Act.8-104 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.6 『瑠璃色の影』とタイムリミット。

<三人称全知視点>


「あっ! リオンナハト殿下」


「すまない。探すのに少々時間が掛かった。彼女がいなければこうもあっさり見つけられなかっただろうな」


 少年を手刀を駆使して一撃で気絶させたメイド服の少女の後ろから現れたのはリオンナハトだった。


「怪我は無いか? ミレーユ」


「え……ええ、問題ございませんわ」


 未だにリオンナハトに呼び捨てにされるのに慣れないミレーユは少しだけぎこちない返答をした。


「ところで、そちらのお嬢さんは、どなたかな?」


 ちらり、とリオンナハトが瞳を向ける。涼やかなその眼には明確な敵意の色が窺えた。


「えっ……いや、あ、あの……」


 その迫力にフーシャは気圧されたように言い淀む。


「リオンナハト、貴方はただでさえ迫力があるのですからそんな風に睨んだら可哀想ですわ」


 ミレーユはリオンナハトからフーシャを守るように一歩前に出る。


「この方はフーシャ。革命組織の方だったのですがわたくしを助けてくださいましたの。色々情報も聞くことができましたわ。革命派の首魁のこととか……彼女のお兄様なんですけれど。後は、色々と興味深いお話を聞かせて頂きましたわ」


 「まぁ、それが何に関係するのかはよく分からないのですけど」と心の中で付け足すミレーユ。

 ミレーユは嘘も誇張もなくただありのまま起こったことを話しただけだが、リオンナハトには「この短時間で革命派の情報を持っている人間を味方につけた」と聞こえていた。短時間で味方を増やしてしまったミレーユに、あり得ないこととは分かった上で「もしかして情報を得るためにわざと誘拐されたのではないか?」などと疑ってしまうリオンナハトである。


「ところで、リオンナハト殿下? そちらの方は?」


「えっと彼女は……そういえば、名前を聞いていなかったな。彼女は一緒にミレーユのことを探してくれたんだ」


 リオンナハトと共に現れた少し短めの金髪の色白のメイド服の少女はごほんと咳払いをした。


「お初にお目に掛かります、ミレーユ姫殿下、リオンナハト殿下。僕はアノルド・ローグロードと申します。一応付け加えておきますが、男です」


「…………男だったのか」


「この格好も別に僕の趣味じゃありませんよ? 僕の勤め先の先輩が女装させたがるんです!」


 ――でも、そうやって言われても女の子にしか見えませんわ。可愛らしい女の子ですわね。


 メイド服に身を包んだ色白の美少年をニマニマと見つめるミレーユ。

 一方、リオンナハトは『勤め先』という言葉に違和感を覚えたようで、アノルドに警戒の視線を向けた。


「つまり、今回この場所にいたのも『勤め先』の与えた仕事のためだったということか?」


「そういうことになりますね。僕の仕事はプレゲトーン王国の革命に関する調査、より正確には革命の火に油を注いでいる者の殺処分です。と言っても、僕一人じゃ流石に厳しいので旦那様と先輩方と共に行うことになりますが。……うちはある組織と対立しています。そいつらになんでも旦那様達は相当苦しめられたようで、いかなる犠牲を払ってもその組織に関わった者を殺処分したいそうです」


 「うちの旦那様は殺しが愉悦ですから、きっと楽しみながらバラすんだろうなぁ」という呟きはあまりにも狂気に満ちていて、鈍感なミレーユの警鐘もけたたましく鳴り響いていた。

 アノルドの濁った目の瞳孔は完全に広がっていて、飢えた肉食獣のようにギラついている。


「あっ、僕のことは気にせずどうぞ続けてください。僕もライズムーンの王太子様や『帝国の深遠なる叡智姫』と敵対する気はありませんから。まあ、それはそれで愉しそうではありますけどね」


 ――この人、絶対にディオンよりもヤバい奴ですわ!!


