Chapter 8. 王女宮筆頭侍女の過酷な日常
Act.8-0 幕間 神々暗躍 scene.1
<三人称全知視点>
『皇帝カエサルが逝ったか……』
世界から隔絶された虚空を漂う紡錘形の浮遊城――《紡錘巨空城-レモンズ・シャトー-》。
無数の
波打ち煌く金糸の髪、鮮血を連想させる真紅の瞳、その容貌はぞっとするほど見目麗しく整っている。白く滑らかな剥き出しの肩、大きく開いた胸元から覗く豊かな双丘、すらりと伸びる白魚の如き指先、艶かしいスリットから伸びるスラリとした美しい脚線、その肢体はいかにも過不足ない完璧なプロポーションを誇り、身に纏う仄かに漂う妖しい色香がその妖艶さを増幅させる。妖艶にして、耽美。
その憂いの表情は、もしこの場に信徒達がいれば世界の存亡を憂う女神の姿とでも評し、益々信仰心を高めるような類のものであるが、無論この神の頭には世界を憂う気持ちなど微塵もなく、死んでいったカエサルに対しても『どうせ圓にくれてやるくらいな、唯一神の中では比較的に殺しやすかったカエサルを殺しておくべきだったな』と思うなど微塵も彼の死を悼む気持ちはない。
だが、シャマシュにとって、カエサルの死は大きな出来事だった。
無論、今後の反面教師にするという意味で、だが……。
カエサルからの連絡が途絶え、ルヴェリオス帝国がルヴェリオス共和国に改まり、革命が成功した今、カエサルの死は最早確定となった。
カエサルの死自体はシャマシュにとっても『管理者権限』丸々一つをハーモナイア、或いは
シャマシュが貸した召喚の秘儀については、何が召喚できるか分からない代物だから失敗した可能性も十分に考えられる。
問題はメランコリーが貸し与えた援軍――『強欲』だ。
メランコリーが枢機司教の中でも最強と太鼓判を押していた『強欲』のグリード。その能力については他の枢機司教と同じく謎に包まれているが、そのグリードが敗れたというのは見逃すことはできない事態と言える。
シャマシュは自分の力を微塵も疑っていない。
かつて、天空神アヌ、大地の神エンリル、深淵の神エンキの三大神を始めとする多くの神が存在した時代に、覇権を巡って争い、そのほぼ全ての神の神殺しを達成し、唯一生き残った嵐と慈雨、雷の神でバアルゼブルという別名を持っていたイシュクルも外宇宙へと追放することに成功し、唯一神の座を手にしたシャマシュは自らが強者であることを強く実感していた。
その神代の大戦で力を大きく削がれることになったが、長期間の休息によって削がれた力の大半を回復し、更に魔族の中でもその強大な力から恐れられていた吸血鬼の国で絶大な力を持っていた姫の体を奪うことでこれまで持ち得なかった闇の力をも手中に収めた。
アイオーンによれば真祖クラスに匹敵するという吸血鬼の姫を依代にするために、当時存在した吸血鬼の国を半壊に追いやり、吸血鬼を絶滅危惧種になるほど殺すことになったが、シャマシュにとっては大した痛手にはならなかった。
神の名の下に人間と魔族を殺し合わせるのもまた一興と思っているシャマシュではあるが、そのような遊戯は真の唯一神になってからでもいくらでも興じることができる。それよりも先決なのは、他のライバルの神々やハーモナイア・ローザ陣営の排除だ。
今回の戦いを経て、ローザが無視できぬ存在であることを実感したシャマシュは太陽神としての力と、太陽を克服した吸血姫の力――その二つに使徒たる天使達を加えた全戦力を持ってしても、ローザに勝てない可能性を視野に入れるようになった。
召喚勇者の中にいた瀬島派と名乗った連中については実力こそ確かだろうが、あまり信用することはできない。
彼女から提案された、魔法の国の人造魔法少女一万体と、八賢人の現身一体という戦力もどこまで信用していいものか分からない。
以前から石橋を叩いて叩き壊した挙句、自分が納得できる強度の橋を掛けるくらい慎重居士な性格のシャマシュは自前で新たな戦力を用意する構想をカエサルの敗北を察した段階から立て始めていた。
その手にあるのはかつて自らの手で殺した神々の根源――神核などと呼ばれるもの。
神殺しと呼ばれる一連の神代の大戦で、シャマシュは神々の魂である神核を滅ぼすことなく全て回収していたのだ。
ルヴェリオス帝国の魂を伴わない騎士や、現在のシャマシュの切り札である百合薗圓の死体から作り出した紛いものとは違う――正真正銘魂を伴った個体となれば、その力はただのデータに過ぎない人形よりも遥かに強大な力を振るうことができるだろう。
魂を伴わないデータを基にした戦士と魂を伴った戦士の戦闘力の差は、瀬島派を名乗った魔法少女の協力者で死霊術師が死霊系の操魂術や縛魂術などと呼ばれる魂を操る系統の力で修復し、無傷の肉体に再憑依させることで擬似転生を果たした聖代橋曙光、鮫島大牙、東町太一の三名の実験から証明されている。
召喚勇者の監視と、
魂を斬られた者は死ぬ――それが、自然の摂理だが、死霊術を使える「
『僕は自然死に見せかけた暗殺を行う死神であって、こういう死霊術? みたいな非自然的な力は使いたくないんだけどさ。僕には僕のポリシーがあるのに、毎度毎度……それに、百合薗グループと敵対するなんてそんな命懸け、本当はしたくないんですよ!
