Act.7-53 真の謁見の間での死闘〜強欲と皇帝と武闘派八賢人と〜 scene.1 上

<一人称視点・リーリエ>


 ボクの扱う武器はいくつもあるけど、その中で愛着が最も沸いている武器といえば、ご存知リーリエの二刀――『漆黒魔剣ブラッドリリー』と『白光聖剣ベラドンナリリー』がある。

 ただ、今回――ボクはこの二刀を鞘に納めたまま、『裏切りと闇の帝国物語〜Assassins and reincarnator』の唯一神と、『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』の『管理者権限』保有者と対峙している。


 愛刀に代わり、手にしているのは帝器「光刃円杖リェーズヴィエ」――帝国警備隊隊長ドーガ=ジークレッドの大業物。

 抜刀と同時に同心円状に複数の円を広げ、その円周上に光の刃を走らせるという、剣としては異例の射程の広さと攻撃範囲を誇る、帝器の中でもかなり強い部類に入るものだけど……。


「愚かだな。我に帝器や皇牙が効かぬこと、創造主であるお前が知らぬなどあり得ないだろう? 緩い、実に緩いぞ!」


 皇帝の指輪が輝き、黒い宝石が砕け散ると同時に「光刃円杖リェーズヴィエ」が粉々に粉砕される。

 皇帝の帝器の一つ「反帝器アンチ・エンペラーウェポン」――帝器を破壊する帝器か。まあ、持っているのは知っていたけどねぇ。


「……ボクがそんなこと忘れている訳がないじゃん? 時間遡行魔法-クロック・アップ・ストリーム・リバース-」


 指輪に嵌めていた時空魔法の指輪が砕け散り、逆再生するように「光刃円杖リェーズヴィエ」が修復された。

 ……全く、何も目論見なしで「反帝器アンチ・エンペラーウェポン」の前に帝器出す訳ないでしょう? 『管理者権限』がない状態でも時間の巻き戻しによる修復が可能なのは確認済みだし。……まあ、皇帝は知らないけど。


 さて、この無駄にも思える「光刃円杖リェーズヴィエ」が破壊され、再生されるまでの一連の流れ――これには皇帝に大きな打撃を与えるという意味があった。

 問答無用で帝器を破壊する「反帝器アンチ・エンペラーウェポン」――それほど強力な帝器に何もデメリットがないという筈がない。

 一度使用すると本体が砕けてしまい、再生まで数週間かかる。『管理者権限』に帝器の再生能力はないと思うし、そうなれば「反帝器アンチ・エンペラーウェポン」という切り札をこの戦いの間には使用できなくなる……まあ、帝器以外を使って戦えば全く意味がないんだけどねぇ。


「『その程度か? 皇帝が聞いて呆れるな。漆黒妖術・鋼の刃』」


 時間停止を施した状態で混沌の魔力を使用する妖術を使い、鋼の剣を生み出して投げつけてきたか。

 不完全な時間停止を使用することで、触れた武器は万物を切り裂く最強の武器と化す。ただの砂ですら、あらゆる物理法則を無視してぶっ飛び、あらゆるものを貫通して破壊する最強の投擲武器と化し、ただの風圧ですら全てを切断して吹き飛ばす真空波となる。


 しかも、その不完全の時間停止を無敵へと昇華させる分魂魄もこの場にはない。花嫁の心臓をコールドスリープさせればいいどっかの誰かと違って、分魂魄は様々な場所に隠されて保管されているだろうから、この戦いの場に赴いてしまった時点で戦線を離脱して分魂魄を破壊しに向かうというのは現実的ではなくなっている。……そもそも、どこにあるか全く見当がつかないし。


 ただし、突破方法がない訳じゃない。相手の無敵化能力の根幹が時間停止なら、時間に干渉してしまえばいい。


時空支配から解脱せよエスケープ・オブ・スペースタイム・ルール


 時空魔法神の時間魔法の一つで一時的に自身に対するあらゆる時間干渉を無効化する「時空支配から解脱せよエスケープ・オブ・スペースタイム・ルール」には、自身と戦う相手に掛けられた時空干渉を貫通する効果もある。

 文字通り、「自身に対する」だからねぇ……それは自分に向けられた時空干渉だけでなく、相手が攻撃に使用した時空干渉が掛けられた武器や、相手を無敵化する時空干渉系のバフの無効化にも影響を及ぼす。時空の束縛から解脱した者に、時干渉による強化が通用する筈がない。


