Act.8-20 誕生日会の二次会と、ドリームチームトーナメントと……。 scene.5 丙

<三人称全知視点>


 今でこそ最強の獣人族の候補として名を挙げられる兎人族だが、元々は隠密特化で足の速さが売り、打たれ弱さに定評のある獣人族最弱の種族だった。

 ローザの修行を受けた最初の六人によって今の地位を手に入れるに至った兎人族だが、その修行の内容は弱点を埋め、長所を伸ばすというものであり、かつては唯一の武器であった隠密の能力も以前よりも格段に精度が高まっている。


 ラーフェリアとヤオゼルドを立て続けに撃破され、一気に劣勢に追い込まれたメラルゥーナとガルッテは大きく方針を転換した。


 裏の見気である心を凍てつかせることで相手に心を読まれないようにする拒読心、気配を極限まで消すことで自らを希薄にすることで見気を掻い潜る薄隠気で兎人族の有する隠業の技を強化し、更に神速闘気と神境智證通によって敏捷を高めることで素早い戦闘と隠密を可能とする正に兎人族の集大成と呼べる技――「兎の狩場インビジブル・ラビットフォレスト」によって奇襲を仕掛ける戦法へと切り替えたのだ。


 メラルゥーナとガルッテは姿を消して森を駆け巡りながら、弾丸の雨を降らせていく。弾丸の放たれた地点から敵の居場所を割り出そうにも、メラルゥーナとガルッテは縦横無尽に森を駆け回っており、見気を駆使してなお、その位置を正確に捉えることはできない。


「………なるほど、これが兎人族の真骨頂か。厄介であるな」


 ディグランも己の剣でメラルゥーナとガルッテを捉えることは無理だと判断し、この大会が終わってから暗部の指南役に何人か兎人族を派遣してもらえないか部下を通じてメアレイズと交渉させようと頭の片隅で思いつつ、ディグランは全ての弾丸を見気で見切って躱しながら、聖なる魔法陣を戦場を埋め尽くすほどの数、同時に展開して見せた。

 全ての魔法陣が同時に眩い光を放ち、天を突く聖なる光の柱が出現する。その光に呑まれたメラルゥーナとガルッテも無傷では済まず、「兎の狩場インビジブル・ラビットフォレスト」が解け、二人とも傷を負った。

 

 ディグランが選んだのは聖属性魔法による無差別攻撃だった。正々堂々の戦いを好むディグランにとっては使いたくない手の一つだったが、追い詰められながらも頑なに手段を封印するというやり方もディグランらしいものではない。

 使えるものは全て使うつもりではあるものの、できれば正々堂々と勝負して勝利したい――そう考えるディグランにとってはギリギリ許容範囲の選択だった。


「英雄覇纏! 朧黎黒流・覇道雷光」


 覇王の霸気と武装闘気、更には英雄覇気という抵抗力が弱ければ術者に屈服して心酔してしまうほどの圧倒的な魔法闘気を魂魄の霸気英雄王によって『剛地鋼剣ドヴェルグティン』に纏わせ、その上から聖属性の魔力を纏わせるとガルッテに肉薄し、斬り上げを放つ同時に解放して猛烈な光の斬撃を放った。

 斬り上げからの振り下ろしを浴びたガルッテは聖なる光に飲まれてポリゴン化する間も無く消滅する。


「……ッ! 見失ったか」


 ディグランがガルッテを撃破した頃にはメラルゥーナは再び完全に姿を消していた。

 しかし、ディグランは折角一度居場所を捉えたメラルゥーナが再び「兎の狩場インビジブル・ラビットフォレスト」を使っても全く動じた素振りを見せない。


 それは、メラルゥーナに先程の聖魔法で小さくない手傷を負わせた――からではない。

 あのディグランの無差別攻撃には物理的な傷以外に大きな意味があった。


 それは、先程のような翻弄作戦を実行すれば聖属性の無差別広範囲攻撃魔法によって再び傷を負うという経験だ。

 その経験をしたメラルゥーナは翻弄ではなく一撃必殺を狙った奇襲を仕掛けて来る筈だ……いや、仕掛けざるを得ない。


 翻弄作戦が失敗した時点で、メラルゥーナはどちらにしろ隠業を利用した奇襲攻撃に全てを賭けるつもりだったが、それはディグランの望む展開でもあったのだ。

 ディグランは目を瞑り、精神を統一してタイミングを待った。


 メラルゥーナは「兎の狩場インビジブル・ラビットフォレスト」によって気配と姿を隠しながらディグランの背後を取り、武装闘気を纏わせた二振りの『霹靂の可変戦鎚ドリュッケン・ミョルニル』を振り下ろす。

