Act.5-90 ド=ワンド大洞窟王国国王との謁見という名の一騒動 scene.1

<一人称視点・アネモネ>


 翌日、ボク達使節団のメンバーはド=ワンド大洞窟王国の第二の門でサーレ達先行隊と合流していた。


 ちなみに、使節団のメンバーはボク、アクア、ディラン、プリムヴェール、マグノーリエ、真月の五体と一匹。目立つ琉璃にはお留守番をお願いして、真月には影の中に隠れてもらっている。まあ、念のためにねぇ。


 第二の門には一昨日門番をしていた警備隊員の男の他に、メイドのような衣装を身に纏った少女の姿があった。

 一般的に思い浮かべるドワーフと違って体毛はほとんどなく、ロリ体型。アクアも鼻血を出しているけど……この人、多分成人しているよ?


「お初にお目にかかります。ド=ワンド大洞窟王国の侍女長を務めておりますエリッサ=ヴォン=リゼローズ=ダ=ド=ワンドと申します。以後お見知り置きくださいませ」


「…………なるほど、手練れのようですね。諜報の仕事もしていたりするのですか?」


 エリッサは涼しい顔をしたまま表向き聞き流している……けど。


(何故、私が暗部の長を務めていることを見抜くことができたのだ? 侍女長を務めているという言葉に嘘はなかった。嘘から私の肩書を看破したという可能性はないだろう……ならば、一体どこで)


「アクア、とりあえずエリッサさんを見て悶えるとはやめましょうか? 失礼ですからね。――エリッサさん、複雑に考え過ぎですわ。私は身のこなしから手練れだと判断した訳ですが、そこで貴女が暗部の長であるということまでは掴めていませんでした。わざわざそのような情報を相手に晒すような真似はしないほうがいいですよ」


「ま、まさか私の心を読んだのですか? そんなまさか……」


 どうやらボクだけに驚いているみたいだけど、ボクを含めて見気が使えないのはサーレとカエルラだけだよ? 心が乱れに乱れまくっているアクア以外の見気使える面々は今のエリッサの心の声を聞けたと思うけどねぇ。


「そんなことよりも、とっとと謁見の間まで連れて行ってもらえねぇか?」


「そ、そんなこと!?」


「ディランさん、流石に酷いんじゃないっスか? この人のプライドを持って仕事をしているんスよ? ……というか、よく立ち居振る舞いから一発で暗部の人間か判断がついたっスね? この人が自分で言うまでウチにはただのメイドさんにしか見えなかったっスよ?」


「じ、自分では言っていません!! 私は何も言っていませんからッ!!」


 乱れに乱れまくっているねぇ。結局冷静沈着なキャラの筈のエリッサを元の落ち着きある性格に戻すまで数十分を要した……大変だった。


「それでは、国王陛下のもとに案内致します」


 エリッサに案内され、ボク達は王宮の中を進んでいく。

 しかし、随分と天井が高い。ドワーフの平均身長は百二十センチから百五十センチだった筈だけど、この王宮の天井高は大凡二百五十センチメートル……普通ならここまで天井高は必要ないと思うんだけど。


「こちらが謁見の間になります」


 謁見の間に入った時にその理由が判明した。いや、予想はしていたよ? 寧ろ予想通りだったよ? まあ、これくらいしかないよねぇ?


 ドワーフの平均を超える身長百九十センチメートルの長身で、筋肉質ながっしりした体付き。

 左右に侍る軍人、騎士、魔法師、侍女――いや、侍女は暗部の人間だねぇ――彼ら彼女らを優に超える背丈を持つ玉座に座る男、彼こそがこの国の王なんだろうねぇ。


「ようこそド=ワンド大洞窟王国へ。我が名はディグラン=ヴォン=ファデル=ダ=ド=ワンド、ド=ワンド大洞窟王国の現国王である」


 猛烈な覇気がディグランから吹き荒れた。抵抗力が無いものであれば心が心酔するほどの猛烈な覇者の威圧……いやぁ、凄いねぇ。「マナフィールド」を部分発動して防がなかったら、今頃抵抗力低めなサーレとカエルラなら今ので落とされていてもおかしくは無かったねぇ。アルティナならまだ可能性はあったかな?


