【キャラクター短編 柳影時SS】

元軍人の執事長〜元101分隊の隊長の後悔〜

<三人称全知視点>


 百合薗邸のある山には墓地も含まれる。

 百合薗グループに勤めている、関わりを持っている者が埋葬を許されるこの墓地には中身が空のものも少なくない。


 執事統括の柳は墓地の一角にある慰霊碑の前で手を合わせていた。

 その石碑にはかつて柳が『戦場で 決して揺れぬは 柳かな』という川柳が読まれるほど、恐怖の存在として捉えられていた頃、共に戦場を駆け抜けた六人の元101分隊の隊員達の名前が刻まれている。


「ここに居たんですか? 柳さん」


「陽夏樹さん、斎羽さん。お二人もお墓参りですか?」


「ああ、俺も朝陽に『これからお前の仇を取ってやる』って報告したくてな。まあ、優しいアイツはそんなことを望んじゃいないだろうけどよ」


「私はお父様に報告をしようと思いまして」


「そういえば、お二方の因縁の相手は田村でしたな。今回の戦いで仇を取れることをお祈りしております」


「そっちこそ、森舞華をきっちり殺して、仇取ってやれよ」


「……まあ、私の場合は朝陽様や枸櫞様と違って生死不明ではございますが」


「どっちがいいか分からないぜ? 死体が出てきた方が区切りが付くって場合もあるんだ。まあ、どっちがいいかってのはその人次第だからな」


「もう諦めていますよ。どの道生き残れたとしてもこちらに帰ってくることは難しいでしょうからね」


 柳の敵はかつて同じ101分隊に所属していた森舞華だった。

 101分隊の軍医で、101分隊の紅一点でアイドル的な存在だった彼女とは元々反りが合わなかったが、出会った当時はここまで嫌悪する関係になるとは柳は思いもしなかった。


「それでは、参りましょうか? 我らの叛逆を――」



 名門森家――代々津和野藩の典医を務め、公武合体と新政権発足が行われた明治以降は元陸軍大臣の山縣有朋によって引き上げられた森林太郎(森鴎外の名で知られる)をはじまりとして大倭陸軍の軍医として一族の者達が次々と出世を重ねている。


 さて、この森林太郎。夏目金之助(夏目漱石)と並ぶ大文豪として知られるが陸軍軍医、文人、そのどちらとしても諍いが絶えず、どちらにおいても問題を抱えた人物であった。


 文人としては『舞姫』に関わる忍月氏との論争、またヒロイン・エリスのモデルであるエリーゼに関する問題。

 また、医学の面では海軍の功績をバッサリと切り捨て、麦飯の導入を認めずに脚気で多くの死者を出したという問題。


 それほどのスキャンダルを抱えながら要職から追放されることなく、陸軍の軍医総監を始めとする地位から転落することなく、死後にようやく麦飯の導入が行われるほどの高い発言力を持っていたことから考えても、陸軍において高い権力を持っていたことは明々白々である。


 そして、その森家の正当な後継者である森舞華もまた、陸軍において絶対な権力を握る女軍医である。

 代々江戸帝国大学の医学部出身の森家出身でありながら、江戸帝国大学に受かっていながら黒澤大学医学部を選択した彼女は、卒業後陸軍医科大学校に入校し首席で卒業、陸軍の軍医となった。この黒澤大学在学中に瀬島一派に加わったと言われ、そもそも黒澤大学を選んだのも瀬島奈留美がいたからという見解が事情を知る者達の定説である。


 当時、鍛え抜かれた身体を駆使したCQBやCQC、他様々な格闘術を組み込んだ白兵戦を得意とした柳は陸軍内部で期待の新人とされていた。

 この華のある二人が所属する隊を作ってみればいいのではないかという話が持ち上がり、創設されることとなったのが101分隊である。


 西野にしの雅之まさゆき南海なんかい武久たけひさ北村きたむら勇士ゆうし東城とうじょう八英はちえい中浜なかはまつばめ灘波なんばじん……当時の陸軍でも高い実力を持っていた六人を加え、柳を隊長に据える形で101分隊は完成した。



「森さんって美人だよな?」


「本当にパイセンは森先輩のこと、好きっすよね。でも、高嶺の花だと思うっすよ? 俺達になんて見向きもしないっす」


「森さんは隊長とお似合いだよな。やっぱり、エリートはエリートとくっつくもんなのか?」


 舞華が席を離れている間に、西野達は舞華を話題にして盛り上がっていた。

 いつもは部下である西野達に時に優しく、時に厳しく接している柳との関係は劣悪ではないのだが、舞華を話題に出す時だけは決まって柳は憮然とした表情を浮かべ、近寄り難い空気感を出す。