 しかし、その自慢の攻撃は武装闘気と神堅闘気、金剛智證通によって完璧な防御を展開していたディグランの防御を打ち破ることはできなかった。


「英雄覇纏! 朧黎黒流・疾風覇薙」


 頭に受けた攻撃を物ともせず、素早く振り向くと共に覇王の霸気と武装闘気、更には英雄覇気という抵抗力が弱ければ術者に屈服して心酔してしまうほどの圧倒的な魔法闘気を魂魄の霸気英雄王によって武器に纏わせ、聖属性の魔力を纏わせると横薙ぎすると同時に解放して猛烈な光の真一文字斬りを放つ。

 圧倒的な光の奔流に呑まれ、メラルゥーナはポリゴン化する間も無く一瞬にして蒸発した。



 オルフェア達がレジーナとミーヤと戦い、ラーフェリア達がディグランと戦闘を繰り広げていた頃、森の中心部ではヴェルディエとメアレイズ達が戦いを繰り広げていた。


 と言っても、ヴェルディエは「兎の狩場インビジブル・ラビットフォレスト」によって気配と姿を隠したメアレイズには気づかず、見気で姿を捉えたアルティナとサーレの二人しかいないと思い込んでいたが……。


 獣王決定戦を機に親しくなったメアレイズとアルティナだが、それ以前は兎人族と狐人族に繋がりはほとんどなく、狐人族は同じ妖怪種族である狸人族と良好な関係を築いている以外は他の獣人族とほとんどと言っていいほど交流が無かった。


 妖怪種族は獣人族の中でも異端の種族とされ、迫害の対象となっていたのは随分昔の話だが、妖怪種族が獣人族に迎えられるようになってからも兎人族と同じく獣人族の中では異端の種族に分類されていた。

 妖術を使える以外は弱小の種族とされていた狐人族や狸人族だが、その妖術という武器が存在するか否かが兎人族との差を決定的なものにしていたのだ。

 狐人族や狸人族の中にも兎人族を見下す者は多く、彼らと繋がりを持とう動いた者は獣王決定戦まで現れなかった。

 そのアルティナもローザへの弟子入りというきっかけが無ければ、メアレイズと親友になることは無かっただろう。


 一方、アルティナとサーレは交流の深い狐人族と狸人族に生まれ、幼少の頃から交流を重ねてきた。

 お調子者のアルティナとしっかり者のサーレは性格こそ正反対だが、仲良し二人組として知られ、いつも一緒に行動していた。


 この二人の友情に大きな亀裂が走ったのは、アルティナの身体的な成長にサーレが嫉妬し始めた頃だ。

 アルティナはずっとサーレのことを親友だと思っていたが、サーレはアルティナを避け続けた。その関係が僅かばかり修復されたのは、ローザ達の活躍によってユミル自由同盟が多種族同盟に加わったことを機に、新設された三文長の一人に選ばれたことが切っ掛けだった。


 今でもアルティナのボン、キュッ、ボンに嫉妬しているサーレだが、いつの間にか生じていたすれ違いはアルティナとサーレが参加したド=ワンド大洞窟王国への旅を機に有耶無耶になり、それ以来共に行動することが増えてきている。


 ヴェルディエにとって、この二人がペアで行動しているという状況は想定の範囲内だった。

 メアレイズが居なくとも成立する組み合わせで、更に兎人族が多数パーティに参加している状況で、メアレイズがアルティナ、サーレと三人で行動しているという想像は二人を見気で捉えた時点ですっかり消え失せてしまっていた。