「フーシャだったか? お前は味方ということでいいんだな?」


 リオンナハトはアノルドに警戒の視線を向けながらフーシャの方を窺う。フーシャは慎重な態度で頷いた。


「貴方が革命を止めてくれるのなら協力するわ」


「革命を止める……か。だが、そのためにはプレゲトーン国王と会う必要があるだろう。重税をなんとかしないとならないだろうな」


 そもそも、民衆が不満を爆発させている原因は増税による負担が増えたことに由来する。

 そのように聞いていたリオンナハトは、解決は容易ではないと難しい顔をしていたのだが……。


「いえ、そうじゃないわ。そもそも兄さん達が訴えているのは税を下げることじゃないの。王国政府に囚われているグレンダール・ドーヴラン様を解放してもらうことよ」


「……それは、一体どういうことだ?」


「国王陛下は宰相であるグレンダール様の口を封じるためにどこかに監禁しているらしいの。兄さん達は、グレンダール様を助け出すために立ち上がったのよ」


「諫言を告げてくれる臣下を牢に入れたのか……愚かだな。主君の誤りを諫める者こそが忠臣だ。それに民を代弁するような立場の者を害すればどうなるのか分からなかったというのか」


 リオンナハトの横顔には僅かながら怒りの色が見え隠れしていた。


 その時、ふいにリオンナハトに前時間軸で掛けられた言葉がミレーユの脳裏に蘇った。


「レイドール辺土伯は君達帝室や大貴族が見捨てた民に食料を与えた人物だ。民草の恩人だ。そのような者を殺せばどんな事態を招くのか考えなかったのか? 君達はそんな簡単なことも考えてなかったのか?」


 あの時のミレーユには何も言い返すことができなかった。

 事実としてレイドール辺土伯は処刑されていてそれに怒った民衆の手によって革命はなされたからだが……しかし、何故そのようなことが起きてしまったのかミレーユには理解できなかった。


 ミレーユの父親である皇帝は人気取りのために臣下を処刑したりはしない。他者の人気などに興味がないのだから。

 あの時にミレーユを襲った何とも言えない違和感。

 あの時に飲み込んだ反論、言いたかった言葉をミレーユは満を持して口にする。


「……それ、ちょっとおかしいですわ」


 しかし、続く言葉は闖入者によってかき消されてしまった。


「たったたた、大変だ! えっ?」


 どうやら先ほどのもう一人の少年が戻ってきたらしい。

 自由になったミレーユと剣を下げたリオンナハト、そしていつの間にか禍々しい曲線を描く大鎌を構えたアノルドを見て悲鳴を上げた少年は踵を返してその場から逃げ出そうとしたが……。


「おい、そんなに焦ることはないだろう。少し話に付き合ってくれ」


 呆気なくリオンナハトに殴り倒され、更に、抜身の剣を突き付けられて「ひぇぇっ!」っと情けない悲鳴を上げた。

 かつての自分と同じような醜態を晒す少年に、ミレーユはちょっとだけ同情しそうになったが、先程ミレーユに「ジャンプしてみろ」と言った挙句、ミレーユを馬鹿にした少年だと思うとすぐに気持ちを切り替えた。心の狭いミレーユである。


「ところでその鎌、どこから出した?」


「スカートの中からですね。このメイド服は特別製なんですよ。こういう大きな武器を持ち運びできるという点では確かに便利ですよね、メイド服って」


 「僕のことは気にせずどうぞ続けてください」と禍々しい真紅の鎌をスカートの中に仕舞い込み、目を細めて笑った。

 その優しい表情と先程の殺意剥き出しの表情のギャップに恐怖を抱くミレーユ、リオンナハト、フーシャの三人。


「どういうこと? この騒ぎは何?」


「フーシャ! 一体どうなっているんだ!?」


「いいから、早く答えて」


「あ、ああ……実は同志達が決起して、自警団の詰め所を押さえたらしい。武器を奪って今は都市長の屋敷に向かってる」


「えっ……どういうことなのよ!? 決行は明後日の筈でしょう? なんでそんなこと、ジェイの奴の指示なの?」


「いや、お前の兄貴の独断だ。軍と対峙してる同志達を助けるためにこれ以上待たせることはできないって広場で支援を募って殴り込みをかけたんだとか」


「ああ、もう、兄さんらしいわ!! それで、被害は!!」


「ほとんど戦闘にならなかったそうだ。詰め所にいた守備兵は十人ぐらいだったんだが、広場で数百人規模の民衆を煽動して取り囲ませたらしい。自警団長の奴、泡食って逃げちまったってよ。しかし、お前の兄貴、相変わらず凄いな」


