Act.7-32 Somewhere……♪ scene.1

<三人称全知視点>


 ブライトネス王国の隣国に風の国ウェントゥスと呼ばれる小国がある。

 風の神である暴風竜を崇める緑の使徒ヴェルデが内乱の果てに築いたとされる国だ。周囲を険しい山に囲まれ、ブライトネス王国を初めとする隣国から攻め込まれたという記録もない。


 元々、ウェントゥスが存在する地域では険しい山を越えて辿り着いた様々な国の様々な民族が集い、覇権を争ってきた。そうした中で、争いに疲れた者達が争いのない生活を願い、暴風竜に助力を願い、その結果としてこの地を治める緑の使徒ヴェルデというある種の宗教が誕生し、彼らによって国が統治され現在に至っている。


 暴風竜は名をラファール=ウラガン=トゥールビヨンと言った。竜の頂点に君臨する七体の古代竜エンシェント・ドラゴンの一体だが、カリエンテを始めとする好戦的な竜や、スティーリアのような氷の心の内に炎の闘志を宿す竜とは異なり、極めて優しく思慮深い竜であった。

 神として崇められてこそいるが、人間の争いに介入することはなく風の国ウェントゥスで神山と呼ばれている霊峰トゥールビヨンで静かに自給自足の生活を続けている。

 物腰が柔らかく、訪ねてきた人間をもてなすような優しさを持っているが、人間個人や一国に肩入れをすることはなく、常に中立を保ってきた。これは、武力による支配を嫌っており、その武力として自らが使われる可能性を危惧しているためである。


 竜という存在が強大な力を持っていることを彼女は誰よりもよく知っていた。人間同士が戦いに明け暮れるのならそれもまた致し方ないだろう。武力による支配をラファールは嫌っているが、それを人間に強要するのはラファールのエゴだ。人間達の揉め事は人間達の手で解決すべき――そこに強大な力を持つ竜が加わってはならないし、竜が人間の政治に介入し、好き勝手エゴを押し付けることもあってはならない。


 ――力を持つ者は、その影響力を理解した上で適切に行動しなければならない。


 それがラファールの持論だった。


 そんな彼女は、その日友人であるナトゥーフが棲む神嶺オリンポスの山頂を訪れていた。


「久しぶり! ラファールお姉ちゃん」


『久しぶりだね。まさか、ラファールさんがボクの家に来るとは思わなかったよ。事前に連絡してくれたらおもてなししたのにね?』


『二人ともお久しぶり。ナトゥーフさん、気遣いは必要ないわ。……今日はちょっと聞きたいことがあってね。前にお話ししてくれた世界の危機とその中心にいる百合薗圓という人間について詳しく話を聞きたいのよ。カリエンテさんとスティーリアさんは既に圓さんの配下に加わったのよね?』


『配下……っていうのは少し違うと思うけどね。ローザさんの中で二人は家族なんだと思うよ。……ラファールさんが気にしている力の均衡なら特に問題はないよ。ローザさんは力を振るって支配をしたい人じゃないし、その気になればボク達の力を借りなくても世界を支配でも破壊でもできてしまう。ボクが他の古代竜エンシェント・ドラゴンに声をかけたのも、あくまで保険だった。……どちらかというと、友達としてローザさんの力になりたかった、という気持ちの方が強かったんだよ。……ボク個人としては、ラファールさんにもローザさんの力になって欲しいんだけど』


『実は、そのローザさんに実際に会ってみて、今後の私の身の振り方を考えようと思ってきたのだけど……ローザさんは今どこにいるのですか?』


「このお隣のルヴェリオス帝国だよ? お姉ちゃん、革命のお手伝いに行ったんだ」


『…………はっ?』


『なんでも、ルヴェリオス帝国の皇帝が世界の支配権『管理者権限』の保有者の一人らしくてね。ローザさんはハーモナイアさんから奪われたそれを取り返しに行ったんだよ。反帝国派の革命軍に協力しつつ、革命が成功した後は統治を革命軍に任せるつもりなんだって。ローザさんの考え方はラファールさんによく似ているよ? 二人とも、力による支配ではなくその世界に住む人々による自治を望んでいる。視点が一歩引いたところにあるんだよね。……やり方は受け入れられないものかもしれないけど、不器用なローザさんはローザさんなりに答えを模索しているだよ』


 あのある種万能に見えるローザが実は不器用な性格なのはほとんど知られていない。あの超人的な万能さに隠され、彼の本質は覆い隠されてしまっているからだ。

 その心のうちにある苦悩も、葛藤も、決して表には表れない。


 恋人を自称する咲苗も知らない、本当に百合薗圓という人間と相対したことがなければ気付きもしない、ローザの人間らしさ。


 その根底で鳴り響く低音は暗澹として、破壊神の如き無慈悲さを湛えている……が、それは圓が殺伐とした世界の水を飲み、空気を吸い、糧としてきたからだろう。

 しかし、彼の中には必ず相手を想いやり、家族を大切にする優しさがある。自分を蔑ろにしても他者のために何かをしようという優しさがある。


 そういった優しさが、様々な葛藤と結びついてあの亜人種族の同盟勧誘が行われたのだとナトゥーフは認識している。


 ローザは何よりも趣味を重視し、政治に費やす時間は勿体ないからと、ラファールは強大な竜の力が悪用されないためと、それぞれ発端となった理由は違うが、その在り方や考え方には似た部分も存在する。

 受け入れ難いところは沢山あるだろうが、ラファールはきっとローザを気に入ってくれるとナトゥーフは信じていた。


『しかし、随分とキナ臭い臭いがしますね、お隣の国は』


『ローザさんは危険だから近づかない方がいいって言っていたんだけどね。ここは結界が張ってあるから大丈夫だけど。……ところで、ラファールさんはこれからどうするの? もう夜だよ? ウチに泊まって行く?』


