Act.5-11 第一回異界のバトルロイヤル 一日目 scene.1 上

<三人称全知視点>


 ところ変わって極乾砂漠と呼ばれる、どこまでも砂漠が続くと錯覚するほど広大な砂漠が広がる世界にて。

 二人の騎士が背中合わせに戦っていた。


 一人は、ブライトネス王国の第一騎士団の騎士団長ジルイグス=パルムドーハ。

 もう一人は、ブライトネス王国の第二騎馬隊長ペルミタージュ=レストレイである。


 この所属の違う騎士二人はこの砂漠で出会い、戦う筈だった。

 そんな二人が互いに武器を向けることなく、寧ろ背中を預け合う状況に陥っているのは、目の前に溢れ返る黒い影達が原因である。


 通称、Silhouette。正しくはNull Silhouetteと呼ばれる「Bブルー.ドメイン」の探査用に作られたプログラムに、改良を加えたことで電脳体を「Bブルー.ドメイン」に移送する Career Service of Null Silhouette、またの名をCSNSと呼ぶシステムを更に今回のバトルロイヤル用に大幅にアレンジを加えたものだ。別に通路が暴走した訳でも、放置されて野生化した訳でもない。


「……そっちは後どれくらいだ?」


「十五体弱ですね。流石に無限にわんさか湧いてくることは無くて良かったです」


「とはいえ、背中を預けあった相手とすぐに命の取り合いをする気分にはなれんな。……全く最悪な奴らだ」


「俺は命拾いをしたと思いましたけどねぇ……どうです? このまま二人で組みませんか? ……実はHPが少し削られてしまったんですよ」


 怜悧そうな青年は少し自嘲的に笑って見せた。その腕にはバクったような揺れが生じ、ほんの僅かな部分ではあるがテクスチャが剥がれたように色を失っている。


 人型のヌル・シルエットは触れることでダメージを与える能力を持っているようだ。それ以外の攻撃方法は持っていないものの長期間触れられていればダメージが蓄積し、HPが無くなれば敗北する。

 幸い物理攻撃でも通用するようだが、いかんせん数が多かった。


 この砂漠で邂逅し、互いを倒そうとしていたジルイグスとペルミタージュだが、唐突にヌル・シルエットの群れに襲われ、ジルイグスは『ソニックブリンガー』で、ペルミタージュは相棒の大薙刀で応戦したものの、奇跡的にペルミタージュの攻撃を回避したヌル・シルエットに触れられ、ダメージを受けてしまったのである。


「一時休戦か……確かに悪くないな。今回のバトルロイヤルにはローザ嬢や国王陛下を筆頭に厄介な猛者達が参加している。私一人では到底彼らに太刀打ちできないが、徒党を組めば話は変わってくる」


「ということは、組んで頂けるのですか?」


「まぁな。今更お前と戦えと言われても興が削がれるから戦う気にはなれん。それに、このルールはある程度徒党を組むことを承認している節がある。初めてボスの討伐すれば五ポイントと報酬……だが、もし初めてボスを討伐した者が二人居たとしたらどうなるのか? 半分のポイントが渡されるのか、或いは五ポイントずつを獲得できるのか? 今お前を倒して一ポイントを獲得するよりも、お前と二人でボスを倒して五ポイントを山分けするのか、或いは二人合わせて十ポイントを獲得するのか、天秤にかけてお前と組んだ方がいいと思っただけだ」




「……なるほど、二人で五ポイントずつか……それは是非避けたいな」




 一人のリボンの似合う美少女メイドが、獰猛な笑みを浮かべ、ヌル・シルエットを斬り捨てながらジルイグスとペルミタージュに近づいてきた。


「…………オニキス、さん」


 ジルイグスは思わず後退った。相手は今でこそ見た目美少女のメイドになっているが、その中身は隣国フォルトナ王国最強と呼び声高い漆黒騎士団の隊長【漆黒騎士】オニキス=コールサックである。

 漆黒騎士団は化け物揃いで、その隊長のオニキスはブライトネス王国の各騎士団の騎士団長を凌駕する戦闘力を持つと噂されていた。


 騎士としての実力は【ブライトネス王国の裏の剣】の暗殺者としての実力と対比されるほどと噂されており、アクアとして転生し【ブライトネス王国の裏の剣】としての技術を学び、更にローザと出会い闘気の扱いを学んだことで、かつてのオニキスよりも数段強くなっている。


 身体能力面ではオニキスに及ばないが、それを補って余りある力を手に入れたアクアは、全盛期のオニキスを倒せるほどの力を持っているのではないかと、ローザをはじめとしてオニキスの正体を知る者達は考えているほどである。


「お前らも気づいているだろうけど、このバトルロイヤルでは多くのポイントを持っている必要はないんだよ。ポイントのインフレーションさえ起こさなければ、少ないポイントでもランキングの上位に組み込める。……ですから、申し訳ございませんが、ここで死んでください」


 アクアが騎士時代の口調からメイドの口調に戻し、可愛らしい少女のように笑った瞬間――大の大人二人は揃って脱兎の如く逃走を図った。


「――ッ! 逃すか!!」


 アクアは足元の土を抉るほどの瞬発力で弾丸のように前方へ飛び出した。

 元々ラピスラズリ公爵家の使用人の中で最速・・と言われた脚力は、迅速闘気で更に強化されている。


 『カレトヴルッフ』を構えたアクアがジルイグスとペルミタージュに向かって走り、丁度二人とアクアの間に現れた豹型のヌルを一瞬で両断し、何事も無かったかのようにタイムラグ無しで鉄砲玉の如く突撃した。


