Act.8-77 執事長オルゲルトとの初対面とプリムラの心 scene.1

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


 そんなこんなしているうちにあっという間に行儀見習いの日になった。


 まだ日の登らない王都をラピスラズリ公爵家の紋章が刻まれた馬車が進んでいく。

 馭者席にはヘクトアール、馬車の中には向かい合うようにボクとシェルロッタが座っている。


「あの……ローザ様? なんで俺が馭者役なんですか? 折角の土弄りの時間が減っちゃったんですが?」


「さぁ、ボクの関知している話じゃないからねぇ?」


「まあ、大方俺のいないところで全会一致で暇なお前が行け! って感じになったのかもしれないですね。俺も暇じゃないんですが」


「うんうん、知っているよ。ヘクトアールさんはゆっくり花を愛でて、庭をゆっくり整えるのがスタイルだからねぇ。ちゃんと請け負った仕事はゆっくりでもしっかりやっているってボクはちゃんと知っているから」


「本当に俺のことを分かってくれているのはお嬢様だけです!」


「……カノープス様もよく分かっていると思いますけどね。……私は正直、ヘクトアール先輩はサボり過ぎだと思います」


「ちょっと、カルロスさん! 貴方は俺の味方だと思っていたのに!?」


「……ってか、やっぱりカルロスさんだってバレていたんだねぇ、シェルロッタさんのこと。……基本的にはヘクトアールさんの味方にはならないと思うよ? よっぽど先入観がない人じゃないとサボり魔って見るのが普通だから。実際、相対的にみんなが働き過ぎってだけだし」


 まあ、基本的には斎羽と変わらない立ち位置だからねぇ。頑張っても理解されにくいことはちゃんと分かっているんだよ?


「ところでお嬢様? 世間的には傲慢な公爵令嬢が見栄を張るためにメイドを伴って行儀見習いに来ていると思われそうですが、実際私は何をすればいいんでしょう? お嬢様、自分の身の回りのことは全部自分でできてしまう非常に仕え甲斐のないお嬢様ですよね?」


「シェルロッタさん、グサグサ言うねぇ、仕え甲斐のないって。……クソ陛下なら『見栄を張るために行儀見習いとか意味分かんねぇんだけど、なんでそんな考えになるんだ? マジウケるんだけど』とか言いそうな話だよねぇ? まあ、そういう風にしか考えられないと思うけど。とりあえず、基本的には普通の貴族令嬢の行儀見習いと一緒だよ。王女宮の侍女の一人として働く、ただそれだけ。ボクの世話とかそういうことは管轄外だからボクのことは気にせず自分の為すべきことを成してねぇ。……まあ、色々と言われるとは思うし、肩身の狭い思いをすると思うけど、みんなが幸せになるためには耐えることも必要だからねぇ」


「みんなが幸せ……ねぇ。この件に関しちゃ、俺もお嬢様の考えがさっぱり分かんねぇんですよ。まあ、聡明なお嬢様だからきっと色々考えているってことは分かるんですけど、なんだかさっきの言葉に背中にゾクってなったんですよね? 何か不穏なこと、考えていませんか?」


「……気のせい、じゃないかな?」


 勘が良すぎるのも困りものだねぇ……まあ、気づかれていないみたいだし、いっか。


 王宮の正門前につき、そこでヘクトアールと分かれる。

 馬車が去っていくのを確認したボクは、シェルロッタと共に王宮の門を潜った。


 ……あんまり新鮮味がないねぇ。結構な頻度で王宮に来ているからかな?