『田井中さん、そんなよく分からないポリシーは犬にでも食わせなさいって先生は何回も言った覚えがあるんですが、覚えてませんか? ……よくお分かりだと思いますが、酒癖の悪く家庭内暴力を頻繁に振るう父と、そんな父に怯え、弱い娘に当たる母を自然死に見せかけて暗殺した田井中一家殺人事件、あの事件を真相を秒で解明した閃君が貴女を捕まえずに別の犯人をでっち上げて解決して貴女に偽の戸籍を用意したのは、貴女が私達にとって都合がいい道具になると確信していたからですからね? 貴女なんて先生が変身せずとも鼻歌歌いながら始末できるんですから、そのことをよく覚えておいてくださいね』
「
使徒天使に預けられた三人は現在、様々な調整を加えられている最中である。ローザとの戦いでは魂を伴わない百合薗圓と共に手札の一つとして運用するつもりでいた。
『ただ神々を蘇生しては反乱されるやもしれん。魂に調整を加えた上で蘇生するべきだろう。……あの蘇生した召喚勇者共にも細工をせねばならんな』
召喚勇者達が手に入れたスキル――その全てを使いこなすことができるシャマシュは、辛酸を舐めさせられた神々を屈服させる瞬間を思い浮かべ、舌舐めずりをした。
◆
「『怠惰』に続いて『強欲』までむざむざと殺されたって本当? 空の玉座に座る『憂鬱の魔人』だかなんだか知らないけど、大口叩いていた割に無能だったってことが明らかになって良かったわね」
真紅の薔薇を彷彿とさせるドレスに身を包んだ赤い髪と灰色の瞳の印象的な悪女顔の令嬢は扇で口元を覆いながら嘲笑を浮かべる。
彼女の名はローザ=ラピスラズリ――乙女ゲーム『スターチス・レコード』の悪役令嬢にして裏ボス令嬢である。
そんな彼女と相対するのは『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』の『管理者権限』保有者にして空の玉座に座る男――メランコリーだ。
半分が焦げ茶色、半分が長く透き通る白金の髪を頭の後ろで縛った、黒縁眼鏡を掛けた、銀色の虹彩と強膜の境目のない波紋のような模様の銀の瞳を持つ黒スーツ姿は、ローザに嘲笑われても顔色一つ変えず、ブラックコーヒーを口に運ぶ。
「何一つ問題はありませんよ? 元より『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』の『管理者権限』は全て私の手中にあります。彼らが持つのは所詮、その複製に過ぎません。ゲーム時代には引力と斥力しか使えなかった私も、今では全ての権能を手中に収めています。番外の『虚飾』――事象の書き換えを含めて全てね。それに、今回の件は私にとっても都合が良かったですから……おかげで、『強欲』が保有していた分魂魄を全て手中に収めることができましたし、圓に『強欲』をくれてやってもあまり痛手にはなりませんからね」
不可視の手でカップを机に置きながらメランコリーは不敵に笑う。
『唯一神』同士対等な関係にありコンビを組んでいる二人だが、その仲は良好とは言えない。無論、メランコリーがコーヒー党で、ローザが紅茶党であるという趣味の違いは全く二人の不仲には関係がない。
情報の交換こそ行っているが、二人はチャンスがあれば互いに互いを蹴落とそうとしている。
面と向かって争わないのは、メランコリーは裏ボス令嬢であるローザの強さを理解しているからであり、同時にローザもまたメランコリーの強さをよく知っているからである。
『スターチス・レコード』の最強議論に必ず名前が挙がるトップツーであり、これまでは裏ボス令嬢ローザの方が強いという意見が多数だったが、メランコリーが九大罪を全て揃えたことでどちらが強いかの判断は難しくなっている。
「それで、この後はどのような予定なのかしら?」
「私はしばらく静観させてもらいます。君はどうしますか? ローザ嬢」
「うふふ、既に行動は始めているわ。私は高貴だからわざわざ出向いてやるつもりはないわ。悪役令嬢は主人公の手で討たせればいい。かつて、私を断罪した時のようにね」
漆黒に染まった元は高価な銀の鏡であっだと思われる手鏡を取り出し、ローザは不敵に笑う。
「なるほど、なかなか面白そうな趣向ですね。ところで、私が属している派閥にアイオーンという唯一神がいるのですが、神を狩るつもりならアレは最後にした方がいいですよ? アレは危険です」
「ご忠告どうも。だけど残念ね、私は最強なのよ? あのアイオーンって偉そうな神も跪かせてやるわ」
「……伝わらなかったようですね。まあ、どちらでも私は構わないのですか」
あの化け物級のアイオーンがこれ以上力をつけることがないよう心の中で祈りながら、メランコリーは異空間の庭園を後にした。
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