Act.4-17 エルフの女剣士の族長の娘〜ガオケレナの大集落〜

<一人称視点・アネモネ>


「おい、そこの馬車止まれ! 怪しい奴め……止まらなければ一斉に攻撃するぞ!!」


 と、エルフの集団のリーダーを務める二十歳くらいに見える美形エルフの青年が投降勧告を行ってきたけど……これって止まったら止まったで人間だって知られたら戦闘待った無し、無抵抗なら殺されるか奴隷堕ちか……奴隷堕ちバッドエンド多くない??


「……ああ、イーレクスだな。六十三歳の若いエルフで【エルフの栄光を掴む者グローリー・オブ・ザ・フォレスト】のメンバーだ」


 どうでもいいけど、六十三歳の若者ってパワーワードだよねぇ。……まあ、とにかくプリムヴェールが言っていたヤバい連中の一味だってことは分かった。……なんとなく、『二・二六事件』で立ちあがりそうな右翼の青年将校臭がするんだけど。


「……とりあえず、攻撃されたら面倒だし、無力化するのが一番だと思うけど、できるだけ傷つけないように弱目の覇道の霸気で軽く威圧しちゃってもいいかな?」


「どうせ、何をやったところで面倒な難癖をつけてくるだろう。……私も証言するつもりだが、人間と仲良くしている私達の話を連中が素直に聞いてくれるとは思えん。それが後々の交渉に響いても面倒だから、穏便に対処するのをオススメする」


「私も……できれば同族を攻撃するのは……最終手段で」


 まあ、交渉で不利になりたくはないし、できるだけ証拠が残らないように覇道の霸気で制圧するつもりだよ。

 馬車の中から覇道の霸気を放って……よし、エルフの集団を全員昏倒させることに成功。


 そのまま馬車を進めていくと、やがてちょっとした小山ほどもある巨木を中心とした都市……というよりは、大きな木の洞伽藍堂を利用したものや、小洒落たツリーハウスのようなものが立ち並ぶ巨大な集落のようなものが見えてきた。


「ここが、私達の故郷――緑霊の森の中心に位置する【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】です」


 ガオケレナ……確か、ペルシャ神話やゾロアスター教の伝説に登場する、世界海ヴォウルカシャの中ほどに立つ生命ハオマの巨木だったっけ。


『……そこの馬車、止まれ。ここはエルフ族の神聖な土地だ。ここから先に怪しいものを通す訳にはいかん』


「……あれは神樹衛士だな。【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】の治安維持を司る者達だ。彼らと敵対するのは【エルフの栄光を掴む者グローリー・オブ・ザ・フォレスト】と敵対するよりも悪手だ。ここは事情を説明して族長にお目通りを願うのが最善手だな」


「……一応、出奔したとはいえ私も族長の娘ですから魔物から助けたことを強調すれば少しはプラス評価になるんじゃないでしょうか?」


 ……マグノーリエって意外とエグいこと考えるよねぇ。それ、自分で提案しちゃう?


「それじゃあ、マグノーリエさんとプリムヴェールさんには降りてもらって一緒に交渉に当たってもらおうかな?」


「それが妥当だな。……マグノーリエ様」


「はい、参りましょう。ローザさん、プリムヴェールさん」


 馬車を降りると、そこにはミスリルの剣を帯刀したエルフの精鋭騎士達が居た。


「……人間だと!? な、何故ここまで入ってくることができた!? まさか、【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】を壊滅させてエルフを奴隷にするつもりかッ!」


「落ち着きなさい、ブランシュ=アルブル。……彼女達は悪い方達ではありません。森の魔物に襲われていた私達を助けてくださいました。……この方々は母に……族長に話があるそうです。そのため、遥々ブライトネス王国の地からこちらにやってきたそうですから、謁見の機会をお与えになってもよろしいのではございませんか?」


「――ッ! マグノーリエ様! お姿が見られなくなって、とても心配しましたが無事で何よりです。……族長もきっとお喜びになると思います。……畏まりました……人間、族長の娘を助けてくれたことには感謝する。だが、これで我々の怒りが消えた訳ではないし、お前達を信用した訳でもない。そのことを肝に銘じておけ」


 マグノーリエと共に神樹衛士のリーダー格が奥へと入っていき、残ったプリムヴェールと共にボク達は神樹衛士に包囲されながら【生命の巨大樹ガオケレナの大集落】の中心へとゆっくりと進み始めた。


「……しかし、いい国だねぇ。ここは。空気が美味しいし、実りもある。実に素晴らしい国だと思うよ。……自然と共存してきたエルフだからこそ、それを持続させることができた。……だから、プリムヴェールさん達にはこれからの交渉で……まあ、族長に拒否られたらそれで試合終了なんだけど……この国を守らないといけないよ。便利という名の最も恐ろしいものからねぇ」