「Ich werde den Flammenspeer freigeben.狐火!」


 アルティナは挨拶代わりに炎の槍と狐火を融合し、木々の隙間から青白い炎の槍を放つ。


「巽風八卦掌」


 ヴェルディエは覇王の霸気の黒稲妻を黒い風に変化させると、掌底から黒い竜巻を放つ。

 黒い竜巻は蒼焔の槍を飲み込み、消し飛ばすと地を削りながらアルティナに向かって真っ直ぐ進んでいく。


「霞幻の逃げ水〜百鬼夜行〜」


 一直線に進む黒い竜巻を躱すように迂回しながら二手に分かれてアルティナが飛び出してくる。


「狐の嫁入り」


 ヴェルディエの頭上の群青の空に小さな暗雲が生まれ、落下と同時に氷粒と化す豪雨と猛烈な雷撃が降り注いだ。


「離火八卦掌」


 覇王の霸気の黒稲妻を黒い炎に変化させると共に頭上に向けて掌底から無数の炎の竜を放つ。

 黒炎の竜は落雷を物ともせず暗雲を突き破り、四散させた。


 降り注いだ氷粒を武装闘気で防ぎ、神速闘気を纏い、神境智證通を駆使して落雷を躱し切るとヴェルディエはサーレの隠れる背後の森を見気で警戒しながらアルティナ達に視線を向ける。


「暗雲を出現させ、落下と同時に氷粒と化す豪雨と雷撃を降らせる『狐の嫁入り』と本体とそっくり同じ色と形と音と熱を本体からずれた位置に映し出す妖術を利用し、自分の幻影を多数出現させる『百鬼夜行』か。この五年で新たな妖術をいくつか完成させたと聞いておったが、随分と厄介なものに仕上がっているようじゃな」


「全部力で捩じ伏せられたらお世辞にならないっスよ。やっぱり獣皇様相手にこの程度の妖術じゃどうにもならないっスね。でも、今回はウチだけじゃないっスよ!」


 青く燃え上がる晴明桔梗五芒星がヴェルディエの背後の森の樹木の隙間を縫うように放たれる。


「巽風八卦掌」


 その攻撃を見気で察知していたヴェルディエは素早く振り返った覇王の霸気の黒稲妻を黒い風に変化させると、掌底から黒い竜巻を放ち、燃え盛る晴明桔梗を飲み込ませて消し飛ばす。


 蒼焔の晴明桔梗が破壊されるとほぼ同時に黄色の妖力で描かれた晴明桔梗が放たれ、上空から雷撃が降り注ぐ。

 ヴェルディエは神境智證通を駆使して雷撃を全て躱し、黄色の晴明桔梗が効力を失ったのを確認すると、更に二つの黒い竜巻をサーレの隠れている森に放った。


「『五芒桔梗妖術・不知火』と『五芒桔梗妖術・電雷降』を防がれるのは想定の範囲内です。堅実に無理な攻めをせずにいきましょう。信楽狸分身〜オペレーション・オブ・サーレ〜」


 八体のサーレが出現し、その全てが武装闘気を纏う。

 寸分の狂いのない実体のない自分の分身の幻影生み出す狸人族の秘伝妖術「信楽狸分身」を改良した、大量の妖力を練り込むことで実体のある分身を作り上げるサーレのオリジナル妖術により生じた八体のサーレはローザから与えられた独創級武器『暴風の撃鎚』を構えると、息の合った連携で一斉に攻撃を仕掛けた。


「受けて立つとしよう。聖纏掌脚」


 『真龍の籠手アルティメットドラゴン・ガントレット』と『真龍の脛当てアルティメットドラゴン・レガース』を装備した腕と脚に聖なる魔力が宿る。

 ヴェルディエはその上から「震雷八卦掌」を発動して黒い稲妻を纏わせると、攻撃を仕掛けてくるサーレを一人ずつ気功――勁を駆使して確実に撃破していく。


「全てサーレの想定の範囲内です。五芒桔梗妖術・地撃刺、五芒桔梗妖術・大竜巻、五芒桔梗妖術・大瀑布!」


 ヴェルディエから距離を取っていた本体のサーレは橙の妖力で晴明桔梗を描き、地面に放つことで直線上に地面を剣山に変化させる『五芒桔梗妖術・地撃刺』、緑の妖力で晴明桔梗を描き、地面に放つことで竜巻を発生させる『五芒桔梗妖術・大竜巻』、青い妖力で晴明桔梗を描くと同時に空に打ち上げ、晴明桔梗から大量の水を一気に落下させることで局所的な滝を発生させる『五芒桔梗妖術・大瀑布』を相次いで放った。


