百合好き悪役令嬢の異世界激闘記 〜前世で作った乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢が前世の因縁と今世の仲間達に振り回されながら世界の命運を懸けた戦いに巻き込まれるって一体どういうことなんだろうねぇ?〜
Act.8-107 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.9 再会と決闘……決着とその後。
Act.8-107 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.9 再会と決闘……決着とその後。
<三人称全知視点>
「反乱分子からはまだ何も反応はないのか?」
馬の立ち並ぶ中、アモンの隣で騎乗する補佐を任された長身の男が鋭い声を上げる。
豊かな口髭と鷹のように鋭い目が特徴的なこの男の名はヴォードラル・ラジール――プレゲトーン王国即応軍・第二騎士団の団長を務める有数の戦士である。
全てを一本の鋼の棒から作り出した錬鉄の槍――普通の人間には重すぎるその槍を軽々と扱うことから、ついた二つ名が「剛烈槍」。
巨兵歩兵旅団とは違い、数多の盗賊団を壊滅させ、隣国との戦闘にも悉く勝利し、その都度武勲を上げてきた正真正銘の熟練騎士である。
この名のある騎士を副官に据える形に「実際的な指揮はヴォードラルが取り、随伴した僕の初陣を飾らせようということか?」などとアモンは判断していたのだが。
「王子殿下、いかがなさいますか? これ以上、猶予を与える必要はないかと考えますが。幸い、都市サイラスは城壁も低く、反乱分子共が築いたバリケードも貧弱です。突破は難しくないでしょう」
惰弱な第二王子とアモンを軽視する者が多い中ヴォードラルはその都度アモンに指示を求め、アモンを立てた。
その姿勢は臣の礼としては完璧ではあった……が、しかし裏を返せば自分自身の判断で民への弾圧を進めなければならないということ。王子としての経験がまだまだ浅いアモンには重いものだ。
「王子としての務めか。……捨て置くには面倒な場所だな。兵の士気を上げるためにもここは一思いに――」
「アモン殿下、ヴォードラル様! 報告致します! 街に動きあり!」
慌てて天幕に駆け込んできた兵士の声でアモン達の陣一帯に一気に緊張が高まる。
「なんだ? 使者でも送ってきたか?」
「いえ、それが……子供が二人やってきてアモン王子殿下との会見を求めています」
「愚かな! 反乱分子風情が、アモン殿下と目通りが適う筈が無かろうに……しかし、子供というのは?」
「そ、それがその……。ただの子供ではなくアモン殿下のご学友を名乗っておりまして」
「学友? それは一体?」
「失礼する」
伝令の兵を押し除けるようにして一人の少年が現れた。
凛とした立ち居振る舞い他を圧倒する絶対的な王者の雰囲気に、気圧されたように兵士達が道を開ける。
「リオンナハト・ブライト・ライズムーン、何故君がここに? ……ということはまさか」
アモンは驚愕に瞳を見開く。リオンナハトのすぐ後ろに、今、最も会いたくない彼女の姿が見えたから。
「ミレーユ姫」
「お久しぶりですわ、アモン王子」
光を受けて月光のように淡く輝く白金色の髪、深く知性の輝きを宿した美しい青の瞳――あの日、あのダンスパーティーの夜と変わらぬ美しい燦きを纏ってミレーユ・ブラン・ダイアモンドはアモン・プレゲトーンの前に現れたのだ。
「ボクに会いに来てくれたのだったら嬉しいのだが……」
「あら? それ以外には無いのではなくて?」
ミレーユはキョトンとと首を傾げて見せるが、アモンにはその裏にある意図がしっかりと読み取れていた。
勿論、自分に会いに来てくれたというのは、そうなのかもしれないがそれ以上に、きっと彼女はこの愚かな争いを治めに来たのだと。
『帝国の深遠なる叡智姫』と呼ばれるミレーユ姫が自分のためだけに会いに来てくれるとは、流石にアモンには思えなかった。