「ほう、今ので支配されぬか。なかなかの胆力を持っているようだな。――汝等の書状、読ませてもらった。既に亜人種族に対する差別は少しずつなくなっており、汝等はエルフや獣人族と和解、提携を行っていると、そして我が国とも同盟を結びたいと、そう言うことだな。ハハハハ、良かろう! ただし、条件がある。まずは、我々ドワーフに対し、人間が行ってきた非道に対する賠償請求。そして、ブライトネス王国が我がド=ワンド大洞窟王国の属国となるならば汝等を我らの庇護下に置いてやらんでもない」


「交渉決裂だねぇ。それじゃあ、用も済んだし帰るとしようか?」


 流石にマグノーリエ達もこれには心底呆れたようで、死んだ魚の目をしながら無言で頷いて同意してくれた。


「いいのか? 汝等はドワーフの技術と潤沢な資源を欲していたのだろう?」


「資源なら他の当てを探しますし、技術だってまあこれから少しずつレベルを上げていけば問題はないでしょう? どこの世界とは言いませんが、ドワーフの力を借りずとも人間だけの力で宇宙まで飛び立つことだってできたという実績があります。――私達同盟がド=ワンド大洞窟王国に与えた選択肢は二つ。このまま互いに不干渉を貫くか、参加国全てに上下関係のない、技術面や通商面、国防面等で相互協力を行うことを目的とした同盟に参加するかの二つ。それに対し、ド=ワンド大洞窟王国が下した決定は同盟との敵対、支配下に置くと……そういうことでよろしいのですね?」


 軍人に軍刀を、騎士に槍を、魔法師に杖を、侍女にナイフを構えられた――つまり、これはボク達に対する明確な敵対行為ということになるねぇ。


「で、どうするんだ、親友アネモネ? 俺達は全くこういう状況を想定してねぇぞ?」


「どうするもこうするも、本当にどうしようねぇ? 一番平和なのはここから脱出してド=ワンド大洞窟王国との同盟を諦める。次に平和なのがここで反撃に打って出てドワーフを支配下に置く。三つ目に、ドワーフという種族を根絶やしにする……マイルドなのからブラックなものまで各種取り揃えているけど?」


「いいんですか、お嬢様? 最後のはどう考えてもやり過ぎな気が」


「資源だけを得るならドワーフの領土を奪えばいいからねぇ。寧ろ、こういった戦は殺すことを躊躇ったらそこで終わりだよ。変に情けをかけるといつか返り討ちに合う。人を呪うなら穴二つ――そうならないためには根こそぎが一番手っ取り早いからねぇ。徹底抗戦すると決めたんなら、奴隷に落として労働力に使うとかそんな甘いことを言っていたらダメだよ? 支配なんていつまでも続く訳じゃないし。……まあ、本当は平和に同盟を結ぶか、互いに不干渉を貫くかその二択の中から選んでもらいたかったんだけどねぇ。ドワーフの過ちは欲張り過ぎたこと――ということになるねぇ」


 正直練度もそこまで高くはない。ボク、アクア、ディラン、マグノーリエの四人で覇道の霸気を放っただけでドワーフ側の戦力は残り五人にまで落ちた。

 国王ディグラン、侍女長のエリッサ、後は軍部長と騎士長、魔法師長と思われる三人……まあ、エリッサに関しては本当に嫌々付き合っているって感じだけど。汗出まくっているし、今にも逃げたそうに「頼むからこっちには攻撃しないでください」って目で懇願しているし。


 既に謁見の間は覇王の霸気の効果で発生した黒い稲妻によってボロボロに――というか、四人で覇王の霸気を使うと霸気同士がぶつかって無駄な二次被害を出すから、次からは誰か一人が使うようにした方がいいかもねぇ。まさか、同時に四人ともが覇王の霸気を使うとは……ハッピーアイスクリーム?


 今の霸気の被害で五人とも思考が停止したみたい。「はっ?」と表情で固まった四人は無視して、ボクは『銀星ツインシルヴァー』を抜き払い、遅れて剣を構えたディグランの大剣を思いっきり切り裂いた。

 パリン、と音を立てて剣先が床に落ちる。


「…………ははは、いや、すまなかった。汝等の実力を見極めたいと思ってな。我も傲慢不遜な態度をとって挑発したことについては謹んで謝罪し…………って、ちょっと待つのだ!!」


