【季節短編 2021年お正月SS】

百合薗圓の初詣〜照慈寺で家族や友人達と新年のご挨拶、そして三箇所目の寺には百合鑑賞目的で〜

<三人称全知視点>


 園村白翔――高校生の冬。


 百合薗グループの面々は毎年の年中行事である正月の初詣に今年も赴いていた。


 圓、月紫、陽夏樹、蛍雪、香澄、ラツムニゥンエル、ホワリエル、ヴィーネットは振袖姿、三國は着物姿、化野、斎羽、高遠は羽織袴姿で、柳だけが執事服姿と明らかに浮いている。


 圓達が照慈寺の境内に赴くと、丁度迦陵の指揮のもと、弟子達が餅をついているところだった。


「「「「「「「「「「「「「明けましておめでとうございます」」」」」」」」」」」」」


「明けましておめでとう。圓さん達の振袖姿、今年も似合っているね。さあ、沢山餅をついているから食べていくといいよ」


 本殿でお参りをした圓達はそのまま弟子達がついた餅を御相伴に預かることにした。

 圓達が餅を食べていると、新たに何人か参拝者が長い階段を登ってくる音が聞こえてきた。


「明けましておめでとうございます、清之丞さん、満剣さん、雪風さん、遥さん、祓齋さん、凉華さん、勇悟さん」


「明けましておめでとう。やっぱり、圓さん達も来ていたか」


 清之丞達は巨大駅迷宮の怪異の討伐事件を機に迦陵と面識を持ち、それから毎年決まって正月に照慈寺で初詣をすることにしているらしい。

 祓齋、凉華、勇悟の三人も圓がこの照慈寺で毎年初詣をしていることを知り、毎回圓達が訪れる元日の早朝のタイミングを狙って初詣を行うこと年中行事となった。


「そういや今年は小豆蔲さんはいないみたいだけど、圓さんは何か聞いていないか?」


「小豆蔲さんなら、今来たみたいだよ」


 燃えるような赤髪を持ち、二本の小さな角を持つ真っ赤な紅葉の振袖姿の見覚えのある少女は、濃紺の着物姿の濡羽色の髪を持つ絶世の美女と、美しい碧玉色の髪を持つ女性を伴って境内に現れた。


「明けましておめでとうございます。小豆蔲さん、久遠さん、智美さん」


「「「明けましておめでとうございます」」」


「そういえば、清之丞さん達は面識が無かったねぇ。玉藻久遠さんは三大妖怪の九尾の末裔で、玉藻前の娘に当たる方、八岐やまた智美ともみさんは三大妖怪の八岐大蛇の末裔にあたる方だよ。二人は小豆蔲さんの友達でねぇ、今日は小豆蔲さんに初詣に誘われたんじゃないかな?」


「そういうことになるね」


「……しかし、本当だったのですね。《鬼斬機関》が鬼や妖怪を安易に狩らなくなったのは。私や久遠さんの正体を知っても剣を向けられませんし。まあ、向けられたら全力で戦うつもりではいましたが」


「智美さん、恐ろしいことを言わないでください! 私はクソ雑魚なんですよ! 鬼斬相手に戦ったら絶対に負けちゃいます!」


「あの中華の殷王朝を酒池肉林で満たして崩壊に導いた妲己の子孫なんだから、久遠さんだって戦えるんじゃないかな? 誘惑の術テンプテーション!」


「や、やめてください! 私はそんな破廉恥な真似絶対にしませんし、私にそんな魅力はありません!!」


「……どっちかっていうと、美貌があるけどそれを無理矢理誤魔化そうとして誤魔化し切れていない感じだよねぇ。聞いたよ? 職場では高嶺の花だって」


「私は高嶺の花ではありません! ぼっちなオタク女です!!」


 灰色のジャージを着て部屋の中でゲームをし続けているゲーム廃人の普段の姿を脳裏に浮かべ、なんとも言えない表情になる圓。


「まさか、本当に三大妖怪が存在しているとはな。御伽噺の類かと思っていたんだが。あっ、俺達鬼斬機関はお前達と敵対するつもりはないから安心してくれ。……後、天狗が居れば完璧なんだが」


