Act.5-79 使節団再開直前〜悪役令嬢の忙しい一日〜 scene.1 上

<一人称視点・アネモネ>


 翌日、ボクは久しぶりに王都の冒険者ギルドを訪れていた。

 目的は、今日冒険者ギルドに戻ってくるヴァケラー達を連れてミーフィリアの庵とシグミの街に行くため。『聖精のロンド』とヴァケラー達を引き合わせたいと思っていたからねぇ……ついでにヴァケラー達の装備も強化したいし。


 ちなみに、アクアとディランはブライトネス王国、緑霊の森、ユミル自由同盟の三者同盟の締結に向けた会議に参加中。アーネスト達文官陣営にメアレイズという強力な助っ人が加わったから……ではなく、今回は流石に出席しないといけないだろうと二人とも真面目モードに移行しただけのようで……まあ、メアレイズじゃ流石に王宮のクソ共に勝てる訳がないよねぇ。

 で、ディランが妥協案として提案したのがアクアを参加させること……いや、そういう小難しいことが苦手なアクアには最悪の仕事だよ、それ。まあ、あの二人はセットだし誰からも異論は出なかったけど。


 なお、プリムヴェールとマグノーリエは二人でデート……じゃなかったショッピングに出かけたそう。ああ、ついて行って百合を鑑賞したかったなぁ……って、ダメダメ。また使節団始まったらいつ休みがくるか分からないし、ヴァケラー達もいつ次の依頼をこなすために出発するか分からないからねぇ。ベストなのは今日しかないし…………嗚呼、残念。


 冒険者ギルド近くのいつもの路地裏に『管理者権限・全移動』で転移し、久々に冒険者ギルドへ――。


「お久しぶりです、ヴァケラーさんとターニャさんと『疾風の爪』の皆さんっていますか?」


「あっ、お久しぶりです、アネモネさん」


 うわぁ、なんかあんまり日が経っていない気がするけど随分雰囲気変わったねぇ。なんというか、一つが二つ殻を破ったみたいに猛者感が出てきたよねぇ。


「【メジュール大迷宮】に行ってきたのですよね? どうでした?」


「って言ってもやっと六十一層まで到達したところで撤退してきたから先はまだまだ長そうなのよね……」


 ティルフィが自嘲めいた笑いを浮かべているけど、そもそも高難易度大迷宮レイドダンジョンだからねぇ……まだまだ浅瀬とはいえ十層を一単位としたフロアボスを六体討伐した計算だし。


「アネモネさんはユミル自由同盟……獣人族の国と同盟を結ぶ使節団に参加していたのですよね? それで、どうなりました?」


 やっぱり、興味あるのはハルトだけじゃないみたいだねぇ……いつの間にか冒険者ギルドの全員が聞き耳を立てているし、タイミングを図り損ねて出て来れなかったギルドマスターのイルワも一緒に聞き耳立てているし……もしかして、陛下から報告されてないの? あっ、冒険者ギルドに伝える必要のない情報か。


「使節団関連だと……ユミル自由同盟に行って同盟の打診をしてみると、獣王決定戦に出場することになり、そのための条件として新たに発見された【アラディール大迷宮】の探索をすることになりました。【メジュール大迷宮】や【ルイン大迷宮】、【フェレッヴェル大迷宮】と同じ高難易度大迷宮レイドダンジョンを制覇し、その後の獣王決定戦で優勝しました。……私は断ったのですが、名誉獣王の称号をいただいてしまいまして」


 ちなみに、この名誉獣王……ただの称号ではなく、獣王と同等の権力を永久付与するという意味不明なもの。ただ、この権力を誰に渡すかということで議論になったようで、兎人姫ネメシア教からの圧力もあって結局ネメシアに付与することとなった……まあ、結局ネメシアもボクなんだけどねぇ。また本地垂迹の問題だねぇ。


「えっ……それって、ロー……じゃなかった。アネモネさんが高難易度大迷宮レイドダンジョンを攻略したってことですよね!?」


 ……ターニャ、危うくバレる所だったじゃないか。まあ、もうバレている人にはバレているから今更なんだけど。


「そうですね。ちなみに、高難易度大迷宮レイドダンジョンは基本的に全千階層。その最下層には迷宮統括者ギア・マスターと呼ばれるSSSランク級の魔物がいます。より区分を具体的にしますと、フルレイドクラスのレイドボスに匹敵する強さですね」


 以前にも話したけど、大規模戦闘レイドにはいくつかの種類が存在する。基準となるのは八人で組むことが可能なパーティで、これを基準として二つのパーティを合わせた十六人からなるものをハーフレイド、三十二人からなるものをフルレイド、六十四人からなるものをレギオーレイド、そして、百二十八人からなるものをオーバーハンドレッドレイドと呼ぶ。

 欅達やエヴァンジェリンはこのフルレイドクラスのレイドボスに匹敵するとボクは目算している……まあ、超越者プレイヤーが三十二人居て勝てるレベルってことだから、この世界では相当な化け物に変わりはないんだけどねぇ。