一瞬の動揺の後、アモンは覚悟を決めるように息を吐く。
「リオンナハト王子。まさか君までミレーユ姫と同じようにボクに会いに来てくれたという訳ではないのだろう?」
「ああそうだな。今回、俺はミレーユ姫の護衛だけするつもりだったのだが……ここに至っては黙っていられなくなってな。少しばかり予想よりは早かったが、再戦の約束を果たさせてもらうとしようか」
「それはつまり、ボクに決闘を申し込んでいるということかい?」
「お前が剣を抜かぬまま王都に戻るというのならば冬の剣術大会まで待ってもいいのだがな」
肩を竦めるリオンナハトにアモンが答えようとした瞬間、傍らに控えていたヴォードラルが足を踏み出した。
「聞く必要はございません、アモン殿下。一軍を率いる王子自らが一騎打ちなど」
「控えよ、ヴォードラル。大国の王太子が自らの信じる正義のために命を懸けて決闘を挑んできているのだ。申し出を断われば兵達の士気に拘るだろう」
アモンはヴォードラルの諫言を一蹴した後、ミレーユの方に視線を向けて微かに苦笑を浮かべる。
リオンナハトとの決闘を蹴って士気が下がるのを避けたいのは勿論だが、それ以上に好きな女の子の前で逃げの手を打つという恥ずべき一手を打ちたくないアモンはリオンナハトの決闘の申し出を受けた。
ミレーユが来たことでこの状況が恋愛小説的なノリで解決するのではないかと甘い考えを持っていたミレーユは完全に置いてきぼりにされ、リオンナハトとアモンが互いに剣を向ける中、ミレーユは困惑した表情で首を傾げた。
「我が国の街道なら戦いの場所として不足はないだろう」
「アモン王子! お待ちになって! 決闘なんて、そんなっ!」
ミレーユは大慌てでアモンのもとに走り寄ろうとしたが寸でのところでヴォードラルに止められた。
「ヴォードラル、特別に君に命じる。彼女――帝国のミレーユ姫殿下の側で彼女を守れ。決して彼女に傷一つ付けるな」
「……宜しいのですか?」
「姫には僕とリオンナハト王子の決闘が正当なものであったと証言してもらわなければならない。プレゲトーンでもライズムーンでもない、彼女の言葉ならばライズムーン国王も文句は言うまい」
「駄目ですわ! アモン王子、そんなのッ!」
「君とはもっと違った形で再会を喜び合いたかった。もっと……。いや、未練がましいな、我ながら」
まるで、その気持ちを断ち切るかのように、アモンはミレーユから視線を外し、二度とその声に振り返ることはなかった。
「ミレーユの言葉は、届かなかったか?」
「例え相手が誰であれ止まることはできないさ。君ならば分かってくれるだろう? リオンナハト王子」
「腐った王権のために殉じるのか……アモン・プレゲトーン」
「秩序無き世界ではより多くの民衆が苦しむことになる。混沌とした世界にしないために王の剣は必要だ。もし権力が腐敗しているというのであればそれを正すのがボク役目だ。リオンナハト殿下、貴方の出る幕じゃない」
「それでもお前達が民を踏みつけにすることを見過ごすことはできない!」
腐った権力者を廃して新たな統治機構が動き出すまで自国がその役割を担うことを視野に入れたリオンナハトと、プレゲトーン王家に属するアモンの見解はどこまだ行っても平行線――故にどちらかが折れるまでこの議論は終わることはない。つまり、言葉でどうこうできる瞬間はとっくの昔に過ぎてしまったのである。
「もしお前が民を虐げることに加担するというのならここで我が剣の錆となれ、アモン・プレゲトーン」
鋭い視線でアモンを睨め付けるとリオンナハトが剣を抜いた。リオンナハトに相対するアモンが上段の構えを取るのに対し、リオンナハトが取ったのは後の先を狙う下段の構え。
「あの時と同じにはならない。今日の俺には油断はないからな!」
「油断、そんなものある訳ないだろう! ボクが君相手にできるのはこれしかないってことだ!」
攻撃性の強い上段の構えを取ったアモンが先制攻撃を仕掛けると思いきや、先に攻撃をしたのはリオンナハトだった。
