季節短編 2020年ハロウィンSS
ハロウィンのダブルデート
<三人称全知視点>
鳴沢高校の武道場――二階建ての体育館の一階の畳敷の部屋で五反田堀尾は苛立ちながら木刀片手に腕時計を確認していた。
その手には白い便箋が握られている。百合の花柄のその特有の便箋は
「……A.M.5:45。指定した時間通りに来たんだけど、まさか30分も前から待っていてくれるなんてねぇ」
まだ日の上らない時間に閉まっていた武道場の扉を開けて入ってきたのは二人の
一人は学校指定のセーラー服を身に纏った美しい
そしてもう一人は百合薗グループが運営する私立白百合大学の学長と白百合大学附属病院の病院長という二つの肩書を持ち、偽名を使って鳴沢高校一年三組の副担任と理系教科主任として働いている門無平和――本名、化野學。
教員として五反田堀尾はこの二人がどのような存在であるかを聞かされていた。
政府にとって脅威とも言えるが、無碍にする訳にもいかない百合薗グループの総帥と大幹部――しかし、五反田にとってはそのようなことは関係ない。
生徒である以上、彼は例え神帝家の血族だろうと貴族の子女だろうと他の生徒と同列に扱うというのが五反田のポリシーなのだ。
……と言いながらも、何故か五反田はよくこの男の娘に突っかかってしまうのだが。
彼は前世のあの男によく似ていた。ライバルだったあの男に――。
貴族である自分とは全く正反対の人生を歩んで、同じ土俵に上がった。
圧倒的な強さ故に『競い合う剣』として誰も並び立とうとしなかった。
だからこそ、
だが、それも終わったことだ。ポラリス=ナヴィガトリアは死に、五反田堀尾として生を受けた。
最愛の生涯の忠誠を捧げた主君との縁も切れ、新しい人生を始めるとそう覚悟したのに……。
百合薗圓はオニキス=コールサックではない。そんなことは分かっている。
百合薗圓とオニキスでは性格も趣味も大きく違う――彼が終生のライバルの転生者であるという可能性はないだろう。
だが、どういう訳か百合薗圓からは懐かしい匂いがした。
だからこそ、五反田堀尾は教師で大人でありながら、彼に真っ向から突っ掛かってしまうのかもしれない。
「勤務時間外に呼び出した理由は何だ?」
「単刀直入だねぇ。……一つ頼まれごとをして欲しいんだよ。結論から言うと、柊木咲苗さんと五十嵐巴さんにホテルのペアチケットをプレゼントしたいんだけど、保護者同伴でってなると両家の家族にもご迷惑をお掛けすることになるし……かといって、女子高生二人だけでホテルに泊まるってのも不用心だし」
「当たり前であろう! 我が校の生徒を危険な目に遭わせる訳にはいかん! 女子高生二人で外泊など教師として見過ごすことはできん!!」
「っていうと思ったよ。生憎とボクの方も予定があるし、化野さんもこっち方面でフォローを頼むから適任がいないんだよねぇ。そこで、きっちりかっちり無駄に真面目なヅラ先生に二人の保護者役をお願いできないかと思ってねぇ」
「私はヅラではない! ポラ……ではなかった、五反田堀尾であるッ!!!!」
ポラリス……ではなかった、五反田の大声を圓と化野は耳を塞いで咄嗟に軽減した。
「……そもそも、何故私がそのようなことをしなければならんのだ?」
「そういうと思ったから力尽くでお願いしようと思ってねぇ。ルールは木刀勝負――ボクが勝ったら二人の保護者役を務めると約束すること。もし、五反田先生が勝ったら」
「もし、私が勝ったら――園村、お前はしっかりと学校に来ると約束しろ」
「相変わらず真面目な先生だねぇ……仕方ないねぇ。いいよ」
「よろしいのですか? 圓様」
「いいよいいよ、勝つのはボクだし」
「ふん、最後に勝つのは私だ。私は負けん、私が終生のライバルと認めたアイツ以外には」
