Act.5-77 獣王決定戦決着〜結ばれる同盟と兎を崇める新興宗教〜 scene.1

<一人称視点・ネメシア>


「まあ、こんなものかな? 勝敗は決したんだし、いい加減敵意を解いてもらいたいんだけど……」


『わ、我が負けるだと! そんな……我は古代竜エンシェント・ドラゴンなのだぞ!?』


『だから何なのですか? 高が古代竜エンシェント・ドラゴン如きが最初からお姉様に勝てる訳がないのです! 勝敗は決しました、お姉様に貴女は負けたのです。大人しくお姉様のものになりなさい』


 武装闘気を纏わせた植物の剣をカリエンテの首に当てた欅が殺気の篭った視線を背後からカリエンテに浴びせる。


「ああ、やめておいた方がいいよ? 欅はレイドランクだからねぇ。ヨグ=ソトホートほどではないにしろ、このユミル自由同盟をたった一人で壊滅に追いやれる力を持っている。――確かに古代竜エンシェント・ドラゴンは強い。伝説に恥じない強さを持っている……けど、ある世界では最強でも、世界観が違ったら負けることだってある。この世界はまさに、そういった次元の違うもの同士が混ざり合って構築されつつある世界だからねぇ。あまり自分の力を過信し過ぎるのは良くないだろうねぇ。少なくとも、古代竜エンシェント・ドラゴンはボク達超越者プレイヤーやレイドエネミーよりも弱いことは証明されたけど、ボクだって最強って訳じゃないし、上には上がいる訳だからさ」


 まあ、自分で設定したから強さのスケールはわかっているつもりだけど……フレーバーテキストに過ぎなかったものが実体化していたり、名前だけのものが尾鰭や背鰭がついて厄介なものになっていたりする可能性もある訳だからねぇ。

 現に古代竜エンシェント・ドラゴンは『スターチス・レコード』に設定があるってだけで登場シーンがきっちり削られた本編に登場しない存在だし。


『……我の敗北だ。負けを認めよう。……改めて、我はヴォルガノン火山に棲まう火竜帝の古代竜エンシェント・ドラゴンカリエンテ=カロル・ヴルカーノ。公爵令嬢ローザ=ラピスラズリ、我は汝に忠誠を尽くすことを誓おう』


 真紅の鱗が砕け散るように割れ、中から赤いスリットの入った赤いドレスを纏った、燃えるような赤い髪を腰まで伸ばした美人の女性が姿を現す。あれ? 予想した見た目と違うんだけど……もっと好戦的で勝ち気そうな、或いはキツめ美女を想像していたんだけどな、おかしいな?


『…………今更ですが、これってライバルを増やしたってことですよね? このままだとお姉様からの寵愛が更に減ってしまう!?』


「減らすも何も、ボクは基本的・・・に平等に愛するからねぇ。従魔が増えたからって、興味を無くしたり、可愛がらなくなったり、そういう無責任なことはしないよ?」


 ……ボクは別にどっちかが上とか、ご主人様とペットとかの関係じゃなくて、同等の友人みたいな関係になりたいんだけど、この子達はそういうのを許してくれそうじゃないからねぇ。


「それじゃあ、改めて……ヴェルディエさん、獣王防衛おめでとう。早速だけど、ボクは今からうちの国王とエルフの族長さんを迎えに行くから、同盟入りをするか、鎖国を続けるか結論を出しておいてねぇ。ヴェルディエさんが開国派なのはボクも知っているけど、やっぱり獣人族の未来を決めるんだから獣人族の大多数が納得した結論にした方がいいだろうからねぇ」


「……お主がそこまで言うのなら、族長達を集めて多数決を取るとしよう。……じゃが、結論はもう決まっていると思うがのぉ」


 ……面倒なことにならないといいなぁ、と思いながら、ボクはプリムヴェールとマグノーリエと共に食い道楽をしているタチの悪い大人達の回収に向かった。



「ああ、食った食った! やっぱり縁日の屋台って最高だよな!」


「豪快な骨付き肉に、ステーキに、焼きトウモロコシに、本当に縁日は最高なのですよぉ!!」


「美味しかったけど、小腹空いたな……お嬢様に何か作ってもらおう」


「おいおい、親友、流石に親友ローザも怒るんじゃないか? 俺達結構金貨使っちゃっただろ? まあ、お腹減っているんだから仕方ないけどな。俺も親友ローザになんか作ってもらおう」


『うーん、ボクもお腹減ったな。ローザさんに頼んだら美味しいもの作ってくれるかな?』


「……パパもみんなも食べ過ぎだよ。太っちゃうよ」


 ……これ、ストッパー連れて行かなかったの失敗だったかもねぇ。外来種ピラニアに根こそぎ食われた後みたいに屋台が軒並み店仕舞いしているよ!


