Act.7-42 帝国崩壊〜闇夜の下で絡み合う因縁と激戦に次ぐ激戦〜 scene.4 下

<三人称全知視点>


『粘体造形術・針千本!』


 無数の伸びるスライム状の針を武装闘気を纏わせた木刀で斬り伏せ、武気衝撃で吹き飛ばし、梛はその実体をとらえるべくより深く攻撃を放っていく。


『熱い熱い熱い……そんな、血が』


 切り裂かれたスライムの断面から血が吹き出る。傷口が痛みを超えた激しい熱に襲われ、今までに感じたことのない苦痛がブルーベルの口から溢れた。


『な、何故……私はスライム化している。斬撃は効かない筈だ!』


『確かにブルーベル様はスライム化していますわ。しかし、私が武器に纏わせた武装闘気は相手の実体を捉え、ダメージを与えることを可能とします。この力を持ってすれば光の身体を持ち、あらゆる物理攻撃を無効化することができる宰相ハーメルンにも物理ダメージを与えることが可能ですわ』


『なるほど、「洪水フラド・ブラッド」の優位性は全く無くなってしまったということか。……だが、私も道半ばで倒れる訳にはいかないからな。勝ち目が薄くても戦う以外に道はない!』


『素晴らしい決意でございますが、私はブルーベル様を殺す訳にはいかないのです。このまま戦ってもどちらにとっても不幸にしかならないと思いますけどね』


 再び「粘体造形術・針千本」て攻撃してきたブルーベルに、梛はどこからともなく取り出した札を貼り付けた。

 札に込められていた「氷精-凍結-」の効果によって、ブルーベルのスライムの身体が少しずつ凍結していく。


 このままでは動けなくなってしまうとブルーベルはスライム化を解いたが、凍結が消えて無くなる訳ではない。


『ブルーベル様に凍結への対処方法はありません。このままでは死んでしまいますわよ? 先ほども言いましたが、私はブルーベル様を殺したい訳ではありません。私はブルーベル様と交渉しに参ったのです。話を聞いてからどのような選択を下すのもブルーベル様の自由でございますし、ここは降伏して交渉のテーブルについて頂けないでしょうか?』


 ブルーベルも流石に勝ち目がないと判断し、降伏を願い出た。彼女の目的は国を変えることであって殉死ではない。

 生き残れる可能性があるのなら、それに賭けるしかない。ブルーベルはそう考え、梛が文字通り作り出した交渉のテーブルについた。

 梛の魔法によって氷が溶かされ、僅かな凍傷もない五体満足な状態で梛と相対する。


 これまでの戦いのムードから一転、見た目通りのメイドらしい振る舞いをする梛は、二人分の紅茶を淹れ、お茶菓子を互いの前に並べた。

 そして、こう切り出した。


『ブルーベル様の願いは承知しております。互いが互いを思いやる真の意味での男女平等を目指す……実に素晴らしいお考えです』


「何故、そのことを知っているのかしら?」


『その説明のためにはこの世界の成り立ちやこの世界の現状をご説明しなければなりません。これらの情報は万が一知られてしまうと大きな混乱をもたらすことになるとお姉様が懸念され、最低限の信用に足る人のみに説明しております。よって、これからお話しすることを無闇に広めた場合は、今度こそ本気でお命を頂戴することになります』


 先程までの戦いが全く本気を出していなかったのだと改めて実感し、ブルーベルは切り裂かれた筈の左腕を見た。スライム化して再結合した腕は傷一つなく神経も繋がっていたが、あの時確かに切り裂かれ、熱を持った。

 その痛みが事実だったことを床についた血痕が物語っている。


 背中を冷や汗か伝った。恐怖を押し殺し、ブルーベルは梛に「話してくれ」と覚悟の篭った声で催促した。

 ブルーベルがその話を聞き終えた後の感想は「信じられない」というものだった。

 これまでの常識を破壊するような真実。彼女達がお姉様と呼ぶ存在と、『管理者権限』を持つ神々との戦い――そして、その舞台としてルヴェリオス帝国が選ばれてしまったという事実。


 皇帝カエサルの正体は神だった。これまで宰相の道化とされ、表舞台に全く姿を見せなかった存在こそが、この帝国の腐敗の一端を担っていた――ただそれだけでブルーベルにとっては衝撃なのだが、それはただの話の一片に過ぎないという事実。果たして、どこから驚けばいいものか……ブルーベルは膨大な衝撃の真実の洪水を前に、自らの居場所を見失った。


 情報を呑み込むまで数十分掛かった。その間、梛は紅茶を口に含み寛ぎながらブルーベルが情報を反芻し、言葉を捻り出すのを待った。


「つまり、皇帝の正体は神の一体で、二代目皇帝から皇帝の座を奪い取った存在なのだな。そして、そのローザ嬢は『管理者権限』を奪い返すためにルヴェリオス帝国にブライトネス王国とフォルトナ王国と共に侵攻し、シャドウウォーカーと同盟を組んだ、と。……ブライトネス王国とフォルトナ王国の国崩しを行ったことがあるのなら、確かにその二国には攻め込む大義名分があるし、ローザ嬢にも大切な人のものを奪われたとなれば戦う大義名分があるか」


