Act.3-14 悪役令嬢、王宮に行く scene.1

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


 ラピスラズリ公爵家は、城下町に程近いところに領地を持っている。

 他の貴族と比較して広大と言えるほどの土地は有していないが、ラピスラズリ公爵家の持つ「王家の危機に馳せ参じる」という目的のためにはこの地は最適と言える。実際に、ボクの生活基盤は城下町でビオラ商会があるのも城下町……ボクにとっても活動する上でこの地は都合がいい。


 ということで、特に馬車に揺られて何時間ということもなくボク達……ボクとカノープス、そしてメイドのアクアは王宮に辿り着いた。


 城の堀の上を通る跳ね橋を越えたところで、衛兵達が馬車のもとにやってきた。


「カノープス公爵様ですね、お話は伺っておりますが……本当に大丈夫なのでしょうか?」


 護衛は十四歳くらいに見えるメイド一人と、三歳の令嬢を連れた公爵に疑問を持ったらしい。


「国王陛下からの依頼を受けたものを届けるようにと言われているんだ。とても重要なもので、私の娘がその依頼に尽力した。まだ三歳だけど、彼女は優秀な人物だよ」


「……お初にお目にかかります。ローザ=ラピスラズリと申します」


「……た、大変失礼致しました。……現在、国王陛下は公務の途中でして、お二人にはそれまで控え室の方に」


「二人ではなく、アクアも一緒に待たせてもらえないかな? 本来、貴族とそれに仕える使用人には別の部屋が割り当てられるものだけど、彼女を一人部屋に押し込めるということはしたくないからね」


「畏まりました……それでは、ご案内させて頂きます」


 今回は国王陛下直々の登城命令ということで王宮から一流の馭者付きで貸し与えられた馬車から降りて衛兵に案内されて、城の最も豪華で一般的な入り口へと辿り着く。……ちなみに、ボクにも馭者をすることは可能なんだよねぇ。あっ、流石に元の世界で馬車を扱った経験は二、三度しかないから本格的なのはこっちに来てからだよ? 一応、車の運転の方は結構経験があるけど。


「お待ちしておりました、カノープス様、ローザお嬢様。私は本日の案内を務めさせて頂きます、統括侍女をしておりますノクト=エスハイムと申します」


 ……えっ、このタイミングで出てくるの? この人。

 ちなみに、この国の宮廷においては、女性の使用人には召使、メイド、侍女という三つの階級がある。


 侍女の多くは貴族出身の、庶子であったり嫁ぎ先が実家で見つけられない立場、そして兄弟姉妹が多い家系のご令嬢達。王城で勤めることで良い縁を結ぼうとする者や、貴族位の誰か相手に御手付きを狙う者、騎士たちとの出会いを求める者、……千差万別いるけど、出会いを求めて仕事をしているということが大半。


 次いでメイドは一般家庭の子女がほとんどだ。家庭の裕福さや親の顔の広さなど、様々な幸運や人脈などの要素が重なった、その中のひと握りが侍女に上がれる。


 召使、下働きは一般家庭の出身者の中でも学がない、健康が取り柄だという者が中心。この階層の人達が貴族とお近づきになることは滅多にない。


 王城、又は王宮という場所には様々な区画が存在し、王の住まいで謁見の間の他には王のプライベート空間が存在する場所を狭義の王宮、内務を担当する区画を内宮、外務を担当する区画を外宮、王女の住まいがある区画を王女宮、王子の住まいがある区画を王子宮、王妃や側室の住まいを後宮、王太后の住まいがある区画を離宮と呼ぶ。


 その各区画には筆頭侍女というものが存在し、それらを取り纏めるのが普段は王宮を担当している統括侍女……つまりこの人。そんな大物が高々……ではないけど、公爵とその三歳の娘の相手に出てきたのか不思議なんだよねぇ。

 ちなみに、何でこの人のことを知っているかって? ……王宮の設定は裏設定できっちり練っていたからねぇ、出さなかったけど。つまり、ボツ設定の一種と言える。


「お初にお目にかかります、ローザ=ラピスラズリです。本日はよろしくお願い致します、統括侍女様」


(……なるほど、確かに只者ではないわね。この娘は)


 ノクトは妙に合点がいったように、納得した表情を見せた……気がした。流石はプロ、感情を上手く隠しているねぇ。

 見気で心を読まなければ分からなかったかも……ってことはないんだけど、ここまできっちり読み取れたのは、間違いなく見気を鍛えていたおかげだねぇ。


 というか、やっぱり統括侍女にはボクの正体を話していたか……信用ができる人に話すとは思っていたけど、正直どこまで広めるか予想がつかなかったんだよねぇ……まあ、統括侍女は少なくともその範囲内に収まっていたということか。


「それでは、どうぞこちらへ」


 ノクトを先頭にボク達は控え室として用意された部屋へと移動する。

 王宮区画を通っていたからか、上位の役人が行ったり来たりしているだけで、流石は王宮と言いたくなるくらい静かで……。


「おい、大臣が逃げたぞ! 私達にあれを止めるのは無理だ! 騎士寮から騎士団長クラスと、後は近衛師団の騎士を呼んでこい!!」


 身なりのいい、いかにも上級貴族という見た目の文官が気品という言葉を捨て去って叫んでいた。

 その部下のいかにもエリートな文官達が心底面倒そうに「またかよ」という顔をしながら応援を呼びに行った。


 そして、弾丸の如くこちらに走ってくる白髪の混ざった銀色の短髪、痩せ型ではあるものの引き締まった長身の上品なローブを纏った男……はっ?


