【キャラクター短編 邪馬凉華SS】

毒と薬は紙一重ですが、呪と薬は紙一重ではありません!

其國本亦以男子為王 住七八十年 倭國亂 相攻伐歴年 乃共立一女子為王 名曰卑彌呼 事鬼道 能惑衆 年已長大 無夫婿 有男弟佐治國 自為王以來 少有見者 以婢千人自侍 唯有男子一人給飲食 傳辭出入 居處宮室樓觀 城柵嚴設 常有人持兵守衛


      ――『三国志』魏書東夷伝倭人条――



<三人称全知視点>


 邪馬台国という国がかつてあったという。機内説と九州説、邪馬台国がその後大倭朝廷になった……など、様々な考察がなされているが、それは裏の世界の事情を知らない学者達の勝手な考察の域を出ない。


 邪馬台国は九州に実在した国家だ。元々男王が治めていたが、卑弥呼という巫女を王に共立することによって混乱が収まり、邪馬台国連合が成立した。

 その後、卑弥呼の死後に混乱が広がったが卑弥呼の宗女である壹與が女王に即位したことで混乱が収まった。


 弧状列島を支配しようとして猛威を振るった邪馬台国だが、大倭政権との戦いに敗れて女王壹與は命を落とす。しかし、側近の一人が壹與の妹を連れて逃げ、その後邪馬家は代々鬼道――東洋呪術を継承しながら現代まで生き永らえてきた。

 かつての邪馬家の子孫達は邪馬台国再興を目指して主に陰陽師達と死闘を繰り広げてきたが、室町の世になる頃には既に邪馬台国再興を諦めて平穏な日常を求めるようになった。


 長きに渡り日陰で暮らしてきたが、江戸の頃に欲を出した邪馬家の当主が商売に手を出して巨万の富を築いてしまう。目立った結果江戸幕府によって邪馬家は調べられ、結局邪馬台国の女王の末裔であることがバレてしまった。その後は政府によって財閥七家の一つに数えられるようになり、現在に至る。


 邪馬財閥の創業者一族の現当主、邪馬凉華は江戸時代の呉服屋を基礎とした百貨店経営を引き継いだ。また、服飾方面にも手を伸ばし、ファッションデザイナーとしても知られている。


 呪術と聞くと陰険なイメージを抱くかもしれないが、凉華は寧ろ陰険とは無縁の健康的な女性でスポーツ好きのアウトドア派だ。学生時代はバトミントンの選手として全国大会にも出場した経験があるが、他の部活にも助っ人に呼ばれるほどの実力があった。まさに、スポーツ万能少女というイメージの女性である。


 本人は寧ろ呪術を嫌っている節があり、自衛のために必要なことと割り切って呪術を継承しているが、呪術士としての本業は「呪術に対する防衛術」の伝道師であり、様々な呪術に対する防衛術を講義などを通じて伝授している。


 そんな凉華に最近呪術師の弟子ができた。

 同じ財閥七家のような扱いを受ける新世代の成金達の一人、百合薗圓だ。

 ほぼ同時期に巨万の富を蓄えて新世代の成金達の一人となった【経済界のナポレオン】才岳龍蔵のような嫌味はなく、その人に寄り添って人と人とを繋げる生き方やその優しい性格を知る者からは同情され、新世代の成金達認定をされた時に挨拶に訪れた財閥七家の当主達とも良好な関係を築いている。


 その圓がある日、凉華に呪術を教えて欲しいと頼んだ。

 「誰か呪いたい人でもいるの?」と尋ねた凉華だが、「大切な家族を守るために様々な技を得ておきたい」というその問いに対する圓の答えを聞いて共感し、危険性を説明した上で弟子入りを認めたのである。


 圓が弟子入りしてから数ヶ月後には既に邪馬家の十八番――「蠱毒」とその派生も完璧に習得していた。

 凉華でも母から(邪馬家は代々女性が当主を務めることが決まっており、よっぽどのことが起こらない限りは女性のみに呪術が伝えられる女系一家である。頑なに女系に拘るのは男系に拘る神帝家に対するライバル心が今でも受け継がれているとかなんとか。更に余談だが、女系神帝という考えもあったが幾度も議会で否決され、最早話題にすら上がらなくなっている)呪術を学んだ際には完全習得まで五年を要した。圓の呪術習得の速度は最早異常と言える領域である。


 後に勇悟から聖術に関しては「いい線を言っているが、とても一流にはなれないレベル」という評価をされ、雪風からも「霊力が一流の鬼斬になれるほどではなく、鬼斬の技の実力もまだまだ未熟」と評価されており、陰陽術も含め全体的に特殊能力系はそれほど高い適性を持たないが、常夜流忍暗殺剣術、常夜流忍術、近接無手格闘術、近接野戦短剣術、東洋呪術、静寂流十九芸に関しては常人離れした適性がある。