互いに木刀を構え、化野の「始めッ!」という掛け声と共に両者地を蹴って加速した。
槍で突くような特有の突き重視の剣に、圓の頭で違和感のようなものが生じたが、すぐに圓は疑問を振り払うと、突き出された木刀を木刀の先を器用に滑らせて半ば軌道を逸らすオーソドックスな方法で次々と捌いていく。
突き技を妨害しながら至近距離で木刀を交え、圓は知らず知らずのうちに好戦的な笑みを浮かべていた。
その笑顔に、五反田の双眸が微かに見開かれる。
「……そこで笑うのか。やはり、お前は――」
しかし、五反田はすぐにそんな訳がないと否定し、過去を振り返らないと自身に言い聞かせるように元の表情に戻ると、木刀を突き出していく。
だが、打ち合うたびに五反田は追い詰められていった。そして、最終的にバランスを大きく崩されてガードが破られ――。
「これでチェックメイトだ!」
「おい、まさかお前も私の髪を――」
「ずっと吹き飛ばしたいと思っていたんだよねぇ、そのヅラ! 吹っ飛べ!!」
圓の木刀が絶妙な軌道と力加減で振われた瞬間――五反田のヅラが爆風と共に吹き飛ばされ、そこで意識が途切れた。
◆
「ということで、柊木咲苗と五十嵐巴。お前達宛てにとある人からホテルのペアチケットを預かっている」
「……ということで、と言われても全く意味が分からないわ」
三限の授業の終了後、唐突に意味不明なことを言い出した五反田に流石の巴も頭を抱えていた。
「ホテル……って、えっ!? ホテル百合ヶ丘!? あの超一流ホテルの、しかもスイートルームペア宿泊券!!」
巴が目を離した隙に五反田からチケットの入った封筒を受け取った咲苗が驚きの声をあげる。
「懐かしいわね、ホテル百合ヶ丘。あのクリスマスイブのリアルイベント以来かしら。……しかし、今回はスイートルームだなんて……このチケットをプレゼントしてくれるなんて、どこの誰かは知らないけど随分お金持ちな人なのね?」
「いや、聞いた話ではホテルの社長から十枚単位で押し付けられたものなのだそうだ。金を払おうとしたが、『貴方様には多額の融資だけでなくホテルの経営面でも大変助けられておりますし、返せる時に少しでも返さないと本当に恩返しができなくなってしまうので』と無理矢理持たされたらしい。期間は一泊二日、丁度ハロウィンに重なる日だな。今年のタイアップ企画に合わせたものらしい」
「ホテル百合ヶ丘でハロウィン……もしかして、『Eternal Fairytale On-line』のハロウィンタイアップ企画!?」
イベントの正体に気づいた東町が反応し、その後何人かの生徒が一斉に視線を五反田に向けた。
「園村、起きろ! 『Eternal Fairytale On-line』のタイアップ企画のチケットだって話だぜ!!」
「ふぁぁ……眠いんだけど。ってか、東町君。耳元で叫ばなくても聞こえるからねぇ。全く、なんでそんな盛り上がっているのか意味不明なんだけど。そのチケットはとある人から咲苗さんと巴さんにプレゼントされたものなんでしょう? なら、他のメンバーに入り込む余地なんてないんじゃないの?」
もう一回寝ていい? と睡眠の世界に戻ろうとする園村に五反田は「馬鹿者!!」と言いながらチョークを掴んで投擲したが、圓に命中する直前で投擲された鉛筆によって軌道を変えられ、あらぬ方向に飛んでいった。
「その似合わないヅラ、吹き飛ばしてやろうか? ヅラ先生」
「ふん、二度もやられる私ではない! それと、何度も言っているが私はヅラではない!! 五反田堀尾である!!」
「ちょっと、なんで争っているのよ! そもそも、園村君のキャラも変わりすぎだし!」
「……ちょっと暴力的な園村君も素敵♡」
「ちょっと、咲苗! 貴女まで壊れないでよ!! そもそもちょっとどころか相当暴力的だわ!! というか、脱線し過ぎだから一旦戻って!!」
