Act.6-20 対帝国前哨戦〜フォルトナ王国擾乱〜 魔界教の襲来 scene.3

<三人称全知視点>


 カリエンテとスティーリアの背に乗り、リーリエとオルパタータダは数十分足らずで目的地に到達した。


 魔モノの大軍がゆっくりと草原を南下している。幸い、その魔モノの群れによって壊滅した村や町はないようだが、このまま進軍を続ければ被害は避けられないだろう。

 魔モノの大軍の中には黒いフード付きローブを纏った人間のような人影も見える。


 『魔界教』――魔王が討伐された『スターチス・レコード』の世界で誕生した邪教団体で、人間の負の感情と魔力が合わさって生まれた魔モノの頂点である八体の『枢機大罪の魔モノ』を信仰している。

 彼らの頂点には枢機司教と呼ばれる者達が君臨し、異世界化した世界ではその一人一人が『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』の『管理者権限』を有している。


 今回、フォルトナ王国に進軍しているのは『管理者権限』を持つ『魔界教』の枢機司教はスロウスと『鈍足の大罪スローリー・シン』を中心とする『怠惰』の勢力だ。

 『鈍足の大罪スローリー・シン』が亀を模した魔モノのため、その行軍速度は普通の魔物のスタンピードと比べてもかなり遅いが、その力を侮れが大敗に喫することになるだろう。


「おっ、着いたな、早速降りて――」


 オルパタータダがカッコよくジャンプして飛び降りようとした瞬間、カリエンテが宙返りを決めて背中に乗っていたオルパタータダを口でキャッチすると、思いっきりオルパタータダを地面に投げつけた。

 激しい音を立てて地面に衝突し、人型とクレーターを作る。


『わ、我はローザに背に乗ってもらいたかったのじゃ!! ローザの頼みじゃからここまでは乗せてきてやったが、後のことは知らん!』


「あ……そうだったんだねぇ。ごめんねぇ、言ってくれれば良かったのに」


『カリエンテって案外ツンデレなところもあるのですわね。しかし、大丈夫なのですか? 人間は基本的に脆い生き物――』


「あ……痛たっ。いきなり口で咥えられて投げられるとか心臓が止まるかと思ったわ。クソ笑えるぜ? 国王である俺にこんな仕打ちできる奴ってそうそういねぇからなぁ。まあ、格好つけたかったんだけど、こうなったら致し方なしだな」


 全身武装闘気を纏ったオルパタータダは全くの無傷で軽々とクレーターの中から這い上がってきた。

 気遣った当の本人から全くの悪気もなくあっさりと否定されたスティーリアは僅かに憮然とした表情を見せた。


「スティーリアさん、カリエンテさん。とりあえず降りよっか?」


 リーリエを乗せたスティーリアと、空っぽの背中のカリエンテは地面に降り立ち、二体の古代竜エンシェント・ドラゴンは人の姿へと変わった。


「それじゃあ、開戦の準備と行こうか? オルパタータダ陛下はこの剣を突き立てて、合言葉を」


「――おう、任せとけ!」


「「《蒼穹の門ディヴァイン・ゲート》!!」」


 白いナイフを中心に二つの金色の空間が地面に広がっていく。

 そして、眩い光が爆発した瞬間――人間、エルフ、ドワーフ、獣人族、海棲族、種族を超えた混合戦力がフォルトナの地に顕現した。



 多種族同盟軍とフォルトナ王国の騎士団から成る混成戦力と魔モノの群れが衝突し、遂にフォルトナ王国擾乱の最初で最後の戦い武力衝突が幕を開けた。

 さて、戦いの主軸であるリーリエと『怠惰』の枢機司教スロウスと『鈍足の大罪スローリー・シン』の戦いを見る前に多種族同盟軍とフォルトナ王国の騎士団の個々の活躍から見ていこう――。



 ブライトネス王国の騎士団勢力――ジルイグス率いる第一騎士団、ディーエル率いる第二騎士団、モーランジュ率いる第三騎士団、そこにシモン率いる王国宮廷近衛騎士団を加えた戦力はそれぞれ陣を組み、魔モノ達との戦いに臨んだ。

 王国宮廷近衛騎士団――王国と宮廷、そして国王とこの一族の守護を司る騎士団だが、その肝心の王は隣国の王やら王弟やら、二年前の状態に戻ってしまった大臣と共にとっとと突撃してしまったので、彼らは王族の守護という仕事を放棄せねばならず、こうして他の騎士団と共に魔モノの群を討伐することになったのである。


