Act.8-86 ダイアモンド帝国の皇女物語 scene.3

<三人称全知視点>


 さて、ダンスパーティーの当日。

 ダンスパーティでのミレーユには「目立ってたくせに、ダンスは大したことないのね」、「まぁ、大国のお姫さまと言ってもお子様ですし、仕方ないんじゃないかしら」といった嫉妬と嘲笑が入り混じった視線が向けられていた。


 しかし、実はダンスだけは得意のミレーユはアモンに合わせてダンスを踊っていたのだ。

 絶対ダンスもできる、できる女(自称)のミレーユ姫様である。


 ただ、アモンだけはその事実に気づいていた。

 アモンはリオンナハトにパートナーを交換するように申し出て、ミレーユはリオンナハトと一曲踊ることになる。


 ダンスについて来れなくなったリオンナハトを派手に転倒させてやろうと腹黒いことを考えていたミレーユだったが、ダンスの技能も含めてパーフェクトなリオンナハトがついて来れなくなることもなく、内心で悲鳴を上げつつも、難しいステップを踏み、見るものを魅了する華麗なダンスに次第に会場に居た者達も知らず知らずのうちに魅入ってしまうようになった。


 二度目のダンスの誘いを断ったミレーユは飲み物を取りに行ったアモンの元に駆け寄り、ミレーユのダンスを見て暑くなるだろうから冷たい物の方をと取り替えた彼の優しさを見抜き、女の子として優しくしてくれたアモンに「どうかご自分を卑下しないでください。あなたは、とても素敵な方ですわ」とついついらしくないことを言ってしまったのだ。

 そんな甘いダンスパーティの舞台裏では、ミレーユの専属メイドにして腹心の片腕のライネが暗躍していた。



 専属メイドとなってからライネと家族の生活は一変した。

 実家にほとんど送ってしまっているとはいえ、金銭的に困るということは全くない。それに加え、妹のイーリスも皇女殿下お抱えの芸術家になっているので、実家も比較的裕福な生活を送れている。


 それ故にミレーユから、新しい環境で疲れもあるだろうから少しの時間とはいえ休んでリフレッシュしてもらえればいいという労りの気持ちで渡された金貨を「自由に使っていいお小遣い」などとは思わなかったライネは「自由裁量が認められたのだからご期待に応えなくては」と勝手に思い、ミレーユの求めた人脈作りのために行動を開始したのだ。全く心が通っていない、ツーといえばカーではない主従である。


 手荒れが酷そうな炊事場の人達には上質な油を、庭周りの職人には栄養価が高い食べ物を、といった具合にそれぞれ喜ばれそうなものを手配していく。

 そうして全てを終えた時、渡された金貨は半分ほどになっていたが、ライネはとても満足していた。


 学院に戻ったライネは主君のミレーユが戻る二時間後まで休もうと思っていた……今にも泣きそうな顔で助けを求めて辺りを見回しているしている少女に遭遇した。

 マリアに仕えるメイドで森林の少数民族ウィリディス族出身のリオラ・ウィリディスだった。


 片言の共通語で辿々しくマリアが捕らえられてしまったことを伝えたリオラはライネ、そして途中で居合わせたリオンナハトの従者カラックと共にダイアモンド帝国貴族の使者達によって捕らえられたマリアを助け出した。


 ボロボロにされたドレスの代わりをミレーユから与えられたお金で買うように手渡したライネは期せずしてマリアとミレーユの敵対――破滅へと怒涛の如く向かいつつある歴史の流れを阻止することができたのだが、この忠臣で腹心なメイドの暗躍の真相をミレーユが知ることは無い。


「ミレーユ殿下は帝国貴族の頂点に君臨するお方だ。マリア子爵令嬢を閉じ込めたのが同じ帝国貴族なら、それは、ミレーユ殿下の意向という可能性だって考えられるだろう?」


 その可能性を述べるカラックに対し、ライネは一切疑うことなく「有り得ない」と否定、被害者のマリアも否定したが、「上に立つ者が下々の者の責任を負う」という考え方、そして「弱者への横暴を咎めるべき立場のミレーユが黙認したのではないか」という可能性、この二つがミレーユを完全無罪とはしなかった。

