【キャラクター短編 蛍雪栞SS】

司書面接と照慈寺の忍僧

<三人称全知視点>


 もう百年以上昔から兆候はあったが、長い時間を掛けて電子書籍の需要は急速に拡大し、遂に大倭政府は図書館の公共事業の縮小を決定――それに伴い予算が減らされ、各地から図書館が消え始めた。

 貴重書籍の電子化が進められる、それ自体は学者達の立場に立てばかえって都合のいい話ではあった。……まあ、そもそもどこぞの政治家の発言が発端となり、国家に価値のないと判断をされた文学を始めとする様々な分野で予算がけずられていき、どの分野でも絶望的に予算が足りないという状況なので、学者達は学者達で別の問題にぶつかっていたが。


 世界的な科学に関する賞の受賞も大倭秋津洲はここ数十年は連続で逃している。

 予算が分配されるのはほとんど軍事に関わる実用的(といわれている分野)に限定され、残る予算のほとんどは国の民草のために使われる訳ではなく、寝ているか野次を飛ばすだけでとんでもない額の報酬を得られる国を食い潰す害悪達の収入源となって消えていった。

 それだけ生産性のないことをやっているのだから、そりゃ、植民地経営のための資金も底をつき、搾り取るしか無くなる訳である。徳川埋蔵金があっという間に溶かされたように、お金というものは使おうと思えばいくらでも使えるものなのだ。


 さて、話を戻そう。蛍雪けいせつしおりはこの文系不遇の時代に本好きが高じて家族の反対を押し切って文学部のある公立舞浜大学に入学し、芥川龍之介『舞踏会』論を書いて卒業、その後在学中に取った司書資格を持って司書採用試験に合格して公立の図書館で司書として働くことになった。

 栞は本好きで、図書館司書はまさに天職だった。その実務能力は極めて高く、他の図書館との連絡係や本の購入まで任せられるほど信頼された司書となったが、政府の図書館縮小の影響を受けて栞の務めていた図書館は潰されることとなり、栞は新たな就職先を探さざるを得なくなった。


 とはいえ、他の図書館には既に司書がいる。新たに司書の椅子が空くのを待つというのはこのご時世ではあまり現実的な話ではない。

 司書資格を持っていても、実際に司書として働ける者はほんの一握りなのだ。


 栞はこれまた絶滅危惧種の書店に就職しながら、司書の求人を探し続けたがなかなか見つからず、かと言って他の仕事に今更就く気にもなれず、悶々とした日々を過ごしていたが……。


「……この手紙は何かしら?」


 ある日、栞は百合の花柄の白い封筒をポストの中から発見した。

 差出人の名前は無く、中には同じ絵柄の白い便箋が入っている。


「司書の募集? 興味があるならこの指定された場所に面接に来て欲しいって? でも、なんで私の名前や住所を知られているんだろう?」


 このような特徴的な封筒や便箋を使う人に心当たりはない。

 前の勤め先の友人が気を利かせてくれたという訳でもないだろう。解雇された他の司書達も就職難にあっているか、別の職場に就職した筈だ。


「怖いけど、住所も知られてしまっているみたいだし……行くしかないわね」


 栞は覚悟を決めて指定された場所に面接に行くことにした。



 圓が高遠を雇い入れてから五ヶ月、退役した柳を仲間に加えてから既に三ヶ月が経とうとしていた。

 女性の使用人だけでは困ることもあるだろうし、いっそ荒事にも対処できる男性の使用人も欲しいと求人を打ったのが切っ掛けだ。


 圓はその日から毎朝、柳から近接戦闘や銃の扱いを習っている。

 何かと物騒な今日この頃、少しでも多くの自衛手段を持っておくべきだと考えていたのだ。


 一方、投資分野はというと最近では学術の分野への投資を増やしている。

 政府が学術分野の支援を減らした近年では企業が国立や公立の大学などに支援をするということが増えてきた。百合薗グループも実際に公立舞浜大学を含むいくつもの大学に出資……否、実質的には買収を行っている。


 最早、百合薗グループの支援によって成り立っている国立や公立の大学の数は両手で数えられないほどあるが、金は出さずに口は出す厚顔無恥も甚だしい国家は未だに実質私立化した大学を国家や国家の下部組織である地方自治体が設立した組織であるからと宣い、何かと無茶な要求を大した予算も出さずほとんど持ち出しで突きつけてくる。