なんとか二人を抑えようとした巴だが、当然この二人が矮小な巴如きの言葉で止まる訳がない。
結局、圓が溜息を吐いていつの間にかどこからともなく取り出していた尖った鉛筆四本を筆箱に戻した。
「この招待は咲苗と巴――お前達に与えられたものだ。選択肢は使うか辞退するかの二択しか無い。譲渡は不可能だということだ」
「……ということは、これを園村君にプレゼントすることは無理だってことね」
「なんで地雷踏み抜くかな? 一斉にクラスからヘイト向けられて針の筵なんだけど。……そもそも、初日はボクも外せない私用があるからねぇ。そっち優先だし」
「それと、女子高生二人だけでの外泊は危険だということで、私も一日分のチケットをもらっている。初日の保護者役を頼みたいということだ。……全く、人使いの粗い奴だ。教師を一体何だと思っているのだ!」
「咲苗さんと巴さんの両手に花だと! ふざけるな、五反田!!」とクラス中で抗議の声を上げるが、五反田は全く動じない。
「あの……保護者役なら、心当たりが」
「ああ、美空華菜というホステスだな。二日目は彼女が保護者役を買ってくれるらしい」
「一日目がダメって美空さんも何か用事があるのかしら?」
「ああ、美空さんなら初日は百合派学会に参加しないといけないみたいでねぇ。彼女、百合派学会の副理事なんだ」
百合派学会――各界の著名人や文学者をはじめとする学者達が参加する百合文化を研究・批評する最大派閥の学会である。
百合をこよなく愛する者が集まるこの学会は大倭秋津洲で無視できない影響力を持つ百合薗グループの総帥が設立したという。
「あの人、只者では無いと思っていたけど、本当に只者では無かったようね」
「ところで、園村君? なんでそんなこと知っているのかな?」
「さぁねぇ? なんでだと思う?」
疑問に疑問を返してはぐらかす園村。追及したい想いに駆られるが、今回の目的は園村が何故百合派学界の役員の名前を知っているかではない。
「とにかく、二人とも当日時間通りに駅に来るように」
五反田はそう言い残すと、スタスタと教室を去っていった。
◆
ホテルまで同行した五反田だが、『Eternal Fairytale On-line』には興味がないようで、咲苗達が知り合いを見つけたことを確認すると、スタスタとホテルの部屋(圓の用意したロイヤルスイートルームに歩いて行った)。
「……なんだったんだ? あの人? って、そんなことより、咲苗さん、巴さん、久しぶり! 元気にしてたか!?」
前回と同じむさ苦しい五人の男と共にいた輪島が、ハイテンションで声を掛けてくる。
「そういや、美空さんは一緒じゃねぇのか?」
「美空さんは百合派学会? に参加しているそうです」
「あっ……そういや、この時期だって言ってたな」
「おっと、ナンパですかにゃ? 女子高生相手におっさんがナンパとか、事案ですにゃ。すぐに通報して――」
「おい、ちょっと待て! 猫さん、通報するな! 俺は無実だ!!」
「まあ、そもそも女の子がきゃー痴漢よ! って叫んだら男はどう足掻いても痴漢扱いになるのが世の中ですにゃ。嫌なら口止め料をお支払いくださいにゃ」
「一体どんだけふんだくる気だよ!!」
「三人分なので……三万円にしておきますにゃ!!」
「なんか、おまけに猫さんの分まで口止め料払うことになっているんだけど!!」
ジト目を向けながら財布から三万円を支払うと、猫美は「まいどおおきに」と言って懐にしまった。
「……身体売らずに下手な援交より稼いでいるよな、お前?」
「気のせいだと思いますにゃ?」
「ってか、飼い主さんどうしたの?」