「やっぱりか、俺の友情センサーとレーダーが反応していたぜ。会いたかったぜ、オニキス! 副団長だったファント=アトランタだ! まあ、転生しているけどよ!」


 …………はっ? なんで漆黒騎士団の副団長にして参謀がこんなところで転生してんの?


 白髪の混じった黄昏色の短髪、痩せ形だが肩幅が広く、背丈もかなり大きい男。

 公爵家の三男だが、柵を嫌って出奔して騎士になったという経歴を持つ。自由奔放な男で、剣を振り回して白か黒を付けることを好んでいる。……ファントのプロフィールはこんなところだけど、当然隣国の大臣に転生しているなんて設定はないし、そもそも大臣なんて設定した覚えはない。

 つまり……アクアと同じイレギュラーな存在ってことだねぇ。


「ひッ、人違いでは?」


「……諦めなよ、アクア。というか、オニキスさん。もしこの人がファントの転生者なら、親友の魂の色を見分けられるっていう設定が生きている筈だからねぇ。それに、アクアは演技が下手だから絶対に隠し通せない」


「……酷くないですか? ローザお嬢様。……しかし、なんでファントまで……というか、大臣?」


 困惑していたアクアとついでにボクにカノープスとファントの転生体――ディランが説明してくれた。

 あっ、なるほど……ラインヴェルドに事情を話したら何故か大臣職を与えられた、と。カノープスとの関係は悪友……か。友情レーダーも流石に行ったことのないラピスラズリ公爵家にまでは届かなかったみたいだねぇ。


「それで、貴女がラピスラズリ公爵家に生まれた特異点の嬢ちゃんか。ラインヴェルドの言う通り一発で見抜かれちまったな。改めて、大臣のディラン=ヴァルグファウトスだ! よろしくな!!」


 うん、物凄い大臣っぽくない大臣だねぇ、この人。


「お初にお目にかかりますわ。ローザ=ラピスラズリでございます」


「…………やっぱり正体知っちまうとそういう淑女っぽいの似合わねえから素でいいぜ? というか、同じ公爵家だから対等だろう?」


「失礼ながら、私は公爵令嬢という立場……デビュタント前で、父には爵位がありますが私はただの公爵の娘というだけの存在です。……ですが、今回はディラン様のご好意に甘えさせて頂きます。…………まず前提だけど、ボクは転生前も淑女を心得ているつもりだったから、別に気持ち悪いということはないと思うよ? まあ、こっちが素なんだけどねぇ。……統括侍女様、それで、大丈夫なのでしょうか? この人を仕事に戻さなくて……」


「……いつものことですし、私にはどうしようもできないことですから」


 ……まあ、統括侍女とはいえ大臣に進言するのは難しいか。


「あっ、そうだ。ノクトさん。ラインヴェルドからの伝言で控え室じゃなくて真っ直ぐ謁見の間に連れてこいって。なんでも『お前の友人センサーが反応したってことは、ローザ一行が到着したんだろ? ってことで、この後の謁見は全てキャンセル。とっとと人払いしろ!』って話になって、それでそこから先の仕事が丸々消滅したからな」


 ……おい、舐めているのか、あのクソ王。統括侍女は顔色一つ変えていないし、内心では溜息一つ……ああ、いつものことなんだねぇ。


「人払い……っていうと、三歳の令嬢が国王に謁見するっていう摩訶不思議な光景は広げないつもりってことでいいんだよねぇ」


「ああ、箝口令を敷くみたいだしな。正直、今、お前の存在を明かすのは得策じゃない。規格外だし、天上光聖女教とか面倒な奴らもいるからな……」


「まあ、確かにリーリエとかボクの主力アカウントとの相性は最悪だよねぇ。最悪、総本山の中枢聖女教会を大魔法で消滅させることもできるけど……」


「色々ヤバいよなぁ……お前」


「まあ、ヨグ=ソトホートとか出てきたら詰むけど。従魔合神していない状態の戦闘力は『Eternal Fairytale On-line』ランキング第一位だけど、流石に従魔合神しているプレイヤーに勝てることは無いし……」


「それが差し迫った問題なんだよな……まあ、当面は時空干渉系の魔法の使い手を何人か探しているっていう段階だけど、もっと差し迫った状況になったら力を貸してもらうことになるぜ」


「……まあ、吝かではないと思っているよ。ただ、ボクがそう思っていても悪役令嬢として断罪されたらジ・エンドだし、そうなれば潔くこの国から逃亡するつもりだからねぇ。そうなれば、どこかで隠れ家みたいな物を作ってのんびり隠居生活を送るよ。追放後、のんびり暮らすのはテンプレだし……」


「……ローザにはのんびり暮らすなんてそんなこと無理だと思うよ。それに、私の陛下は聡明なお方だから高が小娘の言いなりになって大いなる者の加護を失うことは絶対に避けようとするだろうね」


 「……いや、ボクはただの悪役令嬢」って続けようとしていたんだけど、その場にいた事情を知っている全員が「それはない」って視線を送ってきた。というか、統括侍女まで!? 四面楚歌じゃん……酷いよね! 誰か味方は……いない。どれだけ人望ないんだろう、ボク。圓の頃はそこそこあったと思うんだけどねぇ……。

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