「チッ!! 武装闘気・一刀斬鉄!!」


 逃走を諦めたジルイグスは防戦に切り替え、『ソニックブリンガー』に武装闘気を纏わせてアクアに斬撃を放った。

 ジルイグスは目にも留まらぬ高速斬撃を得意としている。一瞬にして相手の剣の刃を切り裂くほどの腕前で、並の剣士を相手にするなら万に一つも負けはないと確信していた。


 ――だが、今回は相手が悪過ぎた。アクアは天性の勘で見気すら使わずに斬撃を見極めると、紙一重のところで躱してそのまま一撃を浴びせた。

 その瞬間、ジルイグスを見捨てて逃走したペルミタージュの姿が消え、アクアの背後に大薙刀を構えたペルミタージュが姿を現し、大薙刀を振りかざす……が。


「……幻影魔法で姿を隠したか。でも、それカレン先輩の魔法で見慣れているからな」


 呆気なく大薙刀による振りかざし攻撃を避けたアクアがそのまま大薙刀を握っていた両手を斬り落とした。


「流石にオニキスさんには敵わないか……」


「てっきり逃げたと思いましたけどね。……逃げても良かったのですよ。勿論追いかけましたが」


「……もし、ジルイグス先輩を放置して逃げたら後で恨みを買われそうですからね。というのは冗談で、そういう方ではないことは承知しています。……これが最大のチャンスだった筈ですが、やっぱり勝てませんでした」


「やっぱり、ラインヴェルドが選んだ騎士だ。俺を相手に立ち向かってきたのは凄いな……まあ、お嬢様に比べたらまだマシか。それじゃあ、ポイントをもらうよ」


 アクアの一刀がペルミタージュを貫き、HPバーを消し飛ばした。


「まずは二人か……。この調子で三日目に入るまでにできるだけ人数を減らしておかないとな」


 「Lリリー.ドメイン」内で使える青いウィンドウを開いてランキングを確認した現在一位のアクアは、三日目になる前に多くのプレイヤーを倒してポイントを獲得しておくために、プレイヤーを探しつつ、ボスの捜索に乗り出した。



「…………なんか、妙な場所に出たな」


 ところ変わって、約半分が海水で覆われた海中洞窟の最奥部で王弟バルトロメオは洞窟には似つかわしくない、巨大な扉を前に首を捻っていた。


「まあ、十中八九ボスの間って奴だな。初勝利だと五ポイントをもらえて別の世界に飛べるんだったか? この世界でまだ誰も倒せてないが、ボスを先に倒されても面倒だし、ここは一度挑んでおきたいな」


 ここまで来る間に襲ってきた大きな鰯のようなヌルの群れや突撃してくる魚型のヌルによって負った傷はこの世界に実装されている自然回復で癒し終えた。

 万全の状態の今ならボスと戦っても問題がないだろう。逆に、この万全の状態でボスを倒せないということは、バルトロメオでは他の世界に移動できないということになる。


 「挑むのが遅いか早いかの違いだけだ」と、バルトロメオは覚悟を決めて扉を開いた。

 中は無数の石の足場がある空間で、その下には海水が張り巡らされていた。


 海の中には黒い魚影……いや、ヌルの姿が見える。長いうなぎ……もとい海竜や海蛇のような存在が海底をゆっくりと泳いでいた。


「海の中で戦うか、陸で戦うかどっちか選べってことか」


 この世界では海の中でも普通に息ができる。泳ぎに関しては技術依存で、海底を歩く場合は速度が落ちるが、多少魔法に制限が出るだけでそれほど大きな問題が発生することもない。

 だが、水中は海竜リヴァイアサンのヌルの独壇場――攻撃手段は増える。その代わり、接触機会が増えるのだからバルトロメオ側にもチャンスは多い。


 一方、陸上では剣による直接攻撃が難しい。海の中から飛び出してくるのであれば多少は攻撃も可能であり、かつ水中では発動できない火属性の魔法で攻撃することも可能だが、リヴァイアサンを倒すまでには水中以上に時間が掛かってしまうのは確実だ。


「まあ、勿論海中で戦うんだけどな」


 バルトロメオは海に飛び込み、そのまま立ち泳ぎの要領で海中に留まった。


(……それじゃあ、勝負と洒落込もうぜ! 螺旋嵐刃!!)


 先手必勝とばかりに螺旋状の竜巻で攻撃する風魔法を発動するバルトロメオ。

 螺旋状の竜巻と化した風の刃はヌル・リヴァイアサンに直撃した……が、僅かにバグりが走っただけで、動きは止まらない。


 ヌル・リヴァイアサンが高速で水中を移動し、接近と同時に尻尾を大きく振るってきた。


(そんな攻撃は効かねえぜ! 武装闘気硬化、覇道の霸気付与! いくぜ!!)


 尻尾の一撃を躱したバルトロメオが高速斬撃を叩き込む。その数六撃……しかし、それだけでヌル・リヴァイアサンが沈むことはなく、身体を回転させて全方向に波を発生させた。


(――んにゃろ!!)


 流石のバルトロメオもこれには耐えきれず、一気に壁まで吹き飛ばされる。

 壁に当たった衝撃でバルトロメオのHPが一割くらい減った。


 更にヌル・リヴァイアサンの尻尾に小さな魔法陣が展開され、バルトロメオの周囲に泡が生まれて爆発し、HPを減らす。


(……遠隔魔法まで持っているのか。やっぱり、ボスっていうだけあるな。螺旋嵐刃、武装闘気硬化、覇道の霸気付与!!)


 バルトロメオは再び螺旋状の竜巻で攻撃する風魔法を発動する。しかし、今度は武装闘気と覇道の霸気を付与して更に強力なものと化した螺旋の刃だ。

 漆黒の竜巻は黒い稲妻を纏いながらヌル・リヴァイアサンに命中し……。

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