Act.2-2 「比翼の騎士」と活動の開始 scene.1

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


 淑女教育が厳しい貴族令嬢も、二歳頃から沢山のカリキュラムが詰め込まれるということはない。……まあ、こっちに三つ子の魂百までなんて諺はない筈だけど、習慣として貴族としての立ち居振る舞いを覚えさせるという意味では物心つく前から貴族教育を始めるというのもいい筈なんだけどねぇ。


 言葉を話せるようになるのは、平均で二歳ぐらいと言われている。確か、ローザも最近言葉を話せるようになったんだよねぇ。淑女教育も大体この辺りから始まるんだけど、まだまだ量は少ない。ということで、ローザの生活はほとんど自室でフリーなんだよ。


 部屋にいたメイド――アクアにはやんわりとお願いしてから部屋から出てもらった。

 ダークブラウンの長い髪と大きな空色の瞳を持つ少女然とした十六歳で、元は貧民街の生まれでカノープスに拾われ、その瞳の色からアクアと名付けられたから家名はない。……時々、ボクに対して「天使を見るような視線」を向けて性別を超越した顔をしているんだけど……もしかして:ロリコン。まさかねぇ……ちなみに、ボクはアクアのことが可愛いと思うよ? 誰とカップリングさせたらいいかな? メイド長のヘレナ=グラナスさんとか!? きゃー、萌えるわ!! 薄い本一冊書けちゃいそう!!


 アクアもかなり引き下がったけど「ダメなの? お姉ちゃん♡」であざとく聞いたら一撃で落とせた……チョロい。

 でも、悪役顔で微笑まれて本当に嬉しいのかねぇ? ……まあ、ボクもホワリエルに「ダメなの? お姉ちゃん♡」って天使の微笑みでお願いされたら絶対に言うこと聞いちゃうから似た者同士か。


 さて……と。問題の謎アイコンについて調べてみよう。……とりあえず、アイコンが浮かんでいる辺りをタッチしてみればいいのかな?


『管理者権限』


-----------------------------------------------

◆管理者権限

・全アカウント閲覧

・アカウント切り替え

・統合アイテムストレージ

・ポップアップログ

・全移動

・念話機能(『Eternal Fairytale On-line』)

-----------------------------------------------


「マジか……」


 あっ、思わず声が出ちゃった。まあ、いきなりとんでもないチートな画面が出たらびっくりするよねぇ? 百合薗圓の時には見えなかったからハーモナイアと邂逅した時に与えられたのかな?

 全アカウントというのは、『Eternal Fairytale On-line』の全アカウントという意味だったようでメインで使っていた吸血姫(神祖)のリーリエを筆頭に五体の愛着のあるキャラクターのデータがあった……と思ったら隣のタブで他のゲームのキャラも選択できるようになっていたみたい。まあ、『Eternal Fairytale On-line』の全アカウントだけで十分だと思うけど。


 とりあえず、リーリエをタッチしてキャラクターチェンジをして、その姿をさっき使った姿見で確認してみた。


 緋色の瞳と濡れ羽色の艶やかな黒髪を持つ白肌の十代の美少女。黒百合をイメージしたドレスを身に纏っている――やっぱり、リーリエだ。胸は……あっ、設定通り俎板。

 特徴的なのは吸血鬼らしい八重歯……これを可愛いって思うのって大倭人特有なんだっけ?


 見られるとまずいからローザの姿に戻して、次に統合アイテムストレージを開いた。……うわぁ、貴金属とか溜め込んだアイテムがいっぱい……でも、これって、《浮遊城ホワイトリリー》の倉庫に入れた筈だけど……。そういえば、《浮遊城ホワイトリリー》ってどうなったのかな? ギルドホールへの移動は『管理者権限』でもできないみたいだし。


「瀬島新代魔法――四次元顕現」


 『管理者権限』を確認したら、次は百合薗圓としての力の確認。……まあ、きっとできないと思ったんだけど。


「マジか……」


 本日二回目、四次元空間から使い慣れた刀の二振りと、バレットM82、アキュラシーインターナショナル AW50、PGM ヘカートIIを取り出すことに成功してしまった。

 あの迷宮の中で落とした武器は物理的に考えれば当然のことながら回収はされていなかったけど、それ以外の四次元空間に入れてあったものは全てそのままだった。……ちょっと待って!? もしもの場合に備えた金塊とかそのまま入っているんだけど!?

 他の能力も一通り使ってみたけど、何一つ欠落していなかった……まあ、欠落していたにはいたねぇ。百合薗圓の時よりも明らかに身体能力が下がって、特に圓式基礎剣術が全く使えなくなったっていうのは本当にアイデンティティを喪失したみたいだったよ。


 とにかく、これで資金問題は解決した……ヌルゲーだった。

 といってもこれで終わりじゃない。お金なんてものは使おうと思えば一夜にして十億円を使い潰すことだってできる。だから、ボクが求めるのは安定した経済基盤。これはそのための火種でしかない。

 ボクはとことん堅実に、損得勘定だけでは動かないけど、それでも最終的には利益を求めるタイプだからねぇ。やっぱり、安定が欲しいんだよ。


 さて、第一段階は完了した。次の段階は……影武者だねぇ。

 自由に動くために影武者が欲しい。まあ、要するにボクの代わりにローザをやってくれて、なおかつバレないっていう代役が欲しいんだよ。

 さっき以上に無茶な願いだけど、こっちにも考えがある。


 再びリーリエにアカウントを切り替え、召喚士系四次元職の召喚帝としての力を発動する。

 召喚したのは『Eternal Fairytale On-line』のマスコットキャラとなっている桃色の変身能力を持つメタモルスライム。


(……ご主人様、よろしくお願い致します)


 変身を解いてから「よろしくね」と返すと、メタモルスライムはかなり驚いていた……っていってもポニョポニョ跳ねまくって目みたいな部分をグルグルさせていただけだけど。

 流石に混乱されたままだとまずいから念話を使って簡単に事情を説明した。


(つまり、僕の役目はご主人様の身代わりをすればいいということですね? ……僕なんかにできるのでしょうか?)