「ええ、口の上手さに関しては天才よ。きっと王様にでもなったらみんな大喜びで税を納めるようになるでしょうね。計画では詰め所を押さえた後は都市長の館に向かった筈よ。行きましょう」


 ごく当たり前のように行こうとするリンシャにミレーユは「そんな危ういところに何故ついていくと決まっている風に言うのかしら?」と思わず呆れた。


「やれやれ、それはかなり危険だと思うが……だが、どうしても行くというのなら付き合うのも吝かではないぞ?」


 ミレーユの心のうちに同意したと思いきや、すぐに手のひらをくるりと返して剣の柄に手を添えて力強い声で言うリオンナハトにミレーユは「まだ行くとは誰も言ってないし!」と主張しようとしたが。


「なんだ? 何か間違っていたか? いや、そうか。カラック達のことは心配しても仕方ない。本当は合流できるなら早く合流したいところだが折角ミレーユが作ってくれた革命軍の内情を探るチャンスだ。無駄にする訳にはいかないだろう?」


 死んでいる可能性は決して口にしない。ただ、二人が生きていることを前提として進むしかないのだから。


「い、いえ、わたくしは何も」


「さぁ、行くわよ。急ぎましょう」


 フーシャの声に急かされるようにして、ミレーユは立ち上がった。

 この時、ミレーユは察した。既に自分が何を言ってもこの流れは止められないと。ならば、気持ちを切り替えるしかない。


「ところでさっきから気になってたんだが、ジェイっていうのは、誰なんだ?」


 道すがらリオンナハトがフーシャにミレーユも気になっていた疑問を尋ねた。


「ジェイでしたっけ、僕も興味があります。一体何者なんですか?」


 どうやら、アノルドも興味を持っている内容だったらしい。


「革命軍の同志よ。兄さんは酒場で会ったって言ってたけど……」


「そいつが、ミレーユを誘拐しろと言ったのか?」


「ええ、革命の邪魔になるからって」


「馬車で襲ってきた連中の仲間か……しかし」


 リオンナハトは先ほどの少年達のことを思い出していた。

 造作もなく一捻りにできた彼らはとても戦闘の訓練を受けた者のようには見えなかった。


「なるほど……もしかして、そのジェイという方が加わってから革命派が大きく勢い付いたということでしょうか?」


「えっ、ええ。彼が酒場で兄さん達を焚き付けて革命派を構築したの」


「なるほど、あちら側にいるかもしれないと思っていましたが、こっちが正解でしたか。……僕達の目的は先ほどお教えしましたよね? 僕達はある組織と敵対しています。今回の件を焚き付けたその末端構成員の情報が判明しました。とりあえず、襲撃して拷問して口を割らせようと思います。ただ、その際に抗うものがいれば排除するつもりです。血が流れれば革命が加速する――僕達はプレゲトーン王国の人間が何千人、何万人死んだところで知ったこっちゃありません。仕えるべき陛下は僕らにはおりませんから。『正義』ではできないことを我らがやる、それだけは守るべき『王』を失った今でも変わらないことのようです。ただ、帝国の深遠なる叡智姫――貴女達にとっては不本意だと思います。三日差し上げますから、その間に革命を止めてみなさい。最後に、不公平がないように名乗っておこうと思います。僕達は『瑠璃色の影ラピスラズリ・シェイド』――仕えるべき国王陛下も愛する国も奪われた毒剣の一族、なのだそうです。僕は違いますが」


 「それでは、失礼します。『帝国の深遠なる叡智姫』様のご武運をお祈りしております」と言い残し、アノルドは音も無く姿を消した。


「……恐らく、奴は今回の騒動を引き起こしたのがジェイという男だと確信したのだろうな。この街は交通の要所だ。……確かにそのジェイという男が黒幕だったとすれば攻めるべき場所をきちんと選んでいる気がする。馬車で襲ってきた連中ともイメージが一致するな」


 「しかし、これで革命を止めるのに三日という制限がついたか。本当に可能なのか? 『帝国の深遠なる叡智姫』だとしても流石にこれは無茶が過ぎるのでは」とぶつぶつ口にするリオンナハトを見て、なんとなく嫌な予感がするミレーユであった。

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