高難易度大迷宮レイドダンジョンの最下層に到達すると、それまで倒したボスを合算した討伐報酬を入手することができ、更に迷宮内に魔物を留めておくことができるようになります。その額はこの国で換金が可能になってからですが、最大で贅沢しなければ一生食っているレベルの大金を手に入れることができます。……まあ、あまりお勧めはしませんが」


 一瞬目の色を変えた冒険者達も流石にSSSランク級の魔物と戦うリスクを考えると無謀だなぁと踏み止まったみたいだねぇ……うん、あれに挑むのは自殺行為だよ。


「だが、高難易度大迷宮レイドダンジョンから魔物が出てこないようにできるというのは大きいな。しかし、千層となると時間も掛かるだろう?」


「私もあらかじめそれは分かっていたので地下八百層までぶち抜いて、下から螺旋階段を設置して八百層からスタートしました。時間短縮のためにそのような方法を取りましたが、本来は一層一層自分の足で踏み締めて慣らしていく必要があると思いますので、あまりお勧めはできませんが」


「……いや、そもそも迷宮の八百層を丸々ぶち抜いて攻略するなんてことはアネモネ殿でもなければできないからな。……しかし、SSSランク級の魔物までいるとなると攻略はほぼ不可能か。そもそも千層もの高難易度大迷宮レイドダンジョンを攻略するとなると食料の問題なども出てくる」


「あんまりやりたくはないですが、五、六百層までなら穴開けておくこともできますよ? ただ、わざわざ迷宮攻略しなくても外に出てくる魔物を倒していけばスタンピードの発生は起こりませんし、その手間を惜しむならともかく冒険者に迷宮付近の魔物の討伐が依頼され、かつそれが完遂されているのであれば、高難易度大迷宮レイドダンジョン攻略はあまりにも現実的じゃありませんし……ただ、そうですね。もし、それでも一攫千金を目指すという冒険者の方がいるのでしたら、いっそ試してみてもいいかもしれませんね? フルレイドクラスのレイドボスにどこまで立ち回れるのか?」


「……あー、なんか話の雲行きが怪しくなってきたなぁ。イルワさん、絶対に聞かないでくださいよ!! アネモネさんのことですから、また、なんか特大の爆弾発言嚼ましますって!!」


 ヴァケラー達はボクのことを一体なんだと思っているんだろうねぇ。


「……どちらにしろ、もう何か起きているのだろう? それなら、把握しておいた方がいいのではないか? 正直、ギルドが壊れて豪華になる訳ではなければ別に後は常識が破壊されようがどうでもいい……そもそも、これ以上破壊される常識もないだろう?」


 イルワはイルワで……ボクを非常識か何かだって思っているの? ボクは至って正常だよ? ただ、君達スターチス・レコードの物差しと『Eternal Fairytale On-line』の物差しが違うだけで……まあ、これが違う物差しのもの同士を安直にごちゃ混ぜにした弊害なのだよ。


「前に冒険者ギルドに登録に来た欅さん達――七星侍女プレイアデスがいましたよね? 彼女達が丁度今フルレイドクラスです。それから、【アラディール大迷宮】の迷宮統括者ギア・マスターを従えることにも成功しています。フルレイドクラスの実力を知るのなら丁度いい相手ですよね?」


「……確か、前にギルドを訪れた時はSランク程度の力しか無かった筈だが」


「まあ、魔物限定の強化方法があるとでも思ってください。ただ、身体に実力の方が及ばないと問題が発生するので実力の方も身体能力を十全に生かせるようにしばらく信頼できる方にみっちり技を仕込んでもらいましたが。その結果、欅さんは迷宮統括者ギア・マスターのエヴァンジェリンさんに勝てるほどの力を手に入れたという訳です。いくら力があってもその力を十全に使いこなす技がなければ意味がない――迷宮統括者ギア・マスターに付け込める隙があるとすれば、その技倆の部分でしょう」


「その強大な力に抗える力を持っていることが前提だがな……。とはいえ、目指す場所を実際に体感するというのは貴重な体験だ。良かったら欅さん達に希望者の実力を見てもらえる機会を作ってもらえるようお願いしてもらえないだろうか?」


「確かにそれは素晴らしい話ですね。是非、欅さん達に伝えておきます。それから近々、元迷宮統括者ギア・マスターのエヴァンジェリンさんにも冒険者登録を促してみますので、お手合わせの機会は作れると思いますよ」


 他の冒険者達が顔を真っ青にしているけど……別に任意だからねぇ。まあ、模擬戦だし、いい機会だと思うから向上心のある人には積極的に参加してもらいたいけどねぇ……そのつもりでこの流れに持ち込んだ訳だし。


「さて、本日はヴァケラーさん、ターニャさん、『疾風の爪』の皆さんにお願いがあって参りました。本日はまだ依頼を受けていませんよね?」


「あっ、はい、まだ受けてませんが……なんか嫌な予感が」


「ターニャさんもですが、君達私のことを何だと思っているのですか? 今日は皆様に紹介したい方々がいるのです。知っておいて損はない人達ばかりですよ?」

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