 この時点で百合薗圓が大倭秋津洲帝国連邦政府に対し大きく不信感を抱いたのは言うまでもない。この両者の亀裂が後々、大倭秋津洲帝国連邦政府に反物質爆弾が落とされて、たまたま開かれていた国会の関係で政治家が全員焼失するという悲劇が引き起こされることになる訳である。……無論、自業自得である。


 ちなみに、この公立舞浜大学は当時、大倭秋津洲戦争時点で尾張国の大学に勤めていた音声学専門の国語学者千葉ちば音鳴おとなり准教授や近代文学者の若村わかむら純也じゅんや教授などが在籍していた。

 この若村教授こそ、栞の芥川龍之介『舞踏会』論を書いたゼミの担当教諭であった。


 タネを明かせば極めて簡単な話である。

 栞が仕事を失ってから数日後、久しぶりに当時のゼミのメンバーで集まって飲み会が行われた。

 そこでヤケ酒をしてベロンベロンに酔っ払った亡き上戸の栞は、自分が仕事を失ってしまったことを泣きながら語ってしまったのだ。すっかり記憶から消え失せていたのだが、もし覚えていたら絶対に赤面して黒歴史にしてしまっていただろう。


 実はこの若村という教授は鋭い洞察の栞の論を気に入っており、格別栞に目を掛けていた。

 事情を聞いた若村は恩人である圓に頭を下げ、どうにか雇ってもらえるようにお願いしたのである。


 一方、それは圓にとっても願ったり叶ったりの話であった。


「うん、若村教授がそこまで言うなら凄い人なんだろうねぇ。実はボクも困っていることがあってさ」


 圓はライトノベルや漫画、小説だけではなく、古典籍などの極めて価値のある典籍も掻き集めている。そういったものを集めて管理しようと考えていたのだが、その管理を自分でやれば他の仕事に手が回らなくなるということで専任の司書を探していた。

 若村教授の推薦なら問題はないと思った圓は栞に面接案内の百合の封筒を送ったのである。


 若村教授の推薦がある時点で圓は栞を認めていたのだが、それでも栞と面接しようと考えたのは仕事内容を聞いて彼女が引き受けてくれるか、そもそも子供相手だからと圓を信用しないのではないかと危惧したからである。


 これまでの投資でも、圓が子供であることがネックとなって断られたことがあった。

 圓が相手に投資をするためには、当然ながら圓を子供だと侮らずに対等に接しようという態度が必要なのである。それがあるかどうか、信じられるかどうかが希望を掴むための最初にして最大の試練なのだ。


「失礼します」


 栞が指定された那古野駅のホテルの一室に行くと、そこにはゴスロリ姿の圓と執事服姿の柳、そして護衛としてついて来た長い黒髪を苦無型の髪留めで止めている網タイツの上からヴィクトリアメイド服を身に纏った月紫がいた。

 栞視点では二人の少女と一人の保護者……としか見えない光景だが、服装からしてメイド服の少女と執事風の男はゴスロリ姿の少女の護衛なのだろう。


「初めまして、蛍雪栞さん。今回はわざわざ遠いところを面接に来てくれてどうもありがとう。ボクは百合薗圓、一応この面接が終われば君の雇い主になるかもしれない人ということになるねぇ。この二人は護衛の常夜月紫さんと、執事の柳影時さん」


「……ど、どうも。よろしくお願いします」


「まあ、相手が子供だから困惑するのも仕方ないよねぇ。ボクだったら詐欺を疑うか、正気を疑うし。……さて、単刀直入に業務内容から説明させてもらうけど、業務内容は貴重な古典籍や膨大の論文の管理、小説やライトノベル、漫画……ありとあらゆる書物を所蔵・管理する図書館の最高責任者、司書統括の職務ということになる。当然、資料の数も膨大だし、その仕事も多岐にわたる。まずは本を仕入れて、図書館に出せるようにブッカーを掛けたり、色々と仕事があるからねぇ……まあ、それはどこの図書館でも一緒だし、前の職場では蛍雪さんも同じような仕事を任されていたっていうから大丈夫だと思うけど。まあ、後は他の図書館との提携とか? その辺りはボクがやってもいいんだけど」