「……この国を守る……か。アネモネ殿は決してこの国を傷つけることはないのだろう? 貴女はエルフを差別したりはしない。人間も、エルフも、ドワーフも、獣人も、海棲族も、魔族も――皆、差別することなく平等に接する……そうじゃないのか?」


「ボクも奴隷制度に関してはなんとか撤廃させたいとは思うし、エルフや獣人との国交締結を構想した段階であのラインヴェルドなら対策を講じるとは思うから、その点については安心していいよ。でも、ボクだって口八丁手八丁かもしれないから、ボク達の動きや誠意を見た上で決めることをおすすめしたいねぇ。……そもそも、信じられる訳がないよねぇ。今までボク達人間はエルフを迫害してきた、その事実は変わらない」


「――ッ! 貴女は決して今までエルフを差別したことはない……そうじゃありませんか?」


「一緒じゃないかな? 君が最初にボクに敵意を向けた理由がまさに答えだよねぇ。最初、ボク達がプリムヴェールさんやマグノーリエさんという個人を見ていなかったようにエルフも、ボクや他の人間を一纏りで考える。民間単位での交流と国家単位での交流が全く違うのと同じだよ。他国の政治を見て、その国にはそういう極端な思想の人達しかいない……と本来は考えるべきではないんだけど、ボク達はそうやって十把一絡げに考えてしまう。そして、そこに国の政治手法や思想を反映してしまうんだ。民間にどれだけ交流を持とうとしている人がいても、友好な人がいたとしても、国全体のイメージから固定観念を抱いてしまう……まあ、相手を知らないんだからそういう先入観が生まれてしまうのは仕方ないよねぇ」


 「森を見て木を見ず」なんていう諺もある訳だけど、近づかずに俯瞰で見ている限り、木を一本一本見ることはできない。

 接して初めて相手を知ることができる。……まあ、でもその民意の集合がイコール国の指針かといっても微妙だからねぇ。結局、国と民間は切り離して考えるべきなんだよ。


「話を戻すけど、人間とエルフが国交を締結した場合、メリットとデメリットが生じる。ボクもラインヴェルド陛下もこの国を属国にしようだなんて考えちゃいないが、それでも君達にデメリットが生じることは避けられない。それを知った上で、これから仮にエルフとボクらが交流を持つのなら、考えるべきなんだよ。どこまでのものを受け入れて、どこまでのものを拒絶するか。……まあ、こういう話は族長には釈迦に説法だろうからしないけどねぇ。……じゃあ、プリムヴェールさんにも考えてもらおうかな? ボクらと交流した上で、エルフ族にとって得になることは一体何かな?」


「……そうだな。まずは、人間の国と国交を持つことになれば、エルフが奴隷として扱われることは少なくとも表立っては行われなくなるだろう。また、人間側に後ろ盾ができることも大きい。同盟国である我々が人攫いに合った……となれば、ブライトネス王国との同盟関係に傷がつくことになる。対面的にブライトネス王国は動かざるを得なくなるだろう。つまり、その国は我が国とブライトネス王国の二国を敵に回すことになる。……それから、料理や文化面で向上が図れる。これは大きいな……あれだけ美味しいものを食べてしまえば、もう元の生活には戻れまい。そして、情報……今は情勢が不安定な時代だからな。知らぬまま戦いに巻き込まれてヨグ=ソトホートのような化け物に滅ぼされては敵わん。……だが、もし、その情報を知っていれば理不尽を前にしても何かしらの対処ができるかもしれん。……こんなところか?」


「まあ、そんなところだねぇ。では、デメリットは?」


「……デメリットか……思いつかないな」


「思いつかないか。……まあ、確かに鎖国していた人達に急に国交を持つことのデメリットを聞いても分からないよねぇ。ボクも良いことしか言っていないし……でも、これからは甘い言葉の中からメリットとデメリットを見極めるようにした方がいいよ。……まあ、これは人間を相手にする時じゃなくて、エルフでもドワーフでも、知的生命体全てに共通する話なんだけどねぇ……種族傾向があるだろうけど、それでも、やっぱり悪意を持って近づいてくる人って種族問わないと思うから、今のうちからメリットとデメリットを比較して自分の思い描く最良の選択をできるようにしておくことをオススメするよ。……さて、デメリットだけど、一つは……そうだねぇ。……神樹衛士さんだっけ? 君たちの持っている剣ってミスリル製だよねぇ。例えば、人間と交易をした場合、それよりももっと切れ味がいい武器が入手できるようになったとする……もし、そうなったら今使っているその剣に戻れるかな?」


