Act.8-37 誕生日会の二次会と、ドリームチームトーナメントと……。第二部 scene.1 中

<三人称全知視点>


 『死を司る戦乙女の双剣ヴァルキューレ・ダブル』を鞘に収め、エヴァンジェリンは森を進んでいた。

 その両眼は瞑られている。視界から入ってくる情報ではなく見気によって周囲の情報を得るためにあえて視界からの情報をシャットアウトしているのだ。


 ひゅんっと風を切る音が鳴り、『明星の星球式鎖鎚矛モーニングフレイル・クラッシャー』がエヴァンジェリンへと放たれた。


『漆黒無双右太刀・黒刃纏雷閃ヴォーパル・ブラスト!』


 刃に黒い雷を奔らせ、無数の黒い雷撃を放つ一刀流技に武装闘気を纏わせると、『明星の星球式鎖鎚矛モーニングフレイル・クラッシャー』を撃ち落とす。


「うふふ、やっぱり強いわね。興奮してきちゃうわ」


『前々から思っていたが、少しは節度を守って言動と行動してくれないか? お二人の奔放過ぎる性格は目に余る』


「あらあら、私達はちゃんとお客様の前では『完璧な淑女なメイド』をしているわよね? お屋敷にいる間くらいいいじゃないかしら? そう思わない? ニーナ」


「そうよねぇ。エヴァンジェリンはちょっと堅苦しいと思うわ。そんなに堅苦しいことを言っていると、肩が凝って仕方ないわよ」


 ねぇ、そうよね、と色っぽい仕草で言葉を交わすナディアとニーナを前に、エヴァンジェリンの額に青筋が浮かんだ。


『……まあ、百歩譲って屋敷の中ならいいとしよう。だが、諸国の代表が集まっている状況でその格好は流石にどうにかならないのか?』


 今のナディアとニーナはほぼ下着姿ではないかという際どいメイド服姿だ。見た目ほど防御力が低いという訳ではないが、やはりこの状況に相応しい格好ではない。


『……まぁ、いい。私が言ったところでどうにかなることではないからな』


 とはいえ、エヴァンジェリンも自分が注意をしたところで聞き流されることは承知していた。


 『死を司る戦乙女の双剣ヴァルキューレ・ダブル』を翼のように構えるエヴァンジェリン。

 対するナディアは『災禍の死神鎌カタストロフ・リッパー』に武装闘気を纏わせ、ニーナは、『明星の星球式鎖鎚矛モーニングフレイル・クラッシャー』を構えた。


 【吸命魂喰】と【死霊纏】を発動して触れることでHPを吸収する黒い靄と擬似霊魂を纏わせた『災禍の死神鎌カタストロフ・リッパー』を思いっきり振り下ろすナディアと、『明星の星球式鎖鎚矛モーニングフレイル・クラッシャー』を打ち出すと同時に【巨大化】させるニーナ。


 その瞬間――二人はエヴァンジェリンを見失った。


『漆黒無双両太刀・黒刃纏雷閃ヴォーパル・ブラスト――』


 エヴァンジェリンの静かな声が無音の戦場に溶け込むように響いた瞬間には、ナディアの視点はエヴァンジェリンを見上げるものに変化していた。

 そして、視界に映る頭のない自分の身体。


 そこでようやく、自分の頭と身体が繋がっていないことに気づいた。


『――圓式比翼』


 ナディアの身体が無数のポリゴンと化して消滅する。


 ニーナはナディアが撃破されたことを悲しむことも、エヴァンジェリンに憤ることも無かった。もし、仮に時間があっても弱肉強食だと割り切っただろう。

 それに、これは命を賭けたやりとりではないのだから、復讐してやるなどという気持ちを燃やす必要もない。


 ただ、仮にここが本当の戦場であってもニーナにナディアの死について考えるような余裕は無かった。

 ナディアの暗殺者の目であってすら見切ることができなかった不可視の斬撃――エヴァンジェリンの二刀が再び振われたのだ。


 一瞬だった。ニーナもまたナディアの後を追うように胴と頭を二つに切り離され、撃破される。


(……圓式の技、対策を取れるようにしないといけない、わね)