 「光刃円杖リェーズヴィエ」を鞘から抜き去り、一閃――これで鋼の刃を切り捨てた。


「『まさか、そんな……俺の時間停止は無敵な筈だ。どんなカラクリが……』」


殺戮者の一太刀エクスターミネーション!」


 狼狽するグリードに続けて刃を納め直した「光刃円杖リェーズヴィエ」を鞘から抜き去り、暗殺者系の攻撃特技の中でも最強クラスのダメージ出力を誇り、特技の中では珍しく扉や壁などの障害物の一撃破壊効果と、高確率の即死効果が付与された、まさしく暗殺者に相応しい技を放つ。


 不完全な時間停止を失い、無敵では無くなったグリードなど恐るるに足らない。身体が微塵切りとなり、肉塊が地面に落下した。皇帝に回収される前に素早くグリードの肉塊近くまで走り、『管理者権限』と『強欲』の権能の回収に成功した。

 まだグリードの分魂魄が残っているけど、分魂魄は独立した存在だから、今倒したグリードを現世に留める力はない。必要な『管理者権限』も回収したし、放置でいいかな?


「時間対策と即死対策は必須だよねぇ? 力に慢心してはいなかったけど、所詮はそれだけ――自分の切り札が時間干渉なら、当然それを無効化される可能性も踏まえて行動するべき。狼狽るんじやなくて、やるべきなのは状況の再分析と、立て直しの方法の模索じゃないかな? まあ、死んだ人に言っても仕方ないけどねぇ。さて、皇帝――次は君だ。「反帝器アンチ・エンペラーウェポン」を失い、残るのは『管理者権限』の権能と、最強の帝器とされる巨大ロボット型武装「機始皇帝ザ・エンペラー」、後は護身用にいくつか帝器か皇牙を持っているかもしれないけど、材料を調達する必要がある以上、沢山の皇牙を自分用に準備することは難しかったんじゃないかな? まあ、いずれにしても『強欲』の権能を手に入れたボクには勝てないんじゃないかな? 流石に、『怠惰』や『強欲』は使わず、真正面からボクの本気を見せるつもりだけどねぇ。当初の予定では、そのボクの本気を受け止めるつもりだったんでしょう? ねぇ、皇帝陛下」



<三人称全知視点>


 皇帝の保有する戦闘手段はいくつかある。


 一つ目は『全移動』や『統合アイテムストレージ』を有する『管理者権限』。統合アイテムストレージには無数の皇牙を保管しているものの、そのほとんどが部下達に与えたものと同種のもののため、目新しさは全くない。

 実際に『強欲』ほどの猛者を倒してしまったローザに通用するとは到底思えない。内部の皇牙は大した力にはならないだろう。


 二つ目は「反帝器アンチ・エンペラーウェポン」。「光刃円杖リェーズヴィエ」の破壊に失敗し、現在は使用不可な状態に陥っている。帝器や皇牙には効果覿面な一方で、通常の武器には全く無意味。


 三つ目は最強の帝器とされる巨大ロボット型武装「機始皇帝ザ・エンペラー」、圧倒的な戦闘力を持つが、ローザを相手にどこまで通用するかは未知数。

 最悪、図体がでかいだけの無用の長物と化す可能性もある。


 四つ目は帝器と皇牙の研究のノウハウを全て注ぎ込んで作り出した時空すらも両断する皇帝器「煌帝剣・時空穿コンモドゥス」。

 時間すらも切り裂くことができる究極にして希少な金属、時穿石クロノスメタルを使用した最強の武器で、その特性から『強欲』の無敵化をも貫通してダメージを与えることができるが、それでも『強欲』を無条件で無力化できるほどの力は持ち合わせていない。