(大丈夫だと思うよ? ペルちゃんなら絶対にできる! ボクだっていざという時は念話で連絡を取るし)


 ちなみに、召喚獣を維持するためにはMPが必要で、変身などのスキルを維持するためにもMPが必要となる。どれほど離れてもパスが通じている間は問題なく召喚主から召喚獣に魔力が供給されるってことになっていた。つまり、ボクのMPさえ切れなければどれだけ離れても問題なくペルちゃん――メタモルスライムの変身を維持することができるんだけど、ボクのMPの自然回復速度はメタモルスライムの召喚維持と変身維持に必要な量を軽く凌駕する。つまり、ペルちゃんの方で変身が解除されるような何かしらの事態さえ起こらなければ問題はないということになる。


(あの……ペルちゃんって?)


(ペルちゃんってのは、メタモルスライムちゃんの名前だよ。外国の言葉で桃を意味するペルシクムから取ったんだけど……ダメかな?)


(ありがとうございます、ご主人様!!)


 あっ、喜んでくれたみたい……肌が桃色だからラテン語で桃を表す「persicumペルシクム」っていう安易極まりないネーミングなんだけど。


(それじゃあ、今から私に変身してやりとりの想定をやってみよう!)


(はい、ご主人様!!)


 こうして、ボクの記念すべき(?) 転生初日は、ペルちゃんを立派? っていうべきなのかよく分からないけど、身代わりに育て上げるために充てられた。



 そして、日を改めて二日目の早朝。ボクはペルちゃんに私の役目を任せて屋敷からの脱出作戦を実行した。

 全移動を実行するためには、一度はラピスラズリ公爵家を出て外に転移先を用意する必要がある。……その最初の一回が大変なんだよねぇ。


 使うのは「千羽鬼殺流・廉貞」と「奇門遁甲」――いくら凄腕の暗殺者が承認をしているとしても、敵は外から来るものだと考えるだろうし、分岐点において特定の方角に意識を向けさせる、あるいは向けさせないという術や完全に音と気配を消す隠密行動技に特殊な呼吸法と歩法によって相手の脳を誤認させ、自身の存在を認識させなくする古武術の抜き足を組み合わせたものを極め、相手に姿を見られる力をゼロにするという境地に達した技を経験したことは流石にない筈だ。


 ということで、呆気なくラピスラズリ公爵家の警備網を掻い潜り、ボクは屋敷の外に出た……それでいいのか、【ブライトネス王家の裏の剣】。


 ローザの姿でいると流石に目立つし、リーリエを選んでも面倒なことになる。……完全にこっちだと魔族の部類だし。

 選んだのは銀色の髪を靡かせる碧眼の女騎士アネモネ。全種類四次元職まで上げたリーリエほどではないものの、このアネモネも強力な力を有している。なんたって、剣士系四次元職の剣帝だからねぇ。……まあ、他にもジョブを持っているんだけど。


 幻想級の『銀星ツインシルヴァー』と『戦姫騎士の銀鎧ヴァルキュリア・メイル』で装備を固め、かつては「比翼の騎士」や「白銀の剣天使」なんて呼ばれていたこともあった。

 称号が与えられてもいいレベルの強さだとは思うけど……まあ、運営側のボクが自分の身内ばっかり贔屓してもいけないし、結局ボクのサブキャスには何も称号を与えないって話になったんだよねぇ、確か。


 屋敷を出てまず向かった先は貴金属を取り扱う金物屋。その中でも、どこの商会にも属さない小規模のものに限定した。

 ところで、この国には全部で三つの大きな商会がある。まずは攻略対象の一人ジィード=ジリルの生家であるジリル商会。ラピスラズリ公爵家はこの商会を懇意にしているってことだったと思うけど、ローザってそういうこと全然知らないからねぇ。まあ、二歳児にそこまで求めるなって話か。

 設定ではラピスラズリ公爵家の懇意にしている商会である他にブライトネス王国の第一王女プリムラ=ブライトネスの母で国王ラインヴェルドの側室のメリエーナ=ブライトネスがこのジリル商会の会長の一人娘だった。


 続いて王族御用達のマルゲッタ商会。専門は宝石の目利きを得意とする宝石商だが、他にも様々な商品を扱っているって設定だった。


 最後が高利金貸しをメインにしている三大商会の一角を担うゼルベード商会。非合法な裏カジノをしていたり、悪徳金融のようなよくない方法で手を広げており、ジリル商会やマルゲッタ商会から睨まれている……って設定したような。まあ、遠い世界だし関わることは……しばらくないかな。


 この三商会に関わらないところを選んだのは百戦錬磨の豪商ともなるとボク程度では到底太刀打ちできないから。

 まあ、最初は目立たず騒がず、必要になれば……その時はその時だねぇ。


 別に大した額を手に入れるつもりはない……念のためにこの国のお金を確認してみるってだけの話。後はボクの統合アイテムストレージから同じ貨幣を選べばいい。……当初は金塊を元手にとか考えていたんだけど、いつの間にか持っている貨幣と照合するっていうかなり楽な方向に進んでいるねぇ。まあいいんだけどさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る