Act.8-60 優勝祝いのチェイン・デート scene.5

<一人称視点・アネモネ>


 櫻とのデートを終えたボクは三千世界の鴉を殺してボクの屋敷に戻ってきていた。

 すぐに欅が割り当てられている屋敷の部屋に向かう。


『お帰りなさいませ、お姉様。後はゆっくり休んでくださいね』


「……なるほど、そういうことねぇ。でも、そんなんでいいの? 欅の願いって」


 欅の願いはボクに残りの時間しっかりと休んでもらいたい。

 マッサージとか、手料理とか、色々と考えていたことが見気を使って分かったけど……でも、本当にそんな願いでいいの? って思う。もっと我儘言ってもいいんだよ?


『お姉様はずっと忙しくされていました。ビオラ商会の皆様もそうですが、みんなお姉様にゆっくりとして頂きたいと思っているのですわ。……私はお姉様が身体を壊してしまわれるのではないかと心配で心配で』


「ボクはちゃんと加減してやりたいことを中心にやっているから体調管理ができないなら自己責任だし、みんなが負い目を感じる必要はないんだけどねぇ。まあ、折角だから甘えさせてもらうよ」


 ステータス画面を操作して軽装に変えてローザの姿で横になった。

 それからゆっくり二時間、欅にマッサージをしてもらった。……なんか間違っている気がするけど、本人が納得できるものが一番だからねぇ。


「ありがとうねぇ。ゆっくり休めたよ。これはちょっとしたお礼、受け取ってくれるかな?」


 梛達にも色々買ってプレゼントしたのに、欅にだけ何も無しってのは流石にないと思ってねぇ。


「まあ、単なる落書きだからお気に召すか分からないけど、受け取ってくれたら嬉しいな」


 お金を掛けていない、手抜きのプレゼントだとボク個人は思うけど……うーん、色々な意味で釣り合っていないことは自覚しているよ。


『ありがとう……ございます。絶対に、大切に致しますわ』


 随分前に描いた絵。欅、梛、樒、椛、槭、楪、櫻と共に五歳頃のローザ=ラピスラズリが仲良く集合写真のように描かれた写実絵……まあ、多少立ち位置とかそう言ったところについては修正が入っていて一枚のポスターみたいに仕上がってはいるんだけど。

 お気に入りの絵の一枚だったんだけど、ボクより欅が持っていた方がいいと思ってねぇ。……しかし、こんなもので喜んでいいの? もっと色々と我儘言ってもいいんだよ?


 欅が七人姉妹のお姉さんとしてみんなのことを思って頑張っていることは、ボクだって知っているんだから。



 欅のおかげでゆっくり休めたボクは翌日、アネモネの姿でと共に王都の冒険者ギルドに赴いた。


 その目的は二つ、一つはヴァケラーに手渡しておいたイルワへの伝言の返答。その答えは「可能であれば明日、冒険者ギルドに来るように」ということだった。……まあ、理由はおおよそ察しがつく。


 もう一つは、冒険者ギルドに珍しい客が来たということだった。この件に関しては王都警備隊→ラピスラズリ公爵のカノープス→ボクっていう流れで連絡が入っていたんだけど、相手が欅の名前を出したこと、彼女が実績ある冒険者であったこと、相手方に戦闘の意思が見られなかったことから冒険者ギルド預かりにしてもらえたらしい。


 彼女達はアルラウネの亜種で、安楽少女オイタナシー・リトルと呼ばれる魔物らしい。

 アルラウネはその厄介な性質から冒険者ギルドでも最優先討伐対象になっているんだけど、安楽少女オイタナシー・リトルはアルラウネよりも更に厄介だと言われている。

 出身はライヘンの森――随分と懐かしい響きだねぇ。


 この件について欅から事情を聞いたボクは「さて、どうしたものか」と内心頭を抱えた。

 全ての始まりは冒険者ギルドで「ライヘンの森で最近魔物が活発化しているから対処して欲しい」という依頼を受けた時、一年前くらいらしいねぇ。

 欅は故郷への里帰りのつもりでこの依頼を受けてライヘンの森に戻り、魔物を狩っていたんだけど、その時に同族のアルラウネや安楽少女オイタナシー・リトルを見つけ、その時に男に媚びる同族の姿を見て魔が差したそうだ――『なんて可哀想なの。彼女達にも百合の素晴らしさを伝えないと!』、とこうして洗脳……じゃなかった布教をした結果、ライヘンの森のアルラウネや安楽少女オイタナシー・リトルが百合好きと化したそうだ。