 ミレーユの右腕であるライネはミレーユの腕の代わりに自らが責任を取るためにあらゆる手を尽くした。マリアのメイクを直し、ドレスのためにお金を渡し、そうしてマリアがパーティに向かえるように支度を整えたのだ。


 その結果、マリアは無事にパーティに参加することができた。


 カラックがマリアに持たせたメモの効果もあり、事件の概要と犯人に関する情報を知ったリオンナハトは、ダンスを断った時のミレーユの「貴方には他に相応しい相手がいる」という言葉の真意を悟り、マリアの相手役としてダンスを踊って彼女の心のケアに努めたのだった。



 マリア監禁事件が起きた結果、ミレーユには帝国皇女としてこの事件の裁きを下す責任が生じた。


 まずミレーユが行ったことは、事件に直接関与した従者達を帝国本国に強制送還することだった。

 すぐさま、その抗議に訪れた従者の主の生徒達を、ミレーユは一瞥し、正念場だと気持ちを切り替える。


 ここで処分を甘くすればリズフィーナ達の心象を悪くすることになるだろう。それは避けねばならないことだ。

 しかし、問題は犯人である従者の主達についてだった。関与を否定している彼らだったが実際はグレーか真っ黒かのいずれかだろう。


 犯人の従者達は、全員、家督を継ぐことはできないが中央貴族で、人々から敬われて育ってきた者達貴族の家の出だった。命令が無ければ動かない平民達とは異なり、プライドの高い彼ら従者の独断の可能性もあり得る。


 迷った末にミレーユはリズフィーナに丸投げすることにした。そう、丸投げである。

 「なるほど、たかが田舎貴族の娘を監禁しただけで……それは確かに帝国の価値観に則った抗議かもしれませんわね。……でも、ここは帝国ではなく学院ですわ。学院には学院の法があり、更にこの学院の支配者はリズフィーナ様ですわ。……あの方が、学院の大切な生徒に対するこのような狼藉を見過ごされるとお思いですか?」ともっともらしいことを言っているが、もう一度言おう、丸投げである。


 リズフィーナはこの判断を当初は甘いと考えたが、「加害者の側に反省を促して、それで成長を期待する」という悪人にさえも更生を促そうとするそのリズフィーナにはない慈悲深さとこれを見越してライネを派遣した先見の明に、改めて帝国の深遠なる叡智姫の素晴らしさをまざまざと理解させられたのだ。……ただ、偶然に偶然が重なった結果なのだが。



 セントピュセル学院には無数のクラブが存在している。

 各種の学術探究を目的とした学問系のクラブから、剣術、槍術などの技術向上を目的とした武術系のクラブ、更には令嬢達に人気なお茶会クラブをはじめとした趣味系のクラブに至るまで実に様々だ。


 その中でミレーユが所属することに決めたのは……何故か馬術部であった。


 厩舎に女生徒がやってくることは滅多にない。馬特有の臭気を嫌う貴族令嬢は多いのだ。

 にも拘らず、大帝国の姫君がやってくるなど余程のことに違いないと厩舎の中に緊張が走った。

 誰もが話しかけるのを躊躇う中、ミレーユに話し掛けたのは高等部二年の少年で馬術部の部長を務める騎馬王国の十二部族の一つ、林一族出身の林龍馬リン・リュウマだった。


 かつて、粗相を働いた馬を殺処分にしろと怒鳴り込んできた女生徒がいた。ミレーユもまた彼女のように理不尽な要求を言うのではと警戒していた龍馬だが、ミレーユの目的はそのようなことでは当然無かった。