 完全にド=ワンド大洞窟王国を見限ったボク達をディグランは引き留め、その後滅茶苦茶もてなされた。



<一人称視点・アネモネ>


「書状は読ませてもらった……が、その上で具体的に我が国は汝等と同盟を組んだ際にどのような利益を得ることができるのだ?」


「なんか、普通にさっきのことを無かったことにして話を切り出しているけど、本来あの場でボク達に喧嘩売った時点でド=ワンド大洞窟王国に選択権はないからねぇ」


「ぐぬぬ……確かに虫のいい話だとは思っている。だが、実際ドワーフという種族はこれまで人間に散々な目に遭わされてきた。それに、あの場で汝等を捕らえられれば同盟を組む必要もなくなっていただろう。国益を考えればあの場で汝等を捕らえるのがベストだった」


「それで、返り討ちに遭って心証だだ下がりになっていると。親友アネモネが慈悲深くなかったらさっきの失敗でこの国滅んでいるからな? 本当、冗談抜きで」


「そもそも、亜人差別を無くす活動もアネモネさんの善意によるものです。その結果、愚かな一部のエルフ以外は少しずつ人間とも関わりを持てるようになってきています。その関係を根本から瓦解させるような真似をするとは、流石は土竜ですね。いえ、土竜に失礼でした、土竜に謝ってください」


 エルフの中ではドワーフを差別する言葉として、土竜という隠語が使われるらしい……けど、その土竜に謝れ、とは。随分とマグノーリエもご立腹みたいだねぇ。


「まあ、ボク達も伝統ある王宮の謁見の間をズタボロにしちゃったし、その件も不問にして、後はさっきの謁見での一連の流れを無かったことにしてくれるなら交渉をスタートラインにまで戻してもいいけど?」


「――ほ、本当かッ!?」


 まあ、実際は時間魔法を使って壊れる前に戻すこともできるんだけどねぇ。

 まあ、ドワーフ側にも人間に対する並々ならぬ恨みがあった。エルフや獣人達の時にだってこのような事態になる可能性だってあった訳だし……というか、【エルフの栄光を掴む者グローリー・オブ・ザ・フォレスト】の件が正にそうだし……しかも、ミスルトウという頭を失った今、より面倒な存在へと成り下がっているからねぇ、連中。


「まあ、国防どうのこうのってのは各国が話し合って決めることだし、ボクには関係ない話だけどねぇ。主にボクが関係するのは持続可能な社会を目指した商取引の方――エルフや獣人族の場合、そのメインは香辛料などになる。まあ、政治的にやるのは同盟に参加している国同士の通商を認めることで、そっから先は各国の商会が個々で契約を結んでいくんだけどねぇ。……それで、ドワーフがこの同盟で何を得るかだっけ? 一つは軍事面。君達ドワーフはシャマシュ教国とオルゴーゥン魔族王国を仮想敵としているように、ボク達は書状に書いたヨグ=ソトホートを一応仮想敵として想定しつつ、それら災厄級の魔物が攻め込んできた場合に相互協力してこれを打破することを目的に同盟を組んでいる。ボクの目算では、ヨグ=ソトホートを含むレイドボスクラスの魔物の戦闘力は魔王にも匹敵する……まあ、この認識で大凡間違いはないだろうねぇ。ド=ワンド大洞窟王国が同盟に参加した場合、仮にド=ワンド大洞窟王国がこれら災厄級の魔物から攻撃を受けた場合は同盟に所属する各国から武力支援を受けることができるようになる。ただし、ド=ワンド大洞窟王国が同盟に所属していない場合は付き合いがある国からなら可能性はあるかもしれないけど、ブライトネス王国からは一切援助を行わないということになる。ボク達は一切の干渉を行えないということは、君達が災厄級の魔物に攻撃されていても支援することはできないということにもなるかねぇ。ただ、ド=ワンド大洞窟王国がボク達と関わったがために巻き込まれるという可能性もあるし、他国が災厄級の魔物に攻め込まれている場合には戦力の提供をしなければならない。まあ、良し悪しだねぇ」


「なるほど……援助を受けられなくなるのは痛いが、他国が災厄級の魔物からの襲撃を受けた場合は派兵しなければならないか。同盟を組むことが必ずしも良いことという訳ではないようだな」


