Chapter 7. 腐敗する神の帝国ルヴェリオス

Act.7-0 幕間 四神集結

<三人称全知視点>


 どこにでも繋がる、しかしどこでもない、隔絶された世界の一つ、白い円卓の小部屋に五つの人影があった。


 一人目は、蒼から赤へのグラデーションのある髪と翡翠色と紫水晶のオッドアイを持つ豪華な衣装とマント、皇冠を被った中性的で女性にも間違えられそうな美貌を持つイケメン。

 ルヴェリオス帝國の三代目皇帝カエサルを名乗る人物で、『裏切りと闇の帝国物語〜Assassins and reincarnator』の『唯一神』の称号を持つ元「真紅騎士団グラナートロート」十三席次の現人神トレディチ=イシュケリヨト。


 二人目は、半分が焦げ茶色、半分が長く透き通る白金の髪を頭の後ろで縛った、黒縁眼鏡を掛けた、銀色の虹彩と強膜の境目のない波紋のような模様の銀の瞳を持つ黒スーツ姿の男。

 表向きは『魔界教』の枢機司教と名乗っているが、実際は『枢機大罪の魔モノ』の一体で人間を模した『憂鬱の大罪メランコリー・シン』そのもの、『魔界教』の七つの玉座に囲まれた中心にある空の玉座の主人にして、『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』の『唯一神』の座に一番近いとされる『憂鬱の魔人』メランコリー。


 三人目は、美貌を強調するように改良された白い修道服を纏っている女性。

 波打ち煌く金糸の髪、鮮血を連想させる真紅の瞳、その容貌はぞっとするほど見目麗しく整っている。白く滑らかな剥き出しの肩、大きく開いた胸元から覗く豊かな双丘、すらりと伸びる白魚の如き指先、艶かしいスリットから伸びるスラリとした美しい脚線、その肢体はいかにも過不足ない完璧なプロポーションを誇り、身に纏う仄かに漂う妖しい色香がその妖艶さを増幅させる。妖艶にして、耽美。

 異世界ユーニファイドの主にシャマシュ教国で信仰されているシャマシュ聖教教会の唯一神にして、『SWORD & MAJIK ON-LINE』の『唯一神』の地位にある狂神シャマシュ。その背後には銀髪碧眼の神の使徒が一体、護衛のために控えている。


 そして、最後はそんな『唯一神』三柱の力を持ってしても、その存在を捉えることができない存在。

 全身が漆黒の光に包まれた実体を捉えられない人影。名をアイオーンといい、『Eternal Fairytale On-line』の『唯一神』にして真神智会議グノーシスの発案者でもあった。


「早速だが、今回の汝らを召集したのは他でもない――百合薗圓ローザ=ラピスラズリという存在について考察を深めるためだ。我が国ルヴェリオスは遠くないうちにローザと戦うことになる。その前に、でき得る限り情報を集めておきたいのだ」


「なるほど、素晴らしい考えでございますね。世界は憂鬱に満ち満ちている。その憂鬱の要因そのものである人間種の排除のためには、『唯一神』への道を閉ざす創造者ローザを倒さねばならない。ええ、我々は共有すべきです。先の愚者ミーミルの失敗から学び、創造者ローザという人間を研究し、その隙を突いて倒す。それこそが、『唯一神』に相応しいスマートな戦い方でございましょう」


 カエサルの呼び掛けに、メランコリーが狂信的な光を湛えた瞳を炯々と輝かせながら応じた。


 メランコリーは『憂鬱』の体現者だ。しかし、彼は決して憂鬱していない。彼は世界が憂鬱だと感じていると信じ、世界の憂鬱の要因そのものである人間の排除を冀う狂人であった。

 正義と悪、立場によって入れ替わる悪、生まれることの無く生者の存在を揺るがし得る、有り得べからざる可能性こそが悪、人間という存在が根底に持ち、何らかの理由で世界から切り離された瞬間に姿を表す人間の根幹に存在する悪――『憂鬱』の体現者は語る。「真なる悪とはそのようなものではない」と。

 存在するだけで世界を汚し、自然を、生態系を破壊し、資源を空費し、無尽蔵に増殖する人間こそが悪そのものである、と。人間が生きている、というだけで人間は大罪を犯している。傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰……そのようなものは、単なる表層の罪に過ぎない、メランコリーはかく語る。

 もし、仮にメランコリーが人間が星を飛び出し、宇宙へと足を踏み出しているということを知れば激しい怒りを覚えるであろう。母なる星を食い物にした挙句、その星を捨て新たな星を食い物にしていく人間。その姿を癌細胞や、世界に蔓延るウィルスと表現する姿がありありと思い浮かぶ。


