Act.8-99 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.1 ミレーユ姫、襲撃されて落下する。

<三人称全知視点>


 フィリイスの助力を得てクロエフォード商会の馬車に移乗してから四日が経過したが、何かしらの騒動に巻き込まれることもなく、ミレーユ、リオンナハト、カラック、マリア――四人の旅はまさに順調そのものだった。


 途中、ミレーユが酷い車酔いを起こしたというアクシデントも起きたのだが、そのアクシデントも「アモン王子を想って憂鬱になっている」、「王家への怒りが、そのまま他国の王族や貴族へと転化される可能性を危惧して緊張している」などと勘違いされたため、リオンナハト達は気づいていない。流石は周囲の勝手な勘違いの力で『帝国の深遠なる叡智姫』と呼ばれるに至ったミレーユである。……どこの道化な海賊なのだろうか?


 さて、ミレーユ達にとっての第一の関門は国境の突破であった。

 事前に入手した情報ではプレゲトーン王国は既に厳戒態勢になっている。一部の信頼に足る商会を除き、他国からの人の出入りを厳しく制限しているとのことだった。


「内憂が発生しているタイミングで外患が発生しないように対応するのは、まあ妥当な判断だな。寧ろ、内乱が発生したタイミングで鎖国に移行しない方が不自然な話だ。混乱に乗じて国取りを画策する者、どちらかに手を貸して恩を売り、便宜を図ってもらうことを狙ったり、将又傀儡政権を樹立して実質的な属国にすることを狙う者――目的は様々だが、この内乱という好機を逃してくれる者の方が少数だ。特にプレゲトーン王国は軍事強国だからな。この機に軍隊の弱体化を図るなどということは、誰であっても考えることであろう」


 リオンナハトの言葉にカラックとマリアが頷く。

 そんな三人をぼんやり見ながら「帝国で革命を起こした時もこんな感じだったのかしら?」とのんびりと他ごとを考えていたミレーユだったが、その直後に馭者大の方から悲鳴が上がり、ミレーユの意識は一気に現実に引き戻された。


「とっ、盗賊だッ! 盗賊が襲ってきたぞッ!!」


「盗賊? 妙だな、この規模の商隊キャラバンに盗賊が仕掛けてくるなんてことあり得るのか?」


 クロエフォード商会は十台以上の馬車が連なる大規模なものだ。当然ながらその積荷を守るためにクロエフォード商会お抱えの私設の傭兵団も随伴している。

 リターンは大きいが同時にリスクも大きい――まさに、ハイリスク・ハイリターンな対象だ。


 確かに制圧できれば得られる物も多い……が、負ければ全てを失うオール・オア・ナッシング

 そのようなハイリスクな賭けにただの盗賊が乗るだろうか?


 リオンナハトがそう考えている間に馬車の荷台の幌を切り裂き、黒装束に身を包んだ細身の男がミレーユ達の乗る馬車へと入ってくる。


 突如体を引き寄せられたミレーユはそのまま馬車の前方に飛ばされた。

 必死に口を押さえながら抗議の視線をリオンナハトに向けようとしたが、男の持つ短い刃がギラリと鈍い光を発したのを目撃し、「ひぇぃぃ」と小さく震える声を上げた。


「やれやれ……淑女レディーを怯えさせるとはあまり感心しないな」


 気障な台詞を口にしつつ、カラックは大きく踏み込むと同時に剣を抜き払い、リオンナハトにも迫るほどの鋭い刺突を放った。

 しかし、武器を握る右手を狙って放たれた突きは、鈍い音を立てて受け止められる。


 カラックの刃を弾くと同時に大きく切り払いを放ってくる黒装束の男の斬撃を躱しつつカラックは間合いを取る……と見せかけ、再度踏み込み、あえてリズムを崩した変幻自在の攻撃を仕掛けるが、敵も戦い慣れているのかカラックの変幻自在かつ素早く鋭い斬撃を全て躱し、弾き、無効化していく。


