Act.8-108 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.10 ティアミリスvsレナード

<三人称全知視点>


「冥黎域の十三使徒……レナードの仲間か」


「あら、その名前を知っているってことはあの男、失敗したってことかしら? まあいいわ。私の獲物がそれだけ増えるのだから。……貴方を堕とすのもそれはそれで面白そうだけど、一番効果的なのはミレーユ姫なのよね。ということで、彼女はもらっていくわ」


「――させると思ったかな?」


 ヴォードラルに意識を向けつつもヘリオラを標的に定めたディオンが斬りかかる……が、ヘリオラは自分の左手を盾にしてバックステップで躱すと、そのまま金色の魔法陣を展開して姿を消す。


「……あれは何者だったのかな? 腕が瞬時に再生していたようだけど、もしかしたら人間じゃなかったかもしれないね」


 早々にディオンは敵の分析を切り上げた。

 ライネが涙を浮かべ、リオンナハト、アモン、そしてようやく到着したルードヴァッハも悲壮な表情になっている。


 ――助けに行かないといけないけど、まずはこの状況をどうにかしないといけないよね。


 ディオンが「僕のキャラじゃないんだけどなぁ」と頭を掻きながらどうにかミレーユ奪還のためにまずはこの状況をどうにか立て直そうと動き出そうとして――。


「おい、これどうなってんだ? ああ、ヘリオラの奴がミレーユ姫の奪取に成功したってところか?」


 カウボーイハットを被った男が、音もなく現れた。

 その男が発するピリピリとした殺気を浴びながらディオンが剣の鞘に手を添える。


「何者かな?」


「そっちの王太子殿下には名乗ったんだけどな。俺は冥黎域の十三使徒の一人で、レナード=テンガロン――剣の腕じゃ、ディオン殿には負けるが、ことスピード勝負に関しちゃ誰にも負けるつもりはない。ダイアモンド帝国の最強の騎士様に『剛烈槍』、少なくともそこの王太子殿下よりは楽しめそうだ」


 アモンを守るように前に出たヴォードラルと、ライネとルードヴァッハを背後に剣を構えるディオンを見て、レナードは戦闘狂じみた笑みを浮かべた。


「俺はヘリオラ達が好むようなやり方は嫌いだ。真っ向勝負で叩き潰す方が楽しいからなッ! だけど、これも仕事なんだ――悪く思うなよ」


 赤い稲妻を走らせ、ディオンとヴォードラルに加速して迫るレナード……だが。


 ――ひゅんッ、と風を切る音がディオンの耳朶を打った。


「ようやく見つけたぞ、蛇」


 人外じみた斬撃音に、レナードは「おおっ」と驚きながら斬撃を躱す。

 バッグステップを取ったレナードに、修道服の少女が周囲の空気が五度も下がるような威圧感を湛えて再び斬撃を放つ。


「ナニモンだっ、てめえッ!?」


「蛇に名乗る名など無い。拒否権はない、今すぐに死ね」


「マジ怖いんだけど!! というか、本当に少女かこいつ!? 斬撃の速度が軽くディオンを超えていやがるんだけど!!」


 「アクセラレーション・スパーク」、「アクセラレーション・ソニック」、「アクセラレーション・フラッシュ」、「アクセラレーション・ライトニング」と、次々とダメージを負う代わりに速度を上昇させる魔法を発動するレナードだが、速度を上げたところですぐさま追い縋ってくる修道服の少女が斬撃を放ってくる。


「ちっ、至近距離に迫られたら俺ただのおっさんなんだけど!? 騎士様みたいに近距離攻撃手段持ってねぇの!!」


 これでも食いやがれ、と『滅焉銃』から弾丸を放つが、あっという間に両断されてしまった。


「というか、銃弾を斬れるの!? てめえ、本当に人間か?」


「ほう、余程死にたいと見える。安心しろ、すぐに殺してやる」


 骨の髄に直接響くような殺気を含んだ低い声が嗤うような響きで地面を這った。

 少女の口から放たれたとは到底思えない、ドスの効いた声だ。


「ちっ、しょうがねぇ! 俺だって手段を選んで暴れたいんだけどなッ!! 滅びを迎えろッ! 『終焉の光条』ッ!」


 『滅焉銃』に装填されていた魔法の込められた弾丸を発射し、殺戮級の光条を放つ。

 勝利を確信したレナードだったが……。


「……なんとか、最悪の事態は免れた、かな?」


 光条は一瞬にして掻き消され、戦場に瑠璃色の髪と金色の瞳を持つドレス姿の絶世の美女が降臨した。



<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


 到着早々、本当に最悪の事態は回避できて良かった。

 ミレーユ姫がいないことが少し気がかりだけど、まずはこの状況をどうにかするのが先決。


「この場で戦闘ができるのはリオンナハト殿下、アモン殿下、帝国最強の騎士ディオン、剛烈槍ヴォードラル、そこの修道女と西部劇に出てきそうなガンマンの六人。うち、交戦の必要がありそうなのは修道女とガンマンの二人。ガンマンの方が本命そうだからボクが手を下す。そっちはクソ陛下二人でサクッと止めて欲しい。殺しちゃダメだよ? 話、聞きたいから」


