Act.2-9 黒百合の吸血姫は、語る。 scene.1

<一人称視点・アネモネ>


 ペルちゃんに念話を一本入れてローザの母親のカトレヤ=ラピスラズリを除く全員を集めさせてから、ボクは『ビオラ』に関係者全員を集めてラピスラズリ邸の応接室に転移した。


 ちなみに関係者とはジェーオ、ラーナ、ニーハイム姉妹、ラル、アンクワール、ペチカ、モレッティの七人のこと。まあ、分かっているとは思うけど一応ねぇ。


「…………噂は聞いたことがある。確かSSランクの冒険者のアネモネさんだったね? 何故貴女がこの屋敷の内部にいるのかな? それに、これまた面白いメンツだね。堅気じゃなさそうな人もいるし……これは一体どういうことか、説明をもらえるのだよね」


 カノープスはラピスラズリ家の陪臣であるハーフィリア騎士爵家の当主で統括執事のジーノ=ハーフィリアに目配せをした。どうやって侵入したのかを探らせようって話だねぇ。


「ご安心ください。私がどのように侵入したかもしっかりと説明させて頂きます……が、その前に。――ペルちゃん、もういいですよ」


 ボクの指示に頷いて応じ、ローザの姿をしていたペルちゃんが元のメタモルスライムの姿に戻った。

 全員が唖然とした表情で固まる中、ペルちゃんは僕の肩に乗っかった。……ちょっと重いねぇ。どこかの電気ネズミよりは軽い筈だけど。


「改めまして、ローザ=ラピスラズリと申します。少々複雑な立場にありますが、大幅に簡略化すれば乙女ゲームの悪役令嬢に転生した転生者ということになります」



<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


 流石の【ブライトネス王家の裏の剣】の当主も状況について行けていないようで困惑している。


「……では、どこから話しましょうか? とりあえず、ラフな形にしてもいいですか?」


「構わないよ。……きっとこれから話すことは重要なことなのだろう? それなら、最も話しやすい形で話してもらった方がいいだろう? お互いに」


 普段娘に向けるような温かい視線じゃない――値踏みをするような冷たい視線を往なしながら、ボクはローザの姿から緋色の瞳と濡れ羽色の艶やかな黒髪を持つ白肌の十代の神祖の吸血姫へと姿を変えた。


「ふぅ、やっぱりこれが一番落ち着くねぇ。ということで、本来のボクの口調に戻させてもらったよ」


「…………まさか、私の娘の正体が魔族だとは思わなかった」


「……早とちりは良くないと思うよ。だから、ジーノさん、エリシェアさん、ヒースさん、ヘイズさん、ヘレナさん、カレンさん、サリアさん、アクアさん、武器を下ろしてねぇ」


 周りを見渡しながら、的確に戦闘態勢に切り替わった戦闘使用人を挙げて殺気を放った。


「まず、ボクが魔族という前提そのものが間違っているんだけどねぇ。……そうだねぇ、まずはその辺りの説明からしようか」


 ボクはMMORPG『Eternal Fairytale On-line』の五つ全てのアカウントをそれぞれ切り替え、最後に一番体に馴染むリーリエの姿に戻る。


「まず、この吸血姫の姿なんだけど、魔族ではないんだよねぇ。そもそも、魔族とは系統が違うから。さっき見せたエルフの姿――マリーゴールドという神祖のエルフもみんなが思い浮かべるエルフとは系統が異なるものなんだよ。まず、それを説明するためには、この世界というものがそもそもどういうものかを説明しないといけない。ここからかなり常識が崩れることになると思うけど、覚悟する時間が必要だったりするかな? それとも、話し始めていいかな?」


 全員の沈黙を肯定と捉え、ボクは話を再開して本題に入った。


「まず、この世界がどのように形作られているか考える際には、まずこの世界の地図が必要だねぇ」


 カノープスがジーノに持って来させようとするのを制して、ボクは「四次元顕現」を発動してシャマシュ教国の図書館で複写した世界地図と、他に幾つかのものを取り出して見せた。


 『スターチス・レコード』初回限定プレミアム詰め合わせパック、『Eternal Fairytale On-line』オールセット、αテスト版『SWORD & MAJIK ON-LINE』――ボクの秘蔵のお宝ってところだねぇ。特に『スターチス・レコード』初回限定プレミアム詰め合わせパックと『Eternal Fairytale On-line』オールセットは一切開封していない新品同然のもの。市場に流せばそこそこの価値が付与される筈……まあ、転売はあまり歓迎できることじゃないけど。


「…………これは?」


「この世界を語る上で必要なものということになるねぇ。それじゃあ、始めていこうか」


 まず、ブライトネス王国とフォルトナ王国に取り出した筆記具から赤ボールペンを選んで国名に丸を打った。


「まず大前提として、この世界はボク達の世界に存在したコンピュータゲームというものの世界観を踏襲している。つまり、ゲームの世界ということになるねぇ。まあ、ゲームってのがよく分からないということなら後で実際にプレイしてみるといいと思うよ。この『スターチス・レコード』ってゲームは比較的持ち運びが楽だから、充電器やソーラー発電機と一緒に持ち歩いているからねぇ。ちなみに、今囲んだ二国はこの『スターチス・レコード』の世界を色濃く受け継いでいる……というより、最早そのものといっても過言ではない。……まあ、でもそれだけじゃ説明することができないこともあるからねぇ。とりあえずは、この世界がゲームを基にした世界だということ、ブライトネス王国とフォルトナ王国には『スターチス・レコード』の世界観が色濃く反映されているということ、ここまでは分かったかな?」