 真っ先に向かうのは統括侍女様――ノクトの部屋。

 まずはここに来て指示を仰げってことになっていたからねぇ。ラインヴェルドはここでノクトの口から何か爆弾を投下させるつもりなんだろう……投下させる方にも、させられる方の気持ちにもなってもらいたいものだねぇ。


「朝早くから申し訳ございません。ローザです」


『鍵は空いていますからお入りください』


 ノクトの了承を経て部屋に入る。


「なかなかお早いご到着ですね」


「プリムラ様とお会いする前に使う部屋の片付けをしておこうと思いまして。カスタマイズしておく必要が出てくるでしょうからねぇ」


「では、手短に済ませましょう。……本日から、ローザ様には王女宮筆頭侍女として働いて頂くことになります」


「……あの、統括侍女様? 一応、行儀見習いとして来ている訳でして、見習い侍女として働く期間を設けたほうがいいのではありませんか?」


「……当然反発も出るでしょうが、陛下の判断では必要ないとのことです。実際に貴女は今からでも侍女としてしっかり働けると思いますし、研修期間を設ける必要はありません。貴女という貴重な人材を遊ばせておくのは勿体ないということに関しては私も同意見です。それに、貴女はこれまで銀髪の謎の侍女として王宮の侍女の仕事を手伝っていたそうですね? 強いて言うならそれが研修期間ということになるでしょう」


 ……無茶苦茶な話だねぇ。統括侍女様は割と四角四面な人だと思っていたんだけど。


「統括侍女様はボクを過大評価し過ぎではありませんか?」


「寧ろ、過小評価だと思います。貴女ほどの方が私の部下につくというのも申し訳ない気持ちでいっぱいです。ですが、立場上私がこれから貴女の上司になりますから、よろしくお願いします」


「こちらこそご指導ご鞭撻、よろしくお願い致しますわ」


 「さて……」と切って、ノクトは一冊の冊子を出した。うん、薄い。でも、これがきっと爆弾だねぇ。


「貴女方の言うクソ陛下からお預かりしている王女宮に配属される侍女やメイドの内訳になります。特に、今回ローザ様がお越しになるにあたり大きな人事異動を行って元々少数精鋭ではありましたが、王女宮内部の人員を一新することになりましたので、当面は陛下の元執事で王女宮に移動になって仕えてきたオルゲルト=トーン執事長が貴女のサポートに回ることになります」


 えっと……リストにはヴァーミリオン侯爵家令嬢でヴァンの婚約者のスカーレット=ヴァーミリオン、ライブラリア子爵家令嬢のメアリー=ライブラリア、スフォルツァード侯爵家長女のジャンヌ=スフォルツァード、ブラン伯爵家の長女フィネオ=ブラン、アクアマリン伯爵家のソフィス=アクアマリンの名前が……なんじゃこれ?


「彼女達が今年から王女宮で行儀見習いをする侍女扱いの貴族令嬢達になります。『スターチス・レコード』の関係者を集めたと伺っております」


「……やっぱり、こういう爆弾をぶちかましてくるよねぇ。まあ、意図は分かるけどさ」


 乙女ゲームが始まる前に破滅に繋がらないように地盤固めをしておけってことだよねぇ?


「畏まりました。自分のできる範囲で頑張りますとお伝えください」


「……それと、もう一つ言伝を預かっています。『あまり一人で抱え込まずに、少しは周りを頼れよ』……私個人もローザ様は一人でなんでもできてしまうところがありますから、少しは周りを頼るようにしてください。……勿論、人を育てるということをよく理解していらっしゃるローザ様なら大丈夫だと思いますが」


 うーん、別に教育者になった覚えはないんだけどなぁ。

 ってか、ちゃんと頼っているよ! ただ、適材適所で動いているだけで……。



 王女宮に移動し、そのまま筆頭侍女の執務室兼自室に向かう。

 ちなみに、シェルロッタは一応一部侍女やメイド達が暮らす寮に部屋を持つことになるらしい……まあ実際、彼女はラピスラズリ公爵家の使用人用の部屋に戻って生活するみたいだけど。

 まあ、部屋は変な疑いを持たれないためだねぇ。一応、侍女も住み込みで働くものだから。


 ちなみに、シェルロッタは表向きはボクが駄々を捏ねて連れてきたメイドという扱いだけど、実際はラピスラズリ公爵家から派遣された守護者ガーディアンという扱い。

 愛する愛娘のプリムラを守るために【ブライトネス王国の裏の剣】の戦闘使用人を派遣させた過保護な国王と事情を知る者達からは思われているみたいだけど、実際はボクがゴリ押ししたという前者の考えが実は正しい。我儘言ったのはボクだしねぇ。

