Act.8-105 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.7 扇動する者。

<三人称全知視点>


 暗殺者達に面が割れているミレーユとリオンナハトはアノルドから変装用にベール付き帽子と帽子を受け取るとなるべく目立たないように都市長の館を目指した。

 リオンナハトの方はともかくミレーユは落ち着きがなくて実に怪しい。


 とはいえ、今回は街中でフード付きの外套コートすら纏わず平気で目立つメイド服姿で闊歩しているアノルドも別行動している。

 平時であればミレーユ以上に悪目立ちするアノルドは注目を集めただろうが、しかし、今は革命真っ只中で都市サイラスが混乱に包まれている。

 家々の扉が固く閉じられ、活気が完全に消えた街中を武器を手にした若者達――革命派の者達が闊歩するサイラスの中では多少なり挙動が不審な相手が紛れていても気にしている余裕はなさそうだった。


 ダイアモンド帝国の革命軍達であれば厳戒態勢を敷き、敵か味方か分からない不審者など真っ先に捕縛していただろう。そのため、ミレーユも簡単に捕まってしまった。……まあ、ミレーユが食べ物欲しさに人里に出ていってしまわなければ捕まることも無かったが。

 しかし、革命派の者達はミレーユの知る前時間軸のダイアモンド帝国の革命軍の者達が持ち合わせていた刺すような憎悪も絡みつくような暗い欲望も持ち合わせず、まるで祭りの前のような純粋な興奮と熱狂に包まれており、ダイアモンド帝国の革命軍に比べてどうしてもなんちゃって感が拭えなかった。


 革命を何かの祭と勘違いしていそうな若者達にはダイアモンド帝国の革命軍のような緊張感は全く欠けているようで、怪しげな格好の者が二、三人街中に紛れていてもまるで気づく気配はない。


 まあ、一番悪目立ちしそうなアノルドも先代公爵・・・・から手解きを受けた一流の暗殺者である。アノルドが会得している気配を消す技術はリオンナハトですらも意識しなければ見失ってしまうほど極めて練度が高いため、メイド服を着ていたとしても人々の意識に残らないように立ち回ることも不可能ではないのかもしれない。


 略奪も行われることはなく、まるで祭りのような熱狂に浮かされたように闊歩する若者革命派達を見て、ミレーユもプレゲトーン王国の革命とダイアモンド帝国の革命が同じ『革命』であっても全く別種のものなのかもしれないと思い始めていた。



 都市長の館は子爵や男爵クラスの貴族の屋敷といった風情の建物だった。

 既に騒乱は収まっているようで広い庭には続々と革命軍の者達が集まってきている。

 そんな彼らの中心で扇動の声を上げているのは一人の青年だった。フーシャと同じ茶色の髪と淡い青の瞳をした青年もまた自身の作り出した熱狂に呑まれれているようで、その瞳は陶然とした光を宿している。


「重税によって苦しむ我々の声を届けたい、その代弁者であるグレンダール宰相を我々の元に返してもらいたい――我々の要求は間違ったものだろうか? 否、正当な要求である筈だ! しかし、王国政府はあろうことか我々の声に耳を貸さなかった。グレンダール宰相を監禁し、プレゲトーン王国の最後の良心を我々から奪い取った。こんなことが果たして許されるべきだろうか!? 我々が立ち上がったのは重税によって苦しむ我々の声を王国政府に伝えるため、そして我らの代弁者であるグレンダール宰相を取り戻すためである。……そして、我々の意思を表明するために挑んだ都市長の館への包囲、その結果を皆はどう受け止めたのか問いたい。都市長は我々が館を包囲する前に護衛を伴って逃亡した。我らの訴えを無視して無責任にも程がある! 皆もそう思わないだろうか!!」