「……いや、全くついて行けてないです! 姐さん、一体どういうことなんですか!?」


「……そもそも、いきなりこの世界がげえむ? の世界だって言われてもしっくりこないわよ」


「ゲームという概念が分かりにくいのであれば、創作と言い換えてもらうのがいいと思うねぇ。この世界にも物語はあるだろう? その物語が現実になった、物語の世界が存在したと考えればまだ分かりやすいと思うんだけどねぇ。実際に『スターチス・レコード』をプレイしてもらえば色々な類似点に気づくことができると思う。ただ、問題なのはこのゲームが……そうだねぇ、ローザが学園に通い始めた辺りの時代ってこと。ここより時代はしばらく後のことになるからねぇ。それに、全員が登場している訳じゃない。――問題を複雑化させているのは、新たに二種類の登場人物達が増えたこと。この世界はゲームを基にしているかもしれないけど、ゲームじゃない、一つの世界なんだ。だから、ゲームの中に描かれないような人物もいる。代表として挙げられるのはジェーオさん、ラーナさん、アザレアさん、アゼリアさん……つまり、背景としては描かれない、切り取られてはいないけど、でもそのゲームが一つの世界ではある限り必ず存在しているその他大勢っていう人達だ。例えば、歴史書を紐解いても農民一人一人の名前なんて載っていないよねぇ。それと同じことだよ」


「……なるほど、分かりやすい説明だね。一つは元々そのげーむというものの中に登場していた人物達、もう一つはげえむには描かれないが確かに存在する普通の人達……。では、私達はそのどちらに分類されるんだろうね?」


「……問題はそこなんだよねぇ。実際に創作物の中には『乙女ゲームに転生した!? 悪役令嬢になっちゃった! 破滅フラグなんて折って絶対に幸せになるんだから!!』って作品は結構ある。その作品は大体、お……カノープス様が挙げた二種類に分類されるんだけど……」


「お父様でいいよ。君がどのような存在であっても、私の可愛いローザであることには変わらないからね」


 相変わらず娘にダダ甘い父親だねぇ……。


「問題はお父様達のような存在なんだよねぇ。実際、『スターチス・レコード』に【ブライトネス王家の裏の剣】なんて設定は出てこない。でもねぇ、製作段階では確かにあったんだよ」


 ……そういえば、まだ持っていたっけ?

 「四次元顕現」を発動して、目当てのものを探すとそれ・・は確かに存在した。


「……手帳かな? それも上等なもののようだね。さっき使っていた筆記具もそうだが。これは、全て転生前に所有していたものということかな?」


「まあ、転生したことに関してももう少し後で詳しく説明しますが、確かにここにある筆記具やゲーム関連のものは全て、ボクの前世が元々いた世界――大倭秋津洲帝国連邦において実際に存在していたものばかりです。それとこの手帳ですが、確か三百円……大銅貨三舞で買ったものだった筈です。そこまで高価なものではないってことだねぇ。それじゃあ、中を見てもらおうか」


 この手帳は『スターチス・レコード』に実際は使われなかった多くのボツ設定が書き写されたもの。もう二度とこんな作品は作らないと誓いを込めて書いたボツの墓場の複製。

 その中には、【ブライトネス王家の裏の剣】の設定や【ブライトネス王家の裏の剣】の中核となるラピスラズリ公爵家の使用人の絵姿が描かれている。

 ジーノ、エリシェア、ヒース、ヘイズ、ヘレナ、カレン、サリア、この場にいないラピスラズリ公爵家の使用人一人一人に至るまで――ただ一人、アクアを除いて。


「これで分かってもらえたかな? 三種類目というのは、こういう風にゲームの中には影響を与えなかったボツになった設定のことなんだよねぇ。実際、本編を進める際に【ブライトネス王家の裏の剣】の存在は邪魔になった。だから泣く泣く削ったんだよねぇ。【ブライトネス王家の裏の剣】の存在はゲームのバランスそのものを崩壊させてしまう。……このゲームの悪役令嬢――簡単に言えばプレイする中で敵として登場する当て馬みたいなものなんだけど、その一人はボクが転生したローザなんだよねぇ。乙女ゲーム『スターチス・レコード』において、ローザは娘にダダ甘な父と大人しく娘を叱れない母親の元に育ち高慢ちきな我儘お嬢様として成長し、最終的にはこれまでの目に余る横暴から国外追放にされるか、主人公が正式に聖女に認定された際に暗殺者を差し向けた聖女暗殺未遂の罪で処刑されるか、主人公をナイフで殺しに掛かり、第三王子に剣で刺し殺されるかの三択になるんだけど、もしローザが王族を困らせる存在になったとしたら【ブライトネス王家の裏の剣】が身内の恥を絶対に見逃す訳がないよねぇ。流石に殺され方が四択になると複雑化するから思い切って削ったんだよ。――お父様はそういう人だよねぇ。最愛の娘よりもブライトネス王国を優先する。――別に責めている訳じゃないし、娘であるボクを優先して欲しいなんて我儘は言わない。だって、お父様がそういう人だって……いや、ラピスラズリ公爵家というものがそうやって影から国を守り続けてきたと設定したのは他ならないボクなんだからねぇ」

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