「どうやら、ただの盗賊じゃないようですね。……あまりにも戦い慣れている」


「――お前、何者だ? もしや暗殺者か何かか?」


「もし本当に暗殺者だったら素直にそうだって言わないのでは?」


 リオンナハトとカラックのやり取りにも一切応じず、言葉など不要と言わんばかりに怒涛の連続攻撃を仕掛けてくる黒装束の男。

 リオンナハトとカラックは会話しながらも一切衰えぬ集中力で躱していく。


 リオンナハトとカラックが二人で暗殺者の男と剣を交え続ければ撃破することは難しいかもしれないが足止めは可能だ。

 流石にこの暗殺者達も全ての護衛を切り捨ててから馬車の中に入ってきたとは思えない。

 つまり、時間稼ぎさえできればこの状況をひっくり返すことができる可能性が高いということだ。


 しかし、果たしてその可能性に暗殺者は気づいていないのだろうか? いや、そんなことはあり得ない筈だ。


 一進一退の攻防――しかし、それは二対一という有利な状況だからこそ成立する話だ。

 もし、黒装束の男――暗殺者に加勢する味方が現れれば、一気に形勢は覆る。

 それを踏まえつつ、暗殺者がここまでリオンナハト達の時間稼ぎに付き合っている理由を考え、リオンナハトとカラックの思考は同時に一つの結論を導き出した。


「殿下、気をつけてください。こいつの狙いは仲間を――」


「――ッ! それが狙いか!!」


 リオンナハトとカラックが暗殺者の狙いに気づいた瞬間――新たに荷馬車の幌が切り開かれる音が四人の耳朶を打ち、そこから新たに二人、黒装束が現れた。

 馬車の前方からミレーユ達を挟撃するようなように現れた新手に怯えるミレーユ。


 しかし、奇妙なことに黒覆面の二人はバタンとそのまま前に倒れて動かなくなった。ドロっと流れた血液が水溜まりを作り――。


「ひぃやあああああああああああああ!」


 その血液を見て、ミレーユは前時間軸の断頭の記憶がフラッシュバックして悲鳴を上げる。


「……そんな叫ぶことじゃねぇだろ? 人間、死ぬ時は死ぬもんだ。まあ、死ぬと決まっていても抗って死に捕まらないように走る・・のが、俺達生きとし生けるものの宿命だとは思うけどな」


 カウボーイハットを被った西部劇に出てきそうな出立ちの男が少し大きな黒光りする回転式拳銃をクルクルと回し、ホルスターに仕舞う。


「……何者だ? 援軍のようには見えないが?」


「殿下、敵であるならば名乗る可能性は皆無だと思いますよ」


「俺か? 俺はレナード=テンガロン、スピードというスリルに魅入られて、スピードに命を賭けるただのガンマンだよ。そんでもって、こいつが『滅焉銃』――俺の相棒であり、お前らに終焉を告げる拳銃だ」


 銃口をミレーユに定めるレナード。銃というものを見たことがないが、武器を見て危険だと判断したリオンナハトはミレーユを庇うように動き出すが――。


「お前には恨みはねぇが、これも仕事なんだ。死ぬでくれや、ミレーユ姫殿下」


 銃口から猛烈な魔力の奔流が解き放たれようとした丁度その時、何かに乗り上げでもしたのだろうか? 馬車が大きくバウンドした。


「おい、まさかこのタイミングで……どんだけ運がいいんだよ、『帝国の深遠なる叡智姫』」


 その瞬間レナードの手元が狂い、『滅焉銃』から放たれた猛烈な光条がミレーユではなくミレーユの足元を撃ち抜き、馬車の床が焼き切れる。

 切り離された床に乗っていたミレーユと、ミレーユを助けようと手を伸ばしていたリオンナハトは丁度渡ろうとしていた国境沿いの大きな川へと落下していった。



「…………任務失敗か? まあ、別にいいけどなぁ」


 ミレーユが川に落下してしまったのを目の当たりにして泣き崩れるマリアと、リオンナハトの安否を心配しつつもレナードに向ける警戒を解かないカラック。

 レナードはそんな二人の姿を横目で見つつ、目にも止まらぬ早撃ちで残っていた暗殺者一人を撃ち抜いた。


 そのあまりにも予想外のレナードの動きに、殺される覚悟をしていたカラックは驚きのあまり目を見開く。


「マリアの嬢ちゃん。残念だが、ミレーユの嬢ちゃんは生きているよ。ついでに、リオンナハトもな。……しかし、これがシナリオの補正って奴か? 将又ただの幸運か? プロセスこそ違うが二人して落下したということは間違いなく生存しているだろう」


「……へぇ、ミレーユ様が、本当に生きて……」


「ああ、やめだやめだ。二人を殺したところで俺がつまらないんじゃ意味がねぇ。暗殺者もとりあえず全員殺しといたし、このまま無事に辿り着けるだろうぜ? はぁ、カラックでこの程度っていうことは俺がガチで楽しめるのはダイアモンド帝国の百人隊隊長か、『剛烈槍』か……まあ、いいや。そいじゃあなぁ」