後の先を狙う下段の構えというフェイクを利用した奇襲を仕掛けたリオンナハトは低い姿勢のままアモンの懐に飛び込む。
敵の攻撃を待つことを基本にしているリオンナハトの先制攻撃――まさか奇襲などしてくるなど予想すらしていなかったアモンは意表を突かれ、その不意打ちで一歩後ろに下がり、姿勢を崩す。
しかし、アモンも剣術大会の時よりレベルが上がっている。下がりながらも崩れた態勢で放った迎撃の斬撃はリオンナハトの予想を上回るほど素早く、そして鋭く重い。
振り上げた刃で重い一撃を受けると同時に一歩後退して衝撃を殺す。
「万全の姿勢でなくともこの威力か。真面に仕掛けられたら厄介だな。なるほど、再戦のために鍛錬を積んでいたのは俺だけでは無かったということか」
「剣の天才の君を上回ろうというのだ。気合も入るものだよ。何しろ、ボクは才能なんて微塵もない――ただの凡人なものでね! ただただ愚直に鍛錬を積むしかないのさ!!」
「努力は買おう。だが、簡単にくれてやるほど安い首だとは思うなッ!」
力強い踏み込みと共に流れるような動作で繰り出されたアモンの渾身の一撃をリオンナハトは剣を傾けて受け流す。
刃の上を火花が散り、受け止めきれなかった衝撃で腕に裂傷が走った。
「はぁぁぁッ!」
しかし、リオンナハトは腕に走る激痛を無視して斬撃を走らせる。
剣術大会ではついぞ見せなかったリオンナハト本来の返しの剣は正確にアモンの脇腹を鋭く切り裂いた。
しかし、リオンナハトがダメージを入れられたのもそこまで。アモンは痛みを振り払う気合いの声と共にリオンナハトに体当たりを浴びせて間合いを取った。
そこから戦いはより一層激しさを増していく。
剣を構えた二人が交差する度、鮮血が紅の花びらのように舞い散った。
アモンの度重なる鋭く重い攻撃的な一撃を捌きつつ確実に反撃を当てていくリオンナハト――その剣術は宛ら剣舞のようだった。
天才の名に恥じぬ美しさと強さを備えたリオンナハトの剣技に対し、アモンの持つ武器は二つ――愚直に積み重ねた剣技と引けないという決意のみ。
普通の人間であれば感じる躊躇、それによって生じる距離をアモンは軽々と踏み越えていく。
恐怖を噛み殺し、もう一歩踏み出すこと、リオンナハトの間合いを微妙にズラし、結果的にアモンは致命傷を受けずに済んでいた。
「ここまでやるとは……やはりお前は侮れない男のようだな」
「ふふ、君を失望させずに済んで、なによりだよ」
痩せ我慢に笑みを浮かべるアモンだったがその顔には既に余裕はない。少しずつ疲労の色が出ているアモンと異なりリオンナハトの剣は精彩を欠くことはなく、寧ろ斬撃の威力が上がりつつあった。
リオンナハトの剣は天才の剣――戦いながら間合いを調整することも容易いことなのだ。
次の攻撃が最後になることをアモンは心の中で確信していた。
膝を突き、痛みに顔を顰める。心が折れそうになりながらアモンは僅かに視線を動かしてミレーユの方に視線を向け、彼女に無様な姿は見せられないと大きく息を吸い、覚悟を決めたアモンは再び立ち上がる。
「構えたまえ、リオンナハト王子! 最後の勝負だ!」
剣を握り締め、次の一撃に全てを賭けるべくアモンは力を込める。
「もうやめてくださいまし! お二人とも、本当に死んでしまいますわッ!」
二人の様子を見て、不吉な予感に襲われたミレーユは再び声を上げる……が、やはりミレーユの声は届かない。二人が剣を収める様子はなかった。
前の時間軸、憎悪と怒りに支配された民衆にミレーユは幾度も声を掛けた。
ルードヴァッハと共に帝国各地を回っていた時に帝国の姫として声を上げた……しかし、ついぞ人々の信頼を勝ち取ることはできなかった。
その時と同じ――ミレーユの言葉は誰の耳にも届かない。ただ、絶望に苛まれながら全てが終わる瞬間を見届けるしかない。
……本当に? 本当にそうだろうか? 否、それは誤りだ。
例えミレーユの言葉が届かずとも、その言葉に乗せられた思いは、紡いできた絆は彼女のこの時間軸で得た仲間達に――忠臣達に届く。