 革命が起きた際に逃走するために、馬術を習得しておきたいミレーユは、この馬術部への入部を希望していたのである。


 しかし、ミレーユの事情を知らない龍馬は当然疑問に思った。


 貴族の子弟にとって乗馬とは優雅な趣味に類するものではなく軍馬に乗るための技術であり、実践的な戦争のための技術なのだ。

 そのため男子ならばともかく、女子生徒には不要の技術と言える。そのような技術を大国の姫君であるミレーユが欲するとは当然思えなかったのである。


 「入部すれば馬に乗れるようになるのですか?」と問われた際に龍馬は「何故馬に乗りたいのかい?」と尋ねた。その問いでミレーユを見極めようとしたのだ。


 その問いに対するミレーユの「どこまでも遠くに連れて行ってくれるからですわ」という答えが龍馬の心に響いた。

 馬を戦争の道具としか見ていない者や愛玩用として可愛がるだけの者には決して口にできない、馬はどこまでも遠くに、自由に、自らを高めてくれる相棒と見られる者達にしか言えない言葉だったのだ。


 ミレーユは体験入部を経て正式に入部し、遊戯部(という名の賭博部)に所属していた前の時間軸とは打って変わり馬術部と剣術部に所属するようになっていたアモンと共に過ごす時間が期せずして増えることになる。



 ミレーユには前の時間軸とは打って変わり友達と呼べる存在が増えていた。

 一人はリズフィーナであり、もう一人はフィリイス・クロエフォードという女子生徒であった。


 フィリイスはダイアモンド帝国のクロエフォード商会の長の娘で黒くもっさりとした髪と黒縁眼鏡が特徴の大人しく内向的な少女だった。

 その人見知りな性格を見かねた両親が多額の寄付とコネを駆使してセントピュセルへ入学したが、それが原因で家柄と伝統を重んじる貴族の子弟達から「金で爵位を買った家の娘」と陰口を叩かれており、クラス内でも孤立していた。


 そんな地味なフィリイスに大国の姫であるミレーユが「わたくしとお友達になりませんか?」と声を掛けた時、フィリイスは「何故自分なのか」と疑問に思った。


 ミレーユはクラス一の有力者である上にその人脈もリオンナハト第一王子やアモン第二王子のような女子の憧れを集める華やかな王子達からリズフィーナ公爵令嬢といった学園の大物に至るまで幅広く親交があるのだという。

 自分に同情したのではないかと思ったフィリイスだが、無論そのようなことはない。ついでにフィリイスがクロエフォード商会の長の娘だから繋がりを持っておいて飢饉の時に助けてもらおうという打算も無かった……後に、フィリイスの父とミレーユが交渉して飢饉の際にも取引ができるような繋がりの構築することになるのだが、それは未来のこと。視野狭窄なミレーユがそのようなことを見通している筈がない。


 ミレーユがフィリイスに近づいたのは読者仲間が欲しかったからであった。より正確に言えばイーリスの小説を共に読む読者仲間が欲しかっただけであった。

 フィリイスはミレーユの友となりその後商会を継いだクロエが本の出版に力を入れ、複数国を相手取る巨大な出版会社を設立するのはそれから丁度十年後のことだった。



 夏休み前の最後の週に学院都市セントピュセルでは毎年剣術大会が開かれている。

 前の時間軸では参加しなかったアモンも今回の時間軸では参加を決意し、好意を持っているミレーユからの弁当を受け取って元気付けられた。


 これまでの鍛錬の成果を発揮し、一回戦ではダインを撃破。更に勝ち進んでいき、決勝戦ではリオンナハトと激しい戦いを繰り広げた。

 しかし、その試合は予想外の結果となる。突然降り出した雨により、決着のつかないまま中止となってしまったのだ。

 王子達二人は再戦の約束を交わしたが、それは当人達も予想もしていないほど早く、なおかつ予想外の場所で成就することとなる。


 再びリオンナハトとアモンが相見えたのは闘技場ではなく戦場で、しかも互いに真剣でのこととなるのだが、それはまだ少し先の話である。


 そして、セントピュセル学園は夏休みに入り、ミレーユもまたダイアモンド帝国への帰路についた。

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