「天狗なら存在するよ? 大天狗や烏天狗――鞍馬山辺りは彼らのテリトリーだね」


「マジで三大妖怪全部生存していたのか……ってか、迦陵和尚はなんでそんなこと知っているの?」


「……迦陵和尚だったか? そもそも彼は本当に人間なのか? 私以上に妖怪じみている気がするが」


「智美さんの指摘は的を射ていると思うよ。漏尽の域に到達して身体を捨てているからねぇ。まあ、実質不老不死になっているってことだねぇ……本当にいつから生きているの?」


「はてさて、僕も年齢に興味が無くなってから随分と経つからね。少なくとも、室町時代から僧兵として忍の術を使って暗躍していたと思うよ」


 冗談なのか本気なのか分からない迦陵の言葉だが、実際に室町以前から普通に生きている財閥七家の面々がいることを圓達は知っているため、仮に事実だったとしても不思議なことは何もない。


「さて、そろそろボク達はお暇させてもらうよ」


「圓さんはまだまだ巡るところがありそうだからな。交友関係が広いって本当に大変そうだよな」


「それはこっちのセリフだよ。財閥七家ともなると人間関係大変でしょう?」


「まあ、そうだな。なんか色々面倒だから毎年元旦はこうやって初詣に逃げてくるんだが……」


 毎年仕事を放り出して初詣にやってくる清之丞に圓達は鬼斬も魔女も妖怪も忍者も天使も悪魔も関係なく揃ってジト目を向けた。



 次に圓達が訪れたのは村雨神社だった。

 村雨神社は圓が融資している破産寸前だった神社で、現在は村雨むらさめ雨月うげつという宮司が数人の巫女と共に切り盛りしている。


 圓がホームページにあるバナーを設置させてもらう代わりに援助を始めたこの神社は、照慈寺としっかりと棲み分けがなされ、裏世界の住人達が集まる照慈寺とは異なり、表向きの顔で圓が融資をしている者達が初詣のために集まる。


 この二箇所目の初詣は、圓、月紫、陽夏樹、ホワリエル、ヴィーネット、柳というメンバーに固定されつつあった。

 化野、斎羽、高遠の三人は正月にも拘らずそれぞれの仕事に戻るのがいつものパターンとなっており、ラツムニゥンエル、三國、香澄の三人は一箇所だけで十分だと考えているようだ。着なれない着物や振袖をさっさと脱いでしまいたいという気持ちもあるらしい。


「お久しぶりです、圓さん。皆様、明けましておめでとうございます」


「明けましておめでとうございます……やっぱり、今年も巫女の中に紛れていましたか、皐月凛花さん」


 巫女の中に混ざり込んでいた凛花を目敏く見つけた圓が声を掛ける。

 毎年、マネージャーの木崎紗都美を撒いてこの神社に初詣にやって来る凛花は毎回巫女の中に紛れ込んで圓達の到着を待つ。その行動力で滄溟とデートをすればいいんじゃないかと思う圓だが、どうやら一筋縄ではいかないらしい。


「さて、そろそろみんな集まってくる頃かな?」


 圓が時計を確認して視線を戻した丁度その時、いくつもの砂利を踏む足音が圓の耳朶を打った。

 やって来たのはノーブル・フェニックス社の高槻斉人と飯島綸那、鳳鸞醸造の雪城真央、映報アニメーション株式会社の月見里男爵、本荘美玲、首藤美沙、棕梠森寿樹、岡部一清、声優の日向梓、中森麻衣奈、茅原鈴、音響監督の波来昭四郎、KARAMARU書房の編沢結友奈、喫茶店Eine kleine Nachtmusikの梅田成幸――彼らがやってくるのは偶然ではない。