 とにかく戦闘脳のラインヴェルドと愉快な仲間達は片っ端から強い魔モノを狩っている。イスタルティ率いる天馬騎士団やペルミタージュ率いる陸上騎兵団も天馬ペガサスや軍馬に騎乗して突撃しているが、彼らの戦い方ではどうしても討ち漏らしが出てしまう。


 ブライトネス王国の騎士団の仕事は彼らが狩り残した残党狩りだが、その魔モノの数も想定を遥かに超えるもので決して楽な仕事とはいえない。

 騎士団を部隊ごとに幾つかに分け、部隊をローテーションさせながら戦うという戦法を取って持久戦に対応しつつ、隊長格がとにかく敵を倒して戦力を削ぐという戦法を取っているものの、敵の数は一向に減っていない。


「――風纏-クラック・ロード-。風爪神速剣-ストームマグナ・ヴェロシティ=六倍速-!」


 風を纏ったディーエルの剣が《混沌の使徒-虎-ティーグレ》を切り裂いた。混沌とした魔力が崩れ、四散する。

 最早見慣れた光景に何の感慨も抱くことなく次の獲物に剣を向ける。


「なかなか数が減りませんね」


「幸い、一体一体は大したことがねぇな。……全く、これで俺達だけが守備に回っていたなら簡単に魔物を討ち漏らして被害が出てるぞ。守備に回ってくれているド=ワンド大洞窟王国の宮廷騎士団と軍には感謝しねぇといけないな」


 ディーエルのぼやきに、モーランジュが遠い目をしながら返す。

 彼の頭の中に浮かんでいるのが、クソ陛下、暴走エルフ族長、ドワーフ王、エナリオスの国王、フォルトナ国王、天上の薔薇聖女神教団の教皇、天上の薔薇聖女神教団の神聖護光騎士団団長、兎人姫ネメシア教の三教主の顔であることが容易に想像がついたジルイグス達は心の中で溜息を吐いた。


 とにかく、どこの組織のリーダー格もアグレッシブ過ぎるのだ。守られるべき立場の王が敵陣に斬り込むとかどういうことだ!! とツッコミを入れたくなる気持ちをグッと我慢し、ただ暴れたいだけの阿呆共の尻拭いに思考を切り替える。

 幸い、軍部の最高司令官のパーン、宮廷騎士団長のロックスが中心となり、ブライトネス王国の騎士団とは反対側の防御陣の構築を行ってくれている。更に、その背後にはローザの提案により発足したフォリルスの街の教会の女子修道院長のルイーゼ=プファルツ率いる天上の薔薇治癒師修道会が負傷者の回復に当たってくれているため、これまでにないほど恵まれた環境で戦いに臨めていると言えるだろう。


 だが、その恩恵すら薄れさせてしまうほど、天上の薔薇聖女神教団の教皇アレッサンドロスは滅茶苦茶だった。「リーリエ様のために一匹でも多くの魔モノを駆逐するのです!!」と叫び、聖杖を片手に誰よりも早く戦場に飛び出していき、辻治癒と光魔法による攻撃を単独で始めてしまうという暴挙に出てしまい、それを止めるどころか神聖護光騎士団団長のヴェルナルドも「教皇臺下に続け!」と突撃して行ってしまった。

 他の国も似たり寄ったりだ。三文長が参謀として率いる魔法拳闘士団や、ミスルトウが率いる魔法戦士団と精霊術法師団、兎人姫ネメシア教の兎姫神親衛拳闘士団、エナリオス海洋王国の海洌戦士団もそれぞれ魔モノの群れの中に突撃して行っている。勿論、防衛ラインに到達する前に魔モノを駆逐するのが重要なことも理解しているが、「それでも少しは守備側に人を回してくれよ」と思わずにはいられないジルイグス達だった。



「「「「「「「「「「精霊術法・一角獣の疾風ユニコーン・ゲイル!」」」」」」」」」」


 エルフ達が手を翳すと同時に一陣の風が吹き荒れ、鋭い風が魔モノを切り刻む。

 その光景を見つめながらミスルトウは渋い顔を浮かべた。


「……やはり、緑霊の森ほどの威力は出ないか。精霊術法師団、精霊術法から魔法戦に切り替えてください!」


 精霊術法師団に所属するエルフ達が精霊術法を使った戦闘から魔法での戦闘に切り替えたのを確認すると、ミスルトウは「五重魔法陣|空疾烈刃《エアリアル・ライン》」を発動して目の前の魔モノを纏めて風の断層で切り刻んだ。


(……最悪の予想が的中してしまったようだな)


