Act.6-21 対帝国前哨戦〜フォルトナ王国擾乱〜 魔界教の襲来 scene.4

<三人称全知視点>


「あぁ、もう嫌でございます!! 何故私がこんな莫迦者共のお世話をしないといけないのでございますかッ!!」


 戦場のど真ん中で一匹の兎……否、兎人族の女が叫び声を上げた。

 最弱の種族の弱気な族長から一転、ブチ切れているか、恨み節を言っているかの二択と成り果てたメアレイズに同僚のサーレとオルフェアが可哀想なものを見るような視線を向ける。


「意味が分からないのでございます!! 今回の戦いは防衛戦――ブライトネス王国の騎士団やド=ワンド大洞窟王国の宮廷騎士団と軍のように防衛のための陣を敷き、交代制で仕掛けて手傷を負ったものは治療に当たってもらうというのが定石なのでございます! 無策で突っ込むなど思慮の欠片も無い獣の所業。ええ、最初から分かっていた話でございますよ! 獣人族が所詮知恵無き獣と同レベルだということは! お前らが本能に従う脳筋なのは承知の上、それなのになんで私がお前らの世話をしないといけないでございますか!?」


「ンダとコラッ! 誰が脳筋だ!?」


「それこそ、ゴリオーラさんみたいな人を脳筋って言うのでございます! 脳味噌まで筋肉で本当に救いようが無いのでございます!!」


「メアレイズさん、それくらいで落ち着いてください。貴女の気持ちはよく分かりますから」


 オルフェアがメアレイズを宥めようとしたのとほぼ同時にブチ切れたゴリオーラがメアレイズの頬を思いっきり殴った……が、ゴリオーラの手に纏っていた武装闘気を遥かに上回る武装闘気によってその攻撃は意味を為さない。


「そもそもでございますよ! 私は絶対に文官にもなりたくないし、指揮官にもなりたくは無かったのでございます! それをヴェルディエ様がどうしてもというから仕方なくやっているのでございますよ!! 大体、文官というのは武官とは比べられないほどの大仕事なのでございます! ブライトネスのクソ陛下とエルフの暴走族長に振り回され、アーネストさんと、ミスルトウさんと、ハインさんと、ヴィアベルさんと一緒に忙殺される日々……サーレさんもオルフェアさんもいらっしゃいますし、私が抜けたって問題はないでございますよね? こんな最弱の種族の族長が文官のトップの一人にいるという時点で面白くない方々もいるのですし、そんなに言うならやめてやるでございます!! こんな仕事、したくないのでございます!!」


「サーレは狡いと思うのです。メアレイズが抜けたらなんとか今まで回ってきた仕事も回らなくなるのです」


「……メアレイズさん、どうかご辛抱ください」


 脳筋な獣人族には珍しい頭の回転の速さが武器のメアレイズ。その仕事の処理能力や参謀としての能力は流石はヴェルディエが一目を置くというだけあって獣人族随一と言っても過言ではないほどだ。

 更に、ネメシアによって鍛えられた兎人族の強さは最早獣人族でも上位に入るほど――猩々人族のゴリオーラの本気の拳を受けて傷一つ付かないほどの圧倒的な力を兎人族の族長メアレイズは手にしている。


 最早、彼女を最弱の種族だと本気で思っている者はいないだろう……が、ゴリオーラのように過去の印象を引き摺っている者は二年経った今でもまだ幾人かいるようである。


「……メアレイズさん、一つお聞かせくださらないかしら? 何故、ヴェルディエ獣王様をお一人で行かせたの?」


 ネメシアからのアドバイスから目、首、心臓、肝臓、腎臓、鳩尾を重点的に狙うようになった猫人族の長のイフィスは魔モノの急所を的確に貫きながら、メアレイズに尋ねる。


「簡単な話でございますよ? ヴェルディエさんは一騎当千タイプ――ブライトネスのクソ陛下や王弟のように単独で戦場に放り込んだ方がより多くの敵を駆逐できるのでございます。大きな差は範囲攻撃――私達はヴェルディエさんと違って広範囲に攻撃する手段を持たないでございますよね? 私達のような者達が堅実に戦うのであれば、ブライトネス王国の騎士団やド=ワンド大洞窟王国の宮廷騎士団と軍のように防衛のための陣を敷き、交代制で仕掛けて手傷を負ったものは治療に当たってもらうのが正しいのでございます……獣人族には難しくても、これが紛れもない正攻法なのでございます」


 しかし、メアレイズの考えた戦術が採用されることは無かった。


「おい、真似すんなッ! 俺が先に攻撃しようとしたんだッ!」


「お前こそ、邪魔すんな! 牛頭は引っ込んでろッ!!」


 相変わらず仲の悪いギュトーとバトーウは競い合うように魔モノの群れに突撃していき――。


狼突進ウルフ・ダッシュ!」


熊・撃・爪ベアー・フェイタル・クロー!」


 狼人族の族長ウルフェスが突進攻撃で魔モノの群れを次々と吹き飛ばしていき、鋭い爪に武装闘気を纏わせた熊人族のヴォドールは次々と魔モノを砕き、掻き分けながら先へ先へと進んでいく。そして、彼らに追随するように獣人族の若者達も好き勝手に魔モノを討伐していた。