「あっ、あの! そもそも何故私なのですか!? 私よりも司書として優秀な方は沢山いらっしゃるでしょうし、そもそも何故私の前の職場の業務内容をご存知なのですか?」


「蛍雪さんは謙虚だねぇ。……そもそも、こんな話信用できる訳がないからスタートだと思うんだけど」


「そ、それは……確かに今でも半信半疑ですが」


「まあ、それも致し方ないことだと思います」


「……折角、圓様が慈悲をお与えくださっているのに、その慈悲を無駄にするどころか疑うとは、この女、万死に値します!!」


「まあまあ、月紫さん。いきなり物騒な忍刀抜かないでねぇ。……だって君が喋ったんでしょう? 久しぶりのゼミの卒業生達の飲み会で盛大に愚痴ったって聞いたよ? その話を若紫教授から聞いてねぇ。で、天職を探してもらえないかってお願いされたんだよねぇ。念のために蛍雪さんの前の職場の人達を訪ね歩いて確認したけど、みんな蛍雪さんのことを嬉しそうに話してくれたよ。みんなから慕われていたんだねぇ。……ボクは君にこの仕事を任せたいと思っている。君が良ければ、だけど。……大変な仕事だからねぇ、よく考えなよ」


「…………答えは決まっています。私を圓さんのところで働かせてください!」


「うん、君ならそう言ってくれると思ったよ。特典として本は読み放題。図書館に並べる前に先読みもできるよ? その上で給料が出るからねぇ」


「高待遇ですね」


「まあ、その分仕事は忙しいだろうけど」


「大変ですが、その分やり甲斐があります。かつてないほど最高の仕事になりそうです! 私、頑張ります!」


「まあ、ほどほどにねぇ。身体壊しちゃ元も子もないから」



「そういえば、蛍雪さんって武術の経験があるんだって?」


 圓のところで働き始めて二ヶ月、朝早くから大量の本を読みに来た圓がふと休憩室で休憩を取ってきた栞に尋ねた。


「あっ、はい。……と言っても、本当に昔の話ですけどね。私が昔暮らしていた地域ではお寺で道場が開かれていまして、実際武芸を習っていた子供は多かったと思います。私もその一人っていうくらいですね」


 百合薗邸のある山の施設で働く者は事前に戦闘能力を有するか戦闘能力を有さないかを確認されるアンケートをやる決まりがある。

 蛍雪は迷った末に武術を習った経験があると書いていた。


「密教系の寺、照慈寺……だっけ? 天台宗と真言宗に属する僧侶が中心となり、平安時代に一つの衆だけで一つの寺を使用する風潮が広まっても奈良時代の同じ分野を学ぶ僧侶たちが一つの集団を作る衆と呼ばれる形を維持した、俗に天台真言衆と呼ばれる異端僧侶達が管理する寺だって聞いているけど? そこで住職が武芸を教えていたのか。興味深いねぇ」


「あの……その天台真言衆の僧侶が管理しているって話、初耳だったのですが」


「……まあ、天台真言衆の概念自体知られていないだろうからねぇ。しかし、凄いねぇ、照慈寺。ボクが調べてみても掴めたのは天台真言衆であることと、住職が静寂十九芸の使い手であること、そして照慈寺が未だ忍僧――僧兵の概念の残る希少な寺であるというところかな?」


 ちなみに、天台真言衆という情報のリソースは比叡山延暦寺と高野山金剛峯寺、静寂十九芸の使い手であることは栞からの情報、そして僧兵であることに関する情報は月紫からもたらされた情報である。


 表と裏、という概念がある。コインの表と裏ではなく、文字通り世界の表と裏、という意味で使用される言葉だ。

 表層に現れ、世間で認知されるものを表、世間で認知されていない陰の者達を裏と呼び、明確に区別されている。


 例えば、伊賀流忍者と甲賀流忍者は表、常夜流忍者と隠影流忍者は裏に区分される。

 どちらもその技は現代まで継承されてきているが、既に見せ物となっており、実際の暗殺に使われることがなくなったため、刃が錆びきっている。逆に常夜流忍者と隠影流忍者は明治以降も闇の世界に潜み、その技を磨いてきた集団のため、その技の練度は極めて高い。


