Act.2-12 素材回収クエスト:ワイバーンの鱗を三匹分手に入れろ! scene.1

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


 ハァハァ……。


 少ししか走っていないのに息が上がる。身体も思うように動かず、ぷにぷにの二の腕では剣すらろくに振えない。

 改めて突きつけられた二歳の悪役令嬢(幼女)の身体能力の低さに嫌気が差し、無意識にため息をついてしまった。


「……お嬢様、無理をなさるのはあまりよろしくないかと」


 ここまで息一つ乱さずについてきたジーノから自作の滋養強壮剤(黒蜥蜴や井守の黒焼などの複数の漢方を配合した臭いからして危険な飲料)を入れた水筒を受け取り、中身を一気飲みした。


「はぁ……不味い! よし!」


「お嬢様……不味いという時点で駄目かと存じますが……。まあ、ローザお嬢様は私如きで止められるお方ではありませんからね。カノープス様も、余程の危険がなければ好きにさせておけと仰っていましたし」


 ――私如きっていうのは相当な謙遜だねぇ。


 このジーノ=ハーフィリアというラピスラズリ家の陪臣であるハーフィリア騎士爵家の当主で統括執事の男。

 見た目の年齢は六十代後半から七十代前半だと思われる、痩身で柔らかい白髪を後ろへと撫でつけるような髪型、白髭も丁寧に手入れされている。深い皺の入った顔には柔和な笑顔が特徴的。タキシードを身に纏っている。

 こんな容姿だけど、猫よりも身軽で、一蹴りで屋敷の屋根まで壁を駆け上がることができるっていう意味不明な身体能力を持ち、屋敷を管理しながら使用人の教育の全ても受け持ち、執事としての仕事もこなす優秀……というか、かなりチートな類の人間なんだよねぇ。


 実力のあるものを養子として迎え、暗殺者として育て上げるハーフィリア騎士爵家では珍しく、エリシェラとは実の孫娘と祖父という関係にあるんだけど、孫娘のエリシェア=ハーフィリアよりも数十段は上手を行く実力者。

 ちなみに、騎士爵とは本来は世襲権を持たない準貴族だけど、ハーフィリア家は長年ラピスラズリ公爵家に仕えてきたことからその忠誠が認められ、例外として騎士爵を世襲することができる家となっているとされているけど、実際は【ブライトネス王家の裏の剣】であるラピスラズリ公爵家に長年仕えた忠誠と実力が認められ、国王によって特例として認められたということであり、その中には暗殺者としての高い実力への評価が含まれている。


 ちなみに、ハーフィリア一族はあらゆる局面に対応できるように人間の限界、もしくはそれを突破するよう徹底的に鍛えられている。

 ハーフィリア一族はラピスラズリ公爵家、ひいてはラピスラズリ公爵家が仕えるブライトネス王国に絶対の忠誠を誓っており、万が一裏切り者が出た場合、地の果て、地獄の底まで追いかけて粛清することを誓いとしている。……うん、設定した本人が言うのもなんだけど、物騒さが限界突破しているよねぇ。


 他に同行しているメンバーは【ブライトネス王家の裏の剣】からエリシェアとヒース、アクアと新生・極夜の黒狼のリーダーのラルで、合計六人のパーティということになる。


 エリシェア=ハーフィリア――黒髪をポニーテールにした凛々しい女性でラピスラズリ公爵家に仕えるメイドの一人だ。ジーノの孫娘で、ジーノに比べればまだまだ荒削りなものの、暗殺者としての技倆はかなり高く、ジーノと比較しなければ【ブライトネス王家の裏の剣】の中でも中の上の実力を持つ。


 ヒース=グラナス――ひょろりとした体躯をした、癖の入った長い髪を自由に遊ばせておりで焦げ茶色の髪と目を持ったチャラ男風の執事だ。

 見た目はいい部類だが、空気の読めない言動で何人もの女性に振られる天才。見た目からは想像もつかない野太刀を使った大胆で荒っぱい戦闘を得意とするが、ラピスラズリ家に仕える使用人に必要な必要な戦闘術・暗殺術は一通り使えるそうだ。


 アクア――ダークブラウンの長い髪と大きな空色の瞳を持つ少女然とした十六歳で、乙女ゲーム『スターチス・レコード』の本編にもボツ設定にも登場しない謎の多いメイドだ。……少し怒るとボロが出て粗野な男のような言動になるところと、ボクが未来から転生してきたことを話した時に微かに反応したことが彼女の正体に繋がる大きなヒントだと思うんだけどねぇ。


 さて、ボク達がどこで何をしているかというと、屋敷の中でトレーニングをしている……訳ではなく、ドラゴネスト・マウンテンの麓に広がる【リンヘン大森林】で特訓をしている。

 ボクの前世のことは大倭秋津洲帝国連邦の闇については避けて、それ以外はほとんど包み隠さず話したから、屋敷の中でメイド服を着てメイドに混じって仕事をしていても、屋敷の庭で体力作りをしていても咎められることはないんだけど、やっぱり二歳には不釣り合いな過度な運動をしているところを見せて心配を掛けたくないし、丁度「素材回収クエスト:ワイバーンの鱗を三匹分」を受けたからあまり冒険者もいないし、ここでクエストを進めつつ体力作りもしようかと思ったんだよねぇ。そのことを話したら何故かカノープスに何人か護衛をつけろって言われたんだよ。

 元々はラル達新生・極夜の黒狼のメンバーを連れて行って実力を見たいと思ったんだけど、ジーノ達を連れて行くことになったから急遽メンバーを編成し直してこんな感じになったんだよねぇ。