 実は圓と東洋呪術の相性はいいのだ。その理由としては、しっかりと手順を踏めば誰でも扱える技術であるということがあるだろう。それ故に、東洋呪術は門外不出のものとして秘匿されてきたのである。


 圓は弟子入りをしてから数ヶ月で呪術を習得し、百合薗邸と凉華の屋敷を行ったり来たりする生活は終わったのだが……ある日、圓は柳と共に手土産のケーキを持って凉華の屋敷を訪れた。


「ケーキありがとうございます。圓さんのケーキって美味しいですよね! ケーキ屋さんとか開かれたらどうですか?」


「ケーキ屋や喫茶店に投資したことはあるけど、自分で店を開くのはねぇ……。まあ、こんな素人のお菓子だけど、気に入ってくれたのなら嬉しいねぇ」


「……柳さん、圓さんはいつもこんな感じなのですか?」


「圓様は謙遜が服を着て歩いているようなお方ですからな。それでいて、京の都の方々のように言葉の中に皮肉を込めることもございますから、その言葉の真意を読む耳を養うことが必要でございますね


「……柳さん、酷くない!? ボク、謙遜とかしていないし、ついでに皮肉を込めたりしていないよ! 大体、ボクなんて平々凡々なんだから相手を見下すとか無いって!」


「常に正々堂々、弱者だろうと強者だろうと容赦なく叩き潰す、素晴らしいお考えですね」


「柳さんこそボクの評価がおかしくなっていない? まるで外道か悪魔か鬼畜みたいじゃん」


 「流石にボクも傷つくよ」と悲しそうな演技をする圓。どうやら全く精神ダメージは入っていないらしい。


「それで、本日はどのような用事ですか? 私の教えられることは全て教えた筈ですが」


「今日はアドバイザーとしてお願いしたいことがあってねぇ。蠱毒の虫を使って漢方を作れないかって思っているんだけど」


「…………はぁぁぁぁぁぁ!? な、何を言っているんですかッ!? というか、正気ですか!? ちゃんと圓さんには蠱毒の恐ろしさを説明致しましたし、ちゃんと圓さんもご納得してくださいましたのね!! 蠱毒は危険です、本当に洒落にならないくらい危険なんです! 毒を持って毒を制すの典型なのです! それを漢方になんてできる筈がありませんよ!」


「まあまあ落ち着いて、ちゃんと理解しているから。……ただ、蠱毒の持つ膨大な呪いのエネルギーを反転させれば脅威的な回復力、或いは生命力になるんじゃ無いかと思ってねぇ」


「……前代未聞の話ではありますが、もし呪いを反転させることができれば膨大な生命エネルギーを体内に取り込む薬を作り出すことができるかもしれませんね。勿論、かなり危険な博打にはなるでしょうが……しかし、圓さんは何故そのような薬を欲しているのですか?」


「仕事の関係で六徹とか七徹とかしていると身体が動かなくなってくるからさっと体力を回復してエネルギーを補給できる薬を作りたい、というのもあるんだけど」


「……まず、六徹、七徹という時点で驚きですが……そんなことやっていて倒れませんか?」


「圓様は一ヶ月に数回は唐突に意識を失います。睡眠の限界に達した時ですね……ただ、数時間寝るとすぐに起きて仕事に戻ってしまいますが、正直こんなボロボロでよく平気で徹夜できると思います」


「酷くない、柳さん? まあ、ボロボロだろうと身体は動くし問題ないんじゃないかな?」


「早死にすると月紫様が悲しみますよ」


「…………うーん、それを言われると困っちゃうよねぇ」


 圓は本当に困り顔で、「でも、ボクはボクの生き方を変えるつもりがないからなぁ」と続けた。例え、家族が心配しても圓はきっと生き方を変えないだろう。

 沢山の誰かを幸せにして、ついでに自分も大好きな趣味を好きなだけやって幸せになって……そう言った生き方以外を知らないし、例え知ってもきっと変えたいとは思わないだろうから。


「まあ、それもあるんだけど今の最優先事項はボクのオリジナルの剣技でねぇ。この鍛錬が割と体力を使うんだよ……身体に尋常じゃない負荷をかけるしそこまで長期間やれないんだけど、生命力を活性化させられたらもしかしたら復活も早くなるんじゃないかって思ってねぇ」


