチス親子のことをここまでずっと抑え込んできたらしい。ナイスファイトではあったけど、まだ王族に直接会わせるには心配だという雰囲気を醸し出すノクトを宥める様に微笑んで、プリムラさまが改めて声を掛けたら、流石にもう抑え込むことはできないよねぇ。


 震える様子でスターチス殿が顔を上げ、そしてそれに続いて、マリエッタが顔を上げ……そして目を見開き、絶句した。

 予想通りの反応過ぎるッ!!


 最早、肉饅頭と呼ばれた憎らしい悪役の、ぱっつんぱっつんドレスで嫌味ったらしく笑う王女様はいないのだ!! ……って言いたいところなんだけど、『スターチス・レコード』の『管理者権限』を使えば再現が可能な気がしないでもないんだよねぇ。まあ、それ誰得って話なんだけど。


 ……一先ず「ゲームと違う!」みたいなことを言い出さなくて良かったよ。ほっと一息。でも、この危険な綱渡りは続くんだよ。


「わたしはブライトネス王国第一王女、プリムラです。この後のパーティーでもお会いするかもしれませんが、今日はどうしても伝えたいことがあってここに来たのです。本当に、突然で申し訳ないと思っています」


「ここ、ここここここ光栄でございます! こ、この度、爵位を賜る栄誉を頂きました、スターチスと申します!! 横におりますのは、む、娘のマリエッタと……ま、マリエッタ、ご挨拶を! ほら! 早く!!」


 バルトロメオは「こいつバグってやがる」とかなり余裕あるみたいだけど……人の気も知らないで。というか、何かあった時に真っ先に責められるのってバルトロメオなんじゃないの? 大丈夫だって保証がどこにあるの? もしかして、ボクがいるから安全圏だって思ってない? それとも、プリムラがいる場所では流石に暴れないとでも??


 まあ、オートリアスがしどろもどろになるのも致し方ない。普通に暮らしていたら雲上人の、しかも深窓の姫君たる王女殿下と直に言葉を交わすなんて考えも及ばないからねぇ。

 まあマリエッタはそれこそ「ヒロインなんだから王城に行くのもお姫様に会うのもストーリー上当然の出来事」と思っているかもしれないけど。


 父親に促されて、それまでミレーユ姫みたくぽかーんとしていたマリエッタも慌てて淑女の礼を取った。まだまだぎこちないけど、まあ及第点かな? 咄嗟にあれができるならパーティーでもボロは出ないだろう。教育係、本当に本当に頑張ったんだねぇ。


「ま、マリエッタと申します。どうぞ……よろしく、お願い致します」


「お二方とも、挨拶をありがとう。これは非公式の場として捉えていますので、わたしの名を呼ぶことを許すことはできませんがどうか理解してもらえたらと思います」


「と、とんでもございません。不調法者でございます故、し、失礼がないかそれだけが……」


「わたし、今日はお礼を申し上げたくて参りました」


「え?」


 動揺に動揺を重ねていたオートリアスがプリムラの言葉にキョトンとした。

 まあ、一国の王女が「お礼を言いに来た」って言われて理解するにはなかなか困難を極めるよ。同じようにマリエッタもまたぽかーんとした顔している。……こっちは別の意味で、だろうけどねぇ。


 そんな二人にノクトが眉を顰めている。その真意に気づいているのは、ボクくらいなんじゃないかな? と言っても真意も何もプリムラの言葉通りなんだけもねぇ。

 そんなボク達のことを気にするでもなく、プリムラはオートリアスを見上げてふわりと微笑んでいる。ここに天使……通り越して女神がいる。


「強大な魔物を貴方が倒してくださったことで、多くの民と騎士が救われたと聞きました。わたしは王城に居て何もできない子供です。ですから、せめてお礼を申し上げたかったのです」


「は………え……?」


「王女としてのわたしがこのような発言をすることはよくありません。ただ、プリムラという個人が英雄に感謝を伝えたかったのです。聞けば、近衛隊の騎士が一人危ない所を貴方とご息女によって救われたとも聞きました。尊いその行動に、わたしは敬意と感謝をお伝えしたかったのです」


「お、王女、殿下」


「ありがとうございます、皆様のために剣を振るってくださった、魔物の前に立ちはだかってくださったその勇気にきっと多くの人が励まされたに違いありません。貴方方父娘は、この国の英雄です」


 園遊会でプリムラは魔物という脅威を直で見た。それよりも巨大な魔物を倒した英雄親子の話を聞き、感謝の心を伝えたいと思ったんじゃないかな?


「それではわたしももう戻らないといけません。お時間ありがとうございました。統括侍女も、お仕事の邪魔をしてごめんなさい」


「勿体ないお言葉にございます」


「行きましょう叔父様」


「おう、いいぞ。それじゃあまたパーティーでな、おっとそっちのお二人さんはデートか。どんな結果になったか後で報告してくれ。まあ、骨くらいは拾ってやる」


「……爆死する前提で話さないでください」


 プリムラが踵を返し、バルトロメオがそれをエスコートする。

 そして退出するという自然な流れにメイドがドアノブに手をかけたところで……うん、ここまでは完璧とは言えないものの、最悪の事態は免れていたんだよ。


 でも、どこか怯えたような表情で、プリムラを真っ直ぐに見つめたマリエッタが一歩を踏み出し――。


「さ、さっきのって……あの、王女殿下の、その、ほ、本音ですか?」


 感動的な雰囲気……の中でマリエッタが、意気込むように聞いたその質問が、戦争・・の引き金となった。

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