 こういった色恋話が嫌い……という訳でもない。男同士の下ネタな話にも柳は案外しっかりと加わってくれるタイプだ。本人は真面目で謹厳実直だが、決してそれを他人には求めない。

 他の隊の隊長に比べれば柳は幾分かマシな方だろう。『鬼の隊長』などと呼ばれることもあるが、それは戦場での修羅の如き戦いっぷりに由来するものであって、柳の人柄を表す言葉では決してない。


「西野、お前達は森が銃を撃っているところを見たことがあるか?」


「いえ、ありません。軍医は銃も扱えないといけないものですが、森先輩が銃を撃つところを見たことはありませんね」


「そうか、お前達は幸運だったな」


 西野達は「柳隊長、おかしなことを言うな」と心の中で思っていたが、当の柳の脳内には凄惨な光景が映し出されていた。

 この事実を西野達が知っていれば、舞華に対する西野達の評価も変わっただろうが、部下思いの柳は無言を貫いた。


 柳も一度だけ見たことがある。戦場を拳銃片手に駆け抜けた舞華は返り血を舐め、愉悦で顔を歪めていた。

 命を救うべき者が、命を奪うことに、殺すことに快楽を覚える。そのサディスティクを通り越した猟奇的な趣味にその光景を見て以来柳は嫌悪感を抱いている。


 医術を施す白衣の天使はまやかしだ。彼女が意図的に作り出した幻影なのだろう。

 その裏には殺しに嫌悪を抱くどころか、殺戮を愉しむ血に飢えた獣が潜んでいる。


 柳達の関係はその食事での会話があったところで変わらなかった。

 大倭陸軍最強を誇る分隊は各地で成果を上げ、賞賛され続けた。


 その101分隊の黄金時代の幕が閉じるのは、柳が圓の仲間となり、執事として第二の人生を始める半年前――101分隊集団神隠し事件が起きた柳にとって忘れられぬ日のことだった。



 その日、柳は陸軍本部に呼び出されていた。その間、101分隊は外国軍の急襲という非常事態が発生――柳が居ない状況で動かざるを得なくなった101分隊は舞華を隊長として緊急任務を開始――その結果、敵国の小隊の撃破に成功する……が。


 緊急事態の知らせを受け、大倭秋津洲から戻った柳が見たものは真っ白な光に包まれた野営地だった。


「あら、遅かったわね。柳さん」


「――森、これはどういうことだ?」


「うちのボスから急遽依頼が入ってね。実験は成功……したみたいだわ」


「何が実験だ! 西野達をどこへやった?」


「さあ? 生憎私も詳しい事情は聞かされていないのよね? もともと興味がなかったことを彼女も知っていたんじゃないかしら?」


「……ただで済むと思うなよ、森ッ!!」


「あら、怖い怖い。こんなか弱い女相手に本気で戦うつもりなんてね」


「か弱ねぇだろ。狂人」


 南部大拳を改良した愛用する骨董品の十四年式拳銃を構えた柳に対し、舞華はデザートイーグルをどこからともなく取り出して構えた。

 舞華の愛用する拳銃――舞華が返り血を浴び、愉悦で顔を歪めた戦場で彼女が持っていた銃だ。


 小柄な人間や女性・子供が撃つと肩の骨が外れるなど誇張した表現がされることもあるが、非力な人物でも正しい姿勢ならば撃つことは可能だ。

 とはいえ、この森はあり得ない姿勢から反動を無視して撃つことができる人外じみた力を持っているが。


「昔から貴方とは反りが合わなかったわね。何度も意見が対立して……そんなに嫌いだったかしら?」


「ああ、嫌いだったよ。軍医の癖に人を殺すことの方が好きな戦闘狂だからな」


「私も貴方のことが嫌いだったわ。だって甘いもの! 軍人の癖に不殺なんて、舐め腐った根性が嫌いだったわッ!」


 後に【白衣の悪魔】の異名で軍上層部から呼ばれることとなる、戦争の際には人を助ける数よりも殺す数の方が多いというほどの戦闘狂な軍医は連続で発砲した。

 柳は弾丸を掠めながらも後退し、距離を取りながら発砲する。


「これならお得意の近接戦闘もできないでしょう! 火精-爆裂灼熱-」


 火の精霊に霊輝マナを供給することで発動できる原初魔法の一つを発動した舞華は爆発し、灼熱の焔で対象を焼き尽くす魔法を柳に放つが、柳は手榴弾を投げて爆発を逸らし、更に閃光手榴弾を投げて舞華の眼を潰した。


