Act.6-7 フォルトナ王国の三人の王子達 scene.1

<一人称視点・アネモネ>


 王宮の一室――応接室と思われる煌びやかな部屋にオルパタータダに連れて行かれたボクは、そこで三人の王子と顔を合わせることとなった。


 一人目は第一王子のルーネス=フォルトナ。父親譲りの淡く輝くような金糸の如き髪と、宝石のような金緑色の瞳を持つ七歳の少年で、その容貌は天使の如く愛らしい。

 あの【刺突の蒼騎士】のポラリスは彼が生まれた瞬間、赤子のルーネスを見た瞬間に自身の仕えるべき主君だと悟ったようで、それ以来彼のことを天使と呼んでいる。アクアの前世オニキスもこの評価については一致しているけど、彼個人を天使と呼んでいるポラリスと、小さな子供を可愛いと思う感性のオニキスではそのうち評価が乖離していくだろうねぇ。ちなみに、ボクは生粋の百合派だけど、小さい子供の可愛さについては一定の評価を示しているつもり……ただ、予測不能な子供は苦手な方だけどねぇ。ソフィスみたいな聡明な子供ってなかなかいないし。

 まあ、どちらにしろ本物の天使ホワリエルが聞いたらブチ切れそうな案件だねぇ……まあ、彼女も天使というよりは駄天使に分類されそうだけど。


 二人目はサレム=フォルトナ。母親譲りの燃えるような赤毛と宝石のような金緑色の瞳を持つ五歳の少年。顔には僅かに陰りがあり、第一王子と第三王子と距離をとっているところからも、既に子供ながらに派閥の問題を感じ取り、母親の過度な期待にも苦しんでいるように思える。

 大人しめの子で、この子がまさか兄と弟を毒殺して暴君になるとは思えないよねぇ……兄と弟が楽しそうにしている光景を遠目から眺めている姿はなんとも哀愁を感じさせる。


 三人目はアインス=フォルトナ。スフォルツァード侯爵家の令嬢ジャンヌとも共通する黒髪に宝石のような金緑色の瞳を持つ三歳の少年。確かに、ジャンヌよりも二ヶ月誕生日が早い従兄なんだっけ?

 天真爛漫な笑顔を浮かべていて、ルーネスにべったり。この子が後々にブライトネス王国に亡命し、何かと派手な噂が絶えない攻略対象になるとは思えないよねぇ。


 ってか、意図してないけど七五三!? まあ、偶然で特に意味はないけど。


「今日からお前達の家庭教師になるアネモネさんだ。隣国ブライトネス王国の出身で若くして商会経営もしている、ブライトネス国王の覚えもめでたい女性だ。忙しいお方だからずっと滞在してもらうって訳にはいかないだろうが、数年はこの国に滞在してもらえるそうだ。貴重な機会だからしっかり活かしてくれ」


「アネモネと申しますわ。平民の生まれでルーネス殿下、サレム殿下、アインス殿下の家庭教師という大役が務まるか不安でいっぱいですが、オルパタータダ陛下のご期待に応えるべく精進して参ります。よろしくお願い致しますわ」


 オルパタータダがジト目を向けていたけど気にしない……ってか、正体明かす訳にはいかないでしょう? まだ、平民からヘッドハンティングされて連れてこられたって方が信憑性が高くないかな?


「遠路遥々ありがとうございます。ルーネスと申します。これからよろしくお願いします、アネモネ先生」


「……サレムです。よろしくおねがいします」


「おべんきょうのせんせい? いやだ、ぼくおべんきょうしたくない」


 と、まあこんな感じで三人との顔合わせは終わった。……まあ、アインスは……仕方ないよねぇ、三歳だし……ん? 三歳? まあ、他の子と比べても仕方ないか。


 それから二年間、特に状況が動く訳でもなくボクは三人の教育係として王宮で過ごす傍ら、ブライトネス王国に戻ってラピスラズリ公爵家に顔を出したり、ビオラ商会の会長としての仕事を進めたりしながら暮らした……まあ、夜間しか帰れないから大した仕事はできないんだけどね。

 一方、アクアとドネーリーディランの方は漆黒騎士団と行動を共にしていた。すれ違いの日々が続き、たまに遭遇した時は「会いたかったぜ親友!」と叫ぶディランがうざかった。


 あちらはあちらで充実した生活を送っているらしい。時々シューベルトを怒らせたオニキス達が王宮の中を駆け巡ってぶっ壊したり、ぶっ壊れたり、ぶっ壊れたりしていた……うん、絶対に教育上良くないよねぇ、ここ。

 時代が動き出すのはそれから二年後――第三王子のアインスとボクが五歳になる頃だった……。


 ……うん、アネモネとして過ごし過ぎてローザの時間が止まっていたから時空魔法でちゃんと五歳児にしたよ?



