Act.3-11 (不器用な悪役令嬢に)義理の弟ができました

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


「さて……と、この辺りで一旦終わらせよっかな」


 鍛錬に鍛錬を重ね、遂には少し先の未来が見える、戦闘使用人程度の練度であれば数キロほど離れていても位置を感じ取ることができる、生命の発する心の声――意思を読むというレベルまでは到達したので、部屋の外にエリシェアがやってきたのはよく分かった。


 Gペンや丸ペン、トーン、トレース台、雲形定規、水筆などなど漫画用の道具を規定の位置に戻すと、エリシェアが扉を開ける前に扉を開けた。


「……ネストが来たんだねぇ」


「本当にローザ様は凄いですね……見気ですか?」


 「私は未だにそこまでの技倆に達せていません」と申し訳なさそうにするエリシェアに「まあ、そんな簡単に超えられたら困るからねぇ……始めたのボクの方が早い訳だし」と返した。

 エリシェラと共にカノープスの執務室に行き、そこでエリシェアと分かれた。


 ノックをしてから、部屋の中から了承を得られたかを確認して、中に入る。

 中には既にカトレヤの姿があった……出遅れたねぇ。


「ということで、以前から伝えていたが彼がネストだ。今日からローザ、お前の義弟になる。……まあ、お姉さんとしてしっかり面倒をみてあげなさいと言われるまでもなく実行してくれると思うが一応、言っておくよ」


 公爵としては手狭だけど、それでも壮大な屋敷に気圧されているのか、ひどく所在なさそうにしている男の子はボクと同じ三歳くらいに見える。

 カノープスが男の子――ネストを前に促した。


「……ネストです。よろしくお願いします」


 辿々しく不慣れな様子でお辞儀……まあ、それも仕方ないか。


 ネスト=ソーダライトは、分家筋のソーダライト子爵家から養子として引き取れてラピスラズリ家にやって来て、ネスト=ラピスラズリとなった。

 長男と次男とは異なり、ソーダライト子爵家の当主と娼婦の間に設けてしまった子供であり、そのことから義母や異母兄弟からイジメられていた……まあ、よくある話だけど。


 長男と次男からは敬語を使って敬うようにと厳命され、敬語を上手く使えなければ罰を受けた……こんな感じじゃなかったっけ?

 そこに義母が混じり、父親は静観……『スターチス・レコード』ではその後ラピスラズリ公爵家に養子として連れられていくけど、今度は傲慢な悪役令嬢ローザと夫の愛人の子だと誤解して冷たく当たるカトレヤ。

 そうして孤立して孤独から解放されるために女遊びに走り、チャラ男へと成長。初めは珍しい平民出の主人公にちょっかいを出すのだけど、次第にその優しさに長年の孤独を癒され、惹かれていく。


 まあ、この前提はカノープスの根回しと、他ならぬ最大の厄介者がボクの記憶を持っている時点で最初から崩壊しているんだけど……寧ろ、カノープスの動きが読めないから、場合によっては別の意味で試練になるかもねぇ……大丈夫かな? ネスト。


「初めまして……まあ、そんなに緊張することはないと思うよ。今日からボクの弟になるんだからねぇ。ボクの名前はローザ=ラピスラズリ。淑女っぽく振る舞うこともできるけど、これが地だから包み隠さず事前に明かしておくよ。色々と知っておいてもらった方が良さそうなこともあるけど、それはおいおいね。……とりあえず……もう心配する必要はないよ。君はもう苦しい思いをすることはないからねぇ」


 乙女ゲームを作り上げる中で、ボクはいくつもの生贄スケープゴードを捧げた。それは、最低最悪の過去だったり、呪いだとして後ろ指を指される令嬢だったり、かつては化け物だと罵られ、その後に義弟として義姉であるローザからイジメられる養子だったりする。……例え、ハッピーエンドになるかもしれなくても、そこまでで辛く、苦しい思いをした事実は変わらない。

 勿論、ボクは目の前のネストを苦しませたくてやったんじゃない。数多の作家がするように、設定として、フレーバーテキストに近い気持ちで他人を不幸にしようとするような、そういう意味での深く、は考えずにそういう運命を刻み付けた。


 ……ボクはネスト達に恨まれて当然の立場にある。事実を知った時に、ネストはボクを殺したいってそう思うのかな? ……悪役令嬢ローザではなく、一人のゲームクリエイター、フルール・ドリスとしての所業を、最悪の運命を押し付けたことで殺意を覚えられたら……もうそれは自業自得だよねぇ。ああ、そうなったらそうなったで、結局ボクは殺されるのか。


「…………えっ?」


 ……あっ、まるでネストの半生をまるで見てきたように言ったからびっくりしているのかねぇ?