「あっ、お嬢様! 小腹減ったんで何か作ってくれませんか?」


「「「「「「「「「「お前らまだ食うんかよッ!?」」」」」」」」」」


 ……本当にうちのクソ共がすみませんねぇ。


「まあ、獣王決定戦の打ち上げも兼ねて料理を振る舞うつもりではいたけどねぇ。琉璃と真月にもそのつもりでアナウンスはしておいたし。ちょっと時間掛かるから先に会場に戻っておいてくれないかな? ジーノさん達呼びつつ調理の準備してくるから……」


「流石に人数多過ぎるじゃねぇの? 一体何人分なんだよ、それ」


「…………八千人分? 流石に厳しいから一食分作って後は【万物創造】で複製して済ませるつもりだけど」


 まあ、味は変わらないし別にいいんじゃないかな? 本当は一つ一つ手作りしたいけど、人数も人数だし。


「アハハハハハ、マジかよ!! クソ笑えること本当毎回思いつくよな! 味は変わらないんだろ? 別に俺はアリだと思うぜ? あっ、俺にはちゃんと手作りしたのくれよ! 国王命令だ!」


「食革命は最強の手札なのですよぉ! 香辛料の素晴らしさと料理の美味しさを獣人族に植えつけて二度と手放せないようにしてやるのですよぉ!!」


 本当にこの二人クソだよねぇ……なんで上司ってこんな奴ばっかりなんだろう?

 えっ、ヴェルディエ? あの人はミーフィリアと一緒で多分「別になんでもいいけど、私は巻き込むなよ」タイプだからねぇ……毒にも薬にもならんよ。


 その後、ボクはラインヴェルド達と別れてジーノ達の元に向かった。

 メアレイズ達に結果を伝えると「一位と二位は最初から分かっていたのでございます。それで、結局多数決で決めるのでございますか? まあ、最弱の兎人族には選択権もクソもないので関係ないことにございます」って言っていたけど、ヴェルディエは間違いなくメアレイズ……というか、兎人族にも投票権を与えるだろうし、万が一同盟を結ぶとなったら文官として採用されると思うけどねぇ。

 獣人族の中でも一二を争う頭脳派だし……とてもそうには見えないけど。


 ジーノにここにいる面々を闘技場に連れて行くようにお願いした後、ボクは遺物級レリックの「調理」用テントで調理を開始した。

 ちなみに、メインディッシュは香辛料の素晴らしさを伝えるためにまたしてもカレー……格別大好物って訳じゃないんだけどねぇ。

 あっ、獣王決定戦の打ち上げ改めてカレー祭は大盛況で幕を閉じました……獣王決定戦そのものより盛り上がるって本当に大丈夫なのだろうか?



 あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ!


 まずは獣王決定戦の打ち上げが大盛況で幕を閉じたってのは話したよねぇ。

 その後の獣人族の族長と新獣王が会議して満場一致で開国に決まった……のは本当にどういう風の吹き回しだ! って思うけど、まあ置いといて。

 それから、ヴェルディエを頂点とする新体制が発足して、文官の最上位の三文長として頭脳派の兎人族のメアレイズ、梟人族のオルフェア、アルティナの親友だという自称「計算高い」狸人族のサーレ=信楽シン・ラ=ソルティ=ニュクテレウテースが選ばれた。


「勿論お断りなのでございます! 掌を返したようにこれまで蔑んで馬鹿にしてきた兎人族を持ち上げ始めるなんて、本当に気持ち悪いでございます! それに、今度は私を三文長の一人に指名なんて、絶対罠でございます! この後酷い目に合わせるのでごさいますよね!! アーネスト伯爵様とミスルトウさんからお聞きしましたでございます。文官になったらクソ陛下とエルフ族長に振り回されるって……私、そんなの嫌でございます! 村八分でもなんでも結構でございます!! どうせこの国に居場所なんてなかったのですから未練なんてこれっぽっちもないでございます!! 私はローザさんのところに亡命するでございます!!」