『ブルーベル様がシャドウウォーカーを、革命軍を嫌っている理由は存じております。……平和主義・・・・なブルーベル様にとって、このような過激なやり方は許し難いところがあると思われます。しかし、あえて強く言わせて頂きます。――貴女のやり方では何も変えられない。これまでの成果が全てを物語っています。結局、貴女は帝国を何一つ変えられないまま任務をこなし、帝国の闇を拡大させてきた。……貴女の理想は美しいものです。その理想は、男女平等という考え方が二つの法律として実を結んだお姉様の故郷である大倭秋津洲帝国連邦でも未だ達せられていない、目指すべき到達点なのだそうです。その考え方に男尊女卑の強い世界で到達したブルーベル様は貴重な存在ですが、その理想に到達する力は残念ながらお持ちではなかった。いえ、こういうものは一人で変えていけるものではありません。全ての人が一丸となって変えようとしなければ変えられないのですわ。一人でも古い慣習に囚われていれば、またそうでなくても古い慣習を無意識下に植え付けられている人がいれば、その理想は理想のまま終わってしまいます。重要なのは、全ての人間が意識して、その現状を変えていくこと……難しい話ですわね』


 男尊女卑も女尊男卑も結局はどちらが上かという階級が逆転しただけで何も変わっていない。

 そもそも、平等という考え方自体が間違っている。全てを平等にし、完全に対等にしては何も解決しないのだ――元々、男と女には身体的な差というものが先天的に備わっているのだから。重要なのは互いが互いを理解し、補い合い、どちらも不快に感じない関係の構築――それこそが、ブルーベルが追い求める男女平等の形であり、本来追い求められるべき理想なのである。


『さて、ここからはこちらの希望をお話しさせて頂きます。ローザお姉様の目的は皇帝の持つ『管理者権限』の奪取ですが、そのためだけに帝国崩しを計画した訳ではありません。例えば、皇帝亡き後の帝国の統治――ローザお姉様は政治に関わることを嫌っております。しかし、帝国を崩したとなればその後には民を纏める新たな国が必要となりますわ。そこで、ローザお姉様は革命軍にその役割を担ってもらいたいと思い、シャドウウォーカーと関係を結びました。そして、その上で世界の危機に際して協力する相互協力組織――多種族同盟への加盟を提案するおつもりです。勿論、これは強制ではありません、帝国亡き後の国家がどのような選択をするか、そこに全てが委ねられています。まずはこれが一つ。続いて、必要な人材の確保――こちらは皇帝亡き後の国家作りに必要な人材を集めるのが目的ですわ。【雷将】トネール=フードゥル様、ヴァルナー=ファーフナ様、このお二方は皇帝亡き後の新国家建設に必要な人材であるとローザお姉様は判断なさいました。ネーラ=スペッサルティン様に関しては微妙な位置ですが、彼女が後天的に狂わされた側であること、またヴァルナー様と恋仲になる可能性が高いこと――ルートによってはそういう展開もあるようですわね――などの理由から討伐ではなく説得を目指しております。これとは別件で、ブルーベル様とフィーロ様はブライトネス王国の【ブライトネス王家の裏の剣】であるラピスラズリ公爵家の次世代――次期当主のネスト様の家族、或いは極夜の黒狼の新メンバーとして勧誘を目指しております。その手を血に染めることに躊躇いがないこと、そして、その精神が善よりであること、これが条件でした。この善というのは、ローザお姉様の物差しでの善であって、正義とイコールで結ばれるようなものではありません。倫理観を持ち合わせ、享楽のために人を殺すこともなく、一本筋の通った人物……ローザお姉様はブルーベル様のことをその条件に見合うお方だと確信しておられます。……いかがでしょうか?』


「確かに嬉しい話しだ。私をそういう風に評価してくれるというのは。……だが、私には」


『ブルーベル様が一人居ても正直何も変わらないと思いますわ。その気持ちは新国家に対して意見書として提出すれば済むもの――ピトフューイ様もブルーベル様の理想に共感してくださるでしょうし、そこから少しずつ世界を変えていくこともきっとできます。そのままこの国に残って文官としてやっていくということも可能ですが……』


「そうか、意見書か。……その手があるな。……分かった。ラピスラズリ公爵家か、極夜の黒狼か、どちらに属するか、までは今の段階では決められんが、ローザ様の望みに従おう。だが、それには条件がある。私の意見書の提出に際し、ローザ様から口添えがもらいたい。この戦いが終わればローザ様は帝国に大きな貸しを作ることになるだろう? そうなれば……」


『なるほど……ローザお姉様に確認を取らなければなりませんが、確かに妙案でございますね。さて、これからのことですが、こちらの予定ではブルーベル様にはこの戦いで戦死したことにしてブライトネス王国に亡命して頂く手筈になっておりました。ブルーベル様は帝国側、シャドウウォーカーの敵対組織に属しておりましたので、万が一の場合も考えてもこれが最適だと思いますわ。そうでなくとも、帝国のゴタゴタが終わるまではお姉様がご用意したお屋敷で暮らして頂くことになります。私はお姉様の元に戻らなければなりませんので、暫くは屋敷の設備を使ってお暮らしくださいませ。それと、こちらがラピスラズリ公爵家と極夜の黒狼のパンフレットとなっております』


 梛から二つの冊子を受け取ったブルーベルは、その後、梛に屋敷に送られた。その屋敷はフィーロが送られた屋敷と同じ場所であり、その後数日間は二人でその屋敷で暮らすことになる。

 欅と梛はその後、治安維持組織詰所に転移し、既に戻ってきていた「ヴァナルガンド」討伐組メンバーと合流を果たした。

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