「二つ目、技術提供。ボクの手元にはボク個人の力では実現可能ではあるものの、民間で作ろうとすると数段技術革新を行わなければならないといけない技術がある。この技術をド=ワンド大洞窟王国に提供した上で、それをブライトネス王国に卸してもらう。間違いなく開発面でのド=ワンド大洞窟王国の雇用は増えるだろうし、外貨の獲得も可能になるねぇ。三つ目、ブライトネス王国は今、文化面で大きく発展していてねぇ。まあ、うちの商会が切っ掛けなんだけど……。最近では緑霊の森でもその影響が出ているみたいだし、同盟に所属すればその文化面での発展の恩恵を受けられるんじゃないかな? まあ、大体は三つ。ド=ワンド大洞窟王国が生産した製品を売って得た外貨は、各国で消費され、循環してそれぞれが潤う。国ごとに特色はあるし、得意分野はあるけど、個人個人にまで目を向けたら物作りが得意なエルフや獣人だって、文化面で類い稀な才能を持つドワーフだっているかもしれない。そういう人達がいずれは同盟参加国に進出して、刺激を受けあって、より良いものを作っていく。そして、いずれは生まれた種族も国も関係なく、多種族が共生する世界を作りたい……って、最後のは理想だけどねぇ」


 まあ、そんなに上手くいくとは思っていないけど。

 とりあえず、理想は大きく持っておこうと思ってねぇ。


「なるほど……して、その技術提供に対し、我が国はいくら出せば良いのだ? その技術で作ったものを販売したとして、何年かで元が取れる計算にするつもりだろうが」


「特にお金を取るつもりはないよ。近々、ブライトネス王国の商会にも無償で公開するつもりだからねぇ。ただ、ド=ワンド大洞窟王国に匹敵する資源をブライトネス王国は保有していないから、ド=ワンド大洞窟王国が断然有利だけど。より多くの企業が参加すればその商品の値段は下がる。そうなければ手も届きやすくなるでしょう? 別に技術の提供でお金を取ろうなんて思わないよ。これはより良い未来への投資のつもりだからねぇ」


 そろそろ、ディグランの天秤が急速に同盟側に傾いてくる頃かな? 緑霊の森やユミル自由同盟よりも、ド=ワンド大洞窟王国の方が同盟に入った時の旨みが多いからねぇ。


「情報は出揃ったな。……これほどの大きな決断だ、我の一存で決める訳にはいかない。国の幹部と相談させてもらっても良いだろうか?」


「元々そのつもりだからねぇ。えっと、幹部ってのはさっきの覇王の霸気を浴びて気絶しなかった暗部の長兼侍女長のエリッサ、後は軍部長と騎士長、魔法師長と思われる三人……この辺りかな?」


「ほう、エリッサが暗部の長だと知っていたか。後々紹介しようと思っていたが、うちの幹部は暗部の長のエリッサ以外に大臣のハイン、軍部の最高司令官のパーン、宮廷騎士団長のロックス、宮廷魔法師長のヴィクトス――この五人だ」


 まあ、大凡予想通りだったねぇ。


「ところで、さっきの力は一体なんなのだ? 我の英雄霸気に似て非なるもののようだが」


 抵抗力が無いものであれば心が心酔するほどの猛烈な覇者の威圧――あれって英雄霸気っていうんだねぇ。まあ、その実態は膨大な魔力による威圧と魅了の組み合わせなんだけど。


「戦闘技術の情報提供は同盟を結んでからねぇ。それと、あんまり手の内を見せない方がいいよ?」


「流石に教えてはもらえんか。……エリッサ、彼女達を客間に案内してくれ」


「それには及ばないよ。……ボクもド=ワンド大洞窟王国を見て回りたいしねぇ。アルティナさん達が借りた宿があるでしょう? そこで何部屋か借りればいいんじゃないかな? 長引けばブライトネス王国に戻るつもりだし。まあ、その場合でも連絡用の水晶経由で連絡もらえれば来るから、同盟を組む場合でも鎖国を続ける場合でも一応結果だけは聞かせてねぇ」


「分かった。だが、監視に一人連れて行ってもらいたい。汝等だけでこの国を自由に動き回ってもらう訳にはいかないからな」


 ここでディグランの要望を断ってまでボク達だけで行動する利点はない。素直に応じてエリッサの部下一人が監視役として付くようになった。

 まあ、その部下も女性で侍女服姿だから、暗部の人間だと城下の人間に悟られることはほとんどないだろうけどねぇ。


 こうして、ボク達は暇を潰しつつド=ワンド大洞窟王国を堪能するために暗部の人間一人と共に王宮を出発した。

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