 今回来た安楽少女オイタナシー・リトルは現在、アルラウネ達の纏め役となっているらしい。

 ちなみに欅はこの件に関して一切触れていない。……何でこうなる前に一言伝えてくれなかったの? って思ったけど、彼女にとっては些事で、この程度のことでボクを煩わせたくないと思っていたことは痛いほど分かったから、「次からは教えてねぇ♡」と軽めに注意しておいた。


 さて、問題はここから……まあ、ここまででも十分問題なんだけど。

 安楽少女オイタナシー・リトルによれば、ここ数年でライヘンの森は大きく様変わりしたらしい。いくつかの強力な魔物や知性ある魔物の出現、流れ者の流入、そうした環境の変化により魔物達の独自のコミュニティ、集落的なものが完成したようだ。


 特殊なゴブリン、流れ者の犬狼牙帝コボルトエンペラー、ライヘンの森を住処にするようになったオーガの集団、近隣からやってきたオーク、突撃鹿の亜種の翼影鹿ペリュトン、堕ちた精霊種族(エルフやドワーフも元々は精霊だったという説がある)に分類されるローレライ……こうした者達が安楽少女オイタナシー・リトルと共に不可侵協定を結び、ライヘン共同体が誕生したのだ……これには、欅も『聞いていない!』と目を丸くしていた。


 安楽少女オイタナシー・リトル達は今回、使者としてブライトネス王国の王都に足を運んだそう。

 より具体的には自分達に人間との敵対の意思がないことを伝え、冒険者達とのいらない争いを起こさないようにしたいということ。それが無理であるならば欅の主人であるボクの庇護を求めるつもりらしい。

 欅から話を聞いて、安楽少女オイタナシー・リトル達は自分達も従魔になりたいと思ったらしいからねぇ……一体どんな話をしたんだろう?


 正直、難しい話になると思う。魔物に自治権を認めさせる……ってのは、亜人族に人権を認める以上に難しい話だからねぇ。

 欅達の活躍で人間に敵対しない魔物もいることは伝わっているだろうけど、それでも魔物は人間達にとって敵であるという認識は未だ根強い。


 今朝、ラインヴェルド陛下とオルパタータダ陛下には早朝にリモートで参加してもらえるように連絡を入れておいたから、会議に加わってもらうことはできる。

 この案件はボクだけじゃどうにもならないからねぇ。基本的に不干渉地帯に位置付けられているブライトネス王国とフォルトナ王国の国境のライヘンの森をどう扱うかって話は国際問題になりかねないから。


「アネモネさん、欅さん、呼び出して悪かったな」


「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました」


「お客様は応接室で待ってもらっている。先にライヘンの森の件が解決したら、その後に昨日ヴァケラー経由で連絡してくれた件についての回答をしよう。それでいいかな?」


 イルワに案内され、応接室に入る。

 中には緑髪の少女が二人いた。包帯やボロボロの服といった庇護欲を煽りそうな擬態はなく、白いワンピース姿でちょこんと可愛らしく座っている。


『お初にお目にかかります、アネモネ様。私達は魔物なので名乗る名前がありませんので、人間達が呼ぶ安楽少女オイタナシー・リトルとでもお呼びください。本日は私達のために時間を作ってくださり、ありがとうございます』


「流石に今回の一件は私も見逃せる話ではないですから。イルワさん、今からこの部屋に人避けの術を施します。その後、ラインヴェルド陛下とオルパタータダ陛下を交えたメンバーで話を進めることになりますので、よろしくお願いします」