「さあ? 面白いカップルの遠距離デートを覗きにいくとか言って、気配消してどこかに行きましたにゃ。……うちのボスはゲームでも現実でも気配を消すのは超一流なのですにゃ。……ついでに、今回のスタンプラリーはとっくの昔に完遂済みですにゃ」
ちなみに、今回のイベント「十月三十一日特別リアル連携イベント、『Eternal Fairytale On-line』のハロウィンホテルにようこそ」も基本的には「十二月二十四日特別リアル連携イベント、クリスマスイブに『Eternal Fairytale On-line』の仲間達と過ごしませんか?」と同じシステムだ。
ふわぽわを模したトークンを渡され、チェックポイントごとにシンボルパソコンにログインしながらミッションに挑戦していく。
しかし、今回はかなり気合が入っているようでホテリエ達はハロウィンのコスプレをし(魔女衣装、ヴァンパイア衣装、幽霊のコスプレ、etc……)、飾り付けも『Eternal Fairytale On-line』のキャラクターがハロウィン衣装に仮装したものが各所に散りばめられている。
「面白いカップル? なんじゃそりゃ?」
「うちのボスとリーリエさんが興味を持って観察したり、掻き混ぜたりしているカップルですにゃ。……まあ、今回は表向きデートということではないのですが、実質デートなので、デートなのですにゃ。……ってか、男の方も何故気づかないのか甚だ疑問なのですにゃ。姿形を変えたところで本当に愛している相手なら正体に勘付けと思うにゃ」
未来の咲苗の心をズブズブと刺しそうなことを言いながら、眠たげな眼で輪島を見上げる猫美。
どうやら、猫美自身は他人の恋模様に興味はないらしい。
「まあ、基本的にコースと被ったところしか歩いていないみたいだし、興味があれば回ればいいんじゃないかにゃ? カップルのお二人さんと、自分の知らないところでモテ期がやって来つつある三枚目のおっさん」
「おい、どういうことだ!? 全くモテ期の予感なんてねぇぞ!」と叫ぶ輪島と(新人声優との相思相愛関係が実は本人も知らぬ間に成立してしまっている)と「カップルってどういうことよ!」、「この中にカップルなんていたかな?」と言葉の意図に気づかない巴と咲苗(百合ップル)を放置して、猫美はスタスタと部屋に戻っていくと見せかけて……。
「夫や妻の浮気の証拠から核弾頭までなんでもお取り扱いいたします、安心と実績の萬屋商会、アルバイトのchatonですにゃ。そこのお兄さん? 持ち歩けばモテ期が来てハーレムができてしまうと巷で話題のこの恋愛成就のお守り! 今ならなんと五千七百円!! 更に今なら使用者の感想の小冊子付きですにゃ。この機会、逃す手はないと思いますにゃ。おやおや、そこのお兄さん。リア充爆発しろと思っていませんか? そんな貴方には強力な呪いが込められた縁切りお守りがおすすめですにゃ。破局した女の子を慰めて優しい男を演出できるかもしれないにゃ。今ならなんと、お値段六千六百六十円! このお得なチャンス、逃す手はないですにゃ。更に今ならそれぞれになんと同じものをお付けしてお値段据え置き五千七百円と六千六百六十円! さあさあ、お買い得なのは今だけですにゃよ!」
ホテルの客達を相手に阿漕な商売を始めた。
◆
「うん、順調そうね。いい感じだわ」
「男女の恋っちゅう意味では全く進展ないけどな」
物陰に隠れながら二人の少年を尾行している男女――その一人は「十二月二十四日特別リアル連携イベント、クリスマスイブに『Eternal Fairytale On-line』の仲間達と過ごしませんか?」で出会ったウンブラだった。
二人の視線の先には仲良く会話する金色の短髪の少年と地味な少年の姿がある。
「あの……何をなされているのですか? ウンブラさん?」