 聞き惚れるような美声ではなく、力強い騎士の声とも違う。

 しかし、計算し尽くされたように絶妙に抑揚の付けられた声はある種のカリスマを持った政治家が民を鼓舞し、或いは扇動する時の声に非常に似ていた。


「都市長の説得ができなかったのは非常に残念だが、こうして街を無事に押さえることができた。全ては我々の訴えに応えてくれた同志諸君のおかげだ。みんな、ありがとう」


 その声に広場の若者達が一斉に歓声を上げた。別に戦闘に勝利した訳でもないというのに、その士気は非常に高まっている。

 圓なら「独裁者の代名詞な画家を志していた人と同じタイプだよねぇ」と溜息混じりに言いそうな人物だ。


「扇動者か……民を惹きつける語りは確かに見事ではあるが……フーシャ、もしや彼が君の兄君かな?」


 リオンナハトの問い掛けにフーシャが返事をする前に演説をしていた青年はミレーユとリオンナハトの方に視線を向けた。


「フーシャ、来ていたのか?」


「……ダランヴェール兄さん」


「……おや、その子供達は? ……ほうほう、なるほど。ひょっとすると彼女達がジェイが言っていた革命を邪魔する危険性のある子供達か?」


 ダランヴェールの言葉に呼応してダランヴェールの周囲の革命派の青年達が一斉に剣に手を掛ける。

 リオンナハトも革命派に対抗するために剣に手を掛ける。

 戦いが始まるのかと思いきや、騒ぎを起こした張本人であるダランヴェールが手で青年達を制して一触即発の空気を打ち消した。


「やめておこう。年端もいかぬ子供に剣を向けたとあっては我々の正当性は失われ、誰も我々の話など聞いてくれなくなってしまうからな」


「お願い兄さん。この子達と話をして」


「話か……といってもここではなんだな。客人に立ち話をさせる訳にはいかないだろう? とりあえず館の中で話をしようか?」


 ダランヴェールは革命派の青年達の一部に都市長の館周辺の警備を命じ、何人かの革命派に護衛役を依頼すると、残りの革命派の青年達を解散させた。

 ダランヴェールを先頭に、ミレーユ、リオンナハト、フーシャは都市長の館へと足を踏み入れる。


「さぁどうぞ……といっても私の家ではないのだけどね。しかし、随分と贅を尽くした館だな。……私達から贅を搾り取って贅沢三昧とはいい御身分だ」


 優雅な足取りで、我が物顔で屋敷をずんずんと進んでいったダランヴェールは「彼が贅を搾り取って贅沢三昧だった」と揶揄したまるでどこぞの貴族様にそっくりだったが、本人はまるで気づいていないようだった。

 呆れた様子で肩を竦めてから大股に執務机の方に向かうと、ダランヴェールは傲慢にも都市長の椅子に腰掛けた。


「金は掛かっているのだろうがあまり座り心地が良いものではないな」


「兄さん! いい加減にしてッ! こんなことして一体何になるっていうの!」


「黙りなさい、フーシャ。女であるお前と政治について話すつもりはない。無駄なことだからな」


 ダランヴェールは心底馬鹿にした様子でフーシャの方に視線を向けた。

 プレゲトーン王国に浸透している男尊女卑の思想に根本から浸かってフーシャを小馬鹿にするダランヴェールの姿を目撃したミレーユの中で、ただでさえ低かったダランヴェールが一気に急落した。最早、ウォール街大暴落に匹敵するレベルの大暴落である……元々低かったのにどこまで落下していくのだろうか?


「私が興味があるのは寧ろそちらの方達のほうでね。とりあえず寛いでくれ。今、お茶菓子でも用意させよう」


 革命派の青年達を顎で使うダランヴェールはとてもとても偉そうだった……が、お菓子という単語を聞いた瞬間にミレーユの中でダランヴェールの評価がちょっとだけアップした。アモンの兄のなんとかという王子よりも上に食い込んできた。……どれだけ気が変わりやすいのか、山の天気より変わりやすいが、色々とチョロい……扱い易いミレーユである。


 まあ、それでも巨兵歩兵旅団よりも下のままではあるが……。

 ミレーユは大男が好きなのだ。


「お気遣いはありがたいが、あまりゆっくりもしていられないのだろう? 話を聞かせてもらおうか」


 リオンナハトは接客用のソファに座ることなくダランヴェールを睨み付ける。その立ち居振る舞いには微塵も隙は無かった。

 ダランヴェールに言われるまでもなくソファーに座ってぐでーっと背もたれに寄りかかって寛いで……否、蕩けきっていたミレーユとは大違いである。


「おお素晴らしい迫力だ。流石はリオンナハト・ブライト・ライズムーン殿下というところか?」


 まさか、同行していた少年が大国の王子などとは予想すらしていなかったフーシャは驚愕で目を見開いているが、ダランヴェールの余裕は一切消えることなく、無邪気に拍手までする始末。


「しかし、大国の王子が身一つで乗り込んでくるとは噂に違わぬ蛮勇だな……私にはそのような度胸はないよ。実に羨ましいな」


「……気づいていたのか」


「勿論だよ。寧ろ、そうでなければ帯剣を許したままここに案内したりはしないさ」


「なるほど。……てっきり子供だからと馬鹿にされているのかと思っていた。それで、革命を邪魔するかもしれないと言われている俺達を案内した理由は何だ? 敵になるかもしれない俺達に武器を持たせたままで懐深くに招き入れて、貴殿に何の得があるのだろうか? 無学な私に教授してはくれないか?」


「無学ということはないだろう? 無論、理由はある。正直なところ我々は君の……いや君達の助けを期待しているんだよ、ライズムーン王国の王子殿下。何しろ、私達だけでは戦力不足でね」


「簡単に言わないでもらいたい。軍隊を動かすのは国の大事だ。そう易々と動かせるものではないのだよ」


「これは正義と公正を重んじるリオンナハト殿下らしからぬ物言いだ。この国の有様を見て何も思うところはないと? 民のためを思う良識ある政治家が獄に繋がれ、民に重税が課されるのだ! まさか、横暴な彼ら王族を見過ごすとでも言うのかね?」


