Act.2-3 「比翼の騎士」と活動の開始 scene.2

<一人称視点・アネモネ>


「いらっしゃいませ。フォルノア金物店へようこそ」


 城下町を歩き、真っ先に見つけた金物屋に入ると、中年太りのおっさんに店内に案内された。

 金物屋といえば鍋からスコップに至るまで生活用品の金物を扱っているイメージだけど、貴金属の取り扱いも行っている。金塊なり、金の粒なりを持ち込んでもしっかり鑑定してもらえる……そう踏んだんだけど。


 しかし、この店員……視線がずっと下向きなんだが……要するに胸しか見てないってことだよねぇ。女性の価値を胸の大きさで測る典型的なダメ男かな? 生理的嫌悪感がヤヴァイ。しかし、「チェンジで」……とは流石に言えない。ここで騒ぎを起こしたら面倒なことになるからねぇ。アネモネが使えなくなるってのは大きな痛手だけど、ボクの正体がローザであるというところまで辿り着かれたら面倒だ。


「換金をお願いしたいのですが」


「冒険者の方ですよね? いやぁ、女性の冒険者というのは男社会の冒険者界では珍しいですから」


 ……うん、胸から視線を全く外さないねぇ。逆に尊敬するよ。


「いえ、まだ冒険者登録はしておりません。近いうちに冒険者登録をしたいと思いますが……。ところで、換金の話ですが」


「なるほど……では、傭兵の方とか? おおっと、そうでした。換金の話でしたね。とりあえずは商談といきましょう。もし、必要であれば冒険者ギルドにも案内致しますよ?」


 案外いい人なのかもしれないけど……全く胸から視線が外れないところが全てをマイナスに転じさせているねぇ。……顔を見て話そうよ。


「ところでどのような金属をお持ちですか?」


「そうですね……こちらを」


 ここでミスリルやオリハルコンといった高価な金属を出して驚愕されるというテンプレは踏まない。選んだのは金塊一つ。ボクからしたら一番馴染みのある金属なんだよねぇ。ほら、金ってあんまり価値が変動しないから。


「なるほど……金塊ですか。この分だと、大金貨五枚程度ですね」


 金塊と交換で大金貨を受け取ると金貨のデザインを確認し、乙女ゲーム『スターチス・レコード』の設定の際にデザインしたものと全く同じであることを確認した。

 ちなみに、当時の設定によると……。


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聖金貨…約100,000,000円

大金貨…約1,000,000円

金貨…約100,000円

大銀貨…約10,000円

銀貨…約1,000円

大銅貨…約100円

銅貨…約1円

-----------------------------------------------


 一キロの金塊で約五百万円くらいだった筈だから、大金貨五枚というのは妥当な額ということになる。


 残念ながら、乙女ゲーム『スターチス・レコード』の貨幣はそこまでの額が無かった。まあ、主人公がバイトみたいなもので稼いだものだから、そんな多額を保有している訳がない。

 ついでに他のお金も見せて確認してみたけど、どれも見たことがないものばかりだったという……やっぱり、流通していないよねぇ。


「そのお金ってどこかの遺跡とかで偶然発見された過去の貨幣とかですか? それだと学術的な価値がありそうですが、学術的な付加価値についてはそこまで詳しくありませんし……それに、綺麗過ぎる気がしますし」


 興味深そうにMMORPG『Eternal Fairytale On-line』の統一貨幣・アーカムコイン眺めていた小太りの店員がコインを返しつつ胸に視線を戻した……おいおい。


「気にする必要はありませんわ。それでは、失礼致します」


「なかなかお強そうな方ですし、是非とも我々としては素晴らしい関係を結んでおきたい。……まあ、確かに三大商会には遠く及びませんが」


「いえいえ、心強いお話です。改めまして、アネモネと申します」


「アネモネ様ですね。……名乗るのが遅れて大変申し訳ありません。私は、フォルノア金物店の店長を務めております、ジェーオというものです。どうぞお見知り置きを」


 あっ…………店長だったんだねぇ。全く気づかなかったよ。



 店長のジェーオ=フォルノア氏と共に店を出たボクはジェーオに案内されて冒険者ギルドに向かった。


「ところで、さっきから何故胸ばかり見ているのですか?」


「こ、これは失礼いたしました。……アネモネ様があまりにも美し過ぎてお顔を直視できなかっただけでございます! 別に他意はありません!!」


 どうやらセクハラ的な意味の視線では無かったらしい……しかし、顔を直視できない容貌って、それって美人でも本末転倒しているよねぇ?