「お父様が言うべきことだと思うけど、ネストのことを歓迎するよ。自分の家みたいに寛ぐといい……もう萎縮する必要はないからねぇ」


「…………うん」


 ……少しは信用してもらえたかねぇ?


「ネストは遠くからの移動で疲れていると思うから今日は休んでもらった方がいいだろう。……明日は、ローザが王城に入城することが決まっていたね。……それじゃあ、明日の朝にでも屋敷を案内してあげたらどうだい?」


「……別に明日はフリーにする予定で仕事はバンバン今日の方に詰め込んでやっているから大丈夫だよ。……まあ、ビオラ商会もボクが一日休んだくらいで壊れるほど脆弱じゃないし、ボクよりも優秀な専門家がいっぱいいる。……まあ、問題はないよねぇ」


 元々入城がどの程度時間が掛かるか目算がつかないから仕事は全部今日に移動させている。仕事中毒者ワーカーホリックに抜かりはないのです!!


「それじゃあ、よろしくね。ボクのことは本当の姉だと思ってくれていいから」


「……でも……それは失礼では……」


「ボク個人が余所余所しいのが嫌いだっていうのもあるけど、これから姉弟になるのに敬語を使うって違和感があると思うんだよねぇ。それからボクのことは姉さんでも、姉御でもなんでもいいから好きに呼ぶといい。とにかく、ボクは君の姉なんだから、いつでも頼りにしていいんだよ。……まあ、ボクにも限界ってものがあるんだけど」


「…………初耳だね。限界なんてあるのかい? ローザに」


「今の体力だと、流石に八徹は厳しいねぇ。昔より大幅に体力が上がったんだけど……後は、各種分野の専門的なものは無理かな。反物質爆弾作れって言われても流石に無理だし……化野さんならできそうだけど」


「本当に面白い人達だよねぇ、君の元友人達は……是非一度会ってみたいよ」


「……いずれ、お父様達も会うことになるよ。ボクの仲間達は一癖も二癖もあるからねぇ。……まあ、一部本当にヤバそうな人がいるけど、その人もなるべくしてなった人だしねぇ。……本当の家族じゃなかったけど、家族以上に大切な人だったよ」


 ボクとカノープスはよく似ている。……自分よりも大切な人が傷つくことに怒りを覚えるところとか、そうなれば苛烈な報復行為も辞さないところとかねぇ。……特に、カノープスは王族を殺した者達を全員血祭りにあげるまで止まらないだろうし。


 ……こうやって転生して新しい仲間というものも増えたけど、やっぱり優先順位だと月紫達が上のままなんだよねぇ。……やっぱり、ラピスラズリ公爵家の関係者と百合薗グループの幹部が激突するような事態になったら、やっぱり月紫達の方に着いちゃうな……まず、どっちかに着かないといけない事態にならないようにすべきなんだけどさ。


 その後、ネストは部屋で休むことになり、カトレヤも自室に戻り、それじゃあ仕事をしに戻ろうと思ったんだけど……何故、ボクだけ残した、カノープス。


「ということで、アクアマリン伯爵家のお茶会にローザが呼ばれることが決まったから、よろしくね。具体的には明後日」


「……はっ? いや、なんでそんなことに? 全く聞いてないんだけど……というか、何がということで、だよ。前置きが無かったよねぇ? というか、何なの? 次々と攻略対象と引き合わせたりして、乙女ゲームの悪役令嬢に転生した系のありがち展開に持っていきたいの? 嫌だよ? ボク、男の人と結婚とか」


「まあ、それについてはこちらから何かを言うつもりはないよ。後継者に関してはネストがいれば問題ないからね。ローザ、君は自由に生きるといい――まあ、その性格だと君が求める平凡平和な生活、とはいかないだろうけどね。……君は知っているだろ? アクアマリン伯爵家の二人のことを」