 そう心の中で思った時にはニーナは無数のポリゴンと化して戦場から姿を消していた。


『……まだまだローザ様には遠く及ばない。もっと精進せねばならんな』


 勝利したにも拘らずエヴァンジェリンは満足げな表情を見せることもなく両手に持った双剣に視線を落とした。

 その脳裏に浮かぶのは、この技をエヴァンジェリンに伝授したエヴァンジェリンの主人――ローザの姿。


 同じ頂に立ったからこそ、その圧倒的な強さが分かる。

 並び立つだけでは足りない。ローザの役に立つ立ちたいと願うならどれか一箇所でもローザを超えるところが無ければならないのだ。


 自分にあるのは剣だけ――エヴァンジェリンにとってその越える頂は高いが、それでも諦める訳にはいかない。

 全ては自分が心から仕えたいと思う騎士のために――エヴァンジェリンは気持ちを新たにして、再び森を歩き始めた。



 エリシェア、カレン、クララの三人は森を進んでいる途中、猛烈な殺気を感じ取った。

 隠そうと思えば完全に絶ってしまえるほどの気配を全く隠す素振りも見せずに垂れ流しにしているということは、敵は逃げも隠れもせず仕掛けてこいと言っているようなものだろう。


 先制攻撃のチャンスを不意にするような真似をするということは、それくらいのハンデを与えて丁度釣り合いが取れているという意思表示か。

 とはいえ、エリシェア達もこの殺気の主が本気になれば手も足も出ないままポリゴンに変えられてしまうことは十分承知しているため、特に「舐められている」と憤ることはない。


「……でも、流石にここまで濃厚な殺気を垂れ流す必要って本当にあるのかしら?」


 クララ達も見気の心得はある。ローザや彼女達の雇い主で家族でもあるカノープスほどの裏の見気――高度な拒読心や薄隠気、またローザクラスの「千羽鬼殺流・廉貞」を使われればその位置を探ることは不可能と言っても過言ではないが、もし何も使っていない状態であればローザの位置を察知することも可能だ。


「お嬢様は最も確実な方法を取ったというだけでしょう? この方が分かりやすいもの」


 『黒刃天目刀-濡羽-』に手を掛けながらカレンは銀縁の眼鏡を逆光で輝かせた。その眼鏡の奥の瞳は鋭く細められている。


「カレンさん、クララさん、ここからは気を引き締めていかないといけないわ。この殺気は多分……いえ、間違いなく本物の――」


「エリシェアさん、酷くないかなぁ? それじゃあ、まるでボクが化け物みたいじゃないか」


 黒百合をイメージしたドレスを身に纏った、妖しい真紅の瞳を炯々と輝かせる濡れ羽色の艶やかな黒髪を持つ白肌の十代の美少女は、先程までの殺気が嘘のように何一つ気配を纏わない状態で肩を竦めた。

 その腰には普段から帯刀しているリーリエの代名詞とも言える二刀――『漆黒魔剣ブラッドリリー』と『白光聖剣ベラドンナリリー』の姿はない。


「……得物は必要ないということかしら? 私達程度の相手なら」


「カレンさん、ボクがそんなこと思っている訳ないでしょう? ラピスラズリ公爵家の恐ろしさを痛いほど知っているボクが。今日は折角だから面白いものを見せようと思ってねぇ。――星砕ノ木刀」


 リーリエの手から生み出された木の繊維が収束し、瞬く間に一振りの刀を作り上げた。

 その周囲を武装闘気の膨大なエネルギーが包み込む。武装闘気が内部に収束し、その度に黒いオーラが脈動した。


「……ただ武装闘気を纏わせた訳ではないようね」


「慧眼だねぇ、クララさん。この刀はこの時をもって恒久的に武装闘気を纏った黒刀となった」


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・星砕きの木刀

▶︎黒刀と化したアルラウネ種が作り上げる木刀。


【管理者鑑定】

分類:『異世界ユーニファイド』アイテム

レアリティ:黒刀級

付喪神度:0/99,999,999,999【該当者:リーリエ/神話級ゴッズ化条件、付喪神度の最大化+武器に認められる】

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「更に、神聖属性魔法――聖剣昇華の儀・天絶」


 あらゆる剣を聖剣へと昇華させることができる天上光聖女教の秘術である光魔法の派生――神聖魔法の昇華魔法を発動して、星砕きの木刀を最上級の聖剣へと変化させた。

 ちなみに、この「聖剣昇華の儀」には聖属性の「聖剣昇華の儀・聖光」というバリエーションも存在する。


「しかし、聖なるものを嫌う筈の吸血姫魔物のボクが聖剣を持つなんて側から見たらどんな皮肉って話だよねぇ? まあ、そもそも吸血姫でありながら聖女だっていうのも既になかなかの皮肉なんだけど」