「ところで……あの冒険者ギルドの前にいらっしゃるのはどなたですか?」


 モヒカンで片目にアイパッチをつけた世紀末風の男が冒険者ギルドの前に仁王立ちをしていた。


「あの人はBランク冒険者のヴァケラーさんですね。彼は冒険者ギルドのスカウト課に属していて、女連れでギルドに来た有望そうな新人に絡みつつ実力を確認する仕事をしています」


「ちなみに、この場合は私がお連れさんということになるのでしょうか?」


「流石にそれはないと思いますよ。どう考えても冒険者をやれそうな見た目じゃありませんし」


「ちょっと、ジェーオさん! ネタバレしちゃまずいですよ!! 折角絡んで実力を見ようと思っていましたのに……そこの女騎士さんは既に高い実力を持っておられるように見受けられますが、犯罪渦巻く裏社会で腕を磨いた可能性も高いです。念のために警戒しつつ実力を測ろうとしていましたのに……なんで毎回バラされるかな?」


 どうやら世紀末なのは見た目だけで中身はかなりまともなようだ。てっきり、冒険者のテンプレ、チンピラが絡んできたー!! だと思ったんだけど、残念。


「確かにこういう見た目で国の連合体二つを同時に相手取って全滅させた美し過ぎる犯罪者というのも設定的にはありますけど……私は犯罪者じゃありませんよ?」


「とりあえず、武器を交えればなんとなく分かるので仕掛けてきてください」


「えっ……いいんですか?」


 世紀末な冒険者ヴァケラーが刺付きバッドを構えた。……ああ、ブーメランじゃないんだ。


「スラッシュ」


 発動したのは剣士系職業の初期に獲得できる斬撃を放つスキル――スラッシュ。

 だが、威力は桁違いだった。斬撃は呆気なく刺付きバッドを両断し、更に逸れた斬撃がギルドの扉を両端する。


「マジですか……」


 この意味不明な威力を前にしても冷や汗だけで済んでいるんだから、実際にヴァケラーは相当な胆力を持っているんだろう。ジェーオに至っては完全に涙目で崩れ落ちている。


「実力的には間違いなく合格ですが……冒険者ギルドの扉を破壊した賠償金についてはお支払いください」


「では、それについては冒険者登録の後に交渉しましょう。個人的には私の低レベルな斬撃如きで壊れる扉の時点でアウトだと思いますので」


 何故かヴァケラーも青褪めた……ボクは至極当然なことを言ったと思うんだけどねぇ。



 受付嬢は緊張していた。理由は隣にギルドマスターがいるから……だよねぇ? まさか、ボクが怖いから、とかじゃないよねぇ?


「初めまして、この冒険者ギルドのマスターを務めているイルワ=ゴローニャグだ。念のためにステータスの確認に同席させてもらうよ。君はかなり規格外みたいだからね」


 金髪碧眼の目つきが鋭い男がこのギルドの統括者らしい。


「アネモネと申します。戦闘スタイルは見ての通り剣士に分類されます」


「まあ、それについてもこの水晶を使って確認させてもらうよ。とりあえず、頼めるかい?」


 ブルブル震える受付嬢に差し出された水晶玉に触れてみる……と、すぐにピキッとヒビが入った。


「計測不能か。……これは厄介だね。この水晶玉では冒険者の最高位に位置するSSランクまでの実力を判定することができる。そして、それ以上の場合は負荷に耐えきれずに壊れてしまうんだ。それが、強さの指標になる……というのが、この水晶玉を作った元宮廷魔法師で、今は隠遁生活を送っているという「落葉の魔女フォール・リーフィー」の二つ名で知られるミーフィリア=ナノーグ師と、ヴェモンハルト様の婚約者的立場にいるアンブローズ男爵家次女で、国で一番の才女と称えられたスザンナ=アンブローズ女史による見解だったと聞いているが……計測不能なんてものは今までに見たことがないからな。とりあえず、SSランクということでいいか?」