「困るなぁ。うちの姫さんを泣かすなんて、ちょっとヤンチャが過ぎるんじゃない? 王子様方」
ミレーユのすぐそばを駆け抜ける一陣の疾風は止まることなく決闘の中心――剣を振り下ろさんとするアモンとそれを迎撃しようと剣を振り上げるリオンナハトの間へと割り込み、鋭い二つの金属音と共に二本の剣が舞い上がらせた。
剣を喪失し、動きを止めた二人の王子の間には一人の男――両手に持った剣をアモンとリオンナハトにそれぞれ突き付けたディオン・センチネルは朗らかな笑みを浮かべた。
「うちの姫さんは泣き虫なんだから、あまり泣かせないでもらえるかな?」
「あっ……」
突然の味方の到来に、不意にミレーユは体から力が抜けるのを感じた。
膝が折れ、そのまま後ろに倒れ掛けたミレーユをふわりと柔らかなものが彼女を抱き止める。
「ミレーユ様! ご無事で良かったです!」
懐かしい声にミレーユが慌てて振り返ると、そこに居たのは――。
「あっ……ううっ、ライネ!!」
瞳一杯に涙を湛えた一番の忠臣だった。
「ライネ、ライネっ……」
ミレーユがライネに抱き着いた次の瞬間、すぐ側で激情の声が上がった。
「無礼者ッ! 貴様、殿下にいつまで剣を突き付けているッ!」
ミレーユの護衛を任されていた男――『剛烈槍』のヴォードラルが憤怒の表情でディオンを睨みつけていた。
「王族同士の神聖な決闘に水を差すとは無粋なことを!」
「あはは、まあ、そうだね! 命懸けの王子の家臣が我慢してるのに勝手なことするなって感じかな? ……でもさ、僕が剣を預けているのはどちらの殿下でもないものでね!」
「黙れ! その無礼、万死に値する! 命をもって償うがいい!」
ヴォードラルが槍を構えて走り出す。
『剛烈槍』――その異名は穂先から持ち手に至る全てが鋼鉄で作られた鋭く剛重な槍を使うことからつけられたものだ。
普通の兵士では長時間持つことすらできない重たい槍を軽々と構えたままヴォードラルは
「数々の無礼、万死に値するッ! 我が槍の錆にしてくれるわァ!!」
暴風を纏ったと錯覚するほどの凄まじい突進から全ての勢いを乗せて放たれる突きが宛ら、地を這う竜巻の如くディオンへと繰り出される。
交錯は一瞬、ヴォードラルはディオンの後ろへと駆け抜けていく。
刹那の静寂――その後、剣を振り切った姿勢のままディオンは言った。
「なるほど凄まじい突きだ。称賛に値するね。しかしわ一つだけ興味があるな。――その穂先を失った槍で、どうやってこの僕を刺し殺すつもりだ?」
直後、風切り音を立てて綺麗に斬られた穂先が天空から降ってくる。
それは、戦場ではよくある風景だ。しかし、それが一本の鋼から作られたものであるならば話が変わってくる。
「鉄を斬るとは敵ながら見事なり」
振り返ったヴォードラルの手にあるのは綺麗な切断面を覗かせる鋼の棒だった。
交錯したあの一瞬に、ディオンの振り上げた高速の刃がその鋼を切り裂き、槍を単なる棒へと変えたのだ。
「まあ、主君の前だし、このぐらいはね。で? どうするんだい?」
「知れたこと、突き殺せぬとあらば……」
しかし、ヴォードラルの言葉はそれ以上続かなかった。突如響いたミレーユの忠臣の悲鳴が、戦場の空気を一変させたからだ。
「あらあら、いい声で鳴いてくれるじゃない。本当ならもっともっと苦しめて快楽に酔いしれたいのだけど、残念ながら大切なお仕事の途中なの。運良く生き残ったら、相手して差し上げるわ」
白銀髪と黒髪を半分ずつで持つ金色の瞳を持つ踊り子風の扇情的な衣装を纏った妖艶な雰囲気の大人のお姉さんが、ククリナイフをミレーユの首筋に触れさせていた。
「ひっ、ひっ……」
ミレーユはあまりの恐怖で声が出なくなっている。
「初めまして、私は冥黎域の十三使徒が一人、ヘリオラ・ラブラドライト。この世界に絶望を与える最初の一人……というところかしら?」
ヘリオラは嫣然と微笑んだ。
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