<一人称視点・アネモネ>


 フォルトナ王国の王宮の侍女服もすっかり馴染んだ頃、ボクは今日分の授業を終えて割り当てられた部屋に向かって王宮の廊下を歩いていた。

 この二年という月日は三人の王子殿下との関係の構築にも役立ったようで、今ではボクのことを見て「せんせ〜い!」と元気よく呼んで駆け寄ってくるくらいに仲良くなっている。

 サレムと二人の王子の間の溝も埋まってきたようで、仲良く三人で授業を受ける姿も日常になってきた。


 勿論、そう簡単にサレムと二人の王子の距離感が大きく近づくことはない。『スターチス・レコード』では二人の王子とサレムの距離が遠く、サレムが二人に羨望を抱きながら成長して最終的に歪んでしまった。


 シヘラザードから掛けられる過度な期待。決して愛されることなく、褒められることもなく、ただシヘラザードが権力を手に入れるための道具としか見られない。

 サレムにとって、ルーネスとアインスは眩し過ぎる光だった。憧れても、決して届かない光――そんな二人に憧れ続け、そしてそんな二人に悪意の刃を向けてしまう。


 シヘラザードは二人の王子殿下とサレムの接触を決して良しとしなかった。今回、ボクを家庭教師に招いたことにも反対し、「あんな女がサレムの家庭教師に相応しい筈がない」とオルパタータダと正室イリスの前で言ってのけ、ボクに対しても何度も嫌がらせをしてきた……勿論、その全てを貴族らしい微笑を浮かべながら受け流してやったし、シヘラザードが放った暗殺者は新しく開発した分解魔法で全て跡形もなく消し飛ばしてあげた。別に大した練度の暗殺者でもなかったし、毒使いでも無かったから拷問をして情報を吐かせる必要も無かったしねぇ。


 これほど横暴なことをやってのけているシヘラザードだけど、あの女はイリスと同じ公爵家の出なんだよねぇ。イリスのシルファー公爵家とシヘラザードのバニシング公爵家は古くからライバル関係にあり、シルファー公爵家から正妃が選ばれた際に最初は正妃の立場を奪おうとし、それが不可能ならとシヘラザードを側妃の位置に滑り込ませた。古くからある公爵家ということでオルパタータダも無碍にすることはできず、こうして横暴を許してしまっている。


 フォルトナ王国の中枢は今やシルファー公爵家とバニシング公爵家の争いの場と化している。目の上のタンコブだったアーネェナリアに普段からいじめ紛いのことをしていたのもこのシヘラザード……と、悪役令嬢の最終形態みたいな存在だけど、乙女ゲームみたく断罪されることはない。

 いや、その断罪は最終的にサレムによって成されるのか……これまで王になることを強要され、都合のいい政治の道具として使われていたサレムはシヘラザードをも手に掛け、暴君になる。結局、『スターチス・レコード』でもフォルトナ王国の新国王即位と同時にバニシング公爵家は歴史の幕を下ろすことになる……vanishing消えゆくという家名に相応しくねぇ。


 まあ、救いようのない側妃のことはほっといて、サレムのことに話を戻そうか? これは、今から約一年前――ボクの三人の王子から少しずつ信頼されるようになった頃のこと。


『……せんせい。ぼくはどうすればいいんだろう?』


『どうしたんですか?』


『……おかあさまは、おにいさまやアインスといっしょにいちゃいけないって。でも、ぼくはふたりとなかよくなりたいんだ。……でも、おかあさまをかなしませたくない。どうすればいいんだろう?』


『サレム殿下。貴方様はどうなさりたいのですか? シヘラザード様がこうしなさいと言っているから、ではなくサレム殿下が本当はどうしたいかという気持ちに正直になるべきだと思いますわ。人生はたった一度しかありません。悔いがないように生きるのが一番だと私は思いますわ。サレム殿下の人生はサレム殿下のものですから、本当に望む道を進むべきです』


 その助言が切っ掛けになったのか、その日からサレムはルーネスとアインスに改めて「仲間に入れて」とお願いし、二人もそれを快諾した。イリスも三人が仲良くする姿を微笑ましく眺めている。

 この四人の関係は本当に見ていて微笑ましいねぇ……まあ、ボクにとっての一番はやっぱり百合なんだけどさ。


 その一方で、シヘラザードからの仕打ちは一層強くなっていった。最早児童相談所が動かないといけないレベル……異世界にはないけど。

 これ以上はサレムの身が危険だと判断したオルパタータダとイリスはサレムとシヘラザードを引き離し、今はイリスが三人の王子を平等に愛して育てている。


 面白くないのはシヘラザードだろうねぇ。ボクに対する嫌がらせも度を超すようになってきて、ボクの命を狙ってくる暗殺者の数も増えた。悪役令嬢ローザさんもびっくりの所業、怖い怖い……そのうち、この国の暗殺者が軒並みいなくなるんじゃないんだろうか?

 もし、ボクが普通の転生者だったら病んでそうだねぇ。良くも悪くも残酷で図太い性格で良かったよ。


 ……これが、サレムにとっての本当の幸せかどうかは分からない。結局、サレムにとって母は大切な存在だった。母に認められたいから努力してきた。シヘラザードにとってサレムが政治の道具であったとしても、サレムにとってシヘラザードは大切な人だった。

 彼は兄と弟という憧れと近づくことと引き換えに母から遠ざかった。イリスはサレムにとってきっと第二の母、居場所となっているだろうけど、シヘラザードに認められたい、愛して欲しいという欲求は今も強くあると思う。

 そして、場合によってはボク達は――。


 ……何かを捨てなければ何かは手に入らない。全てを手に入れようとすれば、全てが手から流れ落ちて何も残らない、か。確かにそうかもしれないよねぇ。

 でも、ボクはそういう何かを捨てなければ、っていう思想がどうにも嫌いなんだよねぇ。理想があるなら貫けばいい、欲しいものがあるなら血反吐吐いても手に入れるべき――そのためになら、魂を買う悪魔にでもなってやるよ。


 それが、投資家――百合薗圓、だからねぇ。

 ……まあそれも、シヘラザードに僅かばかりの良心が、親心が残っているなら、だけど。


 ……ところで、侍女二人が廊下の先から来るのを見計らって、床に寝転がって呼吸を止め、死体を演じている赤毛の青年…………近くに漆黒騎士団……というか、オニキスの仲間達はいないみたいだし、事情を知っているボクがなんとかするしかないかな?

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