「……へい、か。いや、そんな筈がない……オルパタータダ陛下は」


「あっ、修道女の方は大丈夫そうだぜ? なんか俺の知り合いみてぇだ。……この大陸に知り合いはいねぇと思うんだけど」


「じゃあ、消去法で転生者じゃない? まあ、そっちは後回しで。……さて、君は何者かな? 『這い寄る混沌の蛇』が放った新たな刺客?」


「噂に違わぬ聡明さだな! 俺は冥黎域の十三使徒のレナード=テンガロン、『這い寄る混沌の蛇』の幹部の一人ってところだ。百合薗圓ッ! 俺はお前と戦う日を心待ちにしていたぜ! 全てを出し尽くして戦える相手っていうのはあまりいねぇからな!!」


「おう、その気持ち分かるぜ! ローザ、こいつもしかしたらいい奴かも知れないぜ?」


「いい奴って……実は嫌いじゃないけど。戦う前に質問していい? なんで『這い寄る混沌の蛇』にいるの?」


「強い奴と戦うためだ。『這い寄る混沌の蛇』に所属していればお前みたいな強い奴と戦えるじゃねぇか! 『這い寄る混沌の蛇』の目的自体に俺は興味ねぇよ」


「……じゃあ、別に『這い寄る混沌の蛇』に拘りはないってことねぇ? うちに移籍とか検討の余地は?」


「……具体的には?」


 ……おっ、食いついた。


「『管理者権限』持ちの神とも戦える。具体的にはボクが数十回死ぬような相手とか、どう?」


「一方的にボコされるのは好みじゃねぇんだ」


「じゃあ、『這い寄る混沌の蛇』と戦える」


「うーん、あんまり旨味ねぇな。お前らと戦った方が楽しめそうだからな」


「じゃあ、陛下達と好きなだけ模擬戦できる。多種族同盟加盟国、つまりブライトネス王国、フォルトナ王国、緑霊の森、ユミル自由同盟、ド=ワンド大洞窟王国、エナリオス海洋王国、ルヴェリオス共和国の剛の者とも戦える。好きな時に、とは行かなくてもこの人達しょっちゅう模擬戦したがるからそこそこの回数は暴れられると思うよ?」


「――乗った!」


 よし、情報を知っている戦力ゲット! 戦闘脳の説得はチョロいぜ!


「……話を勝手に決めるなッ! こいつらは、俺達の国を滅ぼした蛇の仲間だ。俺がこの手で――」


「それ、この世界の、じゃないからねぇ? ……その殺気、【白の魔王】シューベルト=ダークネスの生まれ変わりでしょう? まあ、状況からして一番可能性が高いのはアクアやディラン達と同じ、滅び去った世界線のフォルトナ王国からの」


 修道女の目が大きく見開かれる。やっぱり、正解だったみたいだねぇ。


「とりあえず、自己紹介をしてから話を聞かせてもらっていいかな? こっちが一方的に知っていて、そちらが事情を知らないというのはあまりにも不公平だからねぇ」



 アモンが率いていた軍には下がってもらい、『飛空艇ラグナロク・ファルコン号』の内部で自己紹介をしてから情報の共有を行うことになった。


 参加者はダイアモンド帝国から忠臣一号ことライネ、忠臣二号ことルードヴァッハ、帝国最強の騎士ディオン、ライズムーン王国からリオンナハト、プレゲトーン王国からアモン王子と鋼烈槍ヴォードラル。

 そこに、ボク、ミスルトウ、プリムヴェール、マグノーリエ、ラインヴェルド、オルパタータダ、バルトロメオ、トーマス、ミレニアム、レナード、そしてシューベルトの転生体でフィートランド王国の第一王女ティアミリス・エトワ・フィートランドが加わる。


「……お前が王女とかマジウケるんだけど! 『魔王姫』って呼ばれているんだって? まんまじゃねぇか!!」


「クソ陛下二号、落ち着いてねぇ?」


「……貴様、フォルトナ王国の国王陛下をクソ陛下呼びするとは、その首、今すぐに落としてやる」


「じゃあ、他になんて呼べばいいの? クソ陛下はクソ陛下、ちゃんと名は体を表しているでしょう? こいつら、一国の国王とは思えないくらいアウトな性格しているから。清廉潔白なリオンナハト殿下なら、きっと反面教師にする国王だと思うよ? 第三王子殿下と第四王子殿下、プリムラ様には是非とも真っ直ぐ育って欲しいものだよ」