「お嬢様は神々しいですから、吸血姫であっても聖剣がよくお似合いだと思いますわ」


「そもそも、ボクって分類上は悪人だと思うけどねぇ? 神々しいとか、女神とか、そういうのってあまりにもボクからかけ離れていて、勝手な幻想を押し付けてきているように見えてきちゃうよ? 聖女っていうなら、咲苗さんみたいな人のことを言うんじゃないかな?」


 神格化された人間というのは、大なり小なり他人の幻想を押し付けられ、その本質が分からなくなるほど塗り潰されるものだが、百合薗系諸宗教(天上の薔薇聖女神教団、兎人姫ネメシア教、新たにエルフを中心に形成されつつある金色の魔導神姫教、緑の使徒ヴェルデの一部やユミル自由同盟の一部獣人が中心となって形成されつつある竜皇神教)における圓の捉え方は方向性の違いはあれど、案外的を得ているのではないかと思うエリシェア達。


 無論、何も知らない者を集めて圓と咲苗を並べ、どちらが聖女らしいかと尋ねれば十中八九圓に軍配が上がるくらい二人には歴然とした差があるのだが、相変わらずローザの自己評価は歪曲しているのでこの言葉に皮肉が込められている可能性は……あるのかな?


「さて、覚悟はいいかな?」


 エリシェアが裏武装闘気で作り上げた苦無を投擲しながら『闇を征く使用人の飛翔ブーツ』に武装闘気を纏わせて蹴り技を放ち、カレンは「幻氷の大角礫」から「幻惑爆散」に繋げる戦法を取って刺々と前方に三角錐が突き出した巨大な氷の塊を解き放ち、クララは「風の触手エア・テンタクルス螺旋ドリル」を発動して螺旋を描く風の触手で攻撃を仕掛けた。


「【契約誓術】――私、百合薗圓は、ユーニファイドと一つの契約を締結する。エリシェア、カレン、クララの戦闘力を上昇させる。三人の能力の上昇値は使用した素材の価値に依存するものとする。契約失効は術式元の契約書の破棄によって行われる」


 書写師の上位職――条理之書紡師の【契約書作成】の派生である【契約誓術】が発動し、幻想級の素材で作られた契約書を中心に文字の領域が広がり、エリシェア達の能力がかつてないほど強化された。


 全く想定外の送られた塩に内心困惑しながらも、そのまま攻撃を続行した。

 しかし、エリシェアの蹴りは武装闘気を纏った腕に受け止められ、クララの触手は大気の擦過で白熱する輝きを伴った不可視の斬撃に切り裂かれて打ち砕かれ、軽く振るっただけで放たれる剣圧は空気の刃と化して巨大な氷の塊を打ち砕いた。


 間違いなく、圓式は新たなる領域へと足を踏み入れていた。

 超絶技巧にまで高められた剣技は小枝一本ですらも剣に見立てることができるほどで、以前も大気が斬り裂かれたことに気づかないほど鋭い規格外な斬撃だったが、更に放った空気すらも斬撃に変え、空気の刃だけで鋼鉄を切り裂くほどの力を得ている。


「それじゃあ、これで終わらせるよ。――圓式総集秘剣 冥影-Meiei-」


 ただでさえ常人の目どころか一流の暗殺者ですら追えぬほどの圧倒的速度の剣を更に即席で作り上げた鞘を利用して力を溜めて加速させ、その上複写した《影》の霸気によって影を動かすことで実体を動かす効果を補助として使うことで安定させた神速無比の一撃がエリシェアを一瞬にして両断した。

 カレンとクララがエリシェアが倒されたことに気づく間もなく再び放たれた不可視の斬撃がカレンを切り裂き、三度振るわれた聖剣擬きがクララの首を刎ねた。


「……契約破棄、と。まあ、こんなところだねぇ。さて、残るは……へぇ、近くにいるんだねぇ。それじゃあ、剣はいらないかな?」


 呆気なく黒刀となった星砕きの木刀を「時間風化魔法-クロック・オブ・デス-」の派生で、対象の時間を強制的に超加速させて一瞬にして寿命に至らしめるのではなく、それ以上に加速させることで風化して塵も残らないほどに分解される「万物流転-オール・シングズ・アー・イン・ア・ステイト・オブ・フラックス-」によって跡形もなく消滅させた。

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