 走る馬車から飛び降りたレナードはそのまま走り去り、レナードの姿は瞬く間に見えなくなってしまった。



 本来のシナリオの流れとは異なる形で馬車から落下したミレーユとリオンナハトだが、シナリオの修正力が働いた……という訳ではなく、ミレーユの持ち前の幸運で生存していた。


「あばばばばば……」


 しかし、もうすぐに死んでしまうかもしれない。ミレーユは泳げないのである。

 いや、厳密に言えば泳げないかどうかすら不明だった。川や海で泳ぐという文化はダイアモンド帝国には無かったからだ。


 ミレーユはお風呂が好きだから、その分、水には親しんでいたが、風呂付きが必ずしも泳ぐのが得意という訳ではない。……というか、そもそも風呂で泳ぐのは基本的にはマナー違反だ。


「ごぼごぼごぼ……」


 口から泡を吐き出しつつ、ミレーユの体は激流に揉まれ、徐々に川底へと沈んでいく。

 そのまま死んでしまうかと思われたが、リオンナハトが窒息死しかけていたミレーユを救出――そこまま泳いで川岸まで運び、救命措置をして何とか意識を取り戻させた。


「助けて頂いてありがとうございました。リオンナハト殿下」


「お礼を言うには少しばかり早いな」


 ミレーユらしくない殊勝にお礼を口にするが、リオンナハトの表情は翳ったままだ。

 周囲を一通り見渡すと、リオンナハトは溜息を吐いた。


「ここはどこなのかしら?」


「先ほど落ちた川の下流だ。……川の流れから推測するとプレゲトーン王国の北西部でまず間違い無いと思う」


「では、プレゲトーン王国に入れたのですわね」


「確かに国内に入ることはできた。……しかし、それを素直に喜べる状況ではないな。そもそも、ここがどこかも分からない。……まあ、確実に王都からかなり離れた場所であることは間違いない」


 川を越えているためプレゲトーン国内には入っている。

 しかし、王都からはかなり距離がある地点である。王都を目指すには近隣の町や村で情報を集めてから馬車に乗り、王都を目指すしかないだろう。

 逆に一旦プレゲトーン王国から脱出して体制を立て直すとしても目の前の川を越え、更に目の前に聳え立つ峻厳な山まで突破しなければならない……となれば、完全に退路を絶たれたとしか言いようがない。


 とりあえず濡れた服を乾かすために、ミレーユとリオンナハトは河原で焚き火を起こした。

 リオンナハトが野営に必要な技術は一通り会得していたため幸い、火起こしに苦労することはなかった。狩猟経験があったリオンナハトに大きく助けられた形である。

 もし、ミレーユ一人であれば火起こしすらできずに寒い夜を過ごすことに……場合によってはそのまま低体温症になっていた可能性もある。まあ、そのまえに土左衛門になっていた可能性の方が高いのだが……。


 濡れた服を乾かすために肌着のみになっているミレーユとリオンナハト。

 紳士で、少しだけ初なリオンナハトはなるべくミレーユを見ないように目を逸らしている。


 そんなリオンナハトをミレーユは大層余裕ぶった表情で眺めていた。

 異性に肌着姿を見られる羞恥心を感じているが、前世を足せばとっくに成人の年齢を超えているミレーユには大人のお姉さんの余裕があるのである。……いや、本当に精神年齢は成人を超えているのだろうか? それにしては全く成長……げふんげふん。


「しかし、まさか食べられる野草まで知っているとは……流石は『帝国の深遠なる叡智姫』だな」


「うふふ、別に驚くほどのことではございませんわ」


 唯一共にいたメイドにも早々に逃げられ、夜の闇と孤独、渇きと空腹に耐えきれなくなり、近隣の村に出てマンマと捕縛されるという恥ずかしい末路を迎えた経験のあるミレーユはその失敗を生かしてサバイバル術を鍛え、常に赴く場所の食べ物の情報を集めるようにしていたのだ。

 リオンナハトが考えるようにミレーユが万能な叡智だから知っていたという訳では勿論ない。ついでにミレーユが食道楽だからという訳でもない……筈だ。多分。


 ひたひたと音を立てながら迫ってくるギロチンから逃れることに余念のないミレーユは、今や生存術のスペシャリストといっても過言ではないだけの知識を得ている……のかもしれない(サバイバルに必須な火起こしの技術を会得していなかったことから目を逸らしつつ)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る