 本気の片鱗も見せずに『強欲』を斥けたローザ相手に通用するかと問われれば難しいという評価が正当だろう。


 つまり、この時点で皇帝にはローザを討伐する決定打が欠けていた。


「……仕方ない。シャマシュから借り受けた召喚の秘術、一か八かだがやるしかない」


 エクレシアから受け取った魔法陣を地面に投下する。

 複雑怪奇な紋章が広がっていき、三つの円を包括する巨大な円が現れた瞬間――ピカッと魔法陣が輝き、部屋全体を包み込んだ。


「まさか、このタイミングで異世界召喚!?」


 あまりにもギャンブルな奥の手の行使に流石のリーリエも驚きを隠せない。

 召喚された人影の首元に、小さな輪が形成され、鎖に繋がれた首輪のように変化した。


「……一種の服従の呪術であるか。現身である我に呪術を掛けるとは、我と同等以上の存在か、将又能力の系統が違うか?」


 リーリエの背を汗が伝った。その圧倒的なプレッシャーに押し潰されるような感覚を味わいながら、リーリエはその圧倒的支配力に抗うように一つ一つ力を込めて言葉を発した。


「……八賢人の一人、ノイシュタイン=フォーラルニィ=エスタットィス」



<一人称視点・リーリエ>


「ほう、我のことを知っているか? 見たところ魔法少女でも魔法使いでもなさそうだが。……丁度いい、お前に状況の簡潔な説明を求める。この世界はどこなのか? 何故、お前は私のことを知っているのか? 質問に答えよ」


 正直、いずれ戦う相手だと覚悟はしていたけど、まさかここでぶつかるとは思わなかった。

 法儀賢國フォン・デ・シアコルの八賢人の一人ラツムニゥンエルの友人でありながら、ラツムニゥンエルを裏切り他の八賢人と共に奈留美側についた裏切り者。


「この世界はユーニファイド、ボク達が作り上げた三十のゲームを基に形成の書[セーフェル・イェツィラー/סֵפֶר יְצִירָה]によって作られた異世界だよ。そして、ボクは百合薗圓――今はローザ=ラピスラズリという公爵令嬢に転生しているけど、前世ではラツムニゥンエルさんと三國智花さん――魔法少女ソフィアフラワーと友人の関係にあった。君達、八賢人の所業は聞いているよ。瀬島奈留美に唆され、反対派のラツムニゥンエルの居場所を奪い、法儀賢國フォン・デ・シアコルから放逐した裏切り者。……ボクにとって、瀬島奈留美は絶対にこの世にのさばらせてはならない敵だ。その奈留美に加担した君達も当然討伐対象ということになる。……八賢人が強大な力を持っていることは知っている。だが、それがどうした? ボクはボクの家族を悲しませる存在を絶対に許さない。――ここがお前の墓場だ、ノイシュタイン」


「……そうか、お前がラツムニゥンエルを。……どうやら誤解があるようだな。我も恩人に武器を剥けたくはない……どうやら、それを強制されることになりそうだがな。瀬島奈留美の力は強大だった。たった二人の八賢人が歯向かったところでどうにかなる話では到底なかった。私はラツムニゥンエルを法儀賢國フォン・デ・シアコルから距離を置かせ、守るために瀬島奈留美側についた。……信じてもらえるとは思っていないが」


 ……見気で聞いた心の声に嘘はない。まさか、本当に……本当に、ノイシュタインはラツムニゥンエルを守るために。


「……ラツムニゥンエルは元気か?」


「ボクが異世界に召喚されるまでの彼女しか知らないけど、元気だったよ。最近は神界と協力して「光と闇の対立する力をぶつけることにより、埒外のエネルギーを生み出す」研究を進めていた。出会ったばかりの頃は笑わなかったけど、最近では無防備な笑顔も見せてくれるようになったよ。少しはボク達のことを信頼してもいいと思ってくれるようになってくれたみたいだねぇ」


 最初はボク達のことを訝しんでいたラツムニゥンエルも、今ではボクの家族の一人といえる大切な存在になった。


「そうか……ラツムニゥンエルにも遂に居場所ができたのだな。……百合薗圓だったな。生憎我はこの忌々しい呪いによってお前と敵対するしかない。――我の呪いを解け、圓! さすれば、我は汝に加勢しよう!」


「何を勝手に言っている! 圓を殺せ! 勇者などとは比較にならないほどの力を持っているのだろう! 奴を殺せ! そして、我を『真の唯一神』にするのだ!!」


「加勢はいらないかな? 皇帝はこの手で倒したい」


「気遣いは無用だったようだな。まあ、我を倒せる力があるのなら、我の力など不必要か。……我の力は﴾神すら殺し英霊を従える槍を操るよ﴿だ。神殺しすら可能なほどの莫大なエネルギーにより構築された槍を自在に操り、投げた槍は因果を無視して命中し、並の人間ならば穂先を向けられただけで蒸発し、直視しただけでその魂が消え去る。槍の一撃を受けた者に聖痕を刻み、自らの戦奴エインヘリャルとすることもできる固有魔法だ」


「おい、貴様! 敵に能力をバラす奴があるか! 圓を殺せ! 殺せ殺せ殺せ! そのために我は貴様を呼び出したのだ! 召喚された奴隷は、大人しく召喚師に従えッ!」

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