 結局、ボクの目論見は誰にもバレていないってことになるねぇ。……早々にヘクトアールがいいところまで行ったけど。


 早速ボクの使いやすいように部屋のカスタマイズ(模様替えとか地下の隠し通路への入り口作りとか、その他諸々)を始めたボクだけど、半分以上終わったところで部屋がコンコンとノックされた。


「どうぞお入りください」


 入って来たのは一人の執事服に身を包んだナイスミドルだった。


「初めまして、ローザ様。王女宮の執事長を務めているオルゲルト=トーンと申します。本日からローザ様の部下になりますので、よろしくお願いしますぞ。筆頭侍女殿」


「まだ侍女になって一日目、若輩者で行き届かぬところがほとんどでしょうが、精一杯務めさせて頂く所存です。オルゲルト様、ご指導とご協力よろしくお願い致します」


「……陛下より事情は伺っております。貴女様が本来なら筆頭侍女とはいえ、侍女として仕えるようなことがあってはならないほど高貴な身分であることも承知しておりますが、その上でプリムラ様の侍女となってくださったこと、改めてお礼をさせてください」


「私は、一介の公爵令嬢……いえ、侍女となれば爵位など関係ありませんわ。私は侍女として成すべきことを為すつもりです」


「なるほど、お話に聞いていた通りですね。実は私も貴女にお会いできる日を楽しみにしておりましたぞ。……ところで、この年寄りのことはただの部下として呼び捨てにでもなさればよろしい。対外上、この宮での使用人の長を務めるのは他でもない貴女なのです。それから、しっかりと私達を頼ってください。一人で仕事を抱え込む必要はないのですじゃ」


「勿論、頼らせて頂くつもりですわ。……では、オルゲルトさんと呼ばせて頂きますね」


 その後、シェルロッタの自己紹介も終わったところでオルゲルトは退室し、ボクは最後の作業を終えてから時間も丁度いいのでプリムラの部屋に向かった。

 オルゲルトはきっとシェルロッタのことも知っていたんだろうねぇ。まず間違いなく、正体がカルロスであることも掴んでいるんだろう……触れはしなかったけど。


 また一人、警戒しないといけない相手が増えたねぇ。

 ボクの作戦が邪魔されないように、しっかりと作戦練らないといけないなぁ。



<一人称視点・プリムラ=ブライトネス>


 その日、私のお部屋に来たいつもはにこにこと可愛い可愛いしか言わないお父様がいつもは見せない真剣な表情を浮かべていた。


「ようやく、俺の親友が王女宮に来てくれることになった。……本当はもう少し早く来てもらいたかったんだが、アイツは中身はともかく実年齢に問題があったからなぁ。タイミングは最短でも今年ってことだから、まあ仕方ねぇよな。……アイツはきっとプリムラ、お前の母親代わりになってくれる。俺じゃあ溺愛になっちまうからなぁ……こればかりは難しいんだ。親っつうのは面倒くさいよな。……だから、アイツのこと頼るといい。きっとお前の拠り所になってくれる」


 驚いたなぁ……お父様はプリムラが何しても笑って許すから自暴自棄になったこともあった。

 本当は、私は本当の意味で愛されていないんじゃないかって、そう漠然と思っていたんだけど、プリムラの悩みにも気付いていたなんて。


 初めてお父様のお気持ちを聞くことができたかもしれないわ。


 お父様がアイツと呼ぶ人のことを考えている姿はとても楽しそうで、その人のことを信じているってことが伝わってきた。

 お父様にここまで信頼していて、プリムラのことを任せられるなんて思っているなんて、一体誰なんだろう?


 幼い頃から私のお世話をしてくれたペチュニアさんはお年だからお仕事をやめると言っていた。そのタイミングで使用人を一新するって言っていたんだけど、その中にその人がいるってことだよね?