 緑霊の森やユミル自由同盟の領土は異世界ユーニファイドの精霊が多く棲み着いている地域として知られている。人間の住む地域では精霊が緑霊の森やユミル自由同盟の領土に比べて少なく、かつてのエルフの一部には「卑しい人間に精霊は愛想を尽かし、我々エルフを選んだ。我々は精霊に愛される人間よりも優れた種族なのだ」という理論を掲げている者達もいたようだ。


 勿論、今のミスルトウはエルフが他の種族よりも優れた種族とは思っていない。人間も、エルフも、ドワーフも、獣人族も、海棲族も、それぞれがそれぞれの特色を与えられ、生まれたデザインされた種族だ。

 エルフにおいて、その特色とは多重魔法と精霊術法だった……といっても、精霊術法に関してはエルフが精霊の存在を忘れてしまったために廃れてしまった技術だったので、実質的には多重魔法だけだったが。


 人間には精霊が見えず、エルフには精霊を認識することができた。人間と敵対していた時代のエルフにとって、精霊の力とは人間に対抗するための一つの武器だったのである。彼らにとって、精霊の力を十全に引き出せる場所を拠点にできるか否かは死活問題だった筈だ。

 エルフは精霊が多く集まる地域を選んで住むようになっていった。【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】もそんな精霊が多く集まる土地の一つだった。

 この時点で「卑しい人間に精霊は愛想を尽かし、我々エルフを選んだ。我々は精霊に愛される人間よりも優れた種族なのだ」という理論は悉く打ち砕かれる。精霊に愛想を尽かされて人間の棲む地域から離れられてしまったということはなく、精霊が多く住みつく地域をエルフが独占してしまったというのが事の真相なのだから。


 では、精霊が多く棲む地域も少ない地域の差は何なのか? その斑の理由はこれまでよく分かっていなかった。ローザの説明でも「そういう設定だから」と結論づけられていて、ミスルトウもその理由について深くは考えていなかった。

 しかし、このフォルトナの地で精霊術法を発動したことで、期せずしてその理由をミスルトウは知ることになる。


 土地には精霊の力を増幅する場所と、そうでない場所の二種類が存在する。そして、精霊の多く棲む場所は例外なくその精霊の力を増幅する場所だったのだ。

 しかし、そうなると何故精霊の力を増幅する場所とそうでない場所があるのかという話になり、再び思考の堂々巡りをしてしまうことになるが、これに関してはそれこそローザの「そういう設定だから」という考えが的を射ていそうだ。


 ところで、興味深い情報もある。精霊の力を増幅するスポット――緑霊の森とユミル自由同盟には共通する特産品があった。ローザが求めていた香辛料だ。

 地球においては香辛料は熱帯地方が原産のものが圧倒的に多い。しかし、緑霊の森やユミル自由同盟はどちらも熱帯気候では無かった。では、何故香辛料が緑霊の森とユミル自由同盟の領土の特産品となり得たのか?


 ローザは香辛料を取引できる環境にして以降、その問題について触れずにいる。輸入が可能な状態になった時点で、ブライトネス王国での香辛料の栽培から興味を失ったようだ。

 ローザはそれを「そういう設定だから」と処理したようだが、ミスルトウはその理由が精霊にあると考えている。

 自然の象徴である精霊の存在によって、気候条件を無視した植物の栽培が可能になるのではないかという仮説だ。


 獣人族は精霊を見ることができないながらも、精霊が多く棲む地を拠点にするようになった。彼らは豊かな地を求めていき、最終的に精霊が多くする地を選ぶことになったのだろう。このことからも、精霊と豊かな植生には大きな繋がりがあることが推測できる。


 ローザは温室栽培や魔力による促成栽培という方法で香辛料栽培のハードルを超えることに成功した……が、もし精霊の力によって気候条件を無視した植物の栽培が可能になるとすれば、香辛料以外の栽培が困難な植物に関しても育成ができるようになるではないか? そして、それは精霊の力を増幅する場所とそうでない場所の条件が明確になっていない現状では産業面でエルフの強力な武器となり得るのではないか。


 そこまで思考したところで、ミスルトウは思考を戦場に戻した。

 戦いはまだ終わっていない。それどころか、エルフの武器である精霊術法がほとんど効力を発揮しない状況に追い込まれているのだ。

 精霊に関する考察は戦いが終結してからするべきだろう。


「ストームブリンガー……風刃空断!」


 気を引き締め直し、ミスルトウはストームブリンガーから十二本の風の刃を生やすと襲い来る魔モノの群れに向けて斬撃を放った。

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