「それがいいよ? ラファールお姉ちゃん」


『いえ、それには及びません。このまま帝国に潜り込みます。私、魔力を隠して人の中に紛れ込むのは得意ですから』


 ラファールはそう言い残すと本来の緑の翼竜の姿と化して飛び去ってしまった。


「どうしよう? パパ」


『そうだね……とりあえず、ローザさんに連絡を入れておこうか?』


 ローザからもらっていた通信端末を使ってナトゥーフはローザの端末にメッセージを送った。



 大倭秋津洲帝国連邦が存在する地球を含め、複数の世界と接続する法儀賢國フォン・デ・シアコル、通称魔法の国は最初の魔法使いによって作られ、弟子である八賢人により維持されてきた。


 部門間の風通しの悪さや仲の悪さ、意思疎通の悪さは相当なもの、派閥間の対立も生じ、魔法少女を嫌う本国の魔法使いの数も多いと、砂上の楼閣感が全く拭えない腐敗した国家ではあったものの、一方で新しい血を求めて様々な世界へ住民を送り込み、呪術・魔法・超能力の類の力を授ける代わりにその人物を自国へ取り込むという関係を長らく築いてきた。

 安定している……とは言い難いが、国に亀裂が生じるほどの問題はこれまでに起こらず、最初の魔法使いが国を建国してから長らく維持されてきた。


 その崩壊の発端となったのは魔法の国内にあった魔法少女の戦闘サークル《魔皇會》が【魔皇】鳴皇黎衣の消失により解散したという重大事件だった。

 《魔皇會》はラツムニゥンエルを頂点とするラツム派に与する強大な組織であり、《魔皇會》の解散がラツムニゥンエルと魔法の国内のパワーバランスに与える影響は極めて大きかった。


 更に状況はラツムニゥンエルの不利な方向に傾いて行く。

 新人魔法少女(変身前は高校の教員をしているちっこい系女教師)の〝熾侍〟ヴィクトリアセラフィが招いた大魔女瀬島奈留美が魔法の国内での発言力を高めていき(噂によれば重鎮の魔法使いの籠絡や各派閥の上層部を次々と籠絡していったらしい)、当初は八賢人の一人ウィルティシェ=ヴィムホプ=セウクェレテを傀儡にすることから始めた奈留美一派は、メリヒィヤ=ゼロヴァシャス=エターニャルやカルティッティラ=ソフォントス=フォレッチェテ、水と油であるとまで言われた屈指の仲の悪さを誇るザンダロエッテ=シェヌバルメルヴィ=シュピェレンハーツとアルフォンティエンヌ=アヴラパチバルタ=ピュトロス、果てには最初の魔法使いの一番弟子であるヴェーガ=シィエスティルス=エンワールドレスまでも味方に加え、圧倒的な支配力を手にした。


 この状況を危惧したラツムニゥンエルは瀬島奈留美の排除を訴えた……が時既に遅し。

 ラツムニゥンエルには最早仲間は自身の派閥内部にもほとんどいないほど追い詰められていた。自らの置かれている状況をこの時になって理解したラツムニゥンエルは最も信頼できる魔法少女ソフィアフラワーを伴ってランダムワープを使用し、二人は危機から脱すると同時に法儀賢國フォン・デ・シアコルの裏切り者の濡れ衣を着せられ、追われることになる。


 そのラツムニゥンエルの逃亡の最後の一押しをしたのは八賢人の一人であり、ラツムニゥンエルと親友の関係にあったノイシュタイン=フォーラルニィ=エスタットィス。

 彼女の瀬島派への賛同がラツムニゥンエルを追い詰め、法儀賢國フォン・デ・シアコルを捨てる覚悟を決めさせた。


 しかし、それこそがノイシュタインの目論見だった。真面目なラツムニゥンエルの性格を誰よりもよく理解していたノイシュタインは、あえてラツムニゥンエルを追い詰めることで法儀賢國フォン・デ・シアコルから逃げさせることで彼女の身に迫る危機を少しでも遠ざけようとしていた。

 ノイシュタインもまた奈留美の危険性に気付いていたが、その大きな畝りに抗えないことを既に理解していたのだ。


 ラツムニゥンエルが無事に逃げ遂せたことを確認したノイシュタインは、友人の再出発と彼女の平穏を願い、自身もまた未知数の可能性に賭け、ランダムワープを強行する。いつか、またラツムニゥンエルと再会できることを願って――。




























 ランダムワープには、八賢人すらも知らないある性質が存在した。

 ランダムワープは完全なランダムではなく、転移魔法を発動した世界や対象を設定していない召喚魔法に優先的に転移されるという性質が。


 かつて、ラツムニゥンエルと魔法少女ソフィアフラワーが天使と悪魔を召喚する術の効果で引き寄せられ、ホワリエルとヴィーネットと同時に召喚されたように。

 いやその召喚では対象を選択しての召喚だったため、影響される可能性はかなり低かった……が、ノイシュタインの場合はもっと影響を受ける可能性が高い「相手を指定しない召喚魔法」だったのだから、ラツムニゥンエルの時以上に高い引力で転移先を歪められたと言っても過言ではないだろう。


 これを因果と呼ぶべきか。ノイシュタインは見知らぬ世界の上空でラツムニゥンエルと関わりの深い人物と邂逅することとなる。


 ルヴェリオス帝国の上空にて、奈留美の宿敵、百合薗圓ローザの敵として――。

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