「全く……分かっとれへんな。決まっとるやろ? ストーキングやで」
「影澤さん、まるでそれでは私達が悪いことをしているみたいじゃありませんか? 私達はただ恋を応援しているだけですよ!」
そう言いながら視線を咲苗と巴、輪島達に向け、「この方々は?」と首を傾げる女性。
「初めまして、スノウホワイトです」
「凩雅奈恵よ」
「……ああ、あの『トチ狂った放火魔エルフ』のギルドのメンバーですか。初めまして、私は
「本名は
「ちょっと影澤さん! 本名バレを恐れてゲーム関連では偽名を使うことにしているのに」
その名前を聞き、咲苗と巴は心底驚いた表情を見せた。
何故なら、
「ほんで、ついでに言うと皐月凛花の専属メイクアップアーティスト兼ヘアメイクでもある」
「ちょっと、それは流石に話しちゃダメな内容ですよ!」
「別に調べたら分かることやろう?」
「それは貴方方萬屋商会や百合薗グループ基準の話であって、普通の人は住所から職業から何から何まで調べ上げられません!!」
バカバカバカと可愛らしく影澤を殴ろうとするも、よく分からない阿波踊りの早回しのような拳法の動きで呆気なく躱されてしまった。
ここで、酒井梅について簡単に説明しておこう。
彼女は皐月凛花の専属メイクアップアーティスト兼ヘアメイクで皐月凛花と同じく百合薗圓に見出された。
過去に大女優に付き人扱いされて海外での仕事の誘いを握りつぶされた経験があり、気に入って離さない彼女に辟易していたが、圓に興味を持たれて引き抜かれ(我儘で有名なその大女優は当然抵抗したが、テレビ局とコネのある圓に喧嘩を売った結果、徹底的に仕事を減らされて芸能界から爪弾きにされた挙句、その横暴に耐えかねたスタッフからも嫌われて転がり落ちていったが、恥も外聞も捨てて圓に謝罪し、酒井との和解の機会を作ってもらった結果、現在は芸能事務所White Victoria所属の女優として再スタートを切ることができた)、デビューが決まっていた皐月凛花の担当を任されることとなった。
皐月凛花には慕われており、姉のように思われている。
今回はその妹的存在な凛花に頼まれ、彼女を金髪の少年に変身させていた。
勿論、凛花扮する一緒に行動しているのは玉梨滄溟である。
ちなみに、影澤と玉梨が初めて顔を合わせたのは雛祭りに程近い三月の出来事で、今回のイベントから四ヶ月経過した頃の出来事ということになる。
「ほんで、噂のカップルさん達はここに何しに来たんだ?」
「噂のカップルって何かしら?」
「……いや、こっちの話や」
「コースを巡ってイベントアイテムを集めようと思っているんだけど、さっきフロントでシャトンさんに面白いカップルをウンブラさんが追っているって聞いたから、後学のために研究しようと思って……ダメかな?」
「……ウチは全く参考になへんと思うけどな。まあ、別にええんちゃう」
――まあ、百合の参考に男と女の恋愛はなへんと思うけど。……それに、圓さんも普通のやり方じゃ距離を詰められへんしぃ。
と心の中で続ける影澤。一方、圓と咲苗と巴の関係性を知らない梅は「青春ね!」と二人を優しい眼で暖かく見守っていた。
「ところで、デートってどういうことなのかしら? 二人とも男よね?」
「実はあの金髪の少年は女の子が男装しているんですよ。そのメイクは私がしたんです。案外姿を変えるとバレないものですよね」
「……本当に相手の男の子はその子のことを好きなのかしら? 普通は気づくものじゃない?」
「……せやな」
といいながら、初恋の男の娘とクラスメイトが同一人物だと未だに気づかないクラスの高嶺の花と知らず知らずのうちに親友の心をグサグサと抉る友人になんとも言えない表現を浮かべる影澤。
二人は楽しくおしゃべりをしながら歩いていく。