 彼の願いは『人間のいない世界の創造』であった。間違いなく、ぶっちぎり一番で『唯一神』の中で最も危険思想を持つ存在である。

 人間そのもののカタチをした、人間の魔モノが『人間のいない世界』を理想とするとは、何とも皮肉めいた因果である。


『ならば、最初はシャマシュから話を聞くべきであろう。最初に百合薗圓に接触したのは汝だったからな』


『確かに、我が盤上の駒と『管理者権限』を同時に得るために百合薗圓とそのクラスメイトをこの世界に招いた。我からは百合薗圓の力について情報を提供しよう。生憎と、我は百合薗圓の死後の情報を全く知らぬのでな。メランコリー殿には是非ともローザ=ラピスラズリという存在について教えて頂きたいものだ』


 アイオーンから話を振られたシャマシュが、そう前置きをすると、圓という存在について話を始めた。


『勇者として召喚された園村という男は、錬金術師と書写師というありふれた天職を持って勇者召喚された。勇者としてのスペックは大したものではないが、その本領を隠した状態でも与えられたものを完璧に使いこなし、戦えない者の力を戦える力に昇華させるほどの柔軟性を持っている。その本領は、前世において手に入れた剣術、忍術、暗殺剣、鬼殺剣、狙撃、近接無手格闘術、近接野戦短剣術、陰陽術、東洋呪術、闘気戦闘術、原初魔法、瀬島新代魔法、聖術、原初呪術の複合戦術であり、一つ一つはその道のトップには遠く及ばないものの組み合わせによって幾重にも力を引き出し、戦いを構築する化け物なのだそうだ。実際、迷宮に転移罠を仕掛けたここにいる使徒エアストは、圓によって【The three-necked skeleton centipede】が倒される姿を目撃している。いくらでも換えがある消耗品とはいえ、ドレッドナインボスの力は本物だ。あの時点で圓は既に勇者以上の力を持っていたことは確実だろう。圓の殺害に成功したのは、召喚された側の思惑や圓自身の生きることへの諦めが大きく影響していたことは間違いない。この情報も召喚された側に紛れ込んでいた圓――百合薗グループと敵対する瀬島一派からの情報だ。連中の凶手である「タワー」は恋心で目が曇った召喚勇者の鮫島、東町を利用して圓の殺害を企てた。結果的に我らの目的は一致し、様々な要因が合わさって圓の殺害に成功したということだが……正直、今の我であれば赤子の手を捻るが如く容易に殺すことができるだろう』


「随分な自信でございますね。では、次にローザ=ラピスラズリについて。彼女はご存知の通り、私とペアを組んでいる『スターチス・レコード』の『唯一神』ローザ=ラピスラズリが『唯一神』となって世界を超越した際に『スターチス・レコード』の世界が悪役令嬢の不在による世界崩壊を防ぐために『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』の裏ボス令嬢ローザ=ラピスラズリのデータを基に作られた魂無き抜け殻でした。そこに恐らくハーモナイアが圓の魂を押し込めたのでしょう。魔法の属性は微弱な光と魔王を凌駕するほどの闇。ポテンシャルとしては異常な域に達しています。……情報はここまでです。何分、『スターチス・レコード』は空白が多いものでして、既に我々でも知らない事例がいくつも存在していることが朧げながら分かっています。私も大した情報を得られておりませんので、カエサル様の申し出を受け『怠惰』を派遣した際に、『怠惰』の『管理者権限』が奪われたという程度しか分かっておりません」


「汝の話を聞く限り、あれは精神はともかく能力自体は凶悪極まりない存在だった。ローザに『怠惰』を倒すほどの力があるということは心に留めておかなければならんな」


『最後は我だな。アネモネ、マリーゴールド、ネメシア、ラナンキュラスの四人はほとんどリーリエの下位互換ということで見逃しても構わないだろう。問題はリーリエだ。『Eternal Fairytale On-line』のランキング一位のプレイヤーであり、実装されていたコンテンツをごく一部の取得不可能な項目以外全て網羅した化け物だ。剣術から魔法、即死や蘇生、時空操作までできないことはないと思った方がいいだろう。正直、カエサル――お前では太刀打ちできんだろうな』


 シャマシュ、メランコリー、カエサルが苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

 予想していたことではあったが、予想以上だった。アイオーンが静かに語った事実は、『怠惰』の死すら当然のことだと受け入れざるを得ないほどの情報。

 真に警戒すべきなのは圓でもローザでもない。


『とにかく、緋色の瞳と濡れ羽色の艶やかな黒髪を持つ吸血姫には気を付けろ。あれに対して効果的な駒を、我はアザトホース以外には知らん』


 コンプリート-オムニバースから取り出した青い世界に押し込められた、眠り続ける不定形な泡立つ盲目白痴の影を見せながら、アイオーンはそう断言すると最初からその場所に居なかったかのように姿を消した。


 アイオーンの中で無数の宇宙ユニバースが滅びを迎え、何の脈略もなく無数の宇宙ユニバースが誕生した。

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