Act.8-85 ダイアモンド帝国の皇女物語 scene.2

<三人称全知視点>


 学院都市セントピュセルがあるオルレアン教国に赴いたミレーユと専属メイドにして腹心の従者ライネ。

 帝国革命を主導した辺境貴族、後の世に聖女と謳われることになるマリア・レイドールと、彼女を助ける大国ライズムーン王国の第一王子リオンナハト・ブライト・ライズムーンの二人――ミレーユのギロチンに直結する二人の人物が待つ危険地帯に信頼できる側近を連れていくことに成功したミレーユだったが、登校早々早速窮地に陥っていた。


 前世では船に馬車を乗せる順番で小競り合いを起こしたミレーユだが、その結果落下して大恥をかいたことを思い出して「順番などという細かいことに拘っている方が余程帝国の威信に関わる」と馭者を制して危機を回避した……までは良かったのだが、学院都市に渡ったミレーユは早速遭遇したくはない者達に遭遇してしまった。


 そう、マリア・レイドールである。

 彼女は街の一角で数人の女子に囲まれていた。

 前世と全く同じ光景だった。前世のミレーユはこの時期待の視線を向けたマリアを冷たくあしらったのだ。そして、これが関係の悪化に繋がるのである。


 危険なものには近づかないと、近づかなければ危険な目に遭うこともないと、そう心に決めていたミレーユだが、キラキラと目を輝かせるライネの期待を裏切ることはできず、一番の忠臣を失わないためにマリアを助ける。

 この時、仇敵に助け舟を出させた状況に怒り心頭に発していたミレーユは少しでも溜飲を下げたいとばかりに猛毒たっぷり言葉を紡いだ。折角助けるなら気持ちよく助ければいいものなのだが、往生際の悪さこそがミレーユの真骨頂なのである。


 しかし、助けられたマリアの方はミレーユには猛毒の言葉が全く伝わっていなかった。

 自分を馬鹿にした貴族の娘達を見返すために一生懸命に勉強し、礼儀作法を身につけ、宮廷剣術すら体得してきたマリアにとって、そのミレーユの言葉は自身を帝国の民も認め、なんの力もなく取るに足りない存在であったとしても、寵愛を与え庇護すると保証する言葉だったのだ。

 生まれて初めて自分を認めてくれたミレーユの言葉にマリアは涙した……無論、それは幻想なのだが。



 リオンナハト・ブライト・ライズムーンが戦災孤児でリオンナハトと共に成長してきた従者のカラック・レストゥーアと共にミレーユの姿を目の当たりにしたのは、マリアを救ったあの出来事の時であった。

 当初はミレーユを「物の価値が分かっていない箱入りか、あるいは慈悲しか持ち合わせていないお人好しか」と思っていたリオンナハトだが、その場面に遭遇したことで評価を大きく修正することになる。


 各国の王侯貴族の腐敗は進む一方なこの時代にも彼女には帝国の皇帝に連なる者に相応しい叡智と、正義を愛する心があるに違いないとそう思い込んで気分を良くしたリオンナハト……ライズムーンの第一王子の目は節穴だった。


 さて、到着初日に女子寮にある共同浴場に赴いた二年の地下牢生活ですっかり風呂付きになったミレーユとライネは思いがけない人物と遭遇することになる。

 前の時間軸ではミレーユに対し興味を持つどころか名前すら覚えようとしなかったリズフィーナ・ジャンヌ・オルレアンが声を掛けてきたのだ。


 オルレアン神教会の聖女でオルレアン教国、或いはオルレアン公国という国の実質統治者であるオルレアン公爵の一人娘。

 平民にも貴族にも平等に扱い慈悲を注ぐ一方、潔癖な性格で正義を重んじており、容赦なく他者を裁くことができる本物の聖女である。


 各国の権力者の子弟が集まるこのセントピュセル学院においても、ミレーユが姿勢を正すべき数少ない相手の一人であるこのリズフィーナはミレーユより二歳年上で入学以来セントピュセル学院の生徒会長を務めている学院随一の権力者である。

 その上、オルレアン公国は近隣諸国で信奉される宗教の聖地、その頂点に与するリズフィーナは、ミレーユと言えど侮ることのできない人物である。

 侮れないというか……正直に言えば怖い人物だった。


 ミレーユとリズフィーナがサシで風呂に入ることを恐れたミレーユは、リズフィーナの思わぬ申し出を利用してライネを風呂に入れることを画策し、見事に成功する。

 結果として、リズフィーナの中では「使用人と対等に接する姫」として好印象を持たれることとなった。


 リズフィーナの話から入学記念パーティーについて思い出したミレーユは早速相手を探すために動き出す。

 前の時間軸ではリオンナハトにアプローチを掛けたが、前世で自分をギロチンに掛けた片割れを誘うようなそのような恐ろしい真似はしたくないミレーユは国を継ぐ必要のない第二王子以下の王子を狙うことに決め、プレゲトーン王国の第二王子のアモン・プレゲトーンにアプローチを掛けることに決め、恋愛軍師(実際は本の知識しかないど素人)のライネに助力を願った。


 そして提案された「落とし物作戦」を実行するミレーユ。

 しかし、軽くてキザな残念イケメンのアモンはハンカチではなく困っている女の子に直行し、なんとミレーユの仇敵のリオンナハトがハンカチを拾ってしまったのだ!