 自暴自棄になって甘いものばっかり食べていたら、厳しい言葉で私を諭してくれた、温かいお婆ちゃんみたいなペチュニア……大切なお婆ちゃんが侍女を辞めちゃうって聞いた時は悲しくなってペチュニアに泣きついちゃったんだけど、お婆ちゃんは「姫様、後任には素晴らしい方が来てくださることになっていますから心配なさらないでください。私もたまにお目にかかりにきますから」と言って優しく頭を撫でてくれた。

 ペチュニアもその後任を知っているってことよね? お父様もお婆ちゃんも認めている……本当に誰なんだろう?


 ……年齢に問題……そういえば、行儀見習いで貴族の令嬢達が侍女として働くみたいだけど、その中にいる……のかな? でも、そんな訳ないよね?


「それじゃあ、俺はそろそろ仕事に戻るぜ。仕事抜け出して来たから今頃騒ぎになっていそうだからな。……ペチュニア、後僅かだがプリムラのことをよろしく頼む」


「承知致しました」



<三人称全知視点>


「悪かったな、呼び出して」


 王女宮に移動となって随分と経った。かつてはラインヴェルドの執事の一人として働いていたオルゲルトが、実際にラインヴェルドに呼び出して真面に会話をするのは久しぶりだ。


「今日は数日後にこっちに来ることになるローザについてお願いしたいことがあってな。……お前にプリムラの日常について報告して欲しいとお願いしていたが、それに合わせてローザの動向も探って欲しいんだ」


「失礼を承知で申し上げさせて頂きますが……ローザ様はラインヴェルド陛下がお心を許すご友人の一人なのではありませんか?」


「ん? 勿論、俺の大親友だぜ? まあ、アイツは俺のことを悪友だと思っているだろうけどな」


 オルゲルトはローザが王女宮筆頭侍女になると決まったタイミングで事情を知るノクトからローザに関する情報を与えられていた。

 彼女が転生者であることや、この世界の真実についてもオルゲルトは知らされている。


 ラインヴェルドと対等に渡り合う親友――身分差や歳の差を考えれば俄には信じがたいが、この誤用の意味での破天荒という言葉がよく似合う国王陛下の友人となれば、そんなもの些事のように思えてくるのは不思議だ。


 そんなラインヴェルドか臣下以上に信頼し、愛娘プリムラの世話役兼護衛に選んだ少女を何故疑うのだろうか?


「別にローザが裏切るという訳じゃねぇんだ。……ただ、カルロスの起こした一件からなんとなく嫌な予感がしていてな。別に何か悪いことが起きるって訳じゃねぇと思う。アイツは誰かを悲しませるようなことはしない……大切な人のためならどんなこともできるって奴だからな。そう、どんなこともできるんだ……本当にアイツは。アイツは家族のためならその手を血に染めることだってしてきた。アイツは前世の家族・・を愛していたし、家族との幸せな日々を守るためなら自分が傷つくことだって厭わなかった。アイツはそういう奴なんだよ……自分のことを勘定に入れない、必要であれば家族と自分の命を天秤にかけることすらなく自分の命を差し出しちまう。例え、それを周りが望んでいないとしてもな。……だから不安なんだ。誰かの本当に幸せのために、自分のことを犠牲にするんじゃないかって。……その鍵は間違いなくシェルロッタにある。姉の忘れ形見であるプリムラとシェルロッタを引き合わせて、はい終わり、じゃ多分ないと思うんだ。……だから、アイツが本当に大変なことをしでかす前に、兆候を見つけたら俺に報告して欲しい。アイツには幸せになって欲しいからな」


「承知致しました」


 ローザ=ラピスラズリ。聡明で相手を手玉に取ることに長けたラインヴェルドが完璧に御することができないが故に気に入り、親友と呼んで対等な存在として接する人物。

 彼女が何を思い、何をしようとしているのかオルゲルトには分からない。


 だが、本当に最悪なことが起こり、愛する主人プリムラとラインヴェルドが悲しむようなことにならないようにしなくてはならない、と固く誓ったオルゲルトだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る