 今日は進めるところまで、程よい時間で切り上げて『全移動』を使って屋敷に戻る――そんな生活を既に三日送っている。

 カノープスは既に王族達にボクのことを話したらしい。王様が抱腹絶倒になっていたらしいけど……おいおい、国の一大事だぞ。

 そういえば、国王ラインヴェルド=ブライトネスには破天荒な性格で、相手の秘密を暴き、青白く震えていく様を目にして楽しむような腹黒な男ってボツ設定があったけど……おいおい、マジか。……そういうことなんだねぇ……はぁ。


「それじゃあ、一旦トレーニングを切り上げて落ち着く姿に戻ろうかねぇ」


 ローザからリーリエの姿に戻る。まるで生まれた時から握っていたかのように手に馴染む『漆黒魔剣ブラッドリリー』と『白光聖剣ベラドンナリリー』、流石は幻想級という素晴らしい着心地の『黒百合之姫礼装リリー・プリンセスライン』――落ち着くねぇ。


「ローザ様の姿もいいけど、リーリエさんの姿もいいわよね!!」


「おい、アクア。心の声が駄々漏れているぞ」


「オホホホホ、あら、やだ。なんのことかしら? 幻聴? 疲れているなら屋敷に送って頂いたらどうかしら?」


 「あら、やだ」と言いながらヒースにヘッドロックをかますメイドアクア……怖い。まあ、冗談だけどねぇ。本当に仲良いねぇ、この二人。


「ヒースさん、あまりアクアさんをいじめないでもらいたいんだけどねぇ。ボクもアクアさんの気持ちが分かるからさ」


「いや、虐めているのはどう考えてもアクアの方……」


「――何か言いましたか? ローザお嬢様はヒースにアクアをいじめないで欲しいと仰っています。その意味をお分かりですよね?」


「……絶対にこれ理不尽だよね! 助けてください、ラルさん」


 明後日の方向を見て、知らぬ存ぜぬの顔をしているラル。どう見ても面倒ごとには関わりたくないという意思表示だねぇ。


「ホホホ、若いとは実に素晴らしいことですね」


「ああ、もうヤケだヤケ! 掛かってこいや、貧乳!!」


 ――プチ。


「あっ……死んだねぇ、ヒース」


 NGワードを呟いて、アクアの逆鱗に触れたヒース。笑顔のまま青筋を浮かべたアクアがヒースのヘッドロックを思いっきり強化した。

 そう、アクアは十六歳にも拘らずある部分が全く成長していなかった。本人はまだ成長期、いつかは希望いっぱいのお胸を手に入れてみせる! と思っているようで、そのコンプレックスを指摘されると粗野な性格が出てすぐに暴力に訴えるようになるんだよねぇ……ところで。


「ボクも貧乳に分類されるんだけど、ヒースが掛かってこいや、って言ったのは貧乳だからボクも参加していいんだよねぇ」


 ちなみにリーリエもほぼ俎板。まあ、これに関してはボクが設定したんだけどねぇ。ローザの方も二歳だから胸は全く成長していないし。


「ちょっと、なんでお嬢様まで参加するんですか!! 俺、死んじゃいますよ!!」


「お嬢様、ご武運を――」


「いや、ジーノさん! お祈りするのは俺の安否じゃないの!? ってか、なんで増えて……イタタタタ」


「――ああ、平和だね」


 こちらに一瞥もくれずに森の木々の隙間から見える空に視線を向けていたラルは現実から逃避していた。



 【リンヘン大森林】は露天型大迷宮フィールドダンジョンに分類される。

 そのため、大倭秋津洲帝国連邦の樹海でするように、方位や天候――自然だけを気にして冒険するというのは不可能だ。

 そこに、出現する魔物という大きな問題が加わり、より直接的に命を危機に晒してくる。


「あれは……ツインヘッド・ウルフでしたっけ?」


 群れで現れた二つの頭を持つ狼は乙女ゲーム『スターチス・レコード』の敵モンスターとしてデザインされたものだった。……まあ、ドラゴネスト・マウンテンでのイベントが丸々カットされたから当然このモンスター達もボツ案になったんだけど。


「ダーク・エンパイア」


 一瞬ローザに姿を戻し、悪役令嬢ローザがレベル66で習得するという設定の闇魔法を発動する。……うん、普通に発動できた。『スターチス・レコード』の方のレベル概念が異世界に導入されていないからかな?

 相次いで放たれた闇の球体がツインヘッド・ウルフの群れに命中し、体内に吸収されてから漆黒の大爆発を引き起こす。かなり強力でグロテスクな技としてプレイヤーから認知される予定だったけど、悪役令嬢が最終エリアの魔族領で裏ボス令嬢となって現れるって展開を丸々削ったからローザのスキルについてもイベントに出てくるものを除いて泣く泣くカットすることになったんだよねぇ。


 ちなみに、ローザの属性は闇と微弱な光属性。

 ゲーム時代は主に絡んでくる婚約者であるヘンリールートと義弟であるネストルート以外でも、光属性を持ち、聖女に相応しいのは自分だと考えるローザが同じ聖女候補である主人公に絡んでくる。これが、『スターチス・レコード』のライバルキャラで唯一悪役令嬢の称号を与えられている人物と言われる所以なんだけど。

 この世界における乙女ゲーム『スターチス・レコード』出身者は基本的に設定された属性の魔法しか使えない。だから、ローザ単体の魔法の才能で考えるとヒロインには及ばない治癒魔法と、高い攻撃力を誇る闇魔法という二つの武器を持つということになるんだよねぇ。


 『Eternal Fairytale On-line』のリーリエみたいなカンスト勢の力だけに頼るっていう選択肢もあるけど、ローザの力だけの力で戦わないといけない時がくるかもしれない。念には念を入れて今のうちから育てておかないとねぇ。

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