 更に運の悪いことにマリアがリオンナハトに接触、泣いてしまったマリアにミレーユがハンカチを手渡していたので落とし物のハンカチがミレーユのものだとバレてしまった。

 危うし、ミレーユ!!


 そのままハンカチを受け取り、逃走を図ろうとしたミレーユだったが、リオンナハトはなんとダンスパーティに誘ってきた。

 女の子であれば誰でも一撃で降参したくなるようなリオンナハトの笑顔を見て、ミレーユは内心で悲鳴をあげた。……無論、黄色くない方の悲鳴である。


 この窮地を脱するために感覚を研ぎ澄ませたミレーユは先ほどハンカチを綺麗に無視してくれた少年、アモンが上級生の男子に連れられて、建物の裏に入っていった姿を目撃する。

 どこか剣呑な雰囲気に、ペティグリュー並みに鋭い嗅覚が好機到来の匂いを嗅ぎ取った。


 逃げ出す良い口実とミレーユは、さっとリオンナハトの傍らを通り過ぎた。


 その上級生の正体は男尊女卑の傾向が強いプレゲトーン王国の男を体現したような第一王子で、アモンの二歳年上の兄ダイン・プレゲトーンであった。

 思いっきり男尊女卑の発言をして、剣の腕が自分に劣る弟を見下し、アモンの頬を殴り飛ばしたダイン。

 そんな兄弟喧嘩にズカズカと突入していく我らがミレーユ姫。


 子どもと話す時は目線を合わせてなどという心遣いでは勿論なく、自分より年下の少女に対するあからさまな恫喝の意味を込めて真っ直ぐミレーユの瞳を睨め付けるダイン。

 そんなダインの殺気も以前の時間軸で革命軍による獄中生活・拷問・処刑といった経験をしていたミレーユにとっては大したことなく、「何てやんちゃな」「所詮温室育ちのおぼっちゃま」と寧ろ微笑ましくすら思い、二十歳過ぎの大人なお姉さん(自称)のミレーユさんは恐るるに足らずと鼻で笑った。


「あら失礼。ですが、あまりわたくしのダンスパートナーの顔を殴られると、わたくし困ってしまいますの」


 と、強引に話を進めていくミレーユ。


「もう、アモン王子。わたくしにダンスを申し込んでおきながら、それを忘れて他の女の子に優しくするからこんなことになるんですのよ?」


「え……?」


 困惑するアモンに構わず、ミレーユは綺麗なカーテシーを決めて上機嫌な笑顔を浮かべた。


「お初にお目にかかりますわ。プレゲトーン王国の第一王子殿。わたくしはダイアモンド帝国皇女ミレーユ・ブラン・ダイアモンド――貴方の弟様に寄ってきたロクでもない女ですわ」


 と皮肉たっぷりにダインに言い返した。



 リオンナハトにアプローチを掛けられながら、自分をダンスパーティーの相手役に選んだミレーユ。

 当然、アモンは釣り合わないからと辞退しようとしたが、ミレーユはそれを許さなかった。


「ならばわたくしのために、わたくしに釣り合うように自分を磨きなさい。確かに今の貴方ではリオンナハト殿下に敵わないかもしれませんわ。ですが、今日がダメなら明日、明日でダメなら明後日、明後日がダメならその次……そうした研鑽を積み上げて至る先は、どんな人間にだって分からないものですわ。貴方の命が終わる時、貴方がリオンナハト殿下よりも先に立っていないなどと果たしてどなたがそう断言できるのかしら? そうは思わないかしら? アモン殿下?」


 と、どの口が言うんだ? と傲慢なセリフでアモンを捩じ伏せるミレーユ。


 ――あのダメ兄に邪魔されて、いざという時に援軍が出せないなんてことになったら困りますし、是非ともアモン王子には頑張って頂きたいものですわね。それにしても、公衆の面前でリオンナハト王子の誘いをお断りしたのは、痛快でしたわ! 


 などお腹黒いことを考えるミレーユであったのだが……その思惑とは裏腹にミレーユの言葉はアモンの背中を押し、運命を大きく変えていく――。

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