 実際気民の困窮をリオンナハトが見た訳ではない。しかし、諫言を呈してくれた忠臣を牢に繋いだとあれば、それは確かに見過ごすことができないことだ。


「仮に我が国が反乱軍に味方するとして、君達がそれまで持ち堪えられる保証はないと思うが?」


「ここは王都とドーヴラン伯爵領との中間地点に位置している。分かるかい?」


「巨兵歩兵旅団と王都を分断するつもりか。……なるほど兵站を叩くことが狙いか。それで、このドーヴラン伯爵領を拠点に選んだということか?」


 対国の戦争においては兵站を潰すのは誰もが一番に思いつくものだ。しかし、プレゲトーン国内の内乱においてはあまり有効な作戦とは言い難い。

 王都との間を分断したとしても、周囲から補給を受けることは可能だからだ。しかし、その手配には時間が掛かる。一時的な混乱と兵の動揺は避けられないだろう。


 それを見込んでこの街で騒乱を起こしたとするなら、彼らは烏合の衆ではないということだろう。

 リオンナハトの脳裏に警鐘が鳴り響く。リオンナハトはダランヴェールに対する警戒を一つ上げた。


「狙いは悪くないだろう? しかし、そうした戦術的な話よりももっと大切なことがあるだろう? リオンナハト王子殿下。この国の王国政府は民を弾圧するために巨兵歩兵旅団という強力過ぎる兵力を派遣した。それだけでも彼らに民を率いる資格がないとは思わないか? 幸い、未だに戦端は開かれていないが、もし一度戦いが始まれば一体どうなるか? 聡明な殿下ならよくお分かりなのではないか?」


 巨兵歩兵旅団の派兵――その一事のみだけを見ても王国政府側に非がないとは言えなくなる。

 一方的な虐殺が行われようとしている――それを黙って見過ごすことなど、リオンナハトにできる筈がない。


 徐々にダランヴェールの口車に乗せられ、ダランヴェールに協力してもいいんじゃないか……いや、しなければならないのではないかと思い始めたリオンナハトの耳朶を不意に陶器のぶつかる音が打ち、リオンナハトは一気に現実に引き戻された。


 そこには澄まし顔で紅茶を啜るミレーユの姿がある。

 満足げに息を吐き、微笑みすら浮かべているミレーユ、その表情は思考の沼に飲まれて余裕を失っているリオンナハトとは対照的に余裕綽々としていた。


 扇動者ダランヴェール――リオンナハトとミレーユの目の前にいる男は侮りがたい魅力を持っている。

 その言葉には人の心を魅了する、まるで詐欺師のような巧みさがあった。


「私はこの国を変えたいのだ! こんな不条理がまかり通るような国を!」


「革命を邪魔するものではなかったかな? 俺達は。貴方達の仲間の、確かジェイとかいう男がそう言っていたのだと聞いたが」


「ああそうだった。それも何とかしようと思っていたのだよ。ミレーユ・ブラン・ダイアモンド」


「はぁ?」


 唐突に声を掛けられ、キョトンとした表情になったミレーユにダランヴェールは続ける。


「我々の崇高な抵抗運動を邪魔するようなことをして欲しくないのだ」


 ダランヴェールは会話をしながらジェイの言葉を思い出していた。

 ライズムーン王国の王子とダイアモンド帝国の皇女がこの国に潜入してくること。

 リオンナハト王子は味方につけるべきだが、ミレーユ姫の方は革命を阻害する恐れがあるため、リオンナハト王子に気づかれないよう、可及的速やかに排除すべきこと。


 しかしそれも愚かな妹のせいで叶わなくなってしまった。

 この期に及んでミレーユ姫を害すようなことがあってはリオンナハトの協力を得ることはままならない。ならば、作戦を切り替え、次善の策を取るべきだ。

 ミレーユ姫を味方につけるか、口を閉じておいてもらわなければならない。


 幸い相手は男よりも知能が劣る女性……それも少女だ。色々と噂を聞いてはいるが、簡単に言い含めることができるだろう。

 そう考えていた偏見塗れのダランヴェールは上機嫌に笑みを浮かべる。……ま、まあ、ミレーユ本人に関しては御そうと思えば簡単に御することができる相手であるという目算は正しいものではあったが。


「今日はいろいろあって疲れたんじゃないかな? よろしければ今日はここに泊まっていくといい。王宮並みとは言えないが大きな風呂とベッドがあるだろう」


「まぁ! お風呂!」


 一気に上機嫌になるミレーユに予めミレーユについてリサーチを済ませていたダランヴェールは北叟笑んだ。

 この調子で接待していけばミレーユの心を掴むのも時間の問題……。

 内心で皮算用を整えていたダランヴェールだがその思考は部屋の外からした革命派の青年の声に遮られる。


「ダランヴェール様、宜しいでしょうか? ダランヴェール様に面会を求めているご老人がいらっしゃいまして」


「……ご老人? まあいい、部屋に入ってもらい給え」


 青年がドアを開けると、全身黒ずくめの白髪の年齢不詳な男が大きな白いレースでお洒落にアレンジしたメイドを身に纏った灰色の瞳の眼を持つ女性と共に部屋の中へと入ってきた。

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