「――ッ! どこに行った!」


 舞華は周囲に視線を走らせるが、柳の姿はどこにも見当たらない。どうやら、得体の知れない術まで使う舞華に勝てないと踏んで逃走したようだ。

 あの閃光手榴弾も逃げる前の時間稼ぎだったのだろう。閃光手榴弾を利用して命を奪いに接近してきた柳を返り討ちにする作戦を舞華は立てていたので、逃げの一手を打たれた時に対処の動きが一歩遅れたのだ。


「まあ、いいわ。どうせ貴方に何もできないのだから」


 舞華の言った言葉は事実となった。柳がいくら訴えても舞華が非道な人間であると誰も認めはしなかった。

 101分隊は舞華と柳の二人以外が任務中に殉職したということになり、解体されることとなった。

 しかし、この華のある二人を手放すことは勿体無いと考えた軍上層部は舞華と柳を再び組ませようと動いたが。


「辞表を出させて頂きます。今までお世話になりました」


 柳は軍人を退役し、大倭陸軍を去った。

 その後、舞華をアイドルのように崇める軍上層部は舞華に多くの力を与え、大倭陸軍は瀬島一派の手に落ちる。

 柳を慕う一部の軍人達が退役していったが、舞華にとっても大倭陸軍にとっても大した痛手とはならず、その後舞華は軍上層部を手玉に取りながら次々と出世していき、遂には軍医総監と参謀次長を兼任するほどの立場になった。



<三人称全知視点>


『今は百合薗グループの執事統括の柳だ。大倭陸軍の諸君! 君達はこのままでいいと思っているのか! 果たして売国奴はどちらだ! 国民に目眩しして身勝手勝手を繰り返し、この国を腐敗させて来たのは肥えて太った政治家達だ! あの女狐に騙され、操り人形となっている与党。国民を真に顧みることのない政府。財閥七家という防波堤が無くなった時、彼らは次に国民に毒牙を掛けることになるだろう。諸君、真に国を思うなら戦うべきがどちらかを己が目で見極めよ! 大倭秋津洲帝国連邦を我々の手で滅ぼし、腐敗を一掃し、あの薄汚ない女狐一派を討ち滅ぼす! 真に愛国心のある者達よ! 敵を見定めよ! この国家と心中したいのならば、この柳影時が相手になる!』


「あらあら、困ったわね」


 テレビの放送を見ながら森舞華は全く困っていない風に笑った。

 その眼には懐かしさと激しい闘志の炎が宿っている。殺し損ねた柳への執着は強い。


「しかし、本当に良かったのかしら? このままだと軍部取られちゃうわよ? 陸軍だけだけど。海軍はまだ南郷君が支配していたわよね?」


「別に両方とももう要らないでしょう? この国はもう終わりだわ。……舞華、貴女は私と田村と共にユーニファイドに向かうことになっているわ。重要な〈形成セーフェル・の書イェツィラー〉を手に入れるための最初の一歩を踏むために、そして忌まわしき百合薗圓を殺すために貴女の力が必要だわ」


「私は好きに暴れられればそれでいいわ。……しかし、閃君、石取君、芥河君、相摸君、鴬谷さん、南郷君、澪生奈さんがこっちに残るなんてね」


「閃君と石取君、南郷君と澪生奈ちゃんはそれぞれこっちで決着をつけないといけない相手がいるそうよ。芥河君と相摸君は大した力もないし、鶯谷さんも戦争後にこっちに居てもらった方が何かと都合がいいわ。連中も鶯谷さんがこっち側だと知らないようだし」


 圓と共に危険視している影澤を監視するための駒が鶯谷だ。

 その鶯谷の報告によると、影澤はこの戦争について全くアクションを取っていないという。


「『でも、フリーの使えないジャーナリストからの伝聞だからあんまり信用はできないわ』と笑っていたわ」


「それでも、影澤の友人っていう関係は大きいわよね」


 とはいえ、影澤が負け戦である大倭秋津洲戦争に関連して動く程度なら奈留美達にとっても何ら問題はない。

 問題はこれから奈留美達が行くユーニファイドでの戦争に参戦されることだ。圧倒的戦力が揃っているとはいえ、不穏分子はなるべく減らしておきたい。


「さて、私達は新宮寺から召喚されるまでゆっくりお茶会でもするとしましょうか?」


 紅茶の入ったカップを口に運び、奈留美は嫣然と微笑んだ。

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