「…………悪かったのじゃ。これまで、儂らは主らを差別し、肩身の狭い思いをさせてきた。……じゃか、この仕事を任せられるのはお主しかいないのじゃ……儂も含めてこの国には脳筋しかおらんからのぉ。……本当に頼むのじゃ」


「ヴェルディエさんは誠実な人でございますし、信用できるのでございますが……しかし、嫌なものは嫌でございます! 絶対に引き受けないでございます!!」


「おい、メアレイズ! さっきから俺達が下手に出てりゃいい気になりやがって!! しばくぞてめえ!!」


「上等でございます! 掛かってこいや、でございます!!」


 その後会議室を崩壊させるほど暴れて、メアレイズがヴェルディエとサーレ、アルティナを除く族長全員をボコボコにしたみたいだねぇ……きっちり最弱の名を返上したみたいだけど、その後。


「おっ、ローザのところに亡命すんの? お前、凄い有能なんだってな? アーネストが仲間に引き入れたいって言っていたぜ?」


 っていうラインヴェルドの発言と、こっちこっちするゾンビみたいなアーネストとミスルトウを見て血相を変えて「やっぱり、文官の仕事謹んでお受けするでございます!」って速攻掌変えたみたいなんだよねぇ。


 そのままラインヴェルド、アクア、ディラン、エイミーン、ヴェルディエと文官のアーネスト、ミスルトウ、メアレイズ、サーレ、オルフェア、それと何故かボクを混ぜて全員で今後の方針を話し合うことになったんだけど……なんで毎回ボクが参加しているんだろうねぇ? しかも、会議の進行役と議長の役割って。

 会議の具体的内容は貿易関連や安全保障、新紙幣に関するものまで多岐に亘った。一介の公爵令嬢、しかもデビュタント前のボクが参加していいものじゃないと思うんだけどねぇ、みんな華麗にスルーしているし……。


 で、最初に戻ろう。


 あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ! なんと、新しい宗教団体が生まれてしまったんだ! しかも、獣人族で初めてボクの弟子となった兎人族のカムノッツを含む数人の獣人が立教すると同時に爆発的に信徒が増大して、兎人姫ネメシア教という巨大宗教団体に発展してしまった。しかも、この宗教――ボクの本地がネメシアだって言っているからタチが悪い……吸血姫リーリエを信仰している天上の薔薇聖女神教団と真っ向対立するじゃん……宗教戦争とか起こらないよねぇ? 過去に同じ神信仰している宗教でも幾度となく戦争が繰り広げられたし、宗教というか、認識の相違って割と大きな争いに発展しそうだから嫌な予感がしまくっているんだけど。


 ちなみに、本気でネメシアこそが本地だって叫んでいる兎人族はカムノッツ一人で、メアレイズ達は「どう考えても恐ろしいのはリーリエさんでございます! あの馬鹿、あんな恐ろしい戦いを見せられた後でなんでネメシアの方が本地なんて馬鹿なことが言えるのでございますか!!」と叫んでいたけど、全く心外だよねぇ、みんな可愛くて美しくはあるけど怖くはないんだよ? 「リーリエもアネモネもマリーゴールドもネメシアもラナンキュラスもみんな美しい! 悪役令嬢ローザは悪役顔」、はい、復唱!


 まあ、何はともあれ人間とエルフと獣人族の話し合いは明日以降もブライトネス王国の王宮で続けられるそう。

 あっ、ボク達は明後日からド=ワンド大洞窟王国を目指す旅です。休日は明日一日……結構ハードスケジュールで動いているよねぇ。



<一人称視点・リーリエ>


 そして、使節団再開当日。使節団メンバーの集合場所となっていたリルディナ樹海の外れには、約束していたアルティナと……。


「ウチの親友のサーレを連れてきちゃったっス」


 狸人族の族長サーレがいた……ってか、連れてきちゃったじゃないよ!! この人、三文長の一人だよ!!


 と、とりあえず時を戻そう。……まずは一昨日の続きと昨日の出来事から、カリエンテの話もしないといけないしねぇ。

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