 ククリナイフの二刀流で魔モノと戦う獅子人族の長のフォッサス、蛇腹剣を得物とするラミリア、青龍偃月刀にも匹敵する巨大な太刀を得物としているヘルムートの三人はウルフェスやヴォドールほど積極的に攻めてはいないが、それでも連携はせずに個々に戦いを繰り広げている。


 メアレイズもこの事態を想定できていなかった訳ではない。獣人族という種族が連携を得意としていないことは寧ろ誰よりもよく理解していた。

 長年見下されてきた兎人族の長であるメアレイズの言葉に誰も従わないことも最初から理解できたこと。メアレイズがブチ切れているのは、連携に不向きな獣人族を纏めて軍として運用しなければならない参謀という成立していない仕事に従事しなければならないことと無策で突っ込む莫迦者達のお世話をしなければならないことに対する怒り故だった。


 つまり、「お前達が好きにしているのになんでお前らの後始末を私がしないといけないのでございますか!?」ということである。

 自分の指示に従ってくれないのは、まあ仕方ない。彼女が許せないのは、好き勝手暴れているのに状況が悪化すれば参謀のせいにする未来が容易に想像できる、そんな彼らと根気良く向き合い戦いを最良の方向に向かわせなければならない参謀という理不尽極まりない仕事に従事することを強要されているということだった。


「この状況で参謀は必要ない筈ございますよね? ラーフェリアさん達は防衛の仕事に従事してくださっているでございます。貴方達が好き勝手やっている以上、私達参謀が下すべきなのはお前らでリスクマネジメントして死なないように戦えというただ一点だけなのでございます。もう正直な話、作戦とかとうの昔に諦めているでございます。もう私も参謀の任を解かれてもよろしい筈でございますよね?」


「……そういう訳には参りません。ヴェルディエ様からは我々が状況を見て指示を出すことを求められているのですから」


「オルフェアさん、私達の指示が全く届かないのに参謀の仕事に従事する必要があるのでございますか? 最早、参謀の仕事は破綻を来しているのでございます。私達が居ても居なくても状況は好転しますし、悪化するのでございます。ここで時間を費やすなどそれこそ愚の骨頂――」


「何を言い争っているっスか?」


 メアレイズとオルフェア達との間に割って入ったのは一人の狐人族の女性だった。

 狐人族族長のアルティナ――アネモネの弟子の一人で、役職にもつかずに好き勝手していることで有名だが、その人懐っこい性格とネメシアの弟子という立場が相まって誰からもそのことを咎められることがないという不思議な存在である。


「ラーフェリアさん達は強いから問題ないっスよね? 脳筋連中も命大事にくらいは分かると思うっス。元々獣人族が連携して戦うのが難しいのはメアレイズさんも分かっていたっスよね? 参謀だからって、無理矢理型に嵌めて最善を尽くそうとする必要はないと思うっスよ。こうやって個々で暴れるのが獣人族本来の特色なんっスから。獣人族最強を誇る兎人族の防衛と、好き勝手暴れている獣人族の力を組み合わせ、他のメンバーがその穴を埋めさえすれば何の問題もないっス。そういう仕事はオルフェアさん達がやれば問題ないっスよね? ということで万事解決っスよ! それじゃあ、とっとと行くっスよ?」


「……アルティナさん、お待ち下さい。メアレイズさんをどこに連れて行くおつもりですか?」


「メアレイズさん、忘れているみたいっスけどウチとメアレイズさんは時空騎士クロノス・マスターっス。時空騎士クロノス・マスターは非常時に限っては軍の支配に従う必要はなく、個人個人で戦場を好転させる切り札となるべく事に当たることが求められているっス。ここで参謀の仕事をやっていても何にもならないっス。ここはサーレ達に任せてウチらは時空騎士クロノス・マスターとしての職務を全うするっスよ!」


「…………あっ、そういえば私って時空騎士クロノス・マスターでございましたね。すっかり忘れていたでございます」


「……まさか、本気で忘れていたとは思わなかったっス」


 『時空魔導剣クロノスソード』を四次元空間から取り出して帯刀すると、『霹靂の可変戦鎚ドリュッケン・ミョルニル』の二刀流の完全装備を整え、『妖狐を統べる者の杖ナインス・テイル・スタッフ』を手に持ったアルティナの後を追う。


 そのメアレイズ顔に笑顔が浮かんでいた理由は、彼女が戦闘狂だったから……という可能性は否定させてもらおう。

 こうして、メアレイズの溜まりに溜まったストレス発散のための戦いが幕を開けた。そのためだけにボコボコにされる罪なき(?)魔モノ達は泣いていい。

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