仲のいい男の子同士らしい会話に「……なかなか参考になることは無さそうね」と呟く巴。
「……彼女にとってはこの時間が掛けがえのないものなのですよ。ようやくあの女の目を盗んでデート擬きに漕ぎ着けたのですから。……今は無理でも、いつかきっと彼女が玉梨さんを射止めると思います」
「……まあ、ライバルは多いし、玉梨は玉梨で自分でも無自覚な高嶺の花やからな。あいつはいずれ医学界と電脳科学の分野におっきな影響を及ぼすことになる。……高嶺の花や幼馴染っちゅう立場に胡座をかいとったら知らぬ間に掻っ攫われるかもしれないってことは、しっかりと胸に刻んでおくべきなんちゃうん?」
「その点、人気女優っていう逆境にも負けんと頑張っとる凛花さんには釈迦に説法やけど」と心の中で続けた影澤はその後も玉梨と凛花のデートを梅と共に観察し続け、興味を失った咲苗と巴はイベントをこなすために影澤達と分かれて行動を開始した。
「そういや、今回は『狂人騎士』が参加しとるみたいや。挨拶来てきたらどうや?」
「そういや、アイツって大学生だったな。後で挨拶してくるか。……ってか、そういや
「リーリエさんは今日は美空さんと一緒に学会に参加しとる。リーリエさんは学会の理事長さんでもあるからな。明日には顔を見せるんちゃうん?」
「マジか……今日は何故かいつも顔を出している皐月凛花さんもいないし、一体俺は何を楽しみに……あっ、咲苗さんと巴さんならワンチャン――」
「あの二人に手を出すと後で確実に痛い目見るからやめといたほうがええで」
いつもは飄々と真意を悟らせない態度を取る影澤が珍しく真面目な顔で忠告したこともあり、他の五人を振り切ってそのまま咲苗達と合流してあわよくば距離を詰めようと計画していた輪島は仕方なく保護者モードで二人に同行することにした。
「……ってか、ワレには正妻がいたやろ? あんまりオイタしとると、万が一あんじょう行った時に知られてあいそ尽かされる事態になりかねないで」
その影澤の独り言が輪島の耳朶を打つことは無かった。
◆
「……どうしよう。ホテルの人に聞くのも怖いし……」
本日リアルイベント初参加。
何故か家に差出人不明の手紙でこのリアルイベントのロイヤルスイート宿泊券を受け取った永井光彦は早速ホテルのフロントで対人恐怖症を悪化させて困っていた。
ゲームの中では大規模戦闘用のコミュニティマッチングをゲーム外で構築し、五大戦闘系ギルドのギルドマスターにまで至った永井だが、現実世界では口下手で対人恐怖症、その上オタク気質だということも相まって高校までいじめの対象になっていた。
大学生になっていじめられることこそなくなったが、ぼっちキャンパスライフで友人もできず、人間関係が高校生時代以上に希薄になっている。
その彼もチケットを受け取ったということで勇気を出してホテルまでやってきたのだが、結果はこの様。
さてどうしたものかと困り果てていた時、一人の執事服を纏った男が近づいてきた。
白髪混じりの髪に丸眼鏡をかけた執事服の男は恭しく礼を取った。
「お初にお目にかかります。私は
「は、はい。……こちらこそ、よろしく」
その執事の姿をどこかで見た気がしたが、結局永井はその情報を記憶の中から手繰り寄せることはできなかった。
「えっと……まずは、五大ギルドのマスターにご挨拶をと思っていたのですが……」
「承知致しました。本日はリーリエ様とエトワール様が欠席と伺っておりますので、ウンブラ様とモェビウス様のところにご案内致します。それでは、参りましょうか?」
陽夏樹家の元執事で推理倶楽部Bengalの主宰の代理を務める男――石澤は永井を二人のいるホテルの三階へと案内していく。
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