 兄で攻略対象のニルヴァス=アクアマリンと、妹で友人とライバルキャラの中間キャラみたいな存在で実は本編全クリア後に追加される隠しルートにより攻略が可能となる隠しキャラであるソフィス=アクアマリン。

 まあ、言いたいことは分かるよ。……彼女は父にも母にも見られない白髪と赤い瞳という形質から「呪われた子」と呼ばれて気味悪がられているからねぇ。


 それについては、隣国のフォルトナ王国で【漆黒騎士】の称号を与えられた漆黒騎士団団長オニキスも同じか。赤い目は世界で共通して不吉とされるからねぇ。


「……動物学において、メラニンの生合成に関わる遺伝情報の欠損により先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患がある個体を示す用語であるアルビノ。……そういう性質を持つ人間を指す言葉としてアルビニズムという呼称がある。……まあ、彼女の場合は微妙なラインなんだよねぇ。特に決めていなかったし……でも、彼女が苦しむ原因を作った元凶はボクだっていうからねぇ。まあ、許されるなんて思ってはいないけど、それでも何かしらの手を打たなければならないとは思うよ。……責任という意味では」


「……私の陛下はそういうつもりで君とソフィスを引き合わせようとしたのではないと思うけどね……とにかく君が気味悪がらなくて良かったよ。陛下に良い報告ができそうだ」


「……まあ、最悪の場合はちょっと荒療治をすることになるだろうけどねぇ」


「……ん? 荒療治とは一体どういう方法かな?」


「何、本当の化け物・・・・・・がどういうものかを見せてあげればいいだけだよ。そうすれば、自分が化け物じゃないってことになるよねぇ? そうすれば、自分は化け物じゃない、ちょっとだけ特殊な形質を持った普通の女の子だって理解できると思う。そうなれば、もう化け物扱いなんて怖くないよねぇ。まあ、肝心なのは外見じゃなくて中身……自身をつけて、外に飛び出せばいずれは中身にも目を向けてくれるようになるさ。勿論、その間には辛いことも沢山あるだろうけど。結局、最初の一歩と強い意志、精神論的な話になってしまう。違っているっていうことはディスアドバンテージだからねぇ、どこの世界でも」


 気味悪がられるなんてものは本当は序の口。元の世界では迷信的な呪術の道具に使用され、暴行や殺害が多発し、その遺体が高額で取引されているなんてケースもあった。

 そこまでいかなくても、人間とは人とは違うものを差別するもの……そうやって爪弾きにされた人間がどれほど辛いか、それは当人達にしか分からない。


 少なくとも、ボクには分からない。ボクはそもそも積極的に他人と触れ合おうなんて考えていなかったし、小学生の頃の咲苗を助けたのだって彼女の気持ちを真の意味で理解してやったことという訳でもない。更に言えば、あれで正解だったのかも分からない。

 学校を離れ、表側と裏側を行ったり来たりするようになってからは、差別とは縁遠い、自分の好きを大切にして行動する、そういう個々人とばかり相対してきた。ボクが関わってきたのは個人であって、相対してきたのも大抵が個人や組織を統べる個人――結局、個人同士の力量差だけで比べられる世界だった。


 他人と比較する暇なんてない、そんな暇があるなら全て自分の願いのために時間を費やす……そういう人と相対してきたからなのか、それともボク自身が「他人の評価なんてどうでもいい」という性格だったからなのか、高校でのイジメ擬きにだって何の感情も抱かなかった。良くも悪くも、ボクは当事者じゃなくて、ずっと第三者の視線を持っていた。


 そんなボクに、果たして何ができるのか……こんな方法しか思いつかないんだから、ボクはつくづくこういう問題の解決が苦手だよねぇ……まあ、答えがあってないようなものなんだけどさ。


「やっぱり、ローザは優しいね」


「……そうかな? ボクほどへそ曲がりで優しくない人間ってのも珍しいと思うけど」


 そういえば、こういうやり取りをしたことがある気がするな……いつだったか忘れたけど。


「いや、ローザは優しいよ。例え嫌われ者になるとしても他人のために何かをしようとする、そういうものも優しさというんじゃないかな?」


 カノープス、それは優しさじゃないよ……ただ、不器用なだけ。

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