好きな人が隣にいる明日

月曜放課後炭酸ジュース

プロローグ

 プロローグ


「もしかしたら私は風なのかもね」


 彼女はそう言って微笑む──痛みや悲しみといった負の要素を滲ませないように作られたその微笑みは、僕にとっては見ているだけで息が苦しくなるものだった。


 僕は何かを言おうと口を開いた。


「そんなことない、俺はそう思う」


 しかし僕の口から言葉が発せられる前に、彼女の隣に座っていた少年がそう言って満面の笑みを見せてきたため、僕は口を噤む。


「どうかな。はしゃいでいたらいつの間にか無くなっていた晴天、校舎から誰もいなくなったらすぐに消えていく活気、好きな人の横顔を見ていたら溶けていたアイスクリーム、愛を感じていた瞬間には確かにあった愛する人の温もり──みたいな儚い物と同じな気がするよ。私という存在は──」


 幽霊である彼女は自虐的に言葉を繋いでいく。

 そんな彼女に僕は。

 僕という曖昧な人間は何も言えない。

 言えない──言葉という人間が持つ最大の武器を使えない。

 僕はどうすればいいのだろうか。

 彼女のために。


 そんな時、僕が何も出来ない時、自己という定義をしっかりと付けられている少年が言葉を発した。

 いつも通りの笑顔で。


「儚くたって良いじゃん。お前という存在をお前が否定しなければ、お前という人間・・を俺達が忘れなければ──お前はお前で、お前は儚い物みたいに消えない。儚い物に恋焦がれる歳でもないだろう? 俺達はさ。そんなことには絶対にさせないからな」


 僕は手を伸ばした。

 しかし何故か届かない。

 何故か二人と僕が離れていく気がする。

 いやそんなのは気のせいである──これは確信だ。距離なんて離れちゃいないのだから。

 しかしそれが確信に落ちた瞬間、僕はまたある事を知ってしまう。


 これは僕が必要のない話だということに。

 これは幽霊である少女「絹衣きぬい 羽衣はごろも」と人を救わない少年「塩竈しおがま 大和たいわ」の二人の物語なのだ。

 だから僕という存在は有り体に言ってしまえば『傍観者ぼうかんしゃ』だ。


 しかし己が傍観者ぼうかんしゃだと理解すると同時に、傍観者ぼうかんしゃ傍観者ぼうかんしゃとしてやるべき義務があることを僕は知る。


 だから、だからこそ──始めよう。

 この物語を。

 二人だけの冒険譚にはならない人生譚を始めようじゃないか。

 いや今回は幽霊譚かもしれないけどな。

 苛烈と化す幽霊譚──だ。

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