 裏には裏の世界のネットワークがある。その中には照慈寺の忍僧の名も度々上がるそうだ。

 照慈寺の僧兵は裏の世界では腕の立つ忍者として恐れられている。


「まあ、興味があるし一度案内してもらえるかな?」


「承知致しました」



 寺の階段を登り始めてから次々と現れる道着姿の僧兵、僧兵、僧兵。

 時に忍びの技を使い、時に静寂十九芸の無手の技を使い、攻撃を仕掛けてくる僧兵を圓と柳は近接戦闘の格闘技で粉砕、次々と階段下に投げ捨てていった。


「…………何故、僧侶達が私達を攻撃してきているの?」


「侵入者だと思われたんじゃない? しかし、僧兵と聞いて内心もっとしっかりとした戦力で来るべきかもしれなかったと思っていたんだけど、大したほどでも無かったねぇ」


 メンバーは圓、柳、栞の三人――圓の護衛を自称する最も信頼に値する忍び――月紫の姿はない。

 月紫は手加減を苦手としているため(圓にお願い・・・されたら従うだろうが、ちょっとでも圓が傷付けられたら理性が吹き飛ぶ圓大好きっ娘)、このメンバーが妥当だと考えた上での人選だった。


「なかなかの組み手でございますな」


「何気に影分身をして掌底放ってくるのがウザイよねぇ。……まあ、全部殴れば解除されるからいいんだけど」


「圓様って意外と考え方が脳筋ですよね」


「だって、そっちの方が手っ取り早くない?」


 階下には上からポイ捨てされた僧兵が山積みになっている。新たに降ってくる僧兵は僧兵クッションで受け止められて軽傷で済んでいるが、下に埋まった押し潰され僧兵は大丈夫なのだろうか?


「ほう、朝から騒がしいと思ったけどなかなか凄いね。うちの弟子達を片っ端から階下に捨てて戦闘不能にするなんて」


「迦陵先生!?」


「おっ、久しぶりだね。随分前に道場を辞めてからかな? 蛍雪君?」


 禿頭の紺の作務衣姿の見た目三十代くらいの目を細めた男が本堂から境内に出てきた。


「百合薗圓さんに、柳影時さんだね」


「あっ、やっぱり知っていたか。流石は現代に生きる忍だねぇ」


「情報収集はお互い様だろうね。それで、君達は僕に何のようかな?」


「割と物騒な世の中だから色々と技術を学んでおきたくてねぇ。是非、静寂十九芸を御指南頂きたいと思っているのだけど」


「ほう、静寂十九芸だけでいいのかい? 一応、僕は山伏の法力や僧兵の忍術も教えることができるけど」


「山伏の法力というと、修験道系統の能力かな? まあ、ボクはそっち方面にはあんまり興味がなくてねぇ。修験道というと役行者役小角が発祥だったっけ?」


「発祥は役優婆塞だけど、大天狗や烏天狗――特に鞍馬山の鞍馬山僧正坊、俗に言う鞍馬天狗がその発展に大きく貢献しているよ。法力の面では僕は鞍馬の天狗に敵わないからね」


「またまたご謙遜を」


「謙遜していないからね?」


 全く真意を悟らせない表情の迦陵に圓も鎌をかけるのが無駄だと悟り、若干不満そうに頬を膨らませた。


「それじゃあ、一応僕の弟子になるということだからその実力、試させてもらってもいいかな?」


「お手合わせ願います、迦陵和尚」



<三人称全知視点>


「迦陵和尚、来てくださったのですね」


「まあ、可愛い弟子……いや、友人の仲間達の危機だからね。僕達もできる範囲で守らせてもらうよ」


 大倭秋津洲最終戦争開戦の日、多数の武装した僧兵を伴って百合薗邸のある山に現れた迦陵はいつもと変わらない紺の作務衣姿だった。

 特に武装した様子もなく、戦争前とは思えないほど無防備に見えるが、逆に言えば非常時に装備を変える必要がないほど卓越した技を持つ強者であるということが窺える。


「ところで、蛍雪君。圓さん達は大丈夫かな? 何やら面倒なことに巻き込まれているという話を聞いたけど」


「流石は迦陵和尚ですね。圓様は月紫様、化野様と共に異世界に召喚されてしまいました。現在は柳様が指揮を取っています。圓様から指揮権移譲のご指示を頂きましたので」


「異世界召喚か、君達も大変だったようだね。……圓さんのことだからすぐに戻ってくるだろう。彼は強いからね。それじゃあ、僕達は圓さん達が帰ってきた時に胸を張って守れたと言えるように頑張って防衛戦をさせてもらうよ」


 結局、大倭政府側は百合薗邸を叩くことすらできずに敗戦したため迦陵達の出番は無かったが、万が一の転ばぬ先の杖として柳から護衛を依頼された迦陵は「何も起こらずに良かったね」と不満顔一つ見せずに弟子達と共に照慈寺に帰っていった。

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