「おい、俺の国の三王子のこと忘れているじゃねぇか!?」


「あの三人はいい子に育っているけど……なんか変な方向に進んでいるからねぇ。ボクの恋愛対象は女の子なの、というか、月紫さんしか恋人的な意味では愛せないって前から言っているでしょう? もういい加減諦めなって何度言ったら……」


 脱線しているなぁ……戻さないと。


「ということで、説明した通りボク達は海を越えてこの大陸に渡ってきた部外者ということになるねぇ。あんまり説明はしたくないんだけど、話せる範囲で言えば、この世界を構成するほぼ全ての要素の構築を行ったクリエイターの一人で、まあ、あんまりこの例えはしたくないんだけど、最も近いイメージは世界の創造神ってところじゃないかな? 厳密に言えば、この世界はハーモナイアっていう神が作って、そのハーモナイアって神を作るように依頼したのがボクでっていう、結局何もやっていないに等しいんだけど」


 ライネの頭がオーバーヒートしてポカーンとなっている。

 アモンもリオンナハトも似たようなものみたいだねぇ。


「それはつまり、オルレアン神教会が信仰する女神オルレアン以外にも神が存在するということですか?」


「まあ、そういう結論になるのも仕方ないよねぇ。……現状、神界に女神オルレアンが存在するという報告はないし、オルレアン神教会が信仰している女神オルレアンそのものが存在しない可能性は極めて高いと考えている。まあ、神っていうのは極めて定義付けが難しい存在でねぇ。まず、この世界における神とは『管理者権限』というものを有する者を指す。それら神は世界創造のシステムから神という役割を与えられた着ぐるみだと思ってくれればいいよ。信仰したところで願いを叶えてくれることは、まあ、ないだろうし、覇権を手にして好き勝手したい連中の集団って思ってくれればいい。『管理者権限』を奪えば一応神に成り代わることもできるけど、全知全能って訳じゃない。あくまで世界の法則の中で全能な力を振るえるっていうことになるねぇ」


 ルードヴァッハはこの説明で納得してくれたらしい。忠臣眼鏡は眼鏡を光らせている。


「この世界は割とシナリオに支配されているんだけど、世界である以上、意思持って変えようと思えば変えられるし、こんな風にイレギュラーがぶち込まれると一気に訳が分からなくなる。……ミレーユ姫が攫われるとか正直予想外なんだけど? まあ、要の彼女を攫えば色々と崩壊するし、少なくともダイアモンド帝国、プレゲトーン王国、ライズムーン王国、オルレアン教国は取り敢えず詰むかな?」


「ふっ、ミレーユ様は『帝国の深遠なる叡智姫』でございますから」


「うん、そーだねー。(流石は目が曇った忠臣眼鏡。ミレーユリスペクトが凄過ぎるねぇ)……ゴホン、とりあえず、単刀直入に連れ去った奴の目的が知りたい」


「単純に言えば、ミレーユを洗脳して圓にぶつけるってことだな。絆を断ち、絶望に堕として闇堕ちさせる」


「ミレーユ様は絶望したりはしません! あのお優しいミレーユ様がそんなこと!!」


「絆を断つって言っただろ? ライネ、ルードヴァッハ、ディオン、マリア、リオンナハト、カラック、アモン、リズフィーナ、フィリイス……ミレーユには大勢の仲間がいる。だけど、その絆が断ち切られたら? 人との繋がりが絶たれた人間は脆い。そうして大切なものを失い、本当に孤独になった者を唆す、実に蛇らしいやり方だ。俺個人としては物凄い嫌らしくて嫌いなんだけどな」


「……そんな……ミレーユ様」


 ……何それ、許せないんだけど。大切な仲間との絆を断ち切る? 絶望に堕として、苦しめて闇堕ちさせる?


「おい、もしかして親友。かつてないくらい怒っている?」


「ねぇ、レナードさん? 絶望堕ちって術者が死ねば解除されるの?」


「いや、術者を倒したところでどうにかなる代物じゃねぇよ。絆を断ち切られれば、断ち切られた者は互いのことを忘れるし、それは術者が死んでも永続する。絆を再び結びつけないといけないが、その方法は『真・這い寄るモノの書』にも書かれていない。積み重ねるのは大変だが、信用を失うのは一瞬……何らかの方法が完成すれば別だが、現状はどうしようもねぇ」


「……もし、術者が存在しないということになればどう? 過去に遡って生まれるという事実そのものを抹消したら?」


「そ、そりゃ、絶望堕ちしたという事実も抹消できるんじゃないか? だけど、そんなこと……」


「方針は決まったねぇ。ボクがこの手でヘリオラ・ラブラドライトの存在を抹消する。その足跡も、生まれたという事実も全て。この、漆黒魔剣ブラッドリリーで――」

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