「巽風八卦掌! 坎水八卦掌! 艮山八卦掌!」


 ヴェルディエは覇王の霸気の黒稲妻を黒い風に変化させ、掌底から黒い竜巻を放って竜巻を相殺し、続いて黒い水に変化させ、掌から奔流の如く放って激流の威力を和らげながら直接当たらないように流れを変えさせ、最後に黒いオーラに変化させて全身を包み込むように漆黒のオーラを纏い、硬さと重さを込めた掌底を放って迫り来る剣山を打ち砕いた。


「……全てサーレの想定内です」


 その言葉が決してサーレの強がりではないことを未来いたヴェルディエは背後から放たれた・・・・・・・・青白い光弾を危なげなく躱すと、覇王の霸気のオーラを黒い風へと変化させ、立て続けに六つの黒い竜巻を放った。


「――信楽の守護狸ッ!」


 サーレの冷静な表情が崩れ、狼狽しながら妖力を練り上げて巨大な信楽狸の像を生み出す狸人族の秘伝妖術を放ち、黒い竜巻の行手を塞ぐように六つの巨大な信楽狸を設置した。

 しかし、信楽狸の像では大した足止めにもならず、黒い竜巻の直撃を浴びた瞬間に粉砕される。


「これも全て計算のうち、かのぉ?」


「くっ……計算外です。大丈夫ですか、アルティナ」


「ギリギリっスね。なんとか躱せたっスが、黒竜巻を浴びたら確実に撃沈させられていたっス」


 「霞幻の逃げ水〜百鬼夜行〜」により生じた九つの幻影が全て消えずに残っているということは、「霞幻の逃げ水〜百鬼夜行〜」を発動しているアルティナが幻術を解かざるを得ないそど追い詰められるか、アルティナが撃破されるという事態には陥らなかったのだろう。

 六つの黒い竜巻による広範囲攻撃が無意味に終わってしまったことに、ヴェルディエも不満そうな表情を浮かべている。


 しかし、ヴェルディエにとって不満な結果はサーレとアルティナにとっては最悪の結果に他ならなかった。


 最も貫通力のある妖術――アルティナの「妖力収束・指鉄砲」による一撃。その切り札を奇襲として最も効果的な使うために取った手がサーレの陽動だったのだ。

 それが見破られた今、アルティナとサーレにはヴェルディエを倒すための決定打が存在しない。倒せないとなれば、勝利の道は閉ざされ、残された道は敗北だけだ。


「さて、このままではジリ貧じゃのぉ。まずは、その面倒な妖術を解かせてもらうか」


 ヴェルディエから猛烈な威圧が放たれる。それも、物理的な破壊を伴うほどの強烈な圧力だ。

 空間が軋み、黒い稲妻が走る圧倒的な霸気――覇王の霸気を浴びたアルティナは恐怖に震えることこそ無かったが、物理的な衝撃で幻影にダメージが入り、更に隠していた自身の姿も晒されてしまった。


「こうなったらヤケっス! 妖力収束・指鉄砲」


 追い詰められたアルティナはありったけの妖力、武装闘気、神光闘気を込め、人差し指の先から光条を放つ。

 光条は途中で分裂し、放物線を描くようにヴェルディエへと殺到する。


「なるほど、確かにこれは危険な攻撃じゃのぉ。しかし、当たらなければどうということはないのじゃ」


 神境智證通と神速闘気を併用して光条を躱すと、アルティナに肉薄し、黒い稲妻を纏った掌底を放った。


「震雷八卦掌」


 その一撃を浴びたアルティナは一瞬にして黒焦げになり、ポリゴンと化して消滅する。


「まだです……まだ負けた訳ではありません。妖力式身体強化」


 妖力から実体ある武装を作り上げる『妖術武装』、妖力を駆使して望む姿へと変身する『変身』と共に三大共通妖術の一つに数えられる妖力を纏わせて戦闘力を上昇させる『妖力式身体強化』を発動し、更に武装闘気、神攻闘気、神堅闘気、神速闘気を纏うと「信楽狸分身〜オペレーション・オブ・サーレ〜」を使って八体の分身を生み出し、分身と共に『暴風の撃鎚』を構えると、息の合った連携で一斉に攻撃を仕掛けた。


「――震雷八卦掌」


 その全てをヴェルディエは黒い稲妻を纏った掌底で『暴風の撃鎚』を振り下ろされる前に次々と撃破していく。

 そして、最後の一人――本体のサーレも一瞬にして黒焦げになり、ポリゴンと化して消滅した。

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