 冒険者ギルドに衝撃が走ったようだけど、ボクとしてはSSランクだろうと、新たなランクが設けられようとどっちでもいい。


「ちなみに、高ランクになるとどのようなメリットが?」


「国が依頼人の特別な依頼も含まれる指名依頼が受けられるようになる。冒険者ギルドというものは国単位で存在しているが、互いに協定を結んでいるからな。他国からの依頼を受けることも可能ではある。……ただ、有事の場合は戦力として駆り出されることもある。勿論ただ働きということにはならないが……」


 要するに国に首輪をつけられるってことか。まあ、いざとなったらこのアネモネのアカウントを封印すればいいだけの話だし。


「では、それで構いません」


 その後、冒険者カードと呼ばれるものを発行してもらい、話は破壊してしまった扉の修繕の話へと移った。


「そういえば、木製の扉だとどうのこうのと言っていたようだが……」


「ええ、木製の扉よりももっと強固なものを選んだ方がいいかと愚考致します。冒険者から荒くれ者のイメージを拭うことはなかなかできません。皆様は穏やかな方ばかりのようですが、酒が入ると人間は豹変するものといいますし。そこで、強固な扉に変えれば木製の扉のように簡単に壊れることはないかと。……例えば、そうですね。ミスリル辺りはいかがでしょうか?」


「アネモネさん、現物を見たことがないから分からないのでしょうが、ミスリルは相当お高いもので……」


 「四次元顕現」で目算した分のミスリルを取り出したらジェーオが固まった。


「とりあえず、これを錬成して扉にします。それで、扉の修繕に関しては解決ということでお願いします」


「いや、どっからこれ出したんですか!? しかも、これだけのミスリル……一体どれだけの額に……」


 ステータスプレートは純ミスリル製だったから、高いって言ってもそこそこだと思っていたけど、ジェーオの反応的を見ると、本当にお高いんだねぇ。


「こちらとしては構わないが本当にいいのかね? 釣り合いが取れていないと思うのだが」


「別に重いので扉だけ盗難するということはないと思いますし、私としては構いませんよ? 既に用意してしまいましたし、貰って頂かないとこちらとしても困ってしまいます」


「そういうことなら、その扉をもらうということで今回のギルドの部分破壊の賠償は済んだということにしよう。……寧ろ、こちらからいくらか払う必要があるような気がするが」


「半ば押しつけたようなものですし、訪問販売みたいな詐欺紛いな真似をするつもりはありませんよ。本日は登録に来ただけなので、依頼を実際に受けるのは明日以降にしようと思います。他にも色々とやってみたいことがありますので」


「そうか。……まあ、SSランクが受ける依頼ってのはなかなかないし、何個か君からしたらそこそこ低めのものを見繕っておくよ。ところで、パーティは誰と組むのかね?」


「今のところは特に考えていません。しばらくは一人で活動してどうしても必要になったら仲間募集をしてみようかと思います」


 ……まあ、世間一般でそこそこの権威がある身分が欲しかっただけだからねぇ。迷宮探索とかもしてみたいけど、それよりもまずは経済基盤を整えたいし。


「ところで、姐さんは冒険者登録を終えた後はどこに行くんですか? あっ、確かに金属加工の技術はアネモネの姐さんの方が遥かに上ですが、絶対に見捨てないでくださいね!! SSランクの冒険者と繋がりを持てるなんて滅多なことじゃないんですから」


 大の大人が小娘に「見捨てないでください!」って懇願するってなかなかカオスだよねぇ。……実際、アネモネは十七歳っていう設定だった筈だから、ジェーオの方が遥かに年上だと思うけど。


「別に見捨てませんよ? 今後ともよろしくお願いします、ジェーオさん。それでは、行きましょうか? そうですね。次は私の本業ができるように基盤を作る予定です。少し城下町を歩きますよ」

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