「……ふん、人間と交易など万に一つない。そんな餌を吊るしても我々エルフはお前達の奴隷にはならんぞ!」


「いや、そもそもする気ないからねぇ。それこそ、エルフ族を制圧して支配下に置くならこんな交渉なんてせずにボコボコにすればいいだけの話でしょ? ボクは君達を交渉のテーブルについて話し合いができる相手として認識しているんだよ。植民地にするんじゃなくて、同盟関係になってできればビジネスのお付き合いがしたいなって。具体的には香辛料を多少融通して欲しいって話なんだけど……ああ、乱獲はいけないよ。生産系を破壊せず、森の恵みに預かる――それこそが理想だし、求めるべきものだよねぇ。……別に今のは譬え話だよ。そうだねぇ……プリムヴェールさんが食べた料理。エルフ族も香辛料を使ったことがあるとは思うけど、それでも食べたことのないものだったでしょう? ブライトネス王国で今急成長を遂げているのがこの料理という分野なんだ。今後、ブライトネス王国はもっと文化的な面で成長を遂げていくことになる。そして、そうなってくると問題なのは元の生活には戻れないということ……舌が肥えてしまったら、もう元には戻れない。なら、エルフで製法を覚えて食文化を発展させればいいと思うだろうし、実際にそうしてもらいたいんだけど、もし仮にブライトネス王国の食に依存するようになったとしたら……最終的にエルフは人間無しでは真っ当な食生活を送ることができなくなる。これが一つ。まあ、これは最悪の場合の話だし、味に魅せられて料理の荒野を開拓する人もこれから出てくるんじゃないかって思うんだよねぇ。……で、次は貨幣文化。エルフって資本主義ではなく物々交換に近い方法で物を取引しているよねぇ。自然の恵みをみんなで分かち合う……いい文化だと思うよ。でも、人間と交易をするとなればそうは言ってられない。まずは貨幣文化になれないといけないけど……これってかなり厄介なんだよねぇ。お金で失敗する人はいっぱいいる……無一文になってしまうかもしれない。そういう危険は自然の恵みを分け合う生活にはないよねぇ。……そういう生活をエルフ一人一人が責任をもって行うというのが一つ、エルフの族長――国の行政が取りまとめて行って分配するのが一つ。でも、前者は自己責任だし、後者だと行政が利益を独占する可能性もある。……こちらも、卑金属にアレルギーがあるエルフと交易を行う以上、銅貨が扱えなくなるから紙幣を発行するか、いっそのことキャッシュレスに移行するか、この二択に迫られることになるだろうねぇ。まあ、それはエルフ側には関係ない話だけど。三つ目は、それに関連した労働力不足……もし、仮にエルフが人間の国で暮らす方が生活が楽になると判断した場合、人口が減る……ボクの前世でよく取り上げられていた都市への若者の流入だねぇ。別にボクはここが田舎だ、ブライトネス王国が都会だって言うつもりはないよ。あくまでもそうなる可能性があるって話。……そうして、利便性を追求していった結果、どうなると思うかい? 見渡す限り灰色の、コンクリートと鉄、そしてアスファルトに覆われた――摩天楼ビルの森。都市に集まる若者達と、限界集落ばかりの地方。進む森林伐採、都市開発――棲家を追われる動物達。化石燃料を燃やしたことで放出された二酸化炭素などの温室効果ガスによる地球温暖化や工業排水による公害、そして資本主義による貧富の差……まあ、ディストピア一歩手前、或いはディストピアそのものなんだろうねぇ。だからこそ、大切なことは何を選び取るかなんだ。何も全てを受容しなさいという訳じゃないんだから、拒否するところは拒否して受け入れるものは受け入れればいい。……確かに、この世界には魔法があるから電気を生み出すにももっと環境に良い方法があるかもしれないけど……それでも、ボクが示したものの大半は実際問題として起こり得る。勿論、便利なものは利用するに越したことはない……それを制限するのは少し違うからねぇ。要は賢く利用するものは利用するべきってことだ」


「……恐ろしい話だな。…………だが、ローザ殿はそのことをわざわざ話してくれた。デメリットに目を向けさせず騙すこともできたのにな。やはり、信用できる人だと思う……優しい人だよ、貴女は」


「単にフェアにやりたいだけだよ。ボクは不平等なのは嫌いだからねぇ……みんなが幸せになる……そんな夢物語を目指して出来る限り近づけていくのが、夢を応援する投資家というものだからねぇ。元々ボクも夢があったからお金を稼ぐ方法を見出して……苦労してきた。苦労は分つものじゃない、誰かがした苦労はもう他の人がする必要はないよねぇ? 共有できることは共有して、お互いのベストを目指すのが一番でしょう?」


 みんなボクを優しいとか勘違いしているみたいだけど、優しい訳がないからねぇ……どこまでも身勝手な一人の人間なんだよ、ボクだって。……ただ、少しだけ欲張りで、その方向性が「どうせなら、できるだけ沢山の人が幸せにできるように」っていうだけなんだよ。

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