「……どのような剣技なのですか?」


「うーん、理論上は全ての筋肉を一律で動かし、初速や終速の概念が存在しないゼロから百への極限の静動を旨とする剣技かな? ただ、習得するためには人間が瞬時に発することができる脳の信号量では足りないし、人間が通常では動かせないペースメーカー細胞までも自在に動かす必要がある。まずはより短くより情報密度の高い戦闘用の脳の信号を作るところから始めないといけないんだけど、これがまた難しくてねぇ」


「何を言っているのかさっぱりだわ」


「私も圓様からお話を伺いましたが、さっぱり理解できませんでした。いずれにしても、人外の域に達した剣を習得するためには茨の道を進む必要があるということでしょう」


「まあ、そういうことだねぇ。試行錯誤が必須だし、まだまだ先は長そうだけど……ということで、蠱毒を使った漢方があったらいいんじゃないかと思って」


「そういうことなのですね? ところで、今はどのようなものを使っているのですか?」


「黒蜥蜴茶をベースに井守の黒焼、冬虫夏草、高麗人参、リュウガンニクなどなど様々なものを絶妙なバランスで配合しているものだよ?」


「井守の黒焼って滋養強壮というより、あっち方面の効能だった気がしますが?」


「まあ、漢方っていうのは望んでいる効能だけじゃなく複合的に効果があるものだからねぇ。最近融資している漢方屋さんと試行錯誤して作り上げたものなんだけど、これがまた不味い上に臭くてねぇ」


「……そんな不味くて臭いものをよく飲めますね」


「慣れると案外癖になるよ? ということで、やっぱり専門家にお願いしたくてねぇ。蠱毒の反転、もし完成したらそれ相応の報酬をお支払いしたい。勿論、お金だけじゃなくてボクの支払える範囲だったらどんなものでもお支払いするよ」


「最初は驚いたけど、でも面白そうね。謹んで研究させて頂くわ。報酬は……そうね、完成するまでに考えておくわ」



<三人称全知視点>


「懐かしいことを思い出しちゃったわね」


 古代の巫女のような衣装を身に纏い、胸元に勾玉を下げた戦衣姿の凉華はポケットから取り出したお守り代わり・・・・・・のハンカチを取り出して微笑みを浮かべた。

 そのハンカチはこれから決戦に挑む凉華の緊張を軽くしてくれる。


 結局、凉華には蠱毒の呪いを反転させることができなかった。圓の願いが叶えるには瀬島新代魔法の登場を待たなければならなかった……が、圓はそこまで研究をしてくれた凉華の努力に何も対価を払わないというのは道理に合わないと願いを叶えると約束してくれた。

 その時、凉華が願ったのが圓手製のハンカチだった。本当は邪馬財閥傘下のファッションデザイナーが唸るほどの服飾の腕を持つ圓に服を作ってもらいたかったが、流石に何も結果を残せなかった凉華にそのようなことを注文する度胸は無かった。


 ……まあ、どういう訳かその後ハンカチと一緒にハンカチと似た雰囲気のワンピースが届き、圓が凉華の願いを見透かしていたことが明らかになった訳だが。


 緑の四葉のクローバーの刺繍が施されたハンカチは凉華の幸運の象徴だ。このハンカチは幾度となく凉華に力を与えてくれた。


 凉華はクローバーのハンカチを握り締め、歩き出す。

 向かうのは秘密結社・呪ノ智慧研究会の本拠地――政府からの多額の資金(裏金)を注ぎ込んで呪殺兵器研究を行っていた瀬島一派の息が掛かった組織の拠点だ。

 無差別に呪いを撒き散らす彼らはかつての邪馬一族の姿を見ているようで胸が苦しくなる。だからこそ、同じ呪術の使い手としてこの戦争で絶対に潰しておくべきだと凉華が自ら決意し、討伐に名乗り出たのだ。


 凉華はたった一人で秘密結社・呪ノ智慧研究会に乗り込み、約一時間で秘密結社・呪ノ智慧研究会の本拠地を制圧した。

 これほど速やかに制圧に成功したのは秘密結社・呪ノ智慧研究会のトップのアルビノの青年――相摸蘩蔞と瀬島一派が研究していた人型の即死兵器の不在が大きく影響していたと言えるだろう。もし、即死兵器が居れば凉華でも勝ち目は無かった。


 結果として、秘密結社・呪ノ智慧研究会を完全に壊滅させることはできなかった……が、凉華自身が無傷で生還できたということが最優先事項だったため、何も被害を受けずに大打撃を与えられたということで十分目的は果たせたと言える。

 ちなみに蘩蔞と呪殺兵器はとっくの昔に大倭秋津洲帝国連邦を脱出し、海外のどこかにある瀬島一派の拠点にいた。即死チートが圓と全面戦争を繰り広げるのはまだまだ先の話である。

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