「あっ……ああ」


 「奇門遁甲」を仕掛けてから、ボクはラインヴェルドとオルパタータダの端末に連絡を入れた。

 二人の顔が映し出された時にイルワ達は驚いていたけど、まあ、こんなことで驚いてもらっていては話が進まないので、驚いているメンバーは捨て置いて話を進めることにする。


 ちなみに、事情はあらかじめ二人にメールで伝えておいた。だからわざわざ説明する必要はない。


「単刀直入に言えば、ボク個人はライヘンの森の魔物達の庇護者になりたいと思っている」


『『本当ですか!?』』


『おう、別にいいんじゃねぇか? お前が魔物の王とかクソ面白いだろ?』


『いいぞ! そのまま魔物と人間の関係も改善しちまえ! ……流石に全てとはいかねぇだろうが、人間と友好的な魔物もいる。そいつらまで排斥する必要はねぇと俺もラインヴェルドも思っていたからな』


「……そんなあっさりと。ラインヴェルド陛下、オルパタータダ陛下、お二人はその言葉の意味をお分かりですか? 私のような部外者が言うのもなんですが、魔物の棲む森や迷宮は基本的に国家が関与しない空白地帯となっています。それを特定の人物に統治権を与えるとなればどのような問題が発生するか……」


『別に国境として隣接しているブライトネス王国とフォルトナ王国の国王が認めているんだから別にいいだろ? ……いや、狩場が減らされる冒険者ギルドにとっては不都合か。だが、冒険者ギルドには新たな稼ぎがあるだろう? 冒険者には迷宮の探索っていう重要な問題があるからな。……正直ライヘンの森の魔物は大迷宮ダンジョンの魔物ほど強くはない……現時点ではな。アネモネの庇護を受けてからどうなるかは流石に知らんが。旨味もそこまで冒険者ギルドにとってはない筈だ。別に問題ないだろう? 俺としても丁度アネモネに領地を与えたいって思っていたんだ。クソ貴族共の何倍も納税しているのに未だに新参平民商人なんて蔑まれているのを見るとムカつくからな。……まあ、そういうことならオルパタータダと共同で爵位を与えちまえばいい。辺境伯なんてどうだ?」


「……まあ、こうなることは薄々分かっていましたけどね。私は別に自分が蔑まれることに関しては何も思いませんよ」


「それを俺は許せないんだよ。俺の親友がそんな風に見られているってのはな。……ってことで、近々叙爵するから準備しておけよ。安心しろ、貴族達は全員黙らせてやる」


「……ドゥンケルヴァルト公爵に続いて、今度は辺境伯……確か、辺境伯ってブラックソニア辺境伯家とフンケルン大公家しかありませんでしたよね? 公爵より危険な爵位ですが、大丈夫ですか?」


『そういう意味で牽制にもなるし、実際辺境伯とは国土防衛の指揮官・地方長官の称号だ。ブライトネス王国にとってもフォルトナ王国にとっても国境になる辺境を治めるんだからこの称号は正しい。戦力的にも辺境伯に相応しいものになるんだろう? なら、いいじゃねぇか?』


 ……まあ、いいならいっか。……またクソ面倒なことになるなぁ。でも、領地経営は過去に経験があるし、上手く行っているから流用すればいいだけか。


 その後、呆気なく話が纏まり、正式に叙爵し領地が与えられる前に実際にライヘンの森に赴くことになった。

 その前に、使者として来てくれた二人に名前をつけるっていう重要な仕事をしたけどねぇ。


 さかきえんじゅ――名付けられた二人はボクの従魔となった。

 二人の強化はおいおい、ライヘンの森の魔物の中にも従魔になる魔物がいるなら一緒に強化したいからねぇ。


「さて、迷宮にギルドの施設を設置する話だったな。マラキア共和国にある冒険者ギルド本部のヴァーナム=モントレー本部長の了承は魔導具を使って連絡を取り何とか取り付けたが、モントレー本部長から近日中に会って詳しい話を詰めていきたいと申し出がされている。大変申し訳ないが、ヴァーナム殿と会談をすることが可能な日取りを教えて頂きたいのだが」


「それには及びませんわ。こちらからギルド本部に参ります。そうですわね……本日の午後から日程は空いているでしょうか?」


「あっ、ああ……大丈夫な筈だが」


「では、本日の午後お邪魔しますとお伝えください」

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