 実は毎年、圓がこの時間にみんなで初詣をしようと誘い、それが年中行事と化しているのである。

 かつては国民的人気女優に黄色い声を上げていた面々もいたが、毎年繰り返してくるとそのようなことも無くなってくる。


「圓さんは相変わらず可愛いなぁ。振袖、似合うてんで」


「飯島さんもゴスロリ似合っているよ。やっぱり可愛い人が可愛いものを着ると凄いよねぇ」


「全く、圓さんは上手いこと言うてくるなぁ」


 飯島はゴシックロリィタを愛好して金髪縦ロールのお嬢様風の見た目にしているアートディレクターだ。

 近江国出身で上京するまでは地味でおしゃれとは無縁だった過去があり、フリルやレースがついた服を好んでいる彼女は、服装の趣味に関しては圓と気が合うのだが、とにかく筋肉と男×男を愛している性格のため、ゲーム制作においては圓や高槻とは常に敵対関係にある。

 無類のショタ好きとBL好きである雪城と組んで三竦みを形成する重要人物で、ノーブル・フェニックスに出資している出資会社の鳳鸞醸造所属のプロデューサーでありながらバイトと企画担当ディレクター兼キャラクターデザイナー兼シナリオライターに比べて発言力が劣る雪城にとっては戦友のような相手である。


「相変わらず、凄いメンバーが揃っていますね。ノーブル・フェニックス社の中核を担う皆様に、映報アニメーション株式会社のアニメーターの皆様、人気声優に朝ドラ女優、有名音響監督、KARAMARU書房の編集様……ただの喫茶店のマスターが浮いていますね」


『マスター、そんなことありません! 梅田さんだって負けていませんから!!』


「ヴィーネットちゃんのいう通りだよ。ここに集まった友人達は掛け替えの無い人達ばかりだ。ただし、高槻――君だけは微妙だけどねぇ」


「ふん、私だってお前を認めた訳ではない。お前は百合に傾倒し過ぎている! もっとケモ耳をゲームに投入すべかだと言っているだろうッ! 今回も沢山新作ゲーム用のキャラクターデザインの原案を書いてきた。今日こそお前にケモミミの良さを認めさせてやる」


「……お正月にまでゲーム作りを持ち込まれてもねぇ。というか、ボクはケモミミは認めているよ? ただ、高槻さんはケモミミに拘り過ぎだし、ケモミミの女の子は可愛いけど、ケモミミの毛深い男は無し寄りの無しだって話」


「何言うてるの? どうせケモミミにするなら男や男。毛深い男やら最高、男臭いシチュエーションこそ萌えるやろう?」


「そうです、飯島さん! もっと二人に言ってください! BLは最高なんですよ! 皐月さんもそう思いませんか!?」


「……私はNLがいいと思います」


「皐月さんはナチュラルラブ枠だからねぇ。三角関係、あれから進展した?」


「三角関係どころか、そもそも滄溟君との関係が進展していないのですが。……本当に心配です、滄溟君は高嶺の花ですから」


「あの、皐月さんのような人気アイドルにも高嶺の花な存在っているのでしょうか?」


「梓さん、皐月さんが想いを寄せている玉梨滄溟君はなかなか凄い人でねぇ、将来はきっと電脳医療の第一人者になるような人なんだよ。しかも、幼馴染に強敵が居てねぇ。このままだと負けちゃうかもしれないんだよねぇ? 皐月さん」


「正直、難しい戦いになると思います。……ところで、ずっと気になっていたのですが、圓さんはどこで滄溟君と知り合ったのですか?」


「彼の父親の玉梨泡松さん――皐月さんにとっては『息子さんを私にください』って言わないといけない恋のラスボスキャラみたいな人なんだけど、元々は彼との繋がりがあってねぇ。「電界接続用眼鏡型端末」の「脳に対してデータを送受信できるシステム」を開発した技師である彼から依頼をされてから、息子さんの滄溟君のことを見守ることにしたんだよ。まあ、ボクはやや皐月さん寄りだからねぇ。幼馴染に勝利して欲しいとも思うけど、でも、やっぱり幼馴染は負けるのがテンプレなのかもしれないよねぇ」


 さりげなく、咲苗と恋仲になる可能性を全否定する圓。咲苗と巴がここにいれば、確実に発狂するか、それでも諦めず決意を新たにしただろう。


「そういえば、上総国出身のSさんから年賀状届いた?」


「はい、沢山のマルセリーナ宛ての年賀状が届きましたよ!」


「……ここまで来ると、変質者の域よね。愛がいき過ぎて……ということにならないといいのだけど」


「首藤さん、その懸念もっともだけど、彼はそんな人じゃないからねぇ」


「「「圓さん、もしかして上総国出身のSさんの正体を知っているのですか!?」」」


「あっ、中森さんと茅原さんも気になっていたんだねぇ。そうだねぇ、個人情報に関わることだからあまり言えないんだけど、強いて言うなら『Eternal Fairytale On-line』の五大戦闘系ギルドのギルマスの誰かかな? ナンパな三枚目でモテない女好きという残念な人なんだけど、まあ憎めない人だし、実はいい人だからねぇ」


「もしかして、上総国出身のSさんの正体はあの人なのですか!?」


「皐月さん、もしかして知っているの!? えっ、どうして!? あの、教えてくださいませんか!!」


「まあ、それくらいにしておこうよ。きっと出会う時は出会うだろうしねぇ。……さて、そろそろボクは次のところに行かないといけないから」


「珍しいですね、圓さんが三つ目の初詣に行くなんて」


「見たい百合があってねぇ」


 圓は年初めから平常運転だなぁ、と思う一同であった。



 振袖を着た咲苗と巴は幼馴染の曙光、荻原の四人が近所の神社に初詣に行った。

 イケメン、美少女の四人が集まっていることもあり、黙っていても人目を引いて人集りができるのだが、初詣ということで羽織袴や振袖姿の四人はいつもよりも着飾っている分、余計に人目を集める。


 しかし、今年は何故だか一眼を引くことはなかった。

 二人の埒外の美貌を持つ女性・・が初詣に来ていたからである。


 少女の可憐さと女性の美しさが共存した埒外の美貌を持つ美少女と、刃のような冷たさを感じさせる研ぎ澄まされた美しさを持つ少女。

 美少女と言っても過言では無い咲苗と巴に注がれていた視線を全て飲み込んでしまうほど、その二人は異次元の美を称えていた。


「綺麗な人達だな」


「そうだね。どこかのモデルさんかな?」


「そんな人達がこんなところに来るかしら? ……しかし、とても凄い美しい人達ね」


「……もしかして、あの子って私が探している」


 謎の少女を前に呆然とし、辛うじて呟かれた親友の言葉を耳にし、巴が慌てて少女達の元に走り寄ろうとすると、既に二人の姿は跡形もなく消え失せていた。


「咲苗、見間違いとかじゃないわよね」


「……うん、きっとあの子だったと思う。昔から可愛かったけど、何か凄まじく可愛くなっていたよね」


「良かったわね。……でも、なんで折角姿を見せてくれたのに、すぐに姿を消してしまったのかしら?」


(……話せる訳がないじゃないか。ボクは咲苗さんではなく月紫さんを選んだんだから。それに、ボクはボクの手で百合を、巴さんと咲苗さんの関係を引き裂きたくはないからねぇ)


 気配を消して物陰に隠れる圓は百合に悶えながら、冷静にそう巴の言葉に心の中で返答する。

 月紫を選んだことに圓は何も後悔していない。心から好きだと言える月紫と出会って、沢山の家族と出会って、今の圓は幸せなのだから。


(……咲苗さんと巴さんが幸せなら、それでいい。さて、ボクも当初の目的は達せられたけど……まだ、名残惜しいからもう少し百合を眺めていたいなぁ)


 かつて「擦れた子供らしくない子供」であった圓に友達になろうと言ってくれた、可愛らしい少女の姿を今の咲苗に重ね、圓は二人の